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第百八十二話 合戦開始




 「……なんだ!?」

 「…………陣貝…?」

 「………馴れ馴れしいって……運命の絆なのに……筋合いないって…」


 突如として鳴り響いた法螺貝の音に戦闘を中断し、辺りを見回すレオニールとメルセデス。と、放心状態でブツブツ言い続けるハルト。


 「レオちゃん、そぉんな小娘相手にしてる場合じゃなくってよん」

 

 いつの間にやら、ヴォーノがやってきていた。その傍には、甲冑に身を包んだ指揮官と思しき武官。

 ヴォーノは、相変わらずニコニコと笑みを絶やさないが、その中に僅かながら緊迫が漂っていることにレオニールは気付いた。


 「…お客様の到着よん」


 その視線を追って空を見上げたレオニールの目に映った、黒い大群。それらは見る間に近付き、姿が露わになる。


 グリフォンに騎乗した、百を超えるの魔族の軍勢。その先頭にいるのは……



 「……ルクレティウス将軍…魔界最強の矛のお出ましというわけか」


 密かに歯噛みするレオニール。魔界から宣戦布告がなされたとは聞いていたが、まさか魔界最強の将が直々に出陣するとは。

 魔界は、宰相は、余程本気と見える。


 

 皇城前に広がる空間は、普段から軍の演習に用いられる場所であり、数百程度の軍であれば十分に暴れることが出来る。が、流石にいきなりここまで直接乗り込んでこられるとは皇帝も予想外だったのではあるまいか。

 何故ならばここにはまだ、帝国兵の配置がなされていない。


 しかしヴォーノの落ち着きぶりを見ていると、どうもそうではなさそうな…



 引き連れてきた軍勢と共に、ルクレティウスがレオニールたちの前に降り立った。穏やかな表情で、とても戦いに来たようには見えない。

 …が、六武王が一、ルクレティウス=オルダートが戦装束に身を包みここに立っている以上、この場は世界で最も苛烈な戦場となることを避けられまい。



 「おお、久しいな、レオニール!息災そうで何よりだ」


 これから殺し合う相手に対し奇妙な挨拶をかましてから、ルクレティウスはレオニールの背後にいるハルトに気付いた。

 跪きこそしなかったが、深く腰を折り臣下の礼を取る。


 「ハルト殿下には、ご機嫌麗しゅう……の、ようには見えませぬが」


 宜なるかな、ハルトは未だに茫然自失の涙目である。この状況が分かっているんだかいないんだか。


 「何はともあれ、この爺が迎えに参りましたぞ。これ以上我儘を仰られてはギーヴレイの奴が心労で倒れてしまいますわい。さ、共に魔界へと帰りましょうぞ」


 ルクレティウスは、ハルトの望みを知っているのだろうか。

 いや、詳しくは知らないかもしれない。それでも、ハルトが魔界へ戻るのを拒んでいることくらいは分かっているだろう。

 …ハルトが、何故それを拒んでいるのか…ということも。


 にも関わらず好々爺然とした笑みでハルトに手を差し伸べるルクレティウスが腹立たしくてならないレオニールだった。


 対照的に険しい表情で、軍勢の前に立ち塞がる。


 「ハルト殿下お一人に犠牲を強いる貴方がたの考えには賛同しかねます。ハルト殿下は、魔界にお戻りにはならない」

 「…………ふむ、気持ちは分かるがの。しかし大局の前にそのようなことを言っている場合ではないと、お主も分からぬわけではあるまい?」


 不遜な若造の態度に憤ることもなく、ルクレティウスは諭す。


 「我らは、陛下のお戻りまでこの世界を、秩序を守り抜かねばならぬ。かつてと変わらぬ完全な形のそれを陛下にお渡しすることこそ、何より優先すべきことぞ」

 「……分かっております」


 レオニールは、真向からルクレティウスに相対した。分かっている、と言いながらも、迎合する気配は微塵もなかった。


 「そして全て承知の上で、私はハルト殿下に付き従いそのお望みを叶えることを己に誓いました。どのような道理を説かれようともそれを覆すつもりはございません」

 「………ほう、ほう。お主の忠誠は、魔王陛下ではなくハルト殿下に向いているということか」

 「そう受け取ってもらって結構です」


 魔界にとって、魔族にとって魔王とは絶対の存在。魔王()()()、絶対の存在。将軍であろうと高官であろうと王太子であろうと、所詮は王の添え物に過ぎない。

 したがってレオニールの主張はそれだけで不敬罪に問われかねない…間違いなく問われるものだったのだが、ルクレティウスは寧ろ満足げに頷いただけだった。


 …だからと言って、見逃すつもりもないようだったが。


 「そうか、実に天晴れな心掛けよ。命を賭して忠義を貫くか」


 嬉しそうなルクレティウスの声の中に、ほんの僅かだが獰猛な響きが見え隠れし始めた。


 「……で、この国の者たちも同じ意見ということかの?」

 「左様にございますわん、ルクレティウス将軍」


 ルクレティウスの問いに帝国を代表して答えたのは、何故か皇帝ではなくヴォーノ。話している間に気付けば皇帝もこの場に来ていたのだが(大将が出張ってきたら駄目だろうに…)、それを差し置いて代表者面する豪胆さには誰も何も言えない。



 「………ふむ。では、戦の時間にしようか」


 ルクレティウスは、自分の背後に控える百余名に向かって軽く手を挙げた。その合図に、兵たちが武器を抜き放ち身構える。


 城前の魔族兵は百名余りだが、実際に今回動員しているのは師団規模である。その残りは何処にいるかというと、未だ帝都郊外の上空で待機していた。これはギーヴレイの指示というよりは、徒に死者を増やしたくないというルクレティウスの判断である。

 

 尤も、彼が怖れているのは人道的な意味合いの犠牲ではなく、魔王を失望させることであったが。



 「さて、レオニール。そして廉族れんぞくたちよ。どのくらい楽しませてもらえるかの?儂らを相手にするには、些か人数不足かと思うが」


 未だ兵の動員の見られない帝国側を冷やかすようにルクレティウスが問う。が、皇帝にもヴォーノにも慌てる様子はない。



 「ご心配召されるな、魔族の将よ。誇り高き武人をこの程度の兵力でお迎えするような不作法はいたしませぬ」

 

 それまでヴォーノに出しゃばられていた皇帝が、ようやく言葉を発した。強烈な印象のチョビ髭オヤジに比べるとやや存在感に欠ける彼ではあるが、腐っても皇帝、武王相手に堂々とした佇まいは流石の威厳を放っていた。


 「ほう、どのようなもてなしをしてもらえるのか、楽しみだ」

 「お目汚しかと存じますが、どうぞご査収下さい」


 まるで悪代官と越〇屋が黄金色の菓子を遣り取りするかのような会話だが、ここに贈収賄関係は存在しない。

 皇帝の言葉は、そのまま命令となっていた。後方に控えていた魔導士部隊が、待機させていた術式を発動させる。


 「………む?」


 ルクレティウスは、動かなかった。後ろの兵たちも同様だ。何故ならばそのイントネーションには攻撃系の特徴が皆無だったから。


 一体何をするつもりか、と興味半分好奇心半分(要するに100%面白がって)で見守る魔族たちの周囲に、幾多もの魔法陣が浮かび上がった。

 何のことはない、初歩的な移動用術式だ。長距離転移と違い廉族れんぞくにも馴染みのあるそれは上位術式ではあるが移動距離も大したことはなく熟達した術士でもせいぜい数百メートルがいいところ、しかもそれ以外の特殊効果は一切付帯していない。

上位という難易度の高さの割には効果が限定的で汎用性に欠ける、則ちコスパが悪い術式であるため、人気がなければ使い道もまた非常に限定されている。

 …が、皇帝にはそれで充分なのだ。この場に()()()()()()()()は城の敷地内、地下深くにたくさん用意してある。凶剣の邪魔のおかげで計画に遅れは出てしまったが、それでもここでの目的のために充分なだけの数は揃っていた。


 

 「………ほぉ」


 ルクレティウスが、感嘆の声を上げた。


 魔法陣から現れた異形……大量の魔獣。それらはどれも、既存の…自然界に生息する魔獣とは異なっていた。


 完全に自軍を取り囲まれる形になったルクレティウスだったが、彼は寧ろ獰猛な笑みを深くしただけだった。

 この程度のハンデ、彼にとっては寧ろ好ましいものだ。


 「初めて見る異形だが、面白い」


 抜き放つは、大柄な彼の身長にも匹敵するほどの大剣。全てのスペックを頑強さに割り振ったアダマンタイトの魔剣は、天地大戦においても常に彼と共に戦場にあった。


 頼もしい将の姿に、魔族兵たちも自信に満ちた表情で魔獣の群れを迎え撃つ。

最強の将に率いられた最強の兵は、戦場で生き戦場で死ぬことに誇りを抱くのだ。ましてや、廉族れんぞくの作り出した魔獣如きに恐れをなす者などここにはいなかった。



 かくして、魔族対人造魔獣という、歴史上初の奇妙な合戦が幕を開けた。

 

 

せっかく出てきたメインヒロイン(?)、すぐに出番がなくなるという……

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