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第百六十四話 追手





 「はると、あいつらやっつける!」

 「ダメだよクウちゃん、走って!!」


 不満げに口を尖らせるクウちゃんの手を引いて、ハルトは走る。何処へ行けばいいのかも分からず、それでも走る。


 どうしても捕まるわけにはいかなかった…特に今は。






 居ても立ってもいられない気分で、ハルトは散歩と称して帝都中を歩き回っていた。


 行き交う人々は皆、不安そうに空を見上げ噂を口にし正体不明の現象に怯え、けれども何が出来るということもなくそこには諦めじみた表情さえ混じっている。

 しかしハルトの抱えているのは、そんな漠然とした不安とは少し趣が異なっていた。

 

 まるで、亀裂の向こう側に垣間見える闇が自分を責めているように感じた。自分には、何か出来るような気がして、しかしそれが何なのか分からなくて、それを知ろうとすればもう後戻りは出来ないような、何か大切なものを失ってしまうようなそんな気がして、言いようのない焦燥に追い立てられて、じっとしていられなかったのだ。


 行く宛てがあるわけではない。しかし、こればかりはマグノリアたちに頼ることは出来なかった。

彼女らは確かに頼りになる師匠、頼りになる遊撃士ではあるが、廉族れんぞくであることに変わりはない。そんな彼女らに相談できることと言えば、あくまでも「廉族れんぞくとしての」悩み事くらいで。


 きっとこれは、誰に頼ることが出来るものでもないのだ。それが例え魔族の臣下たちであっても、どうにも出来ないこと。


 言うなれば、頼れるのは自分だけ、ということである。が、ハルトは自分を頼りにするにはあまりにも未熟だった。

 


 この事態が何であるのか、実のところ既に見当は付いている。理屈や根拠があるわけではなく、ただ直感的な確信。

 しかし、ならば自分はどうするべきか、どうあるべきかが分からない。分からないまま、焦燥に急き立てられるようにただあてどもなく彷徨っていたハルトと、無邪気にその後を追うクウちゃんの前に、それらは現れた。



 魔界からの使者。

 ハルトの知らない顔ではあったが、「お迎えに上がりました」と言われればいくら察しの悪いハルトだってすぐに気付く。

 その手を取って魔界に帰ったなら、もう二度と地上界には戻れないだろうということに。


 だから逃げ出した。まだ覚悟なんて出来ていなかったし、覚悟なんてしたくなかったから。

 薄々勘づいていた運命という名の理不尽を受け容れるのなんて、まっぴらごめんだった。



 当然のことながら、魔界からの使者は追ってくる。総勢5名。どのくらいの位階の者かは分からないが、王太子ハルトが地上界にいるという機密ことを知らされていて迎えに来るのだから、それなりの高位ではあるのだろう。

 それでも彼らの目的がハルトの排除でない限り、そして魔界の宰相(ハルトを連れ戻そうとしているのは間違いなくギーヴレイだ)が地上界で騒ぎを起こすことを良しとしていないことから、それほど強硬手段は取ってこないはず。

 

 地の利は自分こちらにある。なんとか逃げおおせて姿を隠し、ほとぼりが冷めるのを待つしか…



 極めて消極的な結論に至ったハルトだったが、その直後、自分の見立ては甘かったと思い知らされた。

 追手の一人が、魔導弾を放った。その狙いはハルトではなく、その行く先の、頭上。通りに面した建物の外壁が派手に破壊され、瓦礫が降り注いだ…ハルトたちの目の前に。

 大量の瓦礫が壁となり、ハルトたちは立ち止まらざるを得なかった。


 そこまですれば、周囲も否応なしにトラブルに気付く。いきなりの破壊行為に悲鳴を上げ、その場にいた人々が逃げ惑う中、ハルトの脚を止めた追手たちは淀みなく二人に近付いてきた。



 「お戯れも大概にしていただけますか、殿下。貴方のあるべき場所は、()()()()()()

 

 感情のこもらない平坦な声。王城にいるときには、こんな冷淡な扱いを受けることなど一度たりとてなかった。いくら狙いを外しているとは言え、ハルトに対して武力を行使しようとする行為が許されるはずもなかった。


 …それもこれも、全てはハルトが()()()()()()だから。

 それを拒むのであれば、魔族かれらは決して容赦することがないのだと、そういうことだ。



 「……ボクはまだ、帰りたくない」

 「貴方の我儘で、魔界を…いえ、世界を危険に晒すおつもりですか?今、世界に何が起こり始めているのか、殿下はもうお分かりいただいているはずです」


 割れた空へと目を遣り、再びハルトに視線を戻す追手。態度と口調は慇懃だが、その双眸はどこまでも冷たい。


 追手が一歩前に出て、ハルトは一歩後ずさる。

 こうなったら、多少乱暴な手を使ってでも抵抗するしかない、とハルトが腰の剣に手をやったところで。



 「貴様ら、何をしている!」

 「大人しくしろ!!」


 騒ぎを聞きつけた帝都の警兵隊が到着した。状況(武装した男たちと少年と幼女)を見て即座に追手たちを取り囲む。


 「こんな往来でどういうつもりだ。署で詳しく話を…」


 追手の一人に手をかけて拘束しようとした警兵は、最後まで口上を述べることが出来なかった。何の躊躇もなく男が振るった拳に顎から上を吹き飛ばされ、ぐしゃりと地に崩れ落ちた。


 「…………な」

 「…き、貴様ら、抵抗するか!!」


 突然のことに一瞬だけ茫然とした残りの警兵はしかし、すぐさま我に返ると実力行使に移る。

剣を抜き、構え、降伏勧告など省略して追手たちに斬りかかり…


 瞬き一回の間に、全員がもの言わぬ肉塊へと変わった。



 「……廉族れんぞくふぜいが…」


 蔑みの表情で警兵たちの死体を見下ろす男の手には、いつの間にやら血濡れた槍が握られていた。後ろに控える他の追手たちも既に得物を抜いている。

 警兵たちは黙らせたはずなのに、武器を収める気配がない。



 「…さて、殿下。我々は、宰相閣下の命により殿下をお連れしなくてはなりません。そして、殿下が拒まれるのであれば多少手荒な手段を取ることも許可されております」

 「…………え…」


 それは、ハルトに対する攻撃をギーヴレイが許した、ということ。ギーヴレイにとって、ハルトの身の安全は二の次である…ということ。


 薄々勘づいてはいたが認めたくなかった事実に無理矢理気付かされて、ハルトは酷く虚しい気持ちを抱いた。


 悲しいのではなくて、悔しいのでもなくて、腹立たしいわけでもなくて。

 ただただ、虚しかった。



 「しかしながら、我らとしても王太子殿下に刃を向けるなどという不遜、出来ることなら避けとうございます。どうか、おとなしく我らと共にお越しいただけませぬか?」


 悄然と立ち竦むハルトに追手たちが近付こうとした瞬間。


 「はるとからはなれろ!!」


 突風が男たちの前に吹き荒れ、見えない壁となってハルトを守った。男たちは、怒りの形相で立ち塞がる幼女を冷徹に見据える。


 「……従属精霊か。紛い物が我らに抗おうなどと、片腹痛い」

 「おまえら、はるとをいじめるわるいやつ!あっちいけ!!」



 クウちゃんは、とてもとても怒っていた。

 ハルトによって定義づけられた従属精霊であるクウちゃんは、その心情もハルトに引きずられてしまう性質を持っている。

 だから今も、打ちひしがれているハルトに引きずられてクウちゃんの元気も出ないのだが、ここで自分まで凹んでいたら大好きなハルトが何処か遠くへ連れていかれてしまう。それは絶対に嫌だ、ダメだ。ハルトが元気ないのなら、自分が頑張ってハルトを守らなければならない。

 そんな使命感で自分を叱咤激励し、どんどん沈んでいってしまいそうな気持ちを無理矢理奮い立たせて、その原動力としてクウちゃんは怒りを選んだ。



 「……クウちゃん…」

 「はると、だいじょうぶ。クウちゃんが、あいつらやっつける!」


 縋るような目をしたハルトに無邪気な満面の笑みで頷くと、クウちゃんはそれとは打って変わった憤怒の燃え盛る眼差しで追手たちを睨み付けた。



 大気中には、名も意思も持たない小さな雑精霊たちが漂っている。そしてそれらは、同属性でより高位の精霊体に従うという性質を持っている。

 幸運なことに、この場にクウちゃんを超える位階の風精霊はいない。クウちゃんは自分の力だけではなく周囲の風精霊たちの力もありったけ献上させて、ハルトを苛める悪い奴らを追っ払うことにした。



 「吹き飛んじゃえーーー!!」


 ありったけの力を込めた、暴風。周りへの被害なんて全く考えていない。巻き添えを食って通りの建物の窓という窓が割れ、脆弱な露店は空高く巻き上げられて飛んでいった。中に真空波が仕込まれているのか、道路の石畳に深い斬線が刻まれる。



 「…無駄なことだ。【風禍激甚ギガシュトゥルム】」


 そこに、追手の一人が生み出した極小の旋風つむじかぜ。効果範囲で言えば、クウちゃんの暴風に比べるべくもない。


 しかし、小さな小さな竜巻がその場に出現した瞬間、クウちゃんの生み出した風は瞬く間にそれに吸収され、消えた。




現在のクウちゃんは、位階的には中位に相当します。シエルの風精霊シルフィも中位ですが、クウちゃんの方が少し上。成長期(?)なのでもっと強くなることでしょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] くうちゃんの強い気持ちが伝わる内容。 自分に絶望しかけているハルトを守る為に戦う…切ない。 [気になる点] くうちゃんが次どうなってしまうのか。ま、まさか… 魔界の使者のレベル。前作では武…
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