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第百八十一話 そういえば初対面からやたらと馴れ馴れしい人ってあれ何なんだろう。




 「ハルト様!」


 防御術式でメルセデスの剣を止めたレオニールは、ハルトに駆け寄った。そして彼を背中に庇うようにして、メルセデスに相対し剣を抜いた。


 

 「……あらら、邪魔が入ってしまいました。パーティーメンバーの方ですか?」

 「娘、何が目的だ?」


 ぽややんとしたメルセデスを強く睨み付けるレオニールだが、メルセデスは視線など意に介していない。


 「そちらの方にもお話したんですけど、魔王に復活されたら困るんです」

 「それを阻止するためハルト様を狙うわけか。貴様、ルーディア聖教会とかいう連中の手の者ではないのか?」


 ルーディア聖教会は、トップが魔界と通じている。則ちその目的は寧ろ魔王復活にあるわけで、阻止しようとするメルセデスはそれとはまた別の勢力に属しているものと思われた。


 「違いますよぉ。前々から帝国の動きには注意してたんです、人工的に強力な魔獣を作ったりなんかして、何かいけないことでも企んでるに違いないって。なのに壊しても壊してもキリがなくって」

 「…なるほど、帝国の研究施設を破壊したのは貴様の仕業というわけか」

 「だって、怖い魔獣があちこちうろつき回るようになったら、困るでしょう?」


 サヴロフ村近郊の、破壊された魔獣培養施設。メルセデスの口振りからすると、彼女が破壊したのはそれだけではなさそうだ。

 

 「けど、彼らの狙いが魔王の復活なら、ちまちま施設を壊さなくったって、そこの男の子を殺してしまえば済む話みたいですし、正直、助かります」

 「この私がそれを許すと思うか?」

 「思わなくっても、そうさせてもらいます」


 互いに剣を向け対峙するレオニールとメルセデス。

 メルセデスは、まだ剣を交える前だというのにレオニールの力量に気付いているのか、ぽややんとした表情は変わらないままだがなかなか踏み出さない。

 一方のレオニールも、廉族れんぞくの小娘一人斬り捨てることなどワケないというのに、そのための一歩が踏み出せないでいた。


 メルセデスは、主君ハルトに刃を向け、のみならずその身を傷つけた。レオニールにとって、それだけで万死に値する所業である。本来であれば、有無を言わせず一瞬で片を付けている。


 しかし……


 レオニールは、知っている。

 ハルトが、ぬるま湯のような毎日から抜け出して自分の足で歩き出そうと決めた理由。

 彼が初めて抱いた、自分のための本当の願い。

 与えられるだけ、言われるがままの現在ではなく、明確で強固な希望に支えられた彼の未来。

 強大な存在を前にしても屈することのない意志。


 地上界に来て様々な経験を経て徐々に変化したハルトではあったが、その全ての根幹にあるのがこの、メルセデス=ラファティという少女の存在。

 悔しいことに、レオニールがどれだけ強く言い聞かせても願っても叶わなかったハルトの成長を促したのは、他でもない今ハルトを殺そうとしている少女なのだ。


 

 レオニールは、ハルトが物心つく頃からずっと付き従っている側近中の側近だ。常にその傍に控え、常にその背中を見守り、常にその身を護ってきた。

 そんな彼にとって、自分以外の者がハルトを導いたのだという事実は、実に腹立たしいことである。が、彼の感情はさておき、メルセデスはそれだけハルトにとって大切で重要な存在なのだと認めざるを得ない。


 嫉妬じみた感情のままに、彼女を斬り捨てることは造作ない。いくら第一等級の遊撃士と言えども所詮は廉族れんぞく、彼の敵ではない。

 

 …が、そんなことをしたらハルトにどれほどの傷を与えることになるのか。

 理想であり目標であり夢であり希望である少女の喪失が主君にどのような影響を及ぼすのかを考えると、他の敵のように迷うことなく排除することが出来なかった。

 少なくとも、ハルトの目の前でそうすることは避けたかった。



 「……ハルト様、この者は私が対処いたします。御身はどうか、城内へお戻りくださいますよう」

 「……………………」

 「……………殿下?」


 ハルトからの応答がないことを怪訝に思い、振り向くレオニール。


 「…………殿下?」

 「…………………………」


 ハルト、虚ろな目のまま放心状態でフリーズしている。


 「殿下?如何なさいましたか殿下!?」

 「……………メルが、そんな筋合いないって……馴れ馴れしく呼ぶなって…………ボクとメルの仲なのに……運命の絆なのに………初対面って……」

 「殿下?聞いておられますか、殿下?」


 茫然としながら虚ろな目に涙をうっすらと浮かべつつブツブツと呟くハルトの両肩を掴んで、レオニールはゆっさゆっさしてみる、ダメ元で。

 案の定、揺さぶったくらいではハルトのショック状態は収まりそうになかった。



 「馴れ馴れしい……馴れ馴れしいって……そんな筋合いないって……ボクとメルの仲なのに…」

 「殿下?それはもうお聞きしましたよ!しっかりなさってください!!」


 壊れた蓄音機のように同じフレーズを繰り返すハルトをひとしきりガックンガックンと揺さぶってから、レオニールはひとまず諦めた。

 ここは後で「劇的!覚醒くん」でも口に押し込むことにして、今はメルセデスを相手することを選ぶ。幸い、今のハルトであれば何があっても覚えてはいなさそう。


 

 「あのー…どうしたんですか、その人?大丈夫ですか?」

 「…………(女って怖いな)」


 ハルトのハートブレイクの原因が自分であることなど露知らずシレっと尋ねるメルセデスはつくづく罪作りだ。


 「…まぁいい、小娘。ここは大人しく引き下がれば、此度の事は不問とする。…が、なおもハルト様を傷つけると言うのであれば、手足の一つ二つは覚悟してもらおうか」


 ここで命を貰う、と言わないあたりがレオニールの真面目なところである。


 「それは、困ります……けど、魔王の復活はもっと困ってしまいます」

 「そうか、ならば恨まないでもらおうか」


 

 メルセデスは脅しには屈さなかった。そこは予想していたのでレオニールに驚きはない。問題は、中途半端に腕の立つ(レオニールから見て)メルセデスを、如何に殺さずに無力化するか。

 手足の一つ二つと言ったところで、本当に手足をもいでしまえば無事では済まないだろう。廉族れんぞくの身体は実に脆弱に出来ていると聞いたことがある。それこそ、腕を失っただけでも命に関わるとかなんとか。


 

 レオニールの逡巡を、メルセデスは警戒のためと受け取った。そして彼女に逡巡はない。


 「…それじゃ、こちらから行きますよ?」


 バスタードソードを下段に構え、やや腰を落とし踏み切りのための力を両足に込める。

 そして地を蹴ろうとした、その瞬間。



 何かに急き立てられるかのような法螺貝の音が、空気を切り裂いて鳴り響いた。






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― 新着の感想 ―
[良い点] レオニールがマグノリア枠に…常識的!! 主君想いな描写が素敵です [気になる点] メルセデスが何だかロボットのように見えること。 何だろう、ヒロイン枠の筈なのに…まぁ、ハルトの妄想でヒロイ…
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