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第二百七話 懇親会ってほんと何のためにあるのか本気で分からなくなるときがある。




 「セドリックさん!」

 「おう、元気そうだなてめーら」


 出発前の壮行式…のさらに前の顔合わせの場で、セドリックと再会したハルトとセドリック。

 ものすごーく久しぶり、みたいな感じの両者であるが、実際には半月ぶり程度である。


 「…はぁーん、こうしてると本物の王子さまっぽいな」

 「本物っぽいってなんだよ本物だっつの」


 正装したセドリックに感嘆するマグノリアに、セドリックは苦笑しながらツッコんだ。

 こうして見ると、そして乱暴な言葉遣いを無視すれば、セドリックは見事な王太子だった。

 サイーア公国の国色である深緑を基調に金古美のアクセントが美しい礼服は威厳と気品に溢れていて、それを纏うセドリックも決して服に負けていないのだから感心ものだ。


 「つーか、それを言ったら…」


 セドリックはハルトをマジマジと観察。

 ハルトも今回は正装である。黒を基調に蒼銀の刺繍。王族と言うよりも騎士のイメージに近いデザインは、彼が聖教会の懐刀サクラーヴァ公爵家の者として参加するから、なのだろう。

 もともと気品(要するにボンボンオーラ)には溢れているハルトなので、こういう服装をしているとそこに凛々しさが加わって、本当に英雄っぽく見える。


 「お前もやっぱあれだな、流石は………の息子だよな」

 「……はぁ」


 思わず魔王の息子と言いそうになって声を消したセドリックに、気の抜けた返事のハルト。正直、あまり父親のことを持ち出されるのは好きではない。

 好きではないが…この場ではきっと諦めざるを得ないのだろう。ここにいる使節団の誰もが、彼を剣帝の息子として見ている。


 「でもって、てめーらもそういう格好してればなかなか見れるじゃねーか」

 「悪かったな普段は見られたもんじゃなくて」


 セドリックはマグノリアとアデリーンに視線を移す。

 彼女らはハルトのお供という立場で参席なので、服の色もそれに合わせて黒。アクセントは臙脂。上品さとは縁遠いマグノリアではあるが、公国と聖教会の錚々たる面子の中で委縮することなく堂々と振舞う様は、どこぞの王家の直属騎士と言っても遜色ないほどだ。

 何せ彼女は、弁えることを得意としている。その場における自分の役割は何なのか、何を期待されているのか、それらを瞬時に嗅ぎ取って適切な振舞いに切り替えることが出来るのだ。


 …しかしそれはマグノリアに限ったことであり。


 「……で、なんでアデルの奴はこんなソワソワしてんだよ」

 「いやー…この格好させられてからずっとなんだけど……なんでだ?」


 問うたセドリックは勿論、マグノリアも首を傾げている。

 二人の視線の先ではアデリーンが、ソワソワオロオロと落ち着かない様子で辺りを見回しては俯いたりマグノリアかハルトの背後に隠れようとしたり。

 誰か逢いたくない人物でもここに来ているのだろうかと訝った二人だが、どうもそういう感じではなさそう。

 アデリーン=バセットは基本、相手によって態度を変えることはしない。

 教皇だの王族だのを相手にするときは流石に敬語くらいは使うが、少し慣れればそれも適当になってくるし自分の好きなように振舞う傾向は決して変わらない。

 彼女は、オフ(引き籠もり)モードのときはかったるそうで寝ることばかりに言及していて、オン(オタク)モードのときには研究対象に興奮気味の熱い視線をぶつけてばかりいる。

 そんな彼女だが、いつだって他者の視線は気にしない。どう見られようが構わないのだ。

 それなのに、この状態はどういうことか。


 見慣れぬアデリーンの不安そうな態度に、セドリックとマグノリアは不気味なものさえ感じた。


 「なぁアデル。さっきからなんなんだお前。少しは落ち着けよ、ここにゃ偉いさんも集まってんだぞ」

 「だ……だって、だって……」


 歯切れが悪いのも珍しい。


 「だって?」

 「だって…………………帽子が」

 「…………ん?」


 ぼそっと呟いてハルトの袖をきゅっと掴むアデリーン。普段は見られない可愛げのある行為であるにも関わらず、ハルトは今までの諸々から身の危険を感じて身体を竦ませた。

 

 「帽子が…何だって?」

 「帽子がないんだもの」


 アデリーンの言葉の意味が分からず、顔を見合わせるセドリックとマグノリア。

 帽子がないと……何だというのだろう。


 …と、外出時には必ずとんがり帽子を欠かさないアデリーンであることを、マグノリアは思い出した。

 しかしそれは、ただの拘りというか通常装備の一環にしか考えていなかったのだが…

 

 もしかしたら、そうではなかったのかも。


 「帽子無しで外に出るだなんて、そんなの、は…初めてなんだもの!」

 「…………あーーー、そうなの」

 「え、悪い。だから何なんだ?」


 恥じらう乙女のように柄にもなく身をよじるアデリーン。

 別に真っ(で外出しろと言われたわけでもあるまいに…


 「こんなの、真っで外に出ろって言うのと同じじゃない!」


 ……彼女には、同じことらしかった。

 “隠遁の魔導士殿”の感覚が今一つ…どころか全っ然分からない一同であった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 アデリーンがあまりに落ち着かないものだから、彼女は控室に置いて来た。

 ただ恥をかくだけなら可愛いもので、下手をすると暴れ出したりしかねないとマグノリアが懸念したためだ。

 いくらなんでもそこまで常識知らずではないだろうとセドリックは言ったのだが、感性が他者とちょっとばかり違う者の無自覚な危険性を身に染みて知っているマグノリアの言葉には説得力があったし、この中でアデリーンと一番付き合いが長い彼女の言うことなので最終的には同意した。


 この場は、壮行会前の顔合わせ、形としては懇親会である。出発前に使節団の皆で語らって、共に一つの目的を果たそう(すなわち自分たちに有利な結果をもぎ取ろう)という決意を固める場所。

 なので、いつまでも仲間内で固まっているわけにもいかない。


 セドリックは使節団のトップであり責任者なので、会場全体に目を配らせて気も配らせて、何かと忙しそうだ。ここにいるのは全員、公国ないしは聖教会のメンバーなので友好的ではあるのだが、それでも僅かな齟齬だったり目論見の差だったり立場の違いだったりするものがあるので、バランスを取るのも大切なのである。


 ハルトのところにも、多くの使節団員が挨拶に来た。

 年齢的にはハルトの方から赴くべきではないかとマグノリアは思ったが、しかし彼の立場…地位はここにいる中でセドリックに次ぐ。聖教会にとってサクラーヴァ公爵家は特別な存在であるし、公国貴族にとっても一国の王族に匹敵する公爵家の嫡男に良い顔をしておきたいという思いがある。

 マグノリアは、お歴々と挨拶を交わすハルトを一歩下がったところで見ていた。

 見守っていたのでもあるし、見張っていたのでもある。いくら立場的には上だと言っても、公国側のメンバーはほとんどが爵位貴族。青二才のハルトが何か失礼を仕出かさないかと心配したのだ。


 …が、彼女の心配は杞憂に終わった。

 

 ハルトの対応は見事としか言いようがなく、マグノリアは今目の前にいるのが本当に自分の弟子なのかと疑ってしまうほどで。

 今も、恰幅の良い中年男性と会話をしているのだが。


 「お目にかかれて光栄ですぞ、私はラズーネ伯爵家のデルフィノと申します。いやぁ、剣帝閣下にかように立派なご子息がいらっしゃるとは。教皇聖下もさぞお心強いことでしょう」

 「ありがとうございます、伯爵。こちらこそお目にかかれて光栄です。この度の調印式、若輩ながら精一杯務めさせていただきますので、至らぬ点がありましたらどうかご教示ください」

 「いやぁ、お若いのにご立派なことだ!我が家の愚息にも公子の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいですな!」


 …などなど、和やかにそつなくこなしている。

 魔王子としてフォーマルな場での振舞いには慣れていると言っていたハルトだったが、ここまで猫を被るとは。一体誰にそんなことを教わったのか。王太子だったら猫を被らなくても良かろうに。


 それにここまで猫を被れるのなら、もっと普段からこう…もう少し何とかならないものかと、いやいやしかしつい油断してボロが出ることだってありうるかも、と少し複雑な心境でマグノリアはハルトを見張り続けた。




 

今はコロナのせいでそういうこともありませんが、自分の職場でもよく大きめの研修とか会議とかあるとその後に意見交換会という名の懇親会をやるんですよ。正直、交換する意見にどれだけ有意義なものがあるのか疑わしいし(だって酔っぱらって話す内容ですよ?)、立派な名前をつけて結局自分たち(お偉いさん)が飲みたいだけじゃん、って思ってました。

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