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第二百四話 セドリックの事情




 サイーア公国第一王位継承者、セドリック=アルター・フォン・ハイデマン。彼は元来、あまり悩み事を抱えるタイプではない。

 それは彼が一国の王太子として我儘放題にやってきたから、というわけではなく(それもなくはないけど)、彼の行動規範が幼いころから明確だから、である。


 彼は基本、祖国の利に反することはしない。

 若気の至りで失敗することはあっても(例えば怖い魔女を怒らせてしょーもない呪いをかけられたり、だとか)、粗暴な言動で周囲を戸惑わせても、本当に必要だと思えば何を優先させるかを瞬時に判断することが出来る。

 実際、彼がハルトたちについて国を出たのにも、彼なりの理由があったのだ。



 魔女の怒りを買い呪いをかけられた時点で、自分の王太子としての権威は地に落ちた。彼には政敵と言えるような相手がいなかったので(他の王位継承者は年の離れた妹姫しかも同腹のみだ)それによって権力争いが勃発することはなかったが、仮に他派閥の王族がいようものなら、面倒な継承権争いは避けられなかっただろう。

 その点、彼の継承順位が不動なものであったことは幸運だったが、それでも臣下の自分を見る目は変わった。呪いのことを知るのは限られた一部の高官や身の回りの護衛騎士、侍女たちくらいだったが、そして厳重に箝口令も敷かれてはいたのだが、彼らの目に浅慮な王太子はどう映っただろうか。

 中には、早々に彼を見限る臣下もいた。彼は王に相応しい器ではないと、他の継承者を擁立すべきだと、このような王太子は廃嫡すべきだと、王に直訴する者も。

 それは臣下として出過ぎた真似であり咎められてもおかしくない行為ではあったが、しかし現に王太子が「死ねクソ」しか言えなくなってしまった以上、公王は臣下たちを論破することは出来なかった。

 セドリックも臣下たちのそんな動きには気付いていたが、話すも書くも「死ねクソ」のみの彼にはどうしようもなかった。それに、臣下たちの言い分もよく理解出来た。

 自分だって、「死ねクソ」しか言えない王なんてありえないと分かっている。


 息子を庇いたい王と王妃、王太子には相応しくないとセドリックを見限る高官。城の中は、ギスギスした空気で満ちていた。

 だが、問題は解決する。公王からの依頼を受けた“隠遁の魔導士”アデリーン=バセット、パーティーメンバーの第二等級遊撃士マグノリア=フォールズ、そして新人遊撃士ハルト=サクラーヴァによって、無事にセドリックは言葉を取り戻すことが出来た。

 それだけではない。当のセドリック本人も彼女らと同行し、敵性国家へ潜入し、“黄昏の魔女”の救出に尽力したのだ。それは、呪いをかけられたというヘマを挽回してお釣りの来る功績。

 聖戦の英雄の救出という手柄を引っ提げ、呪いも解除され、帰還した王太子の株は急上昇した。

 もとより両親である公王夫妻にも妹姫にも愛され慕われている彼なのだ、大歓迎も当然のこと。

 そして、彼を見限ろうとした臣下たちも、王太子を認めざるをえなかった。


 ただ問題は……城の中の険悪な空気は、そう簡単には消えないということ。


 公王夫妻からしてみれば、愛する息子しかも第一王位継承者を、呪いをかけられたとはいえ軽視し排除しようとする臣下たちに不信感を抱いてしまったし、臣下たちにしても散々自分たちがディスってきた王太子が以前よりも立派になって帰還したことに複雑な思いを拭い切れない。

 表向きは解決した問題だったが、両者の間の見えない溝は依然として残っていた。

 そして更なる問題が勃発した。セドリックの廃嫡を主張した家臣と、それに反対した家臣とでも立場の差が目立ってきたのだ。

 廃嫡に反対した家臣…と言っても、まだ廃嫡論議は早いと主張していただけで、セドリックを積極的に後押ししようとはしていなかった。彼らとて解決策は持っていなかったのだから、とりあえずこの場は成り行きを見守ろう…という日和見に走ったわけだ。

 それが、事が無事に終わってみれば途端に勢いづき、自分たちは王太子を信じていた、それに比べ廃嫡派は先を見ることも出来ず王の器を見誤る者たちだ…と声高に主張し始め、廃嫡派を蹴落としにかかったのだ。


 セドリックの呪いのことを知る者は少ないが、知っている家臣は皆、それを隠すことが不可能な重臣たち、公国の大貴族ばかりだ。

 公王の安定的な統治の下で権力争いが今一つ盛り上がらなかった彼らにとって今回の件は、他者を貶める格好の機会となってしまった。


 それが自分の責任だとセドリックは自覚していた。自分の至らなさが、公国内の支配層に軋轢を生んでしまった。そのことが情けなく、自分が腹立たしかった。

 そして、それを解決することが出来るのは他ならぬ彼だけだった。


 今は、廃嫡反対派を大人しくさせるのが先決だと彼は悟った。

 廃嫡派の主張には道理がある。彼らとて、無条件でセドリックは王位継承者に相応しくないと言っていたわけではない。「死ねクソ」しか言えない王太子は王族に相応しくない、そんな呪いをかけられてしまうセドリックの資質は疑わしいと、誰もが(そう、マグノリアでさえ)考えたことを声に出したに過ぎないのだ。だからこそ、公王もそんな家臣たちを罰することが出来ないでいた。

 呪いが解けた後は、形ばかりだがセドリックに謝罪し両者は和解した。彼らの中にあるのはセドリックへの反感よりも決まりの悪さの方が大きかった。

 厄介なのは、ここぞとばかりにセドリックを持ち上げ廃嫡派を追い落とそうと躍起になる廃嫡反対派…彼らは自分たちを王太子派と称していた…の勢いだった。

 公王も、目論見はどうあれ王太子を擁護する彼らに対処することは難しい。何しろ、立場的には自分と同じなのだから。

 しかしこのまま公国家臣団が二分されることは絶対に避けなければならない。

 

 だからセドリックは、一度クールダウンのための時間を設けることにした。


 自分がいると、王太子派はどんどん増長していく。古くからの功臣揃いの彼らを諫めるだけの権限・実績はまだ自分にはない。

 

 彼が国を出たのは、そういう理由からだった。

 神輿がなければ、彼らもそれ以上大きな顔は出来まい。王太子派(セドリック自身が彼らをそう呼ぶのには抵抗があるのだが)が大人しくなれば、公王にも彼らと廃嫡派との間を取り持つ余裕が生まれるはず。

 懸念材料としては、戻ったときに自分の居場所が残されているかどうかなのだが、そこは社会勉強兼武者修行としておけば体裁は保てるだろう。


 

 時間的に、クールダウンには充分な頃合いだった。しかも、帝国の内情も把握出来たというオマケ付き。このオマケは、セドリックにとって今回の件の最大の収穫だ。

 この情報と世界の真実を土産に公国へ戻り、再び第一王位継承者として公王の補佐及び勉学に励むという道が、セドリックにとっての王道と言える。

 ならば、迷う必要はない…はずなのだが。



 「やぁ、少しいいかな?」


 セドリックの部屋(教皇に用意してもらった。一人一部屋あてがってもらっている)のドアをコンコンとノックして顔を覗かせたのは、教皇本人だった。

 セドリック、これにはビックリ。話があるなら呼び出してくれればいいのに。教皇が自分の方から信徒のもとを訪ねるだなんて。


 「聖下、どうなさったのですか?」

 「いやぁ、君とは随分前に話したっきりだと思ってね」

 「……伯父上…」


 セドリックと教皇グリード=ハイデマンは伯父甥の関係だ。幼い頃はよく可愛がってもらった記憶がある。子のないグリードにとっても、セドリックは特別可愛い存在なのだろう。

 

 教皇を部屋に招き入れ、向かい合わせで腰掛ける。久々にあった伯父は、こうして見てみるとだいぶ老け込んだように見える。信徒の前に立つ彼はいつでも威厳と力強さに溢れているのだが、教皇という衣を脱ぎ去れば年相応の老人なのだと、セドリックは何となく物悲しくなった。


 「それで、話とは……」

 「うん、君はどうしたいのかと思ってね」


 セドリックの用意したお茶を一口飲んでから、教皇はにっこりと笑った。


 「君には立場もあるし、色々と難しいことも多いのだろうけど、もう少しの間くらいなら我儘を続けさせてあげることも出来るよ?」

 「…………そう、ですか…」


 それは則ち、教皇がセドリックの我儘の後ろ盾になってくれるということだ。

 彼は、甥っ子が初めて手に入れた自由と気楽さを手放したくないと思っていることに気付いている。

 その上で、セドリックがまだ公国に戻りたくないのであれば、もう少し気ままな旅暮らしを続けたいというのであれば、それを応援してくれる…と。


 セドリックにとって、この上なく有難く心強い申し出だ。公王も、家臣たちも、教皇相手には何も言えない。公王の兄であるというだけでなく、ルーディア聖教最高指導者である彼の言うことは信徒にとって絶対だ。


 …ふと、魔界での魔王の様子を思い出したセドリックである。


 「私が君に特任司教の地位を与えれば、実質的に君は何処に行こうが何をしようが自由ということになる。国元にも、立場的にも、箔が付くんじゃないかな」


 特任司教・特任司祭とは、特定の教会には所属せずに諸国を漫遊し布教に努める聖職者のことだ。布教の形は様々で、各地で説法を行う者もいれば修練に励む姿を信徒に見せることで自発的信仰を促す者も、貧しい人々への救済活動を行う者もいる。

 手段方法は聖教会から指定されることはないので、「それっぽい」活動さえしておけば後は自由の身。実際、そういう名目で世界中に散らばっている聖教会の特任神官の半数は諜報や工作活動の隠れ蓑にしているという噂もあったりするくらいで。


 その地位を貰えば、セドリックは誰の目を気にすることなく自由を謳歌することが出来る。堅苦しい勉強やギスギスした空気から逃れて、気の置けない仲間たちと旅を続けるという道は、なんと明るく開放的なことだろう。


 「………ありがとうございます」


 しかし、セドリックは。


 「折角のお心遣いですが、自分は国に戻ろうと思います」


 寧ろ教皇の申し出が背中を押したみたいに、きっぱりとそう言い切った。僅かに未練が見え隠れする表情だったが、眼差しは揺るがなかった。


 「そうか…いいのかい?」

 「今ここで伯父上のお言葉に甘えてしまうのは、違うような気がするのです。自分はやはり……サイーア公国の、王太子ですので」


 王族として豊かな生活を保障されている以上、彼には責任がある。いつまでも周囲に甘え、それを蔑ろにすることは許されない。

 このまま甘え続ければ、いつか現実に戻るのが怖くなる。だから、後戻りが出来なくなる前に、自分は帰るべきだ。


 それらを「王太子だから」という一言に詰め込んだセドリックに、教皇は苦笑した。


 「それ、ハルトが聞いたら後ろめたくなりそうだねぇ」

 

 同じ王太子という立場でも、二人のなんと違うことか。

 その差は、ただ両者の性格や取り巻く状況によるだけではなさそうだった。


 「あいつは……背負っているものが、自分とは違いすぎます」


 セドリックは首を振った。

 自分は王太子としての責務を選ぶ。しかし、ハルトにもその考えを押し付けるつもりはない。どちらが正しいという問題ではなく、頑なに自由を求めようとするハルトに、何か必死なものを感じるからだ。

 魔界にいたって、王太子という立場を受け容れたって、彼は我儘を貫くことくらい造作ないだろう。それまでもほとんど実務は行っていなかったらしいし(ハルトを見ればさもありなん)、魔王が復活した以上、彼の責任はそれまで以上に小さくなる。

 父である魔王も、ハルトを押さえつけるつもりはなさそうだった。であれば、魔王子の座を利用して楽に目的を果たす方がいいだろうに。

 それなのに、ハルトは魔界を拒絶している。しかし否定しているわけではない。それが指し示すものとは。


 「ハルトが背負うことになるものは、自分には想像もつきません。あいつも具体的には分かっていないでしょう……ただ、無意識に何か感じ取っているのかもしれない。あいつにとって今一番必要なのは何なのか」

 

 上手く言葉に出来ずに言い淀むセドリックだったが、教皇はそれ以上のことを分かっているようだった。うんうんと頷きながら、


 「そうだね、一度否定して距離を置いてからでなければ正しい形で受け止められないこともあるからね」


 そう、一人で納得していた。


 「自分が言うのも変な話ですが、ハルトのこと、よろしくお願いします。マギーやアデルがついていれば余程のことがない限り大丈夫だとは思うけど、あいつ変なところで暴走しかねないところがあるから」


 そういうセドリックは、手のかかる弟を持った兄のような顔をしていた。そして、

 

 「分かった。全力でサポートさせてもらうよ」


 そう返す教皇の表情もまた、父親もかくや、だった。



 

 

やっとセドリックの事情が書けました。

死ねクソしか言えないギャグのような(ギャグやん)状況でも、彼にとってはすっごく大変なことだったんです(そりゃそうだ)。

あと、グリードさんのパパ化が止まらない。

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