第百五十五話 不穏なお届けもの
最初の数日間は、何事もなく過ぎた。
どうやらハルトたちが合流する少し前に結構大規模な敵勢力(!)との抗争(!!)があったらしく、さらにイーヴォの話ではその際にサーシャと出逢い彼女を雇ったのだという。
イーヴォ始め帝都居残り組はこぞって彼女の腕に心酔しているようで、自分たちは寧ろ邪魔者扱いされてしまうのではないかとマグノリアは危惧したのだが、サヴロフ村の面々は基本的に人柄が良いのか或いはクヴァルもしくはダニールに対する信頼が大きいのか、今のところ「お前らお呼びじゃないから帰れ」とは言われていない。
特にダニールに留守を任されていたイーヴォは気のいい青年で、不慣れなハルトたちにも色々と気を配ってくれた。
おそらく…というか間違いなく決まった一線というものはあってそこから先は見せてもらえていないのだろうが、そういったことが気にならないくらい帝都での暮らしは不便がなかったし、ハルトたちもそこまでサヴロフ村の事情に深入りするつもりはなかった。
平穏だった数日間で、ある程度のことは分かった。
サヴロフ村の行商隊は、小売りはほとんどしていない。その辺りは縄張り争いが厄介なので現地のブローカーに任せているそうだ。
で、彼らの主な顧客はそういったブローカー連中。しかしそれらにもやはり縄張りだとか勢力争いといったものがあって、彼らを自分たちの陣営に引き入れたい勢力からお誘いを受けたりそれを拒んだりしたら脅迫を受けたり。
彼らのお得意さんは、帝国の貴族派を中心に上流階級に多くいた。価格が価格なので、庶民にはおいそれと手が出せないからだ。
尤も、サヴロフ商会(ほとんど通称だった呼び名が固定してしまったそうな)が直接平民には卸していないというだけで、ブローカーたちは金さえ積めば貴賤の別なくデアモレを売るのだろう。中には、自分で購入したデアモレを水増しした上で値段も水増しさせて、平民に売りつけるがめつい貴族もいるらしい。
要するに、彼らが相手にしている取引先というのが、言わば帝国の暗部のドロドロの象徴だったりするわけだ。物騒なのも当然である。
ハルトたちがそれを痛感したのは、帝都に入って五日目のことだった。
その日、サヴロフ商会に一つの荷物が届けられた。
届けられたといっても、配送業者が「お届け物でーす」と運んできたわけではない。朝、商会の一人がその日最初の商談に出掛けようとしたところで、門先に置いてある箱に気付いたのだ。
彼は今一つ察しの悪い男ではあったのだが、その中身が何であるかについては容易に想像がついた。何故ならば、箱はちょうど人間の頭がすっぽりと納まりそうなくらいの大きさで、箱からは赤い液体が染み出て地面を濡らしていて、少し前に商会員が一人行方不明になっていて、そして以前にも攫われた商会員の首から上が送り付けられたという事実があったからだ。
「…間違いない、ニコの野郎だ」
箱の中を沈痛な表情で見下ろして、ダニールが呟いた。他の商会員たちも、目を閉じて仲間の鎮魂を祈る。
「なぁ、こういうことってよくあるのか?」
マグノリアが思わずそう尋ねてしまったのは、彼らが悲嘆を見せていないからではない。寧ろ、この場は既にお通夜並みに沈みきっている。
が、その後の手際があまりに良すぎたのだ。
被害者の身元を確認し、箱から丁重に取り出して(セドリックがクウちゃんには見せまいと一生懸命目隠ししようとしていた)、簡素だがちゃんとした棺に納め、仲間内だけではあるが葬儀の手配をする様は、非常に手慣れているように見えた。
普通、仲間の生首が送り付けられたりしたら、動転するだろう。どうしたものかと大騒ぎになるだろう。いくら荒事専門請負業である遊撃士でも、この事態に通常運転できるほど豪気ではない。
「よくって程じゃねぇが……そうだな、皆無ってわけでもない。こうすりゃ俺らがビビって脅しに従うと思うんだろうよ」
「従わせるために…ってそりゃまた随分と凶悪な」
職業柄、マグノリアも犯罪組織の連中と絡んだことはある。そういった非合法の輩は確かに(何故か)人体の一部を切り取って配送するのが常套手段だったりするが、そこまでするのは大抵が報復のためだ。
しかし、ダニールたちが相手にしているのはそれよりも一歩先に進んだ悪党らしい。
「おいコラ、動くなって」
「やー、クウちゃんめかくしきらい!」
幼女の精神衛生を鑑みて頑張っているセドリックの気遣いは、クウちゃんには通じていない。ハルト以外の人間に触られるのが嫌だということもあり、とうとう嫌がって暴れ出した。
「おいハルト、お前の連れなんだからどうにかしろ」
「え、どうにかって……そもそもセドリックさん、どうしてクウちゃんに目隠しなんてしてるんですか?」
本気で首を傾げているハルトに、セドリックは呆れる。
「どうしてってお前、こんな女の子に生首なんて残酷なもの見せる気か?」
「…………………?」
ハルトの頭上に浮かんだ?マークは消えない。彼が生首を残酷なものだと考えてはいないからか、幼女に残酷な光景を見せることの弊害を知らないのか、それは定かではない。
「連れ……その少女は、ハルト少年の身内なのか?」
なんてことのないセドリックの台詞に、サーシャが反応した。
「え、えと……はい、まぁ、そんなところです」
「……ほう、なるほど……ふむふむ」
どう説明すればいいのか分からずに濁すハルト(サーシャよりもアデリーンを警戒している)だったが、サーシャはそれで納得したように頷いていた。
「で、この事態にあなたたちはどうするわけ?」
この騒ぎにようやく起き出してきたアデリーンが、大体の状況を察して訊ねた。
「用心棒なんてのを雇ってる以上、泣き寝入りするつもりじゃないんでしょ」
「そりゃ当然だ。俺たちにこんな脅しは無意味だ、寧ろ割が合わないってことを奴らに思い知らせる必要がある」
ダニールの口調は普段どおりだが、目を見れば彼が本気で怒っていることは分かる。
「奴らに…ってことは、犯人は分かってるわけね?」
「一つに絞れたわけじゃねーが、目星は付いてる」
帝国は現在、大きく皇帝派と貴族派に分かれて権力争いを繰り広げている。しかし貴族派はその中でも色々とあるらしく、彼らの上得意は主流派である皇弟を中心とした先帝時代の有力者たち。帝国の中では、若き皇帝に忠誠を誓う新貴族と対比して旧貴族などと揶揄されたりもするが、現帝のクーデターでさえも処罰しきれなかった、今も大きな影響力を誇るれっきとした名門揃いだ。
そして同じ貴族派に分類されてはいるが、蜜月とは言えないのが財閥系の連中。表向きこそ皇弟派に与しているように見えるが実際には主導権を虎視眈々と狙っている。彼らは、現帝のクーデターで貢献し勢力を伸ばした新興の商業連合に凄まじいまでの嫉妬と憎悪を抱いていた。
「なーるほど。で、その財閥派?の連中が、あんたらにちょっかいかけてるわけか」
「ちょっかいつーか、強引な勧誘、な。連中は、皇帝陛下の勅許をどんどん取り下げられてて窮地に立たされてる。新たな目玉商品が欲しいんだとよ」
数十年も先帝の下で肥え太った蓄えは伊達ではない。経営の健全化を図れば、彼らにも生き残るチャンスは大きいだろう。
しかし自分たちだけが肥え太ることを願う財閥の上層部に、そんな考えが浮かぶはずもなく。
「目玉商品……なんつーか、その、違法薬物でも?」
「違法薬物でも。連中にしてみりゃ、儲かるんなら表でも裏でも構わないんだろ」
マグノリアには、商人の矜持や拘りは分からない。分からないが、全ての商人がそれらを持っているとは限らない。
強ければそれでいい、と考える遊撃士がいるのと同程度には、儲かればそれでいいと考える商人もいるのだろう。
「そんなものかねぇ……で、思い知らせるってのは?」
「んなものは決まってるじゃねーか」
「…………うん、ま、そうだよな、決まってるんだろうなあんたらは」
獰猛な笑みを浮かべたダニールに、つくづく彼らは「善良な村人」とは言えないのだとマグノリアは痛感。どこからどう見ても、犯罪組織の構成員だ。
「二手に分かれる必要がある。お前さんたちにも、期待してるぜ?」
「…………善処するよ」
「…お手柔らかに頼むぜ」
立場と状況から彼らに加担するしかないのだが、叶うことなら自分たちまで足抜け出来ないような泥沼に嵌まるような事態は避けたい、というのがマグノリアとセドリックの切実な願いだった。
小包送るとき、中身が液体だったり濡れてたりするときはちゃんと他の人の荷物が汚れないようにしっかり梱包しないとダメですよまじで。犯罪組織さんにはそんなこと知ったこっちゃないのでしょうけど。




