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第百七十四話 魔界、動く。




 いよいよもって、妙な展開になってきた。

 それが、レオニールの正直な感想である。


 現在、彼とハルトはとんでもない歓待を受けている真っ最中だ。


 皇帝は、いと尊き御身には是非ここでお寛ぎいただきたい、と興奮しきりに二人を宴に誘った。

 まさかここで呑気に宴会騒ぎ…だなんて気分にはなれないハルトとレオニールだったが、さらに出来ることならあまり耳目を集めたくないという気持ちもあったが、皇帝はそこのところはよく分かっていた。


 宴と言っても、ごく秘密裏に。

 皇帝の命でわらわらと現れた侍従たちは、ハルトとレオニールの存在を問うこともなく急な来客に疑問を持つこともなく凄まじいスピードで支度を進めていった。それはもう、途中で口を挟むことが出来ないくらいの勢いで。


 あれよあれよという間に席は整えられ、目が痛くなるほどの金ぴかの広間に、白金色の燭台には魔法の灯が揺らめき、大理石のテーブルには金糸銀糸で複雑精緻な刺繍が施されたクロスがかかり、さらにその上には目にも鮮やかに飾り付けられた美味珍味と香しい酒が。明らかに、四人で食べきれるような量ではない。


 侍従たちは、支度が全て済んだら何も言わずにささっと姿を消した。彼ら彼女らがハルトたちに無関心だったのは、元々他人に興味を持っていないというよりはそれが許されないことをよく弁えているからだろう。



 怒涛の如きセッティングが終了し、広間に残されたのは皇帝とヴォーノ、ハルトとレオニールの四人だけ。皇帝は、厳重に人払いを命じた。


 ハルトは呆気に取られて、ただ上座でボーっと腰掛けているばかり。ここは自分がしっかりしなくてはならない、とレオニールは気を引き締めた。


 何しろ、皇帝の狙いも立場も、まだ分からないのだから。



 何やら感極まった様子の皇帝が、上座のハルトへ深々と腰を曲げた。


 「改めまして、いと尊き御身よ、黒き刃を頂く御方よ、我が帝国にご降臨いただけたことに、帝国の全臣民になりかわり、厚く御礼申し上げます」

 「え?あ、えと………はい」


 これはダメだ。ハルトは完全に思考停止に陥っている。レオニールは、主君に任せていたのでは話が進まないと判断した。


 「能書きはいい。聞きたいのは一つだけだ、貴様らは、ハルト殿下の敵か、味方か?」

 「あらやだん、レオちゃんってばん。あたくしたちがハルトちゃんの敵になるだなんて、そんなことあるわけないでしょお?」


 皇帝より先に返事したのはヴォーノだった。物凄く緊迫感漂う場(レオニールの気迫のせい)なのに一人だけモリモリと御馳走を頬張りグラスをあおる彼は、この場で一番の大物に見えなくもない。


 「白々しい!貴様らは魔王陛下の復活を望んでいるのだろう?ハルト殿下を依り代とするため、その御身を狙っているということは分かっている。だが、この私がそのようなことを許すとでも…」

 「ハルト様を依り代に…ですか?」


 なんだか初耳、といった感じで皇帝が首を傾げた。これにはレオニールも戸惑う。それは演技か素なのか。


 「畏れながら、我らにハルト様の御身を害する意図は一切ございません」

 「そぉよん。ハルトちゃんはなぁんにも心配することないって、あたくし言ったでしょお?」


 レオニールの鋭い双眸に射竦められながらも、皇帝とヴォーノは淀みなく断言する。


 「そもそも、ハルト様を依り代にしたところで、我らに陛下をお迎えする術などございません」

 「………………………む」


 言われて、それはそうかと思い至るレオニール。いくら器を用意したって、彼らにそれを活用する能力も技術も知識もあるはずがない。

 いや、ならばそれは魔族たちでも同じことのはず……



 「し、しかし……何やら人造魔獣などというものを作ったり、色々と企んでいたのではないか?」

 「確かに、我らは魔王陛下のお目覚めを待ち望んではおります。いずれ来たるそのときのために、そのお手を煩わせることのないよう陛下に仇なす者共を地上界から一掃することが、我らに与えられた使命と存じておりますれば、人造魔獣計画もその一端でございます」


 人造魔獣計画は、魔王復活のためではなく魔王の地上界統治のための土壌づくり、ということか。


 「しかしながら、我らには魔王陛下を深き眠りよりお救いする術がございません」

 「ならば、いつお目覚めになるとも知れぬ魔王陛下をただお待ちするだけ、と申すか?」


 神だの魔王だのというのは、時間経過の尺度スケールが他とは違いすぎる。いくら統治しやすい世の中づくりに邁進したとしても、肝心の魔王が復活するのが何百年先、何千年先、ということだってありうるのだ。


 …それが分かっていてそうしているというならば、あまりに気の長すぎる話である。


 しかし、ヴォーノはそんなレオニールの疑問に悪戯っぽい笑みを返した。本人はいたってチャーミングなつもりでいるのかもしれないが、レオニールは密かに鳥肌を立てていた。


 「んまぁ、いつお目覚めになるとも…だなんてそんな心配はいらなくってよ。もう兆しは見えていて、そしてハルトちゃんがここにいるのだもの。きっとそう遠くないうちに陛下はお目覚めになってくださるはずだわん」

 「兆し……だと?」


 今の状況で魔王復活の兆しとなれば、心当たりは一つしかない。


 「……空が割れたという異変が、魔王陛下復活の予兆だと…?」

 「んーーー、それは分からないのだけどぉ」


 分からないのかよ。レオニールは心の中で密かにツッコんだ。


 「ただ、理が歪んでいることは確かでしょお?歪んで不安定になった状態なら、とても形を変えやすいと思うのよん」

 「貴様ら……何を企んでいる?」


 人の身でありながら理を語るヴォーノに戦慄めいたものを感じ、レオニールは立ち上がってハルトのすぐ傍らへ。いつでも剣を抜ける体勢だ。


 高位魔族の殺意混じりのプレッシャーを受け、皇帝はたじろいだ。が、怯みはしない。ヴォーノはその笑みを深めるばかり。


 「そぉんな警戒しないで大丈夫よん?あたくしは、いつだってハルトちゃんの味方なんだから」


 その言葉を完全に信じることが出来ないレオニールは、今すぐにでもこの二人を斬り捨ててしまおうか、と半ば本気で考えていた。


 が、それを制止したのは他でもないハルト。


 「レオ、ちょっと待って」

 「…殿下?」

 「ボクは、この人たちの話をちゃんと聞いてみたい。決めるのは、その後でもいいでしょ?」


 ハルトの表情は、静かだった。焦るでも恐れるでも躊躇うでもなく、ただ静かに状況を見極めようとしている眼差し。


 「しかし、この者たちは危険です……!」

 「それを決めるのも、話を聞いてからでいいでしょ。ボクは、彼らと話がしたい」

 「…………………御意…」


 どうやらレオニールは、毅然としたハルトに弱いようである。今までそんなことがなかったので自分でも知らなかった弱点が、ここで初めて露呈した。


 だが同時に、そんな主君が誇らしかったりするレオニールは、彼もまた確かに立派な臣下バカであったりする。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 「師団を一つ、地上界へ向かわせる」


 魔王城の一画。幹部級会議でのギーヴレイの発言に、揃った高等文官(大臣クラス)と高等武官(千騎長以上)はどよめいた。

 地上界への干渉は厳禁、軍事侵攻など以ての外、というのが魔王の意志だというのが、彼らの認識だったからだ。

 しかし、この中で間違いなく最も強い忠誠心の持ち主である宰相ギーヴレイが確信めいた表情と口調で堂々と断言しているあたり、異議は認められそうにない。

 どのみち地上界に対して友好的な感情の持ち主は非常に少ないため、大多数が彼の言葉を反感なく受け入れた。

 ほんの僅かな例外が、幾人かの文官たちであったのだが…


 「お、恐れながら宰相閣下、師団規模ともなりますと予算申請にも時間がかかります。地上界との間で問題が発生したのであれば、まずはあちらとの閣僚級会議を…」

 「予算に関しては既に私が終えている。貴殿が()()()()()()()に勤しんでいる間にな」

 「……………!」


 それも、軍事侵攻そのものというよりはこれ以上軍閥に主導権を握られたくはないというのが本音で、痛いところを突く形で嫌味を言われた大臣の一人(彼は年若い不倫相手を妾の娘と称して度々逢瀬を重ねているのである)は、ギーヴレイが既に彼らの攻撃手段を奪っていたことに閉口し、すごすごと引き下がった。

 それを見ていた残りの反対派も、自分たちの出る幕ではないと口をつぐんだ。


 しかし、驚愕の発言はそれだけではなかったのである。


 場を見渡して、ギーヴレイは全員が追従の意を示したと判断した。そして傍らのルクレティウスをチラリと見ると、


 「師団は、第二軍団より選抜する。総指揮官は、ルクレティウス=オルダートだ」


 魔界最強の剣にして盾を、地上界侵攻の先鋒として指名したのだった。








急展開です。唐突な宰相さんです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 皇帝、以外と常識的。ハルトが消滅するフラグは一先ず「回避」されたようで安心。 [気になる点] ギーさんの地上侵攻。確実に後半に遺恨を残すであろう行為なので、大変気になる。 [一言] レオさ…
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