第百九十一話 内輪ノリって周りはシラケるだけなんだよね。
「その……少し、いいだろうか…?」
思わず発言してから自分に集中する視線に、マグノリアはしまった出しゃばるんじゃなかったか…と少しだけ後悔する。が、それも今さらだ。
分を弁えて壁際で大人しくしているつもりだった彼女が思わず口を挟んでしまったのも、このままでは全く話が進まないと危惧したためだ。
何しろ、興奮しきった皇帝が平伏してなんか祝詞みたいなものまで唱えだして魔王がさらにドン引きしてヴォーノに助けを求めたら逆に抱きつかれて真っ青になって次は勇者に泣きついたら再びハリセンでどつかれて…という内輪ノリのコントが再開されてしまい、アスターシャが言っていた「状況説明」なんてどころの話ではなくなってしまったからだ。
もうこの空気の中で生死を気にする必要はなさそうだし、正直言って何もなかった体で帰ってしまいたい。しかしそれでは収まりが悪すぎる。
一体自分たちは、何に巻き込まれてしまったのか。せめてそのくらいは知る権利があるはずだ。
「ええと……貴方が、魔王…なのか?」
つい、疑問形。仕方ないだろう。彼が魔王っぽかったのなんて復活直後のシエル&メルセデスとの遣り取りのときだけで、その後はどう見たって只の若者だ。外見はやたらとイケメンだが、威厳だとか風格だとか品位だとかが見当たらない。
しかもその返答も、
「ん?ああそうそう、俺、魔王ね。魔王ヴェルギリウス=イーディア。呼び方は好きにしてくれ」
……非常に軽い。
しかし、続く言葉にマグノリアは耳を疑った。
「魔王でもいいし、ヴェルギリウスでも……あ、でもヴェルとギルは他の奴専用の呼び方だからやめといてほしい。それから、別にリュウトでもいいぞ、人間としてはその名前で通してたからさ。リュウト=サクラバ、な」
「……………へ?」
今、魔王は何と言った?リュート=サクラーヴァ……?
それは、その名前は……
「それ……剣帝の名前…じゃなかったっけ……?」
「……………?」
混乱してアワアワしているマグノリアだが、魔王もきょとんと首を傾げた。顔立ちが整っているせいか、やけに愛嬌を感じる。
「剣帝……て何それ?」
「あんたの二つ名ってやつよ。世界を救った三剣の勇者の一人、剣帝リュート=サクラーヴァ。…てことになってんの」
魔王の疑問に答えたのは、勇者だった。
「で、私が剣聖で、ライオネルの奴が剣姫。聖教会の新たな旗印ってやつね」
「え、何それカッコいい!」
魔王の目が輝き出した。外見はマグノリアより少し上…二十代半ばから後半に見えるのだが、はしゃぐ姿はまるで十代の少年のよう。
「俺、剣帝?おお、俺にピッタリじゃね?剣帝リュウト!ひゅーう、かぁっこいい!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、それはどういうことだ?剣帝と言えば、御神の荒魂を滅ぼした英雄だろう?それと魔王が同一人物って???」
慌てて問いかけたマグノリアに、魔王は再びキョトン。横の勇者は何だか気まずそうな顔。魔族たちは、ほーらね、と言わんばかりに肩をすくめている。
「何それ初耳なんだけど。てか、創世神の荒魂…?なぁアルセリア、どゆこと?」
「あー…話すと長くなるんだけど…………はぁ、めんどくさ」
勇者は、本気で説明を面倒臭がっている。表情からすると、他の面々も知っていそうな感じだが…
「まずは、この魔王と、剣帝が同一人物ってのは本当。ついでに言っとくけど、この魔王そんなに怖がる必要ないから、安心しなさい」
「人のことバカっていうほうがバカなんですぅ」
「………ほら、只のバカでしょ?」
「非道い!」
大人げなく口をとがらせて抗議した魔王(子供の理屈か)を黙らせて、勇者アルセリアは説明を続ける。
「でもって御神の荒魂云々っていうのは……何て言うか…」
少しだけ口ごもり、やがて観念する。
「所謂一つの……プロパガンダ…的な?」
「プロパガンダ?どういうことだ」
世界の命運を左右した聖戦に、虚実が含まれていたということか。それが真実であれば、一体誰が何のために…
「さらにぶっちゃけて言うと、歴史の改竄ってやつね。戦後の混乱を鎮めるためには、真実をありのまま公表することは出来なかったのよ…聖教会としては」
「聖教会の仕業…ということか」
「責めないであげて?仕方なかったのよ、魔王が創世神を弑して世界を救っただなんて説明のしようがないし、説明したとしても誰も信じないでしょ?」
「おいちょっと待てアルセリア。弑するって何だよ弑するって。俺とアルシェは同格であってだな」
「あんたはちょっと黙ってなさい話がややこしくなるから」
「…………はい」
表現が気に喰わなかったのか、魔王が勇者に食ってかかってあえなく返り討ちにあっていじける。が、そんな人間臭い魔王の仕草にいちいちツッコんでいる余裕はないマグノリアだった。
「どういうことだ?魔王が世界を救った?で、聖教会がその事実を揉み消して、偽の歴史を記したっていうのか?」
何を馬鹿なことを、と言ってやりたかったが、驚いているのは壁際にいる彼女たちだけだ。他の面々は、いたって平然としている。そのことを、ずっと前から知っていたかのように。
「うーん…そうねぇ。本当はこれ、めちゃくちゃ最高機密だったりするんだけど、貴女たちには説明しておいた方がいいかも」
勇者はそう言った。
最高機密、と聞いた瞬間に、「あ、やっぱいいです」と言いたかったマグノリアだったが、集まる視線の前に言い出すことが出来ず。
真実なんて、知ったところでロクなことにはならないのだ。それは彼女の経験則。
世間を渡るのに不可欠なのは真実ではなく事実の方で、その両者が食い違っている場合、真実は導火線に火のついた爆発物と化す。
…が、中身はどうであれ真実の存在を知ってしまった以上後戻りは出来ないというのもまた、彼女が経験から学んだことだった。
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「…と、いうわけ。そうすれば、聖教会は御神に逆らったことにはならないでしょ。で、邪悪な魔王は滅びて、魔王のせいで変質し暴走してしまった荒魂も英雄の犠牲により滅びて、聖教会は和魂の遺志と英雄の功績を語り継ぎこれからも地上界を守り続ける……それが聖教会の筋書きね」
勇者アルセリアが、簡単に説明してくれた。
世界を滅ぼそうとしたのは、魔王によって変質した荒魂ではなく創世神そのものであったこと。魔王は、他の英雄たちと同様に世界を救おうとしていたということ。
創世神を滅ぼした時点で力尽き、眠りについたのだということ。
俄かには信じがたい内容だった。今まで教えられ、信じてきたそもそもの根底が間違っていたというのだから。
なお、納得し難い顔をしているのは横で聞いていた魔王も同じで。
「……なんかさ、それ俺に非道くない?あんなに頑張ったのに諸悪の根源扱い…」
「剣帝は英雄扱いなんだからいいでしょ、我慢しなさい」
勇者に窘められ、憮然としつつも少しは機嫌を直したようだ。
「まぁそんなら…いいけど……どうせ魔王だし。でさ、この状況ってどういうわけ?なんで俺、いきなり目覚めてんの?もう少し先になると思ってたんだけど…」
どうやら今回の戦、魔王は完全に与り知らぬことだったらしい。席についている面々を見渡し、その視線が大柄な魔族の男…会話の中でルクレティウスと呼ばれていた…のところで止まる。
これは余談なのだが…本当にどうでもいいことなのだが、このルクレティウスという壮年の戦士、ぶっちゃけマグノリアのどストライクだったりする。
広い背中、力強い肩幅、経験に裏打ちされた貫禄、それをひけらかすことのない穏やかな風貌。イケメンも悪くないと思うが、やっぱり男は内面から滲み出るものが重要。
今回の話が終わったら、少しくらいお話してみたいなー、なんて思う彼女だってやっぱり女子なのだ。
…閑話休題。
マグノリアからの熱い視線には気付かず、ルクレティウスは一旦席を立つと、魔王の前に跪いた。
「お許しください、陛下。我らは、御身をお慕いするがあまりにお望みと反する道を選ぼうとしておりました」
臣下の礼を取り平服したルクレティウスに、魔王の表情がすっと変わった。
それまでの少年然としたあどけないものから、冷淡で厳格な…魔王の顔に。
その瞬間、部屋の空気まで変わったような気がして寒気を覚えるマグノリア。他の連中の表情も険しい。
流石に威圧感だけで死ぬようなことはない…と思いたい…が、やはり魔王は魔王、絶対に怒らせない方がいいようだ。
「それは、どういうことだ?」
「ここしばらく、世界各地にて異変が起こっておりまする。そしてそれらは理に由来するもの。このまま放置すれば世界の存続にも関わると判断し、陛下には一刻も早くお戻りいただかねばと…」
そこでルクレティウスは一旦言葉を止めた。そしてマグノリアの膝枕で眠るハルトを見つめる。
「畏れ多くも、ハルト殿下のお身体を媒介に、陛下にご降臨いただこうとした次第にございます」
そこでマグノリア、ふと気付く。
魔王が剣帝と同一人物ということは……
ハルト、魔王の息子ってことか。
いやぁ、道理でやることなすこと規格外だと思ったら、なるほど魔王の息子ですかそれなら納得。
…じゃなくて。
部屋の空気が…魔王の威圧が、さらに強まった。自分に向いているわけではないのに、ひどく息苦しさを感じる。
「アレを媒体に……その意味が、その結果が、どのようなものであるか知ってのことか?」
「……………左様にございます」
ルクレティウスは、魔王の怒りを真向から受け止めるつもりのようだった。焦りもせず、言い訳もせず、淡々と告げる。
「全て承知の上で、我らは殿下の御身を犠牲にすることを選びました。申し開きはいたしませぬ」
「………………」
ルクレティウスの懺悔に、魔王はしばらく厳しい表情で黙り込んだ。そこからは、内心の動きは見えない。
少なくとも魔王は魔族たちの判断を歓迎してはいなさそうだったし、さりとて怒りに任せて全員処刑、と考えているようでもない。
と、そこに勇者が割り込んだ。
「言っておくけどリュート、そもそもはアンタの不始末なんだからね。そりゃ彼らもちょっと強引過ぎたとは思うけど、少なくともアンタに彼らを責める資格はないわよ」
脅すのはやめたのか、ハリセンをテーブルに置き魔王に向き直る。その表情は、今までで一番「勇者」だった。
「俺のせいって……だって眠ってたんだけど」
「その前に、もうちょっと言い残しとくことくらい出来たでしょ?そうじゃなくったって、神託の形で降ろすことも出来たはずだし」
「えー……んなこと言ったって、こんなことになるなんてさー」
「魔王が情けないこと言ってんじゃないわよ!別にアンタが悪いって言いたいわけじゃなくって、彼らを責めるのは筋違いだって言ってんの」
どうも魔王は、勇者の前だと魔王らしく振舞えないようだ(なんだそれ)。二人の遣り取りを見ていると、まるで息の合った相棒のようである。
「そうよん、リュートちゃん。魔界の方々は、リュートちゃんのためを考えてたんだからん」
何故かそこにチョビ髭男、ヴォーノまで参戦した。
「ハルトちゃんが無事で、リュートちゃんも目覚められたってのはぁ、ほんっとうにたまたまの偶然なのよん?たまたまここにリュートちゃんの躰があって、そこにハルトちゃんがいて、神露があって、それでも一か八かの賭けだったんですものぉ。魔界の方々には、なんだか利用したみたいな形になってしまって申し訳ないくらいですわん」
「みたいな形ってさぁ……利用したんだよね間違いなく」
さも申し訳なさそうに身をくねらせるヴォーノに、少年魔族…彼がアスターシャの言っていた助っ人で、ディアルディオというそうだ…がジト目でツッコんだ。
「あれでしょ、でっかい衝突で世界に負荷を掛けてわざと理を乱したんでしょ?そうでもしなきゃ陛下をそのお身体に戻すことは出来なかったんだろうからさ」
「あらぁん、ディオちゃんてば分かってるぅ」
ヴォーノにウインクされ、ディアルディオは椅子ごと少し後ずさった。
「…………だったら先に魔界に伝えておけば良かったのに」
「だぁってぇ、確証がなかったんですものん。それにぃ、アタクシから魔界に連絡差し上げる手段なんてありませんでしたしぃ」
「……結局、ギー兄一人が悪者じゃんか」
皆がやいやいやっている間に、魔王も落ち着いたようだ。部屋に満ちる威圧感が和らぐ。
「分かった、詳細はまた後程魔界で聞くとしよう。ルクレティウス、お前は兵を連れて魔界へと戻れ」
「…………御意」
魔王の命令に、ルクレティウスは立ち上がり深々と一礼すると、部屋を出た。
出来れば後で話してみたいなーと思っていたマグノリアは思わず腰を浮かしかけて、膝の上のハルトの頭が落ちそうになって慌てて、結局一声もかけられずにルクレティウスは行ってしまった。
「何よマギー、その顔は」
「……………………何でもない」
不貞腐れた顔をアデリーンに見られないように、マグノリアはそっぽを向いた。
ルクレティウスが去り、魔王は溜息をついた。その瞬間に残っていた威圧感も霧散して、再び少年の顔を覗かせる。
「まぁ…要するにあれだな、纏めると、理が歪みかけてて、魔界はそれを止めるために俺の復活を急ごうとした、そのためにアレの躰を器として使おうとしたけど、その前にヴォーノが俺を復活させた…てこと?」
「アタクシじゃありませんわん、ハルトちゃんのおかげですわん。アタクシはただ、道を示しただけですものぉん」
ヴォーノは、この上なく優しい(そしてウザい)眼差しでハルトを見遣った。図らずもハルトと同時にその視線を受けてしまったマグノリアは鳥肌が立った。
「リュートちゃん、ハルトちゃんはね、頑張ったんですわよん。ちゃんと自分の頭で考えて、自分の足で歩いて、自分の心で決めて、自分の手で自分の未来を掴み取ろうと頑張ったんですわよん。目が覚めたら、たっくさん褒めてあげてくださいましね?」
ヴォーノの賛辞に、部屋の中の空気がほんわかと温かくなった。心なしか、聞かされた魔王も誇らしそうな顔になっている。
マグノリアもまた師匠として、手のかかるバカ弟子を目一杯褒めてやりたい気分だった。
対外的には魔王より勇者の方がしっかりしてます。猫かぶるから。




