第百九十四話 魔王のタラシは復活後も健在なようです。
「いなくなった?」
「そうなのですわん。様子を見に行ってみたら、もぬけの殻でぇ」
うねうねしながら、ヴォーノは気まずげに報告する。自分でも失態だと思っているのだろう。
「とても動けるような傷じゃありませんでしたしぃ、眠ってるみたいだから目を離してしまったのが間違いでしたわん」
マグノリアと魔王の話は意外に盛り上がった。父親のことを打ち明けて、理解してもらって、許しをもらって、マグノリアの中の魔王に対する警戒心だとか不信感というものは、綺麗さっぱり洗い流されていた。
寧ろ、話していて気が楽なくらいで。
つい時間を忘れて話し込んで、いい加減皆のところへ戻らないと…と二人して廊下を歩いていたら、小走りでヴォーノがやって来たのだ。
「もう一人の、男の子の方はちゃんと大人しくしてますけどぉ、念のためしっかり見張りは置いておくことにしましたわん」
「ああ、ありがとなヴォーノさん。シエルとは、後で話してみるよ」
何故かヴォーノにだけは「さん」づけな魔王だったりする。
「…に、しても……結局、誰だったんだ、あれ?第一等級遊撃士とか言ってたけど、なに、今の遊撃士ギルドって魔王退治の依頼まで持ち込まれたりするわけ?」
ヴォーノの報告によると、シエルと共に怪我の治療で別室に運ばれていたメルセデス=ラファティが、少し目を離した隙に行方をくらましてしまったのだという。
「いやまさか。あれは、メルセデスの独自の行動だと思うぞ」
…と言いつつ、釈然としないマグノリア。
彼女とメルセデスの付き合いは、長いのか短いのか、浅いのか深いのか、表現に困る。
年齢的にも職歴的にもマグノリアの方が上なのだが、なにせ相手は泣く子も黙る第一等級。しかもソロを好むマグノリアと、頑なにソロに拘るメルセデスとではほとんど接点を持ち得ない。
が、男性優位の荒事社会における女性遊撃士はなんだかんだで連帯意識が強く、出逢えば情報交換もするし偶然同じ現場でかち合ったときには共同戦線を張ったこともあるし、大きな依頼で一時的にパーティーを組んだこともある。
その程度ならば、普通は浅い付き合いと呼ぶだろう。実際、マグノリアはメルセデスのプライベートなことをほとんど知らない。せいぜいが、剣聖に師事したことがあるという界隈では有名な事実くらいだ。
しかし、それ以上に有名なのが、凶剣メルセデスのソロプレイ。
都市や国家が依頼を出すような大規模の仕事では、複数の遊撃士、複数の遊撃士パーティーが共同であたることもある。だが、それはあくまでも個々の集まりにすぎない。全体で一つのパーティー、というわけではないのだ。
そしてそんなときにもメルセデスのペースについていける者はほとんどおらず、周りは彼女を遠巻きにするだけだったし彼女も敢えて周囲に迎合しようとはしなかった。
そんなメルセデスが、マグノリアとだけはパーティーを組んだことがある。それも一度ではなく、三度ほど。
たまたま成り行きでそういうことになっただけの話であり、メルセデスにしてみれば他の誰でも良かったのかもしれない。
ただ、あまり積極的に他者と触れあおうとしない彼女にとって、つかず離れずの距離を保ち不用意に懐に立ち入ってこないマグノリアのスタンスは心地よかったようだ。
あと、格上の第一等級に上手く合わせられるマグノリアの器用さのおかげもあったのか、二人のコンビネーションはそれなりだった…とマグノリアは思う。メルセデスもそう思わなければ、三度もパーティーを組むことはないはず。
そんなこんなでマグノリアは、メルセデスのことをほとんど知らないに関わらず、遊撃士の中で一番彼女と付き合いのある奴、というふうに見られていた。
…が、付き合いが深くても浅くても、今回のメルセデスの行動は理解出来ない。
仮にメルセデスが、信仰心に厚く平和をこよなく愛し人々の安寧を祈る系の人物であれば、そうでもなかっただろう。
信仰と正義の名の下に、復活を果たした魔王を滅ぼそうと考えてもおかしくない。
しかし、少なくともマグノリアの知る限り、メルセデスはそういった感情とは無縁の少女だ。
マグノリアほど合理主義・現実主義で割り切っているという感じではないが、なんというか……
「けど、似合わないんだよなー…」
こう、熱い感情を持ち合わせていないというか、いつも何処でも平熱というか。
依頼でもないのに、魔王に立ち向かうだなんて……らしくなさすぎる。
「似合わない?」
「……ああ、魔王退治なんてあいつのガラじゃない。何の必要も理由もなくそんなことする奴じゃないけど、あいつにそんな理由があるとも思えないし」
「…………ふぅん、そっか」
マグノリアの言葉に、魔王は少し考える素振りを見せた。
「メルセデス=ラファティ、だっけ?少し警戒しといた方がいいかもな」
「そうですわねん、皇帝ちゃんにも言っておきますわん」
「え、ちょっと待ってくれ」
何やらメルセデスが魔王に目を付けられたっぽいので、マグノリアは慌てて割って入る。
「あいつはただ、魔王を邪悪なものだと勘違いしてるだけだと思うぞ?こうして話してみればそんなことないってすぐに分かるはずだし、何もそんな警戒しなくっても…」
魔王の言う「警戒」がどのようなものかは分からないが、自分たちの尺度で考えない方がいいだろうことはマグノリアにも分かる。
例えば、警戒=見付けたら即殺、とかだってあり得るのだ。
「うーん…そうは言っても、なんか気になるんだよな、あの娘」
「え、気になるって……気になるって!?」
まさか父子で女の取り合いか、と変な勘ぐりをしてしまったマグノリアは、直後の魔王のキョトンとした表情に自分の勘違いが恥ずかしくて思わず赤面。
「いや……アルセリアの弟子だってのに、俺に敵意を向けるとかどういうことなのかなーって…」
「あ……ああ、そういうことね、うん、なるほど」
どうやら親子でも女性の好みは違ったようだ。マグノリア、ちょっと安心。どうして自分がこんなことで安堵してるのかは分からない。
とは言え、魔王がメルセデスを警戒しているのであれば念押ししておく必要がある。
「あのさ、魔王さん。メルセデス相手には慎重になった方がいいぞ、ハルトに嫌われたくないんなら」
「何それ?どうしてそこでハルト?」
マグノリアは、ハルトの恋路を積極的に応援しているわけではない。まー前途多難だが頑張れよー、程度のもの。だが、魔王父子には仲直りしてほしいと心底願っている。
もし、魔王がメルセデスを殺したりなんかしたら、ハルトは絶対に許さないに決まっている。先程も、ハルトは眠っていたので気付いていないが、魔王が彼女を傷つけたのだと知れば彼の父に対する拒絶はあんなものではなかったはずだ。
「さっき説明した、アタシとハルトが出逢った経緯。そこでも話したと思うけど、あいつが惚れてる相手ってのが…」
「え、もしかして…」
「そう、それがメルセデス」
魔王は、衝撃の事実を知った、みたいに目を丸くする。
「マジで?あんなボヤーっとしたのがいいわけ、あいつ?……へーーー」
……驚きのポイント、そこかよ。
どうやら魔王は、息子の好みが理解しがたいようだ。
「わっかんないなー、ま、顔は悪くないと思ったけど……なんか印象薄いっていうか、はっきりしない感じがしない?」
「アタシにはよく分からないけど……ああいうか弱そうで儚げな感じって、男ウケ良いんじゃねーの?」
なお、か弱そうなだけであって実際はか弱いとは対極にある。
「…そんなもんかねぇ………どっちかっつーと、俺はあんたの方が魅力的だと思うけどな」
「……………!?」
不意打ちのような一言に、不覚にも頬を染めてしまうマグノリア。魔王は意識したつもりはないだろうが、褒められ慣れていないマグノリアには刺激が強い。咄嗟に上手い返しを考えることも出来なかった。
ただ同時に、やっぱり、蛙の子は蛙なんだな……と、妙に納得もしてしまった。
…サブタイのとおりです。マグノリアが魔王の毒牙にかかることはない…と思いますが……




