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第百六十六話 彼が忠誠を誓うのは。




 追手たちの動揺は、小さくなかった。既に剣を抜き放ち敵対姿勢を見せるレオニールに、槍使いの男が腕を押さえながら呻くように問う。


 「正気か、アルバ卿……我らは宰相閣下の命で殿下をお迎えに参ったのだ、それを邪魔だてするというなら、貴殿は魔界の総意に背くということになるのだぞ!」

 

 しかし、レオニールは男の言い分を鼻で笑った。


 「魔界の総意だと、妙なことを言うのだな。ハルト殿下以上に尊き御身が今の魔界にあるとでも?」

 「宰相閣下は魔王陛下の代行として魔界を治めておられる!そのお言葉は、魔王陛下のご意志に等しいものだ!」


 利き腕を落とされたにも関わらず槍使いは未だ戦意を失ってはおらず、他の追手たちも標的をハルトからレオニールに移して身構えた。

 そんな追手たちを見遣るレオニールは、こいつら何を抜かしているのかと言いたげな表情だった。


 「宰相閣下のお言葉が、魔王陛下のご意志?……随分と馬鹿げたことを抜かす」


 …表情だけでなく、言葉にも出した。


 「いと尊き魔王陛下のご意志を我ら臣下ふぜいが語ろうなどと、それは許されざる不遜だ。例え宰相閣下と言えども然り。それとも貴様らは、本当に()()()()()()()()をその耳で聞いたと申すか?」

 「そ……それは…………しかし宰相閣下は陛下より魔界の統治を任されて…」

 「任された程度で陛下のお心を推し量ろうなどということ自体が、不遜だと言っている」


 レオニールは怒っていた。魔界の王太子たるハルトに剣を向けた同輩に対して、自分の大切な主君を害そうとする敵に対して、本気で腹を立てていた。



 「レオ……どうして…」


 ハルトがぽつりと呟いて、その声に振り返ったレオニールは打って変わって温かな笑みを浮かべた。ハルトを勇気づけるように、力強く頷く。


 「ご心配なさることはございません。私は、殿下が地上界へ降りられた当初より陰ながら付き従ってまいりました。そしてそれはこれからも、です」


 レオニールの言葉は、ハルトの二つの疑問…どうして此処にいるのか、どうして助けてくれるのか、の両方に対する答えだった。


 「私は、この身と我が剣を殿下に捧げると己に誓いました。その誓いは、何人たりとも覆すことは出来ませぬ」


 そして、きっとハルトが何よりも欲していた言葉だった。


 「私の主は、魔王陛下ではなく貴方様でございます、ハルト殿下」


 「……………………」

 「馬鹿な、魔界の民である貴殿が、魔王陛下のご意志に背を向けると!?」


 返事が出来ないでいるハルトの代わりに叫んだのは、追手の剣士だった。驚愕だけでなく怒りも滲ませてレオニールに詰め寄る。


 「それは、魔界に対する反逆だ、本当に分かって言っているのだろうな、レオニール=アルバ!!」

 「くどい!!」


 魔王より王太子を優先すると宣言したレオニールは、その時点で許されざる叛逆者となる。魔界全てを敵に回す行状。

 しかしレオニールは動じることなく告げる。


 「仮にそれが…殿下の御身を、その願いを犠牲にするのが魔王陛下のご意志なのだというのであれば、それに背くことが大逆であるというのならば、いくらでも叛逆者になってやろう。私が決して裏切らないと誓うのは、ハルト殿下ただお一人に対してのみだ!」

 「愚かな……」


 うずくまっていた槍使いが立ち上がった。何らかの治癒術式を用いたか、既に出血は止まっている。残った左手で落ちた槍を拾い上げ、レオニールに向かって突きつけた。


 「貴様一人で魔界全てを相手にすると?貴様の実力は知っている。だが、ここで仮に我らを退けたとしても、武王の方々が黙ってはいまい」


 武王、という単語に、一瞬だけレオニールの表情が曇った。さしもの彼であっても、魔界の最高幹部が出張ってくれば勝ち目はない。

 しかし。


 「それが、私が己の道を違える理由にはならんよ」


 レオニールは揺らがなかった。そしてその言葉が、双方にとっての最後通牒だった。

 五人の追手たちの温度が急速に下がる。彼らは、完全にレオニールを排除すべき敵と認識した。


 「そうか、覚悟は出来ているということか。……ならばもう何も言うまい」


 殺気が膨れ上がる。追手たちとレオニールの、闘気なんて呼ぶのが生易しい純然たる殺意が。

 ハルトは今まで感じたことのない空気の重苦しさに戦慄を覚え、倒れたクウちゃんへ駆け寄って抱きしめた。


 レオニールは追手たちに向いたまま、背中のハルトへ伝える。


 「…殿下、ここは少々騒がしくなります。どうか安全なところへお下がりくださいますよう」

 「……レオ」

 「この者たちを片付けましたら、すぐに参ります。……お早く」


 

 ハルトは、泣き出したいような怒りたいような、奇妙な気分だった。

 レオニールが助けに来てくれて、純粋に嬉しかった、安堵した。しかしそれと同時に、そうでなければ為す術なく連行されていただろう自分の非力さが浮き彫りになって、結局は一人では何も出来ないのだという事実をまざまざと突き付けられた。


 それでも、ここで下らない矜持やら意地やらを持ち出すのは愚策だ。悔しいがハルトがここにいてもレオニールの助けにはならない…というか寧ろ足手まといにしかならない。


 ハルトは、心の中でありったけの罵詈雑言を自分自身にぶつけながら、クウちゃんを抱えて駆け出した。

瓦礫の山を一飛びで越え、振り返らずに走り続ける。

 背後で追手たちが自分を呼び止める声がしたが、直後に起こった爆発音で、それはすぐに掻き消えた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「……はると…」


 抱きかかえたクウちゃんが、目を覚ました。


 「クウちゃん、痛いところはない?大丈夫?」

 「……うん、クウちゃん元気だよ」


 脚を止めてクウちゃんを下ろし問いかけるハルトに気丈に返事するクウちゃんだったが、それは明らかな虚勢だった。

 追手たちにやられたダメージが残っているのか、或いはハルトの内面が影響しているのか、クウちゃんの顔色は冴えない。それでもハルトに心配かけまいと、クウちゃんはにっこりと笑った。


 ハルトは、思わずクウちゃんを抱きしめた。

 もうこうなってしまった以上、廉族れんぞくであるマグノリアたちを巻き込むわけにはいかない。今のハルトには、ほとんど味方がいない。

 例外が、クウちゃんと…そして意外すぎたのだが、レオニール。孤立無援かと思っていた自分に心強い味方がいたことが、なによりも有難かった。

 しかし同時に、クウちゃんを自分の都合に巻き込んでしまうことの罪悪感も残る。生まれたての幼いクウちゃんは、魔族たちに対抗するほどの力を持っていないだろう。

 ならば、自分がクウちゃんを守るしかない。先程のような体たらくは以ての外だ。


 …とは言えハルトもまた非力な魔王子のままなわけで。



 「…とりあえずクウちゃん、もう少し走れる?レオなら大丈夫だろうけど、あいつらから出来るだけ離れておきたい」

 「くうちゃんはしれるよ、げんきだもん」

 「あらぁん、無茶はいけなくてよん」


 いじらしいクウちゃんの台詞に、何かが被さった。

 間延びする、やたらとイントネーションが大げさな、うざったい口調。


 「………………………え?」

 「いやだぁん、ハルトちゃんってばぁ。そぉんな、鳩が豆鉄砲を食ったようようなお顔しちゃってぇん」


 うねうねと身体をくねらせて、テカテカとその頬は脂ぎっていて。


 「………………え?は?……え、あの……」

 「こぉんなところで会えるなんて丁度良かったわぁ、ねぇハルトちゃん、これからあたくしのおうちにいらっしゃいな♡」


 ヴォーノ=デルス=アスが、現れた。









レオさん見せ場です。今まで放置だった鬱憤も溜まってるのでしょう。

あとここまで来るとなんかヴォーノ怖い。全ての裏で暗躍してそう。

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