第二百十七話 秘伝の奥義とか企業秘密とかってそれ以上の追及を封じ込めるための方便な気がする。
「ハルト公子……?」
「あ、お騒がせしちゃってすみません」
問い詰めるようなカノッサの視線にも動じず、へらっと笑いかけるハルト。顔色は悪いままなのでそれがどこか儚げな雰囲気を醸し出したりなんかしていて、そこいらのお嬢さんならそれだけでほだされ誤魔化されてしまいそうな美少年っぷりだ。
…が、カノッサはそこいらのお嬢さんとは違う。
「……公子が優れた魔導技術もお持ちだということは教皇聖下より聞いておりましたが、先ほどのあれは魔導ではありませんよね?私も長いこと遊撃士をやって参りましたが、あのような技は今まで見たことがありません」
「あー、あれは…」
ハルトは、一瞬だけ言い淀んだ。それはまるで言うのを躊躇っているかのように見えたが、実際はそうではなく何か良い言い訳を考えているに違いない、とハルトの行き当たりばったり加減を知っているマグノリアは思った。
マグノリアはハルトのことを世間知らずで常識知らずで突拍子もなくて短絡的でどうしようもないバカ弟子だと思っているが、実際にはハルトだってそこまで馬鹿ではない。
ずっと甘やかされ自分で考える必要がなかったから考えることがなかっただけで、知る必要がなかったから学ばなかっただけで、例えば戦う必要がなかったから鍛えなかったものの今ではすっかり立派な(と表現するにはまだ経験が足りないかもしれないが…)遊撃士になっているように、必要となればきちんと考えることだってするのだ。いつもじゃないけど。
「えっと、うちの家に代々伝わる、奥義…?みたいなものなんです」
「…………サクラーヴァ公爵家の……」
「はい。当主と次期当主だけが受け継ぐことが出来る技なので、他の人が知らないのも当然です」
…………。
まさかここで出てきたのが、一子相伝の奥義。
「そのような技が公爵家にあったとは…」
「なんか、父もそれで創世神…の、荒魂?を滅ぼしたそうですよ、聖戦で」
噓ではない。
使えるのが剣帝と息子だけであるということも、それが聖戦を終幕に導いた力であるということも、嘘ではない。
のだが、カノッサがそれを信じるのか……
「そう、だったのですか………なるほど、あれが聖戦の英雄の力、我らを救った奇跡の技…なのですね」
……信じた。
「試してみたい、と仰っていたのも…」
「はい、やり方だけは分かってたんですけど、今までは使えなくて……けど、今なら出来るかなーって」
それも、ハルトの本音なのだろう。
噓がないせいか、口振りも自然だし後ろめたさもない。起こった事象の非常識さを別にすれば、確かに説得力はある…のかもしれない?
おそらく、剣帝の話を持ち出したのが功を奏した。
第一、一介の廉族に過ぎない青年が万物の頂点に立つ創世神を滅ぼす…それが半分の荒魂だとしても…ということ自体が、非常識の塊なのだ。
だが、歴史はそれを事実として受け容れている。ならば、剣帝の息子であるハルトもその力を受け継いでいると言われても、否定のしようがない。
実際、大勢の目の前でその奇跡は為されたのだから。
「驚きました、凄まじい力ですね。その若さでそれほどの高みに至ったというのも、実に驚きです」
カノッサは堅物で理想主義な反面、素直なところもあるようだ。彼女がどこかの魔導オタクのようではなくて良かった…とマグノリアは安堵したのだが…
「はい、師匠が鍛えてくれたおかげです!」
…なんてハルトが余計なことを抜かした。
「ほぉ、フォールズのおかげ、ですか。遊撃士としてだけではなく、師としても確かな手腕を持っているのだな、君は」
「え、あ、いや、アタシは…」
マグノリアがハルトに教えたのは、剣術の基礎の基礎(型稽古まで)と、戦いの基礎(一角兎のハンティング)と、遊撃士として活動するためのノウハウ各種(初級者編)くらいだ。あ、それと世渡り大原則という名の一般常識(基本中の基本)。
当然のことながら、魔王級の攻撃だの技だの、彼女の手に負えることなはずがない。教えられる類のものではない。
なのにこのバカ弟子ときたら…
「はい、師匠はすごいんです!ボク、師匠に会うまでは剣を握ったこともなかったんですけど、師匠が色々教えてくれたおかげでここまで来れたんです!師匠がいてくれたら、ボクはきっといつか父を超えることが出来ると思います!!」
いや、ちょっと褒めすぎ。て言うか魔王を超える云々とか、一介の遊撃士に頼らないで欲しい。
自分の功績に見合った適切な評価を受けるのは嬉しいことだが、過分な評価は後々の厄介ごとの原因になりかねない。何よりマグノリアは、身の丈に合った活動をしていきたいのだ。
英雄の息子の師、というだけでも自分の手に余る事態だというのに、英雄超えまでアテにされたらたまったものではない。
「そうですか、それは楽しみです。……フォールズ、君はもしかしたら後進の教育に高い適性を持っているのかもしれないね。今度そのノウハウをギルドでも…」
マグノリアは慌てた。下手すると、初心者向け講習に引っ張り出されるかもしれない。
それは本来、引退したての元遊撃士に持ち込まれる仕事で、現役真っ盛りが担うことはほとんどないが、しかし彼女のネームバリューを考えれば確かに人気講習にはなるだろう(すなわちギルドの儲けになるだろう)。ギルド総長であるカノッサの指示であれば断りにくい。
…が、これ以上ピヨピヨひよっこのお守りはマジで勘弁、というのがマグノリアの切実な願いだ。
「ああ!いえ!アタシなんて全然ですよほんと!こいつが凄いってだけなんですよほんと!教えたこと以上に出来るようになるし、強くなろうって意志も強いし、やっぱその、基本的なスペックが凡百とは違うって言うか…」
「えへへー、師匠にそう言ってもらえると嬉しいですー。けど、ボクの強さを引き出してくれたのは師匠ですよね?」
「絶対それは違う!!」
何やら、師匠と弟子が互いに謙遜し合って互いに褒め合っている奇妙な光景…に見えなくもないが、そこにはマグノリアの絶対に譲れない思いがあったりするのだった。
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さて苦労性の師匠と常識知らずのバカ弟子のほんわか遣り取りは置いておき。
今回の魔獣襲撃事件は、調印式とそれに続く会議に暗い影を落とすこととなった。
それは当然のこと。厳重な警戒態勢が敷かれていたとは言え、事実として魔獣の襲撃があり、調印式は妨害されてしまった。帝国内でこのような事態になったということは則ち、帝国の管理不行き届きである。
そして魔獣の出処も。
あれが、自然界に生息する個体ではないことは、魔獣に詳しい専門家や遊撃士によって断言されている。そもそも、帝都の…しかも皇城の近辺にあれほどの高位体が生息しているはずがない。
ならばそれは人為的ということで、そこには必ず何者かの意図が働いている。
今回の国交樹立にあたって、全ての国全ての民が諸手を挙げて大賛成、というわけではなかった。当然、帝国にも公国にも周辺国にも、自分たちの利益や相手が信用できないという理由で反対する者は少なくなかったし、特にその動きが大きかったのは聖教会内部と保守的な信仰国だ。
聖教会内部に関しては、教皇によって反対意見も賛成意見も全て制御されている。一方、ルーディア聖教の敬虔な信徒が多い国家の中には、魔王を崇拝する帝国と国交を結ぶなど言語道断、と息巻く意見も目立っていた。
そんな人々にとって今回の事件は、どのように映るのか。或いは、これを好機と捉える向きもあるだろう。
早々に解決が図られなければ、国交そのものもどうなるか分からない。そしてそれこそが、今回の件の首謀者の狙いであることは、疑いようがなかった。
少しは誤魔化したりすることを覚えた魔王子殿下です。




