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第百八十七話 魔王子殿下だってたまにはキレる。




 崩落は、それほど長い時間続いたわけではなかった。

 振動が止まり土埃も収まった後に現れたのは、地面に穿たれた巨大な穴。それは、地下の広大な空間と地上とを繋げていた。


 崩落に巻き込まれて地下に落ちるような間抜けは流石にいなかったが、巨大な穴を見下ろすことが出来る場所にいた者たちは皆、言葉を失って硬直していた。



 眼下に見える光景。不思議な輝きを放つ氷晶と、その中に眠るもの。既に用済みとなった抜け殻でしかない()()ではあるが、やはり魔族たちにとっては特別な存在…なのだろう。


 そう、彼らが戦っていた広場は、かつて魔王が使用していたうつわの眠る地下空間の真上にあったのだ。



 「…びっっくりしたぁー。まさか、こんなとこに隠されてたなんてさ、何処に行っちゃったんだろうって思ってたけど」

 

 ディアルディオが、感心しているのだか驚いているのだか分からない口調で言った。中身のない器であることは知っているので、然程感慨はない。

 そしてそれはルクレティウスも同じ。


 「…解せぬな。今さらあれを発掘したところで詮無きことよ。“星”との繋がりを断たれたあれには最早、何の意味もありはせん」


 確かにそれは魔王が使っていただけあって中身無しでもかなりの魔力を保有してはいるのだろう。だが、道が完全に断たれてしまった以上はそれに魔王が降臨することはもう決してない。

 仮に理を操ることが出来たなら、“星”の根源からそこへ霊脈を引き魔王の魂…意識体と呼んだ方が適切かもしれない…を導くことも不可能ではなかったかもしれないが。


 理に触れることが許されるのは、創世神と魔王のみだ。その二柱がいない今、いくらそれを望んだところで絵空事。そのことを分かっているからこそ、ルクレティウスの目にはそれが只のモノにしか見えなかった。




 しかし、心穏やかならぬ者が一人だけ。


 「…………ほんっと…いい迷惑だよね…」


 ぼそりと、仄暗い表情と声で呟いたのはハルトだった。その双眸が、いつになく凶悪にギラついている。

理由は……言わずもがな、怒りゆえ。


 「大体さ、ボクだってさ、好きで王太子に生まれたわけじゃないのに…」

 「で…殿下?」


 異様な空気にレオニールが恐る恐る呼びかけるが、ハルトは聞こえていないかのように呟き続ける。


 「それなのにみんな好きな事ばっかり言ったりやったりしてさ、ボクの話なんか聞いてくれないしどうでもいいんでしょ。こんなことになるまで誰も本当のこと話してくれないし、そのくせ拒否権はないとかどういうことなわけ?」

 「その…殿下?」

 「それもこれもさ、結局は父上のせいじゃんか。後のこと考えないで勝手なことやって無責任に放置して、そのせいでボクもみんなも振り回されっぱなしで」


 胸の中の不平不満を吐き出しているうちに、ハルトの声に熱が籠り始めた。どうも愚痴って感情を発散させるどころか、愚痴っているうちに余計に怒りが煮えたぎってきたようだ。


 「もう…ほんっとさ……世界のこととか未来のこととか、そんなこと……ボクの知ったことじゃない!!」


 とうとう叫び、ハルトは跳躍した。剣を振りかぶり、穴の中…氷晶へ向かって跳び降りる。


 「いい加減……起きやがれバカ親父!!!」



 ハルトのその言葉をギーヴレイが聞いたなら、やはり下賤な廉族れんぞくになど殿下の身を任せるのではなかったと後悔したに違いない。それだけ、ハルトらしからぬ乱暴な言葉遣いだった。

 しかしレオニールには、らしくない言葉遣いをしたハルトが…本当は諫めなければならない立場であるにも関わらず…何故か誇らしく感じられた。



 ハルトの剣が、氷晶の頂点に打ち付けられた。剣圧が、穴の外にまで届いてくる。何の反応なのか、激しい光が明滅した。それはまるで、ハルトと氷晶の力比べのよう。

 ルクレティウスもディアルディオも、他の魔族たちも、その光に魅せられたように茫然と見詰めるだけだった。



 以前に触れたときと同じ脱力感が、再びハルトを襲う。自分の全てが、氷晶へと吸い込まれていくような感覚。

 だが…


 「馬鹿に…するなよ……ボクだって、伊達に魔王子やってんじゃないんだから!」


 ハルトは、自分に繋がる道の存在を知っている。万物の根源、“星”の中心と自分とを結ぶ道。そこを通り自分へと注ぎ込む凄絶なまでの奔流を。

 


 自分が斬ろうとしているのが、あらゆるエネルギーを吸収し封じ込める性質を持った白銀水晶であることは分かっている。誰に教えられるともなく知っていたのは、彼自身()()と同じく魔王の手により創られた存在だから、だろうか。


 こうなったら真っ向勝負である。たかだか物質に過ぎない白銀水晶、星の生命そのものに比べれば大したことはない。

 

 力を吸収するというのなら、好きなだけくれてやる。食べきれなくても文句は言わないでもらおうか。

…気分はそんな感じである。自棄になっているという点も否定しきれない。



 光の拍動がさらに激しくなった。水晶が限界を迎えているのかもしれない。

 だが同時に、ハルトも全身に嫌な痛みが走り抜けるのを感じていた。


 流れ込んでくる力に対して、彼自身の容量キャパシティが足りていないのだ。以前に魔王が強度不足と評していたとおり、ハルトの身体は高出力の負荷に耐えられるように出来ていない。

あまり無茶を重ねれば、もう使い物にならなくなるだろう。


 だが、そうなったらそうなったで、別に構わなかった。どうせ父に奪われるのであれば、自分が使い潰してやる。自分のことを蔑ろにした奴らの好きにさせるくらいなら、連中の計画を台無しにしてやってザマァ見ろと高笑いして消えてやる。



 ハルトは、死にたいわけではない。寧ろ、死にたくない。死にたくないからこそ、抗っているのだ。

 だがそんな本能的な存続欲求とは別に、今彼を動かしているのは純粋な怒り。


 ふざけんなよこの野郎、という思いである。


 激しい怒りの前に、恐怖も痛みも価値を失う。

 彼の怒りの矛先は、魔王にのみ向いているわけではない。王太子だなんだと持ち上げておいて自分を道具扱いしていた臣下たち然り、味方のような顔をして真実を隠していた教皇然り、運命だなんて名前の理不尽な流れ然り。


 あとついでに、何も知らずに振り回される一方だった自分然り。



 それらの怒り(鬱憤含め)を、刃に収束させる。



 誰かが自分を呼んだ…ような気がした。レオニールの叫びだったのかもしれないし、ヴォーノの呼びかけだったかもしれない。

 もしかしたら師匠マグノリアの声だったかもしれない。


 或いは……もっと根源から来る何かの声。



 不思議なことに、それを愛しい人(メルセデスの呼び声かもしれないとは、思わなかった。








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