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第百六十五話 忠臣登場!




 「お戯れもこのあたりにしていただいて、さぁ殿下、我らと共にお戻りください」

 

 クウちゃんの暴風をあっさりと無効化した追手たちは、抜き身の武器を手にしたままさらに一歩詰め寄る。

 リーダー格の槍使いの男に、剣士が二人、魔導士が一人、残りの一人は拳闘士か暗器使いか武器は見えない。


 「い…いやだ……!」


 ハルトは後ずさろうとして、瓦礫の山に退路を塞がれた。さりとて、追手たちの向こう側へ抜けようにもそれを許してくれそうにない。


 「んもう!おまえらしつこいの、はるとはどこにもいかないの!!」


 身を竦ませるハルトとは対照的に、クウちゃんはなおも激昂している。自分の攻撃が通用しない強敵だということは分かっているだろうに、まるで怯むことなく。


 「あっちいけったら、あっちいけ!!」


 クウちゃんの周りに、再び風が集まり始めた。先程よりもさらに密度の高い風が渦を巻き始める。

 それを見る追手たちはしかし、平然と…寧ろ、呆れたような表情さえ浮かべた。


 「【地冥呪獄ジオ・グレイヴ】」


 追手の魔導士が唱えた瞬間、クウちゃんの周囲に闇色の魔法陣が浮かんだ。それはそのまま結界となって、クウちゃんを取り囲む。


 「あああああああ!」


 結界に閉じ込められ四方八方から凄まじい力で圧迫されたクウちゃんが、悲鳴を上げた。荒れ狂う力場が小さな躰を捩じ切らんと、容赦なくクウちゃんに襲い掛かる。


 「クウちゃんを放せ!!」


 クウちゃんの苦悶の声に、ハルトの頭の中が沸騰した。臣下たちの自分に対する態度だとか考えだとか自分自身の在り方だとか、先ほどまで彼を縛り付けていた諸々は一瞬のうちに蒸発し、即座に剣を抜いてクウちゃんを苛める奴らに向かって駆ける。


 クウちゃんは、ハルトが自分の意志で定義づけた、ハルトが受肉させたハルトの精霊だ。その結びつきは、単純な主従関係ではない。ある意味で肉親よりも近しい、分身と呼んでもいい存在。

 そんなクウちゃんを傷つけられたことによる明確な怒りと敵意は、ハルトにさらなる力を与えた。今までにない速度で、一瞬のうちに間合いを詰めて槍使いへと迫る。


 …だが。



 「…………え?」


 槍使いが僅かに身体を動かした…と思った瞬間、ハルトの天地がひっくり返った。

 気付けば、いつの間にかハルトは地面に組み伏せられていた。


 「なるほど、多少は研鑽を積まれたということですか」


 頭上から、男の声がする。冷淡で、どこか嘲りが混じっているように聞こえたのはハルトの被害妄想なのだろうか。


 「しかし、所詮は廉族れんぞくとのままごと遊び程度のもの。この程度で、何を為すおつもりなのでしょう?」

 「……………!」


 渾身の一撃のはずだった。しかしハルトの剣は男にかすりもしなかった。それどころかまるで赤子を翻弄するかのように容易く、男はハルトを拘束した。

 


 地上界に来て色々な経験を積み、師匠に色々なことを教わり、自分でも強くなったと思っていた。どんな強敵が現れても、真っ向から対峙し打ち勝つだけの強さを手に入れたと、思っていた。


 …それは、彼の錯覚に過ぎなかった。

 彼はただ、強くなったつもりでいただけだった。

 

 ハルトの手に入れた強さなど本当の強者にとっては児戯に等しいのだと、結局のところハルトはかつてと何も変わらぬ無力なままなのだと、この状況が容赦なくハルトに告げていた。


 

 悔しさと情けなさに歯を食いしばり、何とか男の拘束から逃れようともがく。しかし男の腕の力は緩まないまま、彼はハルトに冷たく告げた。


 「ご観念ください、殿下。あまり聞き分けがよろしくないようですと、我らにも考えがございます」

 「……考え…って……」


 男の口調に嫌なものを感じ、ハルトは抑えつけられている頭を無理矢理上げる。彼の目に映ったのは、ぐったりと地面に横たわるクウちゃんの姿。


 「……まさか…」

 「あの従属精霊が殿下にとって大切なものであるのなら、我らと共にお越しください。さすれば、あれを滅ぼすことはいたしません」

 「……………!」

 

 クウちゃんを人質に取られ、自身の動きも封じられ、ハルトは打つ手を失った。

 黙り込み力を抜いたハルトに、抵抗の意志は消えたと男は判断し、ハルトの上から降りた。


 自由になったはずなのに、ハルトは動けなかった。


 「お分かりいただけて何よりです。…さぁ、参りましょう」


 男が差し出す手を、無気力に見つめる。

 この手を取れば、全てが終わる。

 初めて芽生えた願望も、初めて知った恋心も、魔界の王太子としてではなく一人のハルトとして出逢った人々との繋がりも、夢見た未来も。


 そう、ハルトはもう知っている。自分が一体何なのか。何のために生まれた…作られたのか。

 マグノリアたちには誤魔化したが、ユグル・エシェルの一件でシエルと戦ったとき、ハルトは最初から最後まで全てを見ていた。

 自分の肉体を通して世界に顕現した魔王ちちとシエルとの遣り取りも、意識の底で聞いていた。


 聞いていたから、分かってしまった。


 だから、抗いたかったのだ。まだ、自分のままでいたかった。


 けれども、それは叶わぬ願いということか。抗うには自分はあまりにちっぽけで、()()はあまりに強大すぎた。


 思い知らされた現実の残酷さに打ちのめされて、ハルトはのろのろと男へ手を伸ばす。

 男は満足げに微笑み、ハルトの手をしっかりと握りしめた。


 「さぁ殿下、臣下一同、お帰りをお待ち申し上げておりますよ」

 「………………」


 ハルトは、返事をしなかった。ただ促されるまま立ち上がり、促されるまま歩き出した……そのとき。



 一陣の風が、駆け抜けた。

 否、それは風ではなかった。しかし、ハルトにはそう感じられた。そしてその風が彼と追手の男との間を吹き抜けた瞬間。


 男の腕が、宙を舞って落ちた。



 「………な、あ…ぁぐっ!」


 右腕を斬り飛ばされた槍使いの男は、残った方の腕で傷口を押さえうずくまった。他の追手たちは、突然の攻撃に即座に身構え、敵の姿を見止める。



 「な、何故貴殿がここに……!?」


 追手の一人が、驚愕の声を上げた。

 つられるようにしてそちらの方を見たハルトも、驚愕に動きを止めた。


 

 「何故、とは異なことを」


 追手の腕を切り落とした新手は、鋭く冷たい双眸で追手たちを牽制しながらハルトへと歩み寄る。


 陽光を思わせる明るい金髪に、エメラルドの瞳。いかにも堅物といったしかめっ面。その姿を見た十人中十人が騎士だと評する出で立ちと立ち居振る舞い。


 「私は、ハルト殿下の護衛騎士。主の御身をお守りすることこそが我が務めなれば、ここに私がいる理由など問うまでもあるまい」



 剣の切っ先を同輩らに突きつけて、レオニール=アルバは高らかに宣言した。


 「殿下を害するというのであれば、貴様らは我が敵となる!」



 

 


 

 

 


 

レオさんようやく日の目を見ることが出来ました。脱ストーカーか?

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