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第百六十二話 決意と覚悟は大抵セット。





 「時間がない…ということか」


 不気味な空を見上げ、シエル=ラングレーは独り言ちる。彼の相棒である風獅子シルフィが、そっと彼に寄り添った。


 「これが魔王の復活に関わっているのか…或いはもっと大きな何かの前触れなのか…いずれにせよ、グズグズしている暇はなさそうだ。早く、ハルトを見付けないと」


 不安そうに自分を見上げる風獅子を優しく撫でると、シエルは再び駆け出した。


 いずれ訪れる、約束された破滅を否定するために。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 地上界の信仰の中心地、神聖皇国ロゼ・マリスも混乱とは無縁ではいられなかった。殊に信心深い者たちが多く住まうこの地は、余計にその傾向が強いともいえる。



 「…では、ザルツシュタットは壊滅状態、というわけか」

 「状況から見ると、そのようだと思われます」


 部下から報告を受け、教皇グリード=ハイデマンは椅子の背もたれに深く身体を沈めた。彼が直面しているのは、十五年ぶりの厄介事に他ならない。


 …一つの都市が、地図から姿を消した…などと。




 地上界において、彼ほどに全てを把握している者はいない。魔族の智将ギーヴレイと言えども、空間的に隔てられた地上界の詳細を知るのは容易ではない。

 グリードには、世界中に張り巡らされたルーディア聖教会の信仰ネットワークがある。帝国領であるザルツシュタットはその中に含まれていないが、周辺諸国からの報告が既に彼にもたらされていた。



 「空が、堕ちてきた……か」


 彼はそんな形容をしたが、実際に空そのものが堕ちてきたわけではない。ただそう形容するのが最も相応しいように、彼には感じられたのだ。


 何故ならば、堕ちてきたのは天の使徒たちだったのだから。



 「それで、「堕ちてきた」天使たちは?」

 「生存は絶望的とのことです。全員が、ありえない程ひどく歪められていた……と」


 報告する神官も、グリードに負けず劣らず固い表情をしている。何の責任も権限も持たない彼ではあるが、事態の大きさに無責任を気取ることなど出来るはずもない。


 「何者かの仕業か、或いは自然の摂理によるものか………いずれにせよ、看過は出来ない」


 本来はありえないはずなのだ、天界と地上界との間に横たわる空間の隔たりが、局所的とはいえ消えてしまう、など。

 しかし、空に亀裂が走りそこから堕ちてきたのが変わり果てた天界の民だという事実から、そう結論づけるしかなかった。


 しかも、理に乗っ取って“門”を開き両界を繋いだのではない。そうであれば、天使たちが「変わり果てる」ことはない。

 

 理が歪み生まれた穴。そこに落ちた者が理に守られることはない。

 問題は、これが今回限りの現象ではないだろうということ。堕ちるのは、天使たちに限らないということ。


 向こうから堕ちてくるのであれば、こちらから堕ちてしまうことだってありうるのだ。

なんとなくのイメージで、「天界は上、地上界は真ん中、魔界は下」と思われがちだが、各界に上下関係の概念は存在しない。要は、壁が壊れて混ざらないはずの各界がごちゃ混ぜになってしまう可能性がある。


 各界の交流が行われる…だなんて可愛い話ではない。理に守られなくなった存在がどうなってしまうのかは、堕ちてきた天使たちが身をもって証明してくれた。

 さらに言うならば、最も懸念しなくてはならないのは、空の亀裂から天使たちが堕ちてきたことではない。天界との隔たりが一部消えてしまったことではない。


 …最も懸念しなくてはならないのは、何故このような現象が起こったのか。その、原因そのものだ。



 「よりによって、()が帝国に行っている間にこんなことが……」

 「…聖下?」

 「ああ、なんでもない。君は引き続き情報を集めてくれ。どんな些細な異変も漏らさず報告するように。諸国との連携も大切だが、情報の取り扱いにはくれぐれも留意するようにと念を押しておくこと」

 

 引き続きの情報収集を命じられた部下が退室してすぐ、グリードも席も立った。彼しか知らないルートで、大聖堂へ。

 正しくは、大聖堂から繋がる地下の空間へ。


 今回の件は、今回の件から続くと思われる未来は、彼一人の手には余る。彼の推測どおりのことが起こるとすると、それを阻止できるのは魔界だけだ。


 …否、魔王とそれに連なる者だけだ。



 地下に続く階段の途中で、いつの間にか彼は足を止めていた。

一刻も早く、魔界と連絡を取らなくてはならないと分かっているというのに。


 それは、彼の内心にほんの僅かに生まれた罪悪感…或いは憐憫のためか。


 グリードの決断は、一人の無垢な少年の小さな願いを永遠に閉ざすことになる。それしか方法はないのだと分かっていながら、それを運命という言葉で濁してしまうのは、あまりに残酷なことだった。




 「……君はきっと、こんなつもりではなかったと言うのだろうね」


 ポツリと、ここにはいない誰かに呟くグリード。しかし彼の()()がそれに応えることはなく、彼に出来ることは限られていた。

 何故ならば、彼は神でも魔王でもなく、ただ世界の安寧たることを願うちっぽけな人間でしかないのだから。


 どんな犠牲も努力も、彼のそれらは何の価値も持たないものだから。





 

グリード、立つ。なんちて。

今回のグリードさんは、前作ほどには活躍しません(多分)。その代わり台頭してきたのがヴォーノ…?

けっきょくオッサンやん。

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― 新着の感想 ―
[良い点] グリードさんの苦悩。個人の力の限界を知っている彼ならどうにかしてくれそうな予感。それと共にまた何かを失うんでしょうけど。それを分かっててやってくるグリードさんはギーヴレイさんと共に世界の良…
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