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第二百五話 適任であるのと適性があるのと一致してればいいんだけど案外そうじゃないことの方が多かったりする。




 セドリック公子がパーティーから抜けた。


 言葉にしてしまえば実に無味乾燥なただの出来事ではあるが、実際にも湿っぽいことは何もなくサバサバとした、あっさりとした別れだった。

 多少湿っぽくなっていたのはハルトくらいで、マグノリアもアデリーンも仲間とパーティーを組んだり解散したりというイベントには慣れっこである。ソロであるマグノリア、ヒッキーでほとんど活動らしい活動をしていないアデリーンでさえ()()なくらい、遊撃士に出逢いと別れは付き物だった。中には、依頼の度にメンバーを変える奇特な者もいるほどだ(ただの人嫌いなだけかも)。

 死別したわけでもなく、喧嘩別れでもなく、よくあるパーティーメンバーに裏切られ棄てられたとか足手まといだとお払い箱になったとかそこから一つの物語が始まってしまう系でもない。

 互いに立場があって、やらなくてはならないこととやりたいことがあり、それが理由で共にいられなくなっただけのこと。

 とは言え、マグノリアはきっとハルトは自分と別れるときには大泣きして駄々をこねたりするんだろうなーと思ったし、アデリーンも似たようなことを考えついでに自分だったら絶対にハルトを手放したりしない(色っぽい意味ではなくて…)と思ったし、ハルト自身に至ってはいずれマグノリアとも離れることになるだろうなんて想像もしていなかった。


 別れの形もそれぞれなのである。



 改めて三人+一人メンバーになった彼らだが…クウちゃんが「+一人」なのは、彼女がハルトとセット扱いだからである…、ロゼ・マリスでの休息もそこそこに、次の行動を決めることにした。

 何故ならば、ハルトが非常に落ち着かなかったからである。やりたいことがあるからと魔界じっかを飛び出てきたのに聖都でのんびり保養…だなんて気分にはなれないのだ。


 そしてそれとほぼ同時期に、地上界的にはとても大きな出来事があった。

 それは、サイーア公国とグラン=ヴェル帝国との国交樹立。

 そのニュースは中央大陸全土に…否、西大陸や南の群島列国、果ては北のスツーヴァに至るまで地上界全土に広くかつ衝撃をもって届いた。

 

 グラン=ヴェル帝国は建国以来、他と決して慣れ合おうとはしなかった国である。余所に関わるときと言えば、戦争を吹っかけるくらい。非常に面倒な国だ。

 それが、何を思ったかサイーア公国の提案に驚くほどあっさりと、それまでの方針を覆してしまったのだ。

 一体帝国に何があったのか、もしや皇帝の身に何かがあったのか、と噂する向きも強かったし、提案した公国にしてもなんでまた衝突ばかりしていた敵性国家と国交なんて結びたがるのかと、しかも現教皇の出身地で敬虔なルーディア聖教国であるのに拘わらず…との疑問があちこちから噴出した。

 また、聖教会総本山であるロゼ・マリス及び教皇が、非聖教会国である帝国とサイーア公国の国交を認める姿勢でいることも、実に不可思議であった。


 その実情を知るのは、それぞれのごく限られた上層部だけだった。


 


 さてその実情とやらの核心部分の一つであるところのハルトは、国交が結ばれていようがいまいがどのみち再び帝国に赴くつもりであった。愛しいメルセデスを見失ったのが帝国なので、そこから彼女の足取りを追おうという腹である。

 非公式とは言え魔王ちちの赦しも得たことだし、教皇も出来得る限りの協力を惜しまないと言ってくれているし、帝国の皇帝もハルトならば大歓迎してくれるだろうということもあり、ハルトも、そのお目付け役(みたいになってしまっている)のマグノリアも、結構気楽な感じで教皇に帝国行きを伝えた。前回とは違い、何も憂える必要はなかった。

 …はずだった。



 「え……いやいや流石にそれは…マズいんじゃ……」

 マグノリアは、自分の口調のマズさにも気付いたが今はそれを気にしている余裕はない。見ればアデリーンも自分と似たような表情をしている。クウちゃんは何も分かっていないものとして、平然としているのはハルトくらいだ。


 戸惑うマグノリアをよそに、教皇はシレっとしている。やっぱりまだ命令違反を怒っているのだろうか。これは、その腹いせではないのか。

 マグノリアがそう思うのも宜なるかな。


 「マズいって、何がだね?」

 「いや、アタシらは役人でもなければ王侯貴族でも国の重役でもないんだ…ですよ?いくらなんでも、特使だなんて務まるわけないでしょう!?」


 そう、此度国交を樹立し、ついでに不戦条約と協商条約まで結んで晴れて友好国となるグラン=ヴェル・サイーア両国であるが、何故か調印式に赴く公国側の特使としてハルトが任命されてしまったのだ。

 当然、マグノリアとアデリーンも同行者に含まれてしまっている。


 しかも、公国の特使なのに任命したの教皇だし。サイーア公王じゃないし。



 「私はそうは思わないのだけどねぇ…」

 教皇は呑気だ。しかし調印式の特使だなんて責任の重い仕事を、在野の遊撃士に押し付けるのはいくらなんでもあり得ないだろう。


 「普通、そういう場にはこう、国の大臣とか名のある貴族の当主とか、なんかそういう相応しい人物が選ばれるもんじゃないのか?」

 「だから、選んだんじゃないか」

 「いや、だってアタシらは…………あ」


 マグノリアは気付いた。

 彼女らは確かに全員遊撃士だが、一人彼女の言う「相応しい人物」に該当するのがいる…身分的に。

 教皇も、マグノリアが何に気付いたのかに気付き、満足げに頷いた。


 「そう、ハルトは今回の件に誰よりも適任だ。帝国の皇帝と知己であるだけでなく、信頼も得ている。非公式ではあるが帝国を中心とした騒ぎを修めたのも結局は彼だしね。それに何より、彼はかの剣帝の嫡男、サクラーヴァ公爵家の次期当主。何もおかしなことはないだろう?」

 「え、いや、サクラーヴァ公爵家はサイーアじゃなくってロゼ・マリスの…」

 「教皇庁で最も大きな影響力を持つサクラーヴァ公爵家は、下手な国の王族並みの権威を持ってるからねぇ。公国大使というよりもルーディア聖教会の特使、という表現の方が適切かもしれないが、まあやることは変わらないわけだよ」


 強引な教皇に唖然とするマグノリア。しかも言っていることは理に適っているので反論も難しい。

 実際、公表されていることではないが、帝国が国交樹立に賛成したのだって間違いなくハルトのためだろう。やけにハルト(と魔王)に心酔していた皇帝の姿を思い出す。皇帝は、魔王子と敵対する意思はないことを示すためにハルトの所属国であるサイーアとの結びつきを求めたのだ。


 しかし、適任だからといって適性があるかというとそれはそれ、これはこれ。

 マグノリアは、手のかかるバカ弟子にそんな大役が務まるはずはないと思っている。

 

 「ハルト、お前も自分のことなんだからボケーっとしてないで何か言え。このままじゃお前、一国の大使にされちまうぞ?」

 「え、ボクは別に……構いませんけど」

 「構わないのかよ!?」


 予想外にハルトからすんなりOKが出たものだから、マグノリアは頭を抱える。

 こいつは絶対に分かっていないに違いない。特使なんて、調印式なんて、国と国との一大イベントなのだ。気楽なおつかいとは訳が違うのだ。

 やることは事前に決められた手順に従うだけではあるが、公の場での作法だとか振舞いだとか、庶民にはハードルが高すぎる。

 以前とは比べ物にならないくらい成長を見せたとは言え、一般常識に関して言えばまだまだお尻にカラをひっつけたピヨピヨひよこ同然のハルトでは、下手をすれば自分が恥をかくだけではなく両国の間に亀裂が走りかねない。


 というのは、マグノリアの見解であって。


 「お前な、公式な国の行事だぞ?注目度も半端ないんだぞ?いつもみたいにへらへらほけー、じゃ務まらないんだぞ?」

 「国の公式行事…なんですよね?別に、経験がないわけじゃないですし……」

 「……へ?」


 あっさりと言うハルト。どうも、何も分からないくせに深く考えずに承諾したのではなさそう。


 「父がいない間、魔界ではそういうこと全部ボクの仕事でしたし」

 「……あ」


 そう言えばそうだった。ハルトは、魔界の王太子だった。つい先日判明したことなのに、忘れていた。ついでに、玉座の間で魔王の傍らに控えていた姿も思い出した。実に堂々とした、風格と品位を備えた姿だった。

 なるほど今まで魔王の代理として魔族たちの上に君臨していたのであれば(例えそれが形だけのことでも)、それらしく振舞うのはお手の物、ということか。

 確かに、お飾りとは言え…否、飾りだからこそ、傍目には立派でなくてはならない。


 「え…と、念のため聞いとくが、今までやってきたのってどんなことなんだ?」

 「魔界で、ですか?えーと、小さなものなら臣下たちへの謁見とか陳情を聞くのとか、中くらいのになると部族や一族間の争いの裁定とか爵位授与とか役職の任命とか。大きいのは、魔界全土を挙げての祭祀とかですね」

 「…………へー…」


 マグノリア、へー、しか出てこない。初めて聞いたが随分とご立派なことをやってきたご様子。

 それだけのことをこなしてきたのであれば、普通は精神的に成長するものではないのか。最初はただ言われるがままだったとしても、そのうち仕事の中身や意味を真剣に考えてみたり自分の立場の重要性に気付いてみたり、するものではないのか。


 「やってきたことは立派なのに、なんであんたはそんなにヘタレなのかしらね」


 それでも最近は成長を見せてくれているハルトなのでそこは突かないでやろうとせっかくマグノリアが思ったところに、無神経にズバリと斬り込んでくれたアデリーンだった。


 「え、ヘタレなんですか、ボク?今までそんなふうに言われたことありませんでしたけど…」


 しかしやっぱり自覚のないハルトは、自分がディスられていることすらイマイチ分かっていない様子でへらへらほけー、としているのだった。

 


教皇庁で最も大きな影響力を持つ…だとか、王族並みの権威…だとか、教皇さんはそう言っておりますが、サクラーヴァ公爵家は現実には実体のない家なので当然そんなはずはありません(魔王の一族、という意味ではそれどころじゃない権勢かもしれませんが)。

教皇さんが自分の思うとおりに事態を動かしたいときに利用する、隠れ蓑的な存在ですね。


あと、セドリックと別れましたがまたすぐに合流します。ので別れはあっさりと。

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