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第二百十一話 赤の他人には許せても身内には許せないことって結構多い。




 「おお、いと尊き黒き刃を頂く御方よ、再び我が国にご降臨いただけた喜びは、幾億の言の葉を紡いでも表すことが出来ません!!」

 「…あ……はぁ…どうも」


 温度差がとんでもない二人、グラン=ヴェル帝国皇帝カール=ヨアン=ヴァシリューと、魔王の後継者…だけど今はサクラーヴァ公爵家の嫡男として帝国に来ているハルト。

 皇帝の私室を訪れたら最初っから彼の涙腺は完全決壊していてもう手が付けられない。ハルトもマグノリアも、どうしたものかと困っていた。



 宴の真っ最中、ハルトは皇帝の従僕フットマンに一枚の紙切れメモをこっそり渡された。そこに記されていたのは、この場所と時刻のみ。

 普通だったら、それは逢引の合図である(いやいや色っぽいやつじゃなくて)。普通も何も、皇帝だってそういうつもりで(だから色っぽいやつじゃない)メモをハルトに渡したのだ。

 

 …が、察しの悪さには定評のあるハルト、当然のことながらその意図に全く気付かない。一体この紙切れが何なんだろう?ととりあえず無視のつもりでいたのだが、宴が終わって宿舎に引っ込んだ後にマグノリアに相談したら教えてくれたのだ。

 皇帝がハルトに会いたがってるから、書かれた時間に書かれた場所へ行け、と。

 なのでハルトはやって来た。マグノリアもついてきた。アデリーンは部屋に置いてけぼりである…No帽子のダメージが殊の外大きく、それを紛らわせるために酒量が進んだためにほとんど酔いつぶれているのだ。

 

 で、指示されたとおり皇帝の私室へやってきて、執事に案内されて部屋へ入って、いきなりの大袈裟な賛辞&感激ときたもんだ。魔王子としておべっかや諂いには慣れているハルトも、ちょっと引き気味。


 

 「何かご不便はございませんでしょうか?応接の侍従たちに粗相はございませんでしたか?本来であれば殿下には最高級の部屋をご用意したかったのですがそれが出来ずに申し訳ない思いで一杯でございます」

 「ああいえいえ、大丈夫です大丈夫ですほんとお気になさらず」


 あはは―…と引き笑いのハルト。自分だけやたらめったら豪華な部屋を用意されたりなんかしたら、他の使節団員たちに説明のしようがない。そこのところは皇帝が常識的で助かった。


 「ああ、なんと寛大な御言葉でしょう!このカール=ヨアン=ヴァシリュー、望外の栄誉に魂が震える思いで一杯です!」

 「…………………」


 なんだか、皇帝の妄信っぷりがさらに酷くなっている気がする。やはり、魔王の復活を直接見届けたことが大きいか。より一層、自分たちの始祖であり神である存在に心酔してしまったか。


 「此度のサイーアとの国交樹立により我が帝国も国際社会に開かれることとはなりましたが、しかし我らが神と仰ぐのは魔王陛下、そしてハルト殿下であることに変わりなく、いえそれどころか尊き御身に対するその思いはいや増すばかr」

 「あの!そういうのはその、結構なんで。何か、ボクに話があったんじゃないんですか?」


 なんだかキャラ変してるんじゃなかろうかと疑わしいほどの皇帝を遮って、尋ねるハルト。やや冷たい言い回しになってしまったが、仕方ないだろう。このままではいつまでも話が終わりそうにないのだから。

 

 「おお、そうでした!……いえ、このような話で御身の時間を頂戴してしまうことが真に心苦しくはありますが、しかしながらご無礼をお許しいただけるのであれb」

 「あの、だから何の話なんでしょう?」

 「ハルト、口調口調」


 一向に本題に入ってくれない皇帝に、ハルトの口調が辛辣になってきた。が、流石に一国の皇帝相手にそれは失礼じゃないかとマグノリアは思わずツッコむ。ツッコミついでに、自分が主体となって話を進めることにする。

 「恐縮ですが陛下、ハルトに何かお話があったからここにお呼びになったんですよね?それは今回の国交樹立の件に関してですか?それとも、魔界…魔王に関することでしょうか」

 

 どのみち、皇帝がハルトを呼び出す用件はそのどちらかに限定される。Yes/No形式の質問にようやくギアを一段下げて、皇帝は通常運転へと戻った。

 

 「はい。本日、無礼を承知でお越し願ったのは、殿下にご留意いただきたいことがあるからでございます」

 「留意?」

 「まずは、此度の国交樹立の件ですが」


 皇帝は、一旦話を中断してハルトとマグノリアを自室の応接スペースへと誘う。そこには長椅子とテーブルもあり、皇帝は迷わずハルトに上座を勧めた。ハルトも迷わず勧められるままそこに座る。遠慮のえの字も知らないバカ弟子に溜息をつきたくなるマグノリアだが、皇帝はハルトを魔王子として遇しているのでそれもまぁ仕方ないかと諦めて自分もハルトの隣に座った。皇帝はマグノリアのこともハルトの側役として尊重しているので、本来ならば有り得ない席順に何も思わないようだった。


 

 「それじゃ、話っていうのは今回の調印式のことですか?」

 椅子に座り、皇帝に注いでもらったやたら高級そうなお酒を一口飲んでから、ハルトが切り出した。皇帝のお酌だなんて一生に一度あるかどうかの大珍事にも全く動じない彼は伊達に魔王子やってるわけではない。


 「正確には、我が国の内情のことなのですが」

 皇帝は、決まりが悪そうだった。

 「お恥ずかしながら、この国には僅かながら、皇帝である私の意に従わぬ者たちがおりまして」

 「へー…そうなんですか?」


 ハルトは、皇帝の言葉が意外だったようだ。帝国における皇帝の権威は下々まで行き渡っており、前回の異変の際、そして魔界軍侵攻の際にもその統率の下、目立った混乱は見られなかった。

 …と、魔界軍侵攻と言えば。


 「そう言えば、あの後、国民にはどう説明したんですか?その、魔界うちの兵が攻め込んできたこと…」

 帝都を空っぽにするくらいの大規模避難だ、事前説明はおろか事後説明も皆無とあれば、流石に不満が噴出するだろう。


 「それほど多くの情報を開示してはおりません。が、偉大なる魔王陛下のご降臨により我らの前に道が開かれた…と」

 「それだけ…ですか?」

 「左様にございます」


 なんとも簡素な説明である。それで納得してしまう国民性にビックリ。それとも、魔王本人が降臨したという事実の前にそれ以外はどうでもいいということか。それだけ、皇帝だけでなく国民も強い魔王信仰を貫いているのか。


 「それで、よくみんな納得してくれましたね」

 「それこそ、偉大なる魔王陛下のご威光が遍く我らを照らしている証なのです…と申したいところなのですが」


 皇帝の表情が再び決まり悪そうになったことから、それが先ほどの話に繋がるということが分かる。


 「畏れ多くも、魔王陛下に忠誠を誓うことを拒む不届き者が昔から抵抗を続けておりまして。その者共は先日の戦の件も、ただの魔族の侵攻であると主張し、魔王陛下の復活を否定しているのです」

 「でも、それは仕方ないんじゃないですか、実際にそれを目の当たりにしたのでもなければ、神や魔王というのは遠すぎる存在ですし…」

 …とはマグノリアの言。彼女だってハルトを巡るあれやこれやに巻き込まれなければ…則ちハルトに出逢っていなければ、魔王だなんて遠い昔の御伽噺程度にしか思わなかっただろう。


 いくら魔王を崇拝する国家の民とは言え、姿を見たことも声を聞いたこともない、伝説くらいしか耳にしたことのない大昔の「神」がある日いきなり復活しました、と言われて、それが真実だと思える者がどれだけいることやら。

 聖戦のおかげで神や魔王の存在は人々にかつてよりも近いものとはなったが、人々の意識はそう簡単に変わるものでもない。


 マグノリアからしてみればそれも致し方なし、なのだが、皇帝はそれが許せないようで。

 「己が視野の狭さを言い訳に神から目を逸らす大罪人共なのです!!」

 ずずいっと彼女に詰め寄って、力説した。

 「しかもそ奴らは、魔王陛下ではなく忌まわしきエルリアーシェ=ルーディアを崇めるべきと、そのような不遜極まりない妄言を唱える始末!!」

 「……………」

 そう言われても、一応はルーディア聖教徒であるマグノリアには何も言えない。


 「私は、此度の国交樹立に際して信仰の対象については敢えて触れぬことに致しました。永遠に相容れない事柄に拘っていては前へ進めないと、ルーディア聖教会の存在は黙認する代わり、我らの信仰についても一切の干渉を拒絶する、とサイーア公国及び聖教会には伝えてあります。それはいい……それはいいのです、他国がどのような理由でどのような神を崇めようが、それは彼らの自由、我らがとやかく言う筋合いでもありますまい。………しかし!!」

 ヒートアップしてきた皇帝、酒のグラスをグイっと一気にあおる。すかさずおかわりを注ぐハルト。って何してんだ興奮してる人間を余計に酔わせてどうするバカ弟子。


 「しかし、他でもない我がグラン=ヴェル帝国の臣民が……尊き血を受け継ぐ皇家に率いられたる民が、偉大なる恩寵を否定するなど言語道断!!」

 拳をテーブルに叩きつける皇帝。感情的になっているのは民(の一部?)に信仰を否定されたからか酔いが回っているからか。

ここにいるのがハルトとマグノリアだけだからいいものの、あまり他人には見せない方がいい姿である。


 「ですから私は、グラン=ヴェル帝国皇帝の名の下に愚かな罪人共に鉄槌を下し、改めて魔王陛下のご威光を遍く知らしめることを…………!」


 立ち上がり拳を握りしめたままのポーズで、皇帝は突然フリーズした。


 「………………………」

 「……………?」

 「………あのー…陛下?」


 ハルトとマグノリアが、次は何だと訝った直後。


 「…………お見苦しい姿を晒してしまい申し訳ございません」


 皇帝はいきなり平熱に戻って、ストンと腰を下ろした。温度変化がちょっと怖い。病院に行った方がいいんじゃないかとマグノリアは思ったがそんなこと本人に言えるはずもなく。


 冷静になった皇帝は、憤慨していたのが嘘のように涼しい顔で話を冒頭に戻す。

 「それで、ご留意いただきたい点というのは正に、そういった背教の輩のことなのです」

 「ということは、その連中は今回の国交樹立に反対してるというわけですか?」


 訊ねながらも釈然としないマグノリア。皇帝からしてみれば魔王を崇拝しない国民は腹立たしいにも程があるのだろうが、ルーディア聖教を信仰しようと言っている連中であれば、聖教会と聖教会国であるサイーアとの繋がりを歓迎こそすれ、「留意」しなくてはならないような動きを見せるとは思えない。


 「奴らは、此度の件について表立った主張を見せてはおりません。が、我が国の転覆を狙う者共です、これを機に何らかの陰謀を巡らせている可能性は非常に高い」

 「あの、その人たちって、貴族派って呼ばれてる人たちのことなんですか?」


 なんだか小難しい話になってきたので一人蚊帳の外を気取って高級酒を手酌でがぶ飲みしていたハルトだが、そこへ来ていきなり会話に復帰した。


 「……お恥ずかしい、そのこともお聞き及びだったのですね……しかし、貴族派とはまた異なる勢力のことです。貴族派の連中が考えていることは、既得権益の確保と拡大のことだけですので…」

 

 皇帝の話からすると、どうやら帝国には皇帝派と貴族派、そしてそれとは別の第三の勢力がありそうだ。


 「貴族派は、今回の件では沈黙しております。おそらく、どう立ち回れば最も利を得られるのか様子を見ているのでしょう、浅ましい奴らです。が、抵抗勢力の連中は規模が小さいゆえになかなか動きが掴めず、また思いもよらないことを仕出かすので油断は出来ません。殿下にはご滞在中、くれぐれもお気を付けくださいますよう。殿下に近付く者がありましたら、すぐに私にお知らせください」

 

 要するに、抵抗勢力の妨害工作があるかもしれないから気を付けろ、と言いたいわけだ。

 わざわざ丁寧に説明してくれるのはありがたいのだが、なんだか頼んでもいないのにフラグを立てられているような気がして、またぞろ頭痛の種が出来たと悩ましいマグノリアであった。






 


実際、自分が信じてる神さまに直に会ったりしたらどんな感じなんでしょう…?

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