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第百六十三話 噂が無責任なのは今も昔も変わらない。



 

 空が堕ちてきて、丸一日が経った。

 断片的にではあるが、そして真偽様々に入り乱れているが、徐々に帝国にも事態が伝わっていた。

一般市民にそれらは厳重に秘匿されていたが、蛇の道は蛇、情報通も多く国の統制を受けづらい“裏側”では、噂が人々の間を飛び交っていた。


 …曰く、魔族が不可侵条約を破って天界に侵攻したのだ。

 …曰く、創世神の荒魂が目覚め、再び世界を作り変えようとしているのだ。

 …曰く、天使たちが強大な幻獣の召喚に失敗したのだ。

 …曰く、これは魔王復活の前触れである。

 

 それらのほとんどは、荒唐無稽な出鱈目である。しかし、ちらほらと信憑性のある情報も混じっていた。


 

 「ザルツシュタットが消えてなくなったって、本当か?」

 「なんでも、とんでもない暴風に吹き飛ばされたって話だぜ」

 「天使の死体が降ってきたって聞いたんだけど…」


 そんな声が、マグノリアたちのところにも聞こえてくる。


 「おい、おいおいおいおい、マジかよ。なんかとんでもないことが起こってるんじゃねーか?」

 「多分、とんでもないことが起こってるんでしょうね」


 アデリーンのつれない返事だが、彼女とてそれ以外に答えようがない。

 そんなことよりも。


 「…で、どうすんの?ここでハルトの我儘に付き合うより、タレイラかロゼ・マリスに戻った方がいいんじゃない?」

 「……うーん…そう…だよなぁ、やっぱり…」


 タレイラだから、ロゼ・マリスだから安全とは言い切れない。

 空が割れて一つの都市が消滅したという現象の前に、何処ならば安全などと断じることは誰にも出来ない。

 しかし、ルーディア聖教会のお膝元・総本山であり地上界で最も守りが固いのはこの両都市だ。特にロゼ・マリスにはこの未曽有の危機に、聖戦の英雄たちが集結していることだろう。

 ここが安全でないのならば、どこにいても変わらない。


 あれだけ教皇に啖呵を切っておいて想定外の事態が起こったらすごすごと逃げ帰るのは非常に格好悪い話ではあるが、そんなことを言っている場合ではなさそう。

 少なくとも、何が起こるのか分からない現状で、頼る者のいない帝国に留まりたくはなかった。


 「ハルトは嫌がるかもしれないけど…ってハルトって言えば魔王の復活云々って今回のとやっぱ関係あるのかね?」

 「知らないわよ。あったとしても何が出来るのよ、私たちもハルトも」

 「そりゃそうだけどさ。なんかあいつ、それでゴネそうだし。戻りたくないとか………って、ハルトは?」


 そこでマグノリア、ハルトの姿が見えないことに気付いた。昼までは何やら深刻な顔をして窓の外を睨み付けていたのだが。


 「さぁ、散歩かなんかじゃない?」

 「いや、いくらあいつでもそんな呑気な…」


 普段のハルトであれば、何かトラブルが起こっていても呑気に散歩していたりするかもしれない。が、朝から彼の表情にはいつにない重苦しさが漂っていた。

 


 ハルトは、何故か魔王の復活についてやけに気にしていた。であれば、彼は今回の件をそれと結び付けて考えているのだろうか。


 「……ちょっと、探しに行ってくる」

 

 だとすると、ハルトを野放しにはしておきたくない。変に思い詰めて変に暴走してしまう前に、手綱を引いておかなければ。



 外に出ると、何故かアデリーンまでついてきた。面倒臭がり屋の彼女にしては、非常に珍しいことである。


 「なんだよアデル、お前も来るのか?」

 「別にいいでしょ。なんか最近のハルトおかしかったし」


 二人でハルトを探しながら、街の様子も観察する。

 やはり噂に踊らされて人々は落ち着きなく騒いでいて、しかし恐慌状態になっていないのは帝国の憲兵隊が目を光らせているからだ。


 「お前もそう思うか……やっぱ魔王絡みかな?」

 「そうなんじゃないの?なんでかあいつ、やけに魔王に拘るわよね。剣帝の息子だからって、変な責任感でも持っちゃってるのかしら」


 それこそハルトには何の関係もないことである。父親が英雄だからと言って、息子まで英雄にならなくてはならないなんて道理はない。

 しかしそれはアデリーンとマグノリアの考えであって、ハルト自身がそう思っていたり周囲からそう思わされている可能性は十分にあった。

 


 「今回のがそれに関係してるのかは分からないけど、あいつが変に暴走してたら止めるのはあんたの仕事なんだからね、マギー」

 「え…アタシだけ?」

 「あったりまえでしょ師匠なんだし。私らまで巻き込まないでよ」

 「え…それちょっと酷くね?こういうときはパーティーの相互責任じゃねーか」

 「一番の監督責任は師匠にあるでしょ」


 まだ起こってすらいないハルトの不始末の責任を擦り付け合う二人の前に、一つの人影が飛び出してきた。

あと少しでぶつかりそうだったマグノリアはギョッとするが、その人物の顔を見た途端にさらに目を丸くした。


 二人の前に現れたのは…



 「お、お前…シエル!?なんで、聖教会に取っ捕まったんじゃ…」

 「え、まさか脱獄?可愛い顔してやるじゃないの」


 マグノリアの驚愕とアデリーンの揶揄に、シエルは頓着しなかった。頓着せず、いきなりマグノリアに詰め寄る。


 「ハルトは?ハルトは何処ですか!?」


 その表情は、非常に硬い。シエルのこんな焦った顔を見るのは初めてだ。


 「お、おい落ち着けって。何があった?なんでハルトを探す?」


 心情的に、マグノリアはシエルに恨みがあるわけではない。だが、立場的に味方とは言えない。彼がユグル・エシェルと共に何をしたか、何をしようとしていたかは教皇から聞かされている。

 だが、彼らは帝国による魔王復活を阻止しようとしていた。その点では、現状において敵と断定することも出来なかった。


 「理由は後で説明します。今は早くハルトを見付けないと…!」 

 「だから落ち着けって。お前の精霊で探すこととか出来ないのか?」


 ハルトの傍にはクウちゃんがいるはず。同じ風の精霊であれば風獅子シルフィにクウちゃんの気配を辿らせるとか出来るのではないかとマグノリアは思ったのだが。


 「試してみましたが、無理でした。おそらく、あちらの方が風獅子シルフィよりも位階が上なのでしょう…大気中の精霊が向こうに味方してしまっている…」


 精霊あるある、はマグノリアには分からない。が、街中にも関わらず従属精霊を表に出しているシエルは明らかに焦っているし、打てる手は全て打ったのだろう。


 「……ん、ちょっと待って………位階ってなに?大気中の精霊が味方って……ねぇちょっと」

 「悪いアデル、それは後でちゃんと説明するから」


 アデリーンが何かに勘づいてマグノリアに食い付いた。こんなときにも自分の好奇心を優先させる相棒の胆力は相当のものだが、今はそれどころではない。



 「まぁ、アタシらも今あいつを探してる最中なんだけどさ……お前も一緒に来るか?」

 「……悠長にしている場合ではないんですけど」

 「いや、アタシらもそこまでのんびりしてるわけじゃねーぞ?」


 まるでマグノリアたちがハルトを探すのに足手まといみたいな言い方をするシエルに、流石にマグノリアも面白くない。


 「言っておくけどな、お前よりアタシの方があいつのこと知ってるんだからな。あいつが行きそうな場所とか…」

 「心当たりがあるんですか!?」

 「え………いや、そういうわけじゃないけど……」


 自信満々に言っておきながら途端にトーンダウンするマグノリア。考えてみれば、自分もそこまでハルトのこと知っているわけではない。

 

 「………………」

 「あ、なんだテメー、今の顔は」


 ほーらね、と言わんばかりの呆れ顔のシエルに、マグノリアは突っかかった。半ば八つ当たりだったりする。


 「いえ別に……やはり自分一人で探した方が効率がいいみたいです。それじゃオレはこれで」

 「おいちょっと待て!だからお前、ハルトを探してどうするつもりだって…」


 マグノリアがシエルの肩を掴んで止めて、シエルが邪魔をするなら容赦しないとマグノリアを強く睨み付けた、そのとき。


 二人の諍いを中断するかのように、爆発音が轟いた。





シエル君ようやく合流です。今まで何してたんでしょうね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マグノリアがカワイイw自分の方がハルトの事わかってんだぞ!って意地張っちゃうとかw [気になる点] シエルが何を感じたのか?ハルトの行方。アスターシャの動向…などなど切がない! [一言] …
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