第百五十六話 取引現場ってもう字面だけでなんかヤバ気な印象。
その後の調査で、目星の付いていた犯人は確定された。もともと脅迫のための犯行だったわけで、相手も自分たちの仕業だということを本気で隠すつもりはなかったのだ。
送り付けられた首に同封されていたカードに刻印された紋章を調べれば、その出処はすぐに判明した。
財閥系貴族派のテティウス伯爵家と、その傘下のテティウス‐ロンバル商会。
「連中はだいぶ前からデアモレを狙ってやがった。ただ先代の当主が慎重な男でな、穏便にこっちを抱き込もうとしてたんだが、代替わりしてからが駄目だな」
…とは、ダニールの言。
先代の跡を継いだ今の当主は血気盛んな若者で、話し合いだなんて回りくどいやり方なんて冗談じゃない、従わないなら従わせてやれ、という考えの持ち主らしい。
「で、どうする?」
「俺たちは普段どおり、取引に向かう」
マグノリアの問いにダニールはそう答え、てっきり報復のために相手方に乗り込むものだとばかり思っていたマグノリアとアデリーンは拍子抜けし、セドリックは密かに安堵し、ハルトとクウちゃんは何も考えずにほけーとしていた。
「…え、普段どおり?…で、いいのか?」
「おうよ。いくらふざけた連中でも、向こうは貴族だろ?武装して乗り込んだりしてもこっちが押し込み強盗ってことで捕まっちまう」
彼らがあくまでも善良な商会であるのならば、法に訴えることも出来る。が、彼らだって相手とどっこいの後ろ暗い組織。
それでも伯爵家は間違いなく“表”の顔も持っているはずで、そんな“表”に“裏”のやり方で攻め込んでも分が悪いのはこちら側だ。
「だが連中は、俺らが泣きついてくるのを待ってやがる。それなのに知らぬ存ぜぬで普段どおり商売を続けてれば、面白くないだろーなぁ」
「相手を誘い出すってわけか……」
もしかしたら血で血を洗う抗争は回避できるかもと一瞬安堵したセドリックは、自分のそれが早とちりに過ぎなかったのだと早々に気付いた。
“裏”である彼らは、“裏”の場所でしか報復を行えない。だからまずは敵を舞台に誘い出さなければ始まらないのだ。
巻き込まれる取引先には申し訳ないが、それも闇ブローカーにとっては日常業務の範疇だ…というのはダニールの勝手な言い分だが犯罪組織なんてそんなものである。
「戦力を二手に分ける。取引に出てる間にここが襲撃される怖れもあるからな」
ダニールが部屋を見渡して言った。
ここにいるのは、商会員の中でも戦える数名と、ハルトたち一行、そしてサーシャ。総勢二十名ほどが、攻撃(取引担当)と防御(居残り)に分かれることになる。
「サーシャ先生にゃ、取引の方に同行してもらう。あんたが要だ、頼りにしてるぜ」
「承知した、任せてもらおうか」
やはり商会員たちはサーシャを主力と考えているようで、それはあっさり決まった。
「で、そっちの嬢ちゃんたちの割り振りだが…」
「あの、ボクも取引についてっていいですか?」
誰が攻撃向きで誰が防衛向きかと思案しつつダニールが迷っていると、ハルトが手を挙げて立候補した。外見や雰囲気的に防衛向きに見える彼の申し出に、周囲は「こいつ大丈夫かよ」とざわつく。
が、ダニールは快諾した。彼はハルトの力量を身に染みて知っている。
「お、やる気じゃねーかボウズ!いいぜ、お前はこっちな」
ダニールの手招きに応じてそっちへ向かうハルト。クウちゃんは当然のような顔をしてハルトの隣だ。
「え、ちょっと待てハルト、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、師匠。クウちゃんもいるし」
クウちゃんもいるしって幼女に何を期待してるんだと思う周囲の面々は、クウちゃんのことを知らない。
「…仕方ないな、それじゃアタシも…」
「ああ、マグノリアの嬢ちゃんは拠点に残ってくれねーか?」
弟子が行くなら師匠の自分も…と立候補しかけたマグノリアだが、ダニールに遮られてしまった。
「残った側にも中心…司令塔が必要だ。お前さんに頼むのが一番だと俺は思うんだがよ」
ダニール自身、マグノリアの戦い方は知らない。が、今まで一行を見てきて彼女の役割や特性は把握しているようだった。
場を引っ張る度量と、冷静かつ確実な思考、臨機応変な判断力、そして抜け目のなさ。
ただ相手を殲滅すればいいだけの攻撃班と違い、拠点防衛には攻撃力に留まらない能力が必要となる。
「で、そっちのあんちゃんも一緒に残ってくれ。魔導士の嬢ちゃんはこっちだ」
次いでダニールは、セドリックを防衛組に、アデリーンを攻撃組に指名した。
攻守のバランスが良く常識的な判断力を持つセドリックはマグノリアと組ませると使い勝手が良さそうだし、上位術式の使い手であるアデリーンが本領を発揮できるのは最前線だ。これも妥当な判断と言えるだろう。
ただ一人…否一匹、お声が掛からなかったネコだったが、なぜか普段はべったりのハルトの傍には行かずにマグノリアたちの方へ残った。
これは非常に珍しいことだったのだが、猫一匹の行動にいちいち疑問を持つ者は誰もいなかった。
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防衛組に拠点の守りを任せ、ハルトはダニールたちにくっついて人生初の商取引現場に向かった。
「いいか、今日の取引相手は皇弟本人とも繋がりがあるって噂されてるブローカーだ。そこいらの三下とはヤバさも桁違いだから、くれぐれも態度には気を付けろよ」
「そんな相手との取引で敵の襲撃なんて受けたら、それこそ責任問題じゃない?」
アデリーンの尤もな質問。
だがダニールはそれを笑い飛ばした。
「そりゃ責任問題だな、連中のよ。言っとくが俺らは襲撃を受ける被害者だ。取引先もそこんところはよく分かってる。誰を責めるべきかってことも。場合によっては、皇弟派の方からテティウス‐ロンバル商会に圧力がかかるかもしれねーな」
同じ貴族派にありながらも見ている方向の違う皇弟派と財閥系。今のところは表立って敵対していない両者ではあるが、利害の相反があれば事態は変わるだろう。
「でもそれ、貴族派の内部分裂とかに繋がるんじゃない?」
「んなこた俺らの知ったこっちゃねーって。皇帝派だ貴族派だ、それはやんごとなきお歴々の都合だろ?」
「……言われてみればそうね」
サヴロフ商会の取引先は確かに貴族派に連なるブローカーだが、彼らもまた貴族派というわけではない。「取引先のお得意様」のお家事情なんて、ダニールの言うとおり「知ったこっちゃない」のだ。
そんなこんなで最低限のビジネスマナー?をハルトに教授しつつ、取引場所へと到着。
なお、彼らは決して拠点では商売を行わない。それは身を守るためでもあり拠点の在処を一般顧客に知られて押しかけられるのを避けるためでもあり。
指定された取引場所は、意外なくらいに普通のレストランだった。
立地的には“裏”ではあるのだが、その中では治安の良く明るい区画。
てっきりてっきり、いかにもな感じの廃工場とかで取引するものだと思っていたアデリーンは(多分、大衆小説の影響だ)、思わず辺りをキョロキョロ。
普通の、とは言っても、大衆食堂ではない。ドレスコードまでは不要だろうが、普段着では気後れしてしまう程度に高級感が漂っている。
「え、何ここ。普通に食事処なんですけど」
「ま、普通の食事処だからな」
戸惑うアデリーンをよそに、ダニールは店の扉を開けた。
内部もやはり普通の高級レストランではあったが、ただし一般の客は誰一人いない。奥のテーブルについているのは、明らかに堅気ではない雰囲気を携えた数名と、その背後に控えるこれまた数名の護衛らしき男たち。
取引のために、店を貸し切りにしてあるのだ。
「ふーん、わざわざ貸し切りなんて太っ腹ね」
「ま、向こうにゃこの店のオーナーがいるからな、このくらいは朝飯前なんだろ」
なるほどブローカー兼実業家。確かに儲かりそうな職業の組み合わせである。
ダニールは、護衛役として連れてきた若者たちを店の周囲に配置し、店の中にはサーシャとハルト、アデリーンの三人のみを護衛に伴う。あまり大人数の用心棒がいては相手に要らぬ警戒と不審を与えてしまうと判断したのだ。
ダニールたちが店内に入ったことに相手側も気付いた。椅子に座っていた男たちが挨拶のために立ち上がる。
最初に口を開いたのは、細面だが冷たい鋭さを持ったメガネの男だった。
「ご足労申し訳ありません、お待ちしておりました」
口調も態度も慇懃だが、雰囲気は全く慇懃ではない。だがそれはダニールたちを見くびっているからではなく、対等のそして油断のならない取引相手だと評価しているからだ。
「待たせちまったかな、ドルーの旦那」
ダニールの方も、表面上はにこやかだが決して隙を見せずに彼と握手を交わした。
ハルトは来る道すがら失礼な真似はしないようにと言い含められていたので、大人しく黙ってそれを見ていた。
…と、ドルーと呼ばれたメガネの男の隣にいた人物が、こちらは裏表のない正真正銘の満面の笑みで両手を広げた。
「あらぁん、ダニールちゃんってばまた逞しくなったのじゃなくて?んもう、惚れ直しちゃうじゃないのん」
「……あ、あーー……ヴォーノさんも相変わらず……元気そうでなにより」
小太りの身体をクネクネとうねらせて間延びしたうざったい口調でダニールを抱きしめんとばかりに腕を広げていたその人物だったが、ダニールが彼と抱擁を交わすことはなく。
行き場を失った両手を持て余しつつもにこやかな表情を崩さない男は、その体勢のままダニールの同行者に視線を走らせた。
……そして。
「んまぁあーー、なんっっっっって可愛らしいのん!?」
いきなり叫んだ。
その視線の先には、ハルトとクウちゃん。
ヴォーノと呼ばれた小太りチョビ髭オヤジは誰も反応出来ないようなスピードと勢いでその目の前に瞬間移動。そして先ほどは役目を果たせなかった両腕をがば!と広げると……
「ああああん、もう可愛すぎて食べちゃいたいわぁ!」
「✕@?%&#*----!!!」
脂ぎった腕に拘束され、脂ぎった顔に頬ずりされ、ハルトは声にならない悲鳴を上げた。
またもやヴォーノがいいとこ持ってきそうな予感。自分どんだけこのオッサン好きなんだよって感じですわ。
あと皇帝と皇弟って読みが一緒だから地味にややこしい。




