第百八十三話 レオニール、先輩相手に頑張る。
アスターシャの協力とネコの説得?により無事ルガイアもパーティーに引き入れたマグノリア一行だったが、事はそう簡単には進まなかった。
ルガイアは、単独で地上界に来たわけではない。彼の所属する部隊である“戸裏の蜘蛛”の数名も共に来ており、さらにネコにほだされるのはルガイアくらいなものなので、当然彼らがマグノリアたちを見逃すはずがないのだ。
戸裏の蜘蛛は、魔王直轄の隠密部隊。隠密とはいうものの隊員は全て実力者揃いで、ルガイアやアスターシャと言えども簡単にあしらえるような相手ではなかった。
…無論、生死を問わずという注釈が付けば簡単な話だっただろう。しかし、自分たちを裏切り者呼ばわりして襲い来る蜘蛛たちに対し、アスターシャは彼らを殺すことを自分にもルガイアにも禁じた。
それが単に同胞を殺したくないというアスターシャの願望なのかそれ以外の考えがあるのか分からない廉族組であったが、マグノリアは遠くの空を見て出来ればそういう仲間意識はこの際捨ててもらえないかなーと薄情なことを思ったりもした。
何故ならば、彼女の視線の先。
「なぁ、アスターシャさん、あれ……大丈夫なのかよ?」
遠くの皇城上空。無数の黒い影が舞っている。“門”を経由して攻め入ってきた魔族の軍勢だ。
「ハルトの奴、本当にあそこにいるのか?なんか、すっごくのっぴきならない状況なんだが」
「うむ…………まぁ、大丈夫…………だろう?」
「なんでそこ疑問形!?」
自信があるんだかないんだか不明なアスターシャの返答に、マグノリアは焦る。こんなところで油を売っている暇があるようには思えず、戦闘が激しくなる前にあそこからハルトだけでも引っ張り出してきたいところなのだが…
「まぁ、問題あるまい。あちらにも助っ人は向かっているからな」
「え、マジで?助っ人って……やっぱ魔族…?」
アスターシャの表情を見るに、その助っ人とやらの実力も確かなのだろう。そこは一つの安心材料なのだが、それにしたってあれほど群れている大軍相手にどれだけの戦力になるのか、マグノリアには見当も付かなかった。
「………あのバカ弟子、合流出来たら説教半日コースだからな」
皇城を見遣り呟いたマグノリアだったが、それを聞いていたアデリーンはそんなこと言ったってどうせすぐ甘やかすくせにっていうか寧ろ甘やかしたくてたまらないくせに、と素直ではない相棒を半分は微笑ましく、半分は引き気味で見ていた。
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帝国軍対魔界軍の戦いは、今のところ全体としてみれば拮抗していると言えた。
帝国の作り出した人造魔獣は、そのどれもが地上界でいうところの脅威度10以上、則ち地上界最強といわれる八首蛇と同等以上の強力なモノである。
しかし最強以上といってもあくまでも地上界レベルでは、の話。実際、魔界に行けばそれらを遥かに超える危険な魔獣も珍しくない。
魔界の中でも精鋭揃いのルクレティウス旗下の兵たちにとってそれらは、油断することは出来ないがそれほど怖れる必要のない存在。
しかしながら、魔界兵の数百余りに対し、魔法陣を通って次々と姿を現した魔獣の数は、かるくその倍以上。
数に物を言わせた、更に命を惜しむことのない猛攻で、魔獣たちは魔族に決して引けを取らない勢いを見せていた。
…というのは戦場を俯瞰して見た場合のことで。
大将戦を見てみれば、勝敗は誰の目にも明らかだった。
「お主も、筋は悪くないのだがの」
ルクレティウスは言う。目の前では、レオニールが息を切らせている。
「だが…まだまだ青いな」
今もルクレティウスは、レオニールの攻撃術式をまともに食らいながら平気な顔だ。もう五、六発ほど様々な属性の魔導を受けているが、そのどれもルクレティウスに僅かな傷、僅かな消耗さえ与えることが出来ていない。
魔導剣士であるレオニールではあるが、無詠唱で行使出来るのは特位術式がいいところだ。
ルクレティウスは、ただでさえ生命力と頑健さに定評のある竜魔族、さらに特殊スキル“絶対防御”も有している。その彼にダメージを負わせようと思ったら、少なくとも超位相当の攻撃が必要となるだろう。
レオニールの魔導レパートリーの中には超位術式もあるのだが、それにはそれなりの詠唱が必要となる。ルクレティウスが悠長に詠唱を終えるのを待ってくれるとも思えず、レオニールはなかなか踏み切れない。
それにしても、いくら頑健な種族と言え特位術式がまるで通用しないというのは異常なほどの防御力だ。高位魔族であってもこれほど守りに固い者は他にいない。
ルクレティウスは、魔導を用いることがない。彼は純粋な戦士タイプの武人であり、その強大な魔力を全て肉体強化に回しているのだ。
その点、ルガイアの奥方である獣魔族のリゼルタニアと同じ枠に分類されるのだが、そのレベルがあまりに違いすぎる。
本気になった彼にダメージを負わせられるのは、同輩である武王たち(それも権能を行使して)か魔王くらいなものだ。
権能を持たずまだ年若いレオニールの攻撃がまるで通らないのも、仕方のないことと言える。
…とは言え諦めるようなレオニールではないので、魔導術式が駄目なら直接攻撃に切り替える。
彼はルクレティウスと剣を交えるのが今回初めてではあるのだが、それまで伝え聞いていた噂と現在進行形で目の当たりにしているルクレティウスの泰然とした威風に、小細工の通用する相手ではないと確信していた。
だから、ただ闇雲に斬りかかるような愚は冒さない。下手な攻撃などルクレティウスの防壁の前には役立たずで、さらに相手は白兵戦の鬼なわけだ。
先祖代々魔界の忠臣として名を馳せる名家に生まれたレオニールは、幼い頃から魔王のみならず武王たちの英雄譚を寝物語に聞かされて育った。
魔界最強の将と呼ばれる武王、ルクレティウス=オルダート……“不動のルクレティウス”。その一撃は、山をも割るという。
そんな相手に生半可な攻撃を仕掛けては、一撃であっさり返り討ちにあうのが関の山。
そこでレオニールが選択したのは、魔導と剣の複合技である。
魔法剣、と言ってしまえば何やら単純なように聞こえるが、実際はそうでもない。
一般的に言われる魔法剣とは、剣そのものに魔導具を組み込み特殊効果を付与したもの。魔力を持つ者であれば魔導適性を持たなくとも使用可能で(例えばマグノリアのような)、魔力の運用コストも非常に優れている。
…のだが、組み込んだ魔導具以上の力を発揮することが出来ず、耐久力にも難があり、過酷な条件下での連続使用はあまりお勧めされないのだ。
レオニールは、既存の魔導術式を組み替える。
選択したのは、【炎華鳳皇】、炎熱系の特位術式である。このレベルの術式を組み替えるには超高難度の技術を必要とするが、頭にクソが付くほど真面目で勤勉なレオニールは物心ついた頃から魔導基礎理論を追求し続けており、実用に関してはそこいらの学者なんかよりずっと長けていたりするのだ。
…尤もどこぞの魔導オタクとは違ってそれが趣味だというわけではない。
効果範囲を極小に限定し、その分のリソースを全て持続時間に割り当てる。膨大な熱量を、刀身に集めることにより圧縮させる。
一瞬だけ、炎で形作られた翼がレオニールの剣を取り巻いた。その炎はすぐに消えたのだが、消滅したのではなく目に見えなくなっただけ。炎翼は、彼の剣に宿った。
「……ほう、なかなか面白そうな技だの」
ルクレティウスが感嘆の声を上げた。その眼差しは、レオニールに対する評価を上方修正したようで、期待を表していた。
「是非、堪能させてもらおうではないか!」
「参る!!」
両手を広げる代わりに大剣を掲げて歓迎するルクレティウス。
レオニールは、大先輩の胸を借りる所存で大地を蹴った。
なんというか自分、キャラメイクの際に性格的なものを重視して能力的なものが疎かになりがちでして。
どのキャラにどんな能力(スキルとか技とか)使わせようかなって、その都度悩んでおります。こう…能力ありきでキャラを作るとなんか薄っぺらくなっちゃうものですから(言い訳)。




