第二百九話 魔王陛下の因果応報
サイーア公国とルーディア聖教会、あと数か国の関係各国から選抜された特使からなる使節団は、壮行会の後、聖都を出発した。
使節団を率いるのは、サイーア公国王太子、セドリック=アルター・フォン・ハイデマン。それに続くは、聖戦最大の英雄である剣帝の息子、ハルト=サクラーヴァ次期公爵の他、サイーア公国の重鎮四名と聖教会からは大司教が二名、各職業ギルド連盟の代表者たち。
赴く者たちも、留守を守る者たちも、誰もがこれを地上界の平和的発展への第一歩だと、信じていた。
ハルトたちがグラン=ヴェル帝国に到着し、盛大な歓迎会が開催されていた一方その頃。
クウちゃんは一人、ロゼ・マリスでお留守番だった。
これにはやむを得ない理由がある。簡単なことだ。
クウちゃんは、特使として公的な場に出席するには幼すぎる。
最初にそう告げられたとき、何がなんでもハルトについていきたいクウちゃんは、自分の外見を変えてみせた。見た目だけなら、クウちゃんだって立派な大人になれるのだ。
しかし、残念なことにそれは見た目だけ。
外見が大人になったらなったで、中身…言葉遣いだとか話す内容だとか振舞いだとか…とのギャップがあまりに不自然で、せめてハルトにベタベタくっつかないのであれば誤魔化しようもあったものの(言葉に関してはずっと黙っていればいいのだ)、ハルトと一緒にいて長い間離れてるだなんてクウちゃんにはとても出来なくて、それだったらもう留守番しかない…と言われてしまったのだ。
他の誰に言われても従うつもりなんてなかったが、ハルト自身に命令されてしまったのでは断れない。
断れないのだが、納得出来たわけではなく、クウちゃんは一人でぶーたれて……いたわけでは、なかった。
ご主人様と引き離されて、自分一人だけ除け者で留守番で、よく分からない連中のところに残されてしまったことには怒ってもよさそうなものだったが、とても怒る気分にはなれない。
…と、言うのも。
「……リュート、もうそろそろ魔界に戻った方がいいのではないかね、まだ仕事は終わっていないんだろう?」
「んーーーーー、あとちょっと」
教皇の執務室で。
呆れ果てた教皇に問われたのは、ハルトの父である魔王。クウちゃんを膝抱っこしている。
クウちゃんは大人しく抱っこされていた。他の奴らには絶対にそんなことはさせないが、ハルトと同じ匂いがするからか、魔王を突き放す気にはならない。
「それに、その様子をハルトが見たらどう思うかね?これ以上嫌われても知らないよ」
「いいじゃーん、別に減るもんでもないし。どうせあいつ今、お偉方との会合中だろ?バレやしないって」
「バレなきゃいいって……それ、子供の理屈じゃないんだから…」
ハルトの父親…のはずなのだが、魔王は随分と子供っぽい。教皇の方がよっぽど大人だ。
「だってさーー、癒しが欲しいんだもん。癒されたいんだもん。精神的にけっこうキツイから、心の休息が必要なんだもん」
「…………君ねぇ…」
教皇は呆れたように溜息をついたきり、それ以上何も言わなくなってしまった。それをいいことに、魔王はクウちゃんのふわっふわの髪の毛に顔を埋めてご満悦。
「あーーーー、いい。癒される。もうずっとこうしていたい…」
もうずっと、と言われてもクウちゃんはハルトのクウちゃんなので、流石にずっとこうしているわけにはいかない。お留守番中くらいなら別に構わないが、ハルトが帰ってきたらクウちゃんはハルトの傍にいるのだ。
そのとき、教皇が、
「…………私は知らないよ」
そう、ボソッと呟いたのがクウちゃんには聞こえた。
クウちゃんに頬ずりするので夢中になっている魔王は、気付かなかったようだが……
その直後、執務室のドアが乱暴に開かれた。
扉の向こうに立っていたのは…
「………おにいちゃん…」
「ヒ……ヒルダ!?」
濃紺のとんがり帽子に同色の法衣。燃えるような赤の髪に同じく燃えるような琥珀の瞳。
魔王を「おにいちゃん」と呼ぶハーフエルフの少女……“神託の勇者”の随行者にして聖戦の英雄、“黄昏の魔女”の異名を持つ地上界最強の魔導士…ヒルデガルダ=ラムゼン。
感動の再会に、なるはずだった。
互いに強く想い合う同士。深い絆で結ばれた、かけがえのない存在。それなのに、きちんとした別れの挨拶もないまま離れ離れになってしまった二人。その、十五年ぶりの再会…なのだから。
…にも拘わらず、どうしてもそういう空気にならなかったのは、偏に現在の魔王の状態による。
それに一早く気付いた魔王本人も、大慌てで釈明を始めた。
「ち…違うんだヒルダ!これは、これはそう…その、何て言うか、えっと、その……とにかく違うんだ!」
…釈明にもならない醜態だった。
「おにいちゃん…どういうこと…?その子誰……ねぇ、おにいちゃん………」
底冷えのする低い声が、部屋の空気と魔王を震わせた。
「え…と、その、この子はあれだ、あのな、ハルトの精霊で…あ、ハルトってのは俺のむすk……ええとあのその、あのあれ跡継ぎ的な……」
「知ってるよ……おにいちゃんの息子なんだよね………あの女に産ませたんだよね……」
往生際の悪いしどろもどろの釈明は、魔王をどんどん窮地に追い込んでいく。
追い込まれながらも、止まることの出来ない魔王。彼はきっと、学習能力を星の奥深くに置き忘れてきたに違いない。
「え!いや!!産ませたって…産ませたって、多分お前の気にしてる感じのアレじゃないぞ!?あのほら、だってあいつ、姫巫女じゃん?だからさ、だから……」
「で、おにいちゃん……その子は何なの……?」
渦巻く魔力。怯える魔王。静かな怒りに燃え盛る魔導士。
こっそりと部屋を出て行く教皇と、それについていくクウちゃん。
「……ま、待てヒルダ!俺の話を聞い」
「許すまじ」
その日。
聖都ロゼ・マリスはルシア・デ・アルシェ、ルーディア聖教会教皇の執務室は、原因不明の爆発炎上により、消失した。
懲りない魔王。学習能力のない魔王。
こいつ書いてるとおバカでなんかホッとします。




