第百五十四話 と或る求道者との邂逅
自己紹介は簡潔に終わった。
帝都に常駐するメンバーからは特に質問も詮索もなかった。
ここまで会ったばかりの他人を信用しても大丈夫なのかとマグノリアは彼らの人の良さ?を心配したのだが、ダニールに言わせると彼らが信用しているのは新入りではなく新入りを判断・評価したクヴァルだ、とのこと。
但し、信用されたのはあくまでも裏切ったりはしない、という意味合いにおいての話であり。
「しっかし……随分とお子様率の高い用心棒だな、ダニール?」
「んー、まぁそう言われても仕方ないがよ、しかし腕は確かだぜ、俺が身をもって体験したからな」
ダニールは、ハルトの頭をボンボン叩きながら太鼓判を押す。
「このボウズなんてよ、可愛い顔しやがってなかなか凶悪だぜ?」
「その言われ方は心外です」
凶悪呼ばわりされてむくれるハルトだが、ダニールの言っていることは概ね間違いではないと思うその他の一行である。
「お前さんが言うなら間違いないだろうけどよ、こっちも一人、用心棒を見付けたんだぜ」
帝都居残り組の一人、イーヴォという名の男が何故か得意げにそんなことを言い出した。
「それがまぁ、とんでもなく強い御仁でよ、その人がいればこの嬢ちゃん坊ちゃんらの出番はないかもしれねーなぁ」
それは困る。マグノリアは思わずセドリックと顔を見合わせた。
別に組織間抗争に首を突っ込みたくてウズウズしているわけではないが、出来ることなら穏便に過ごしたいと思っているが、彼女らがダニールたちの役に立たないと…或いは彼女らの出る幕はないと思われてしまうと、帝都での居場所を失ってしまう。
それに、その用心棒とやらが下手に自尊心を高く持っていたりするようだと、自分たちとの間で色々と軋轢が生まれそうだ。
上手くつきあっていける人物であればいいのだが、用心棒だなんて稼業はチームワークとは無縁。同業他者は商売敵でしかなく、みんなで力を合わせて敵対組織と戦おう!なんてハートフルな展開にはならないであろうことは容易に推測出来る。
そんなマグノリアの内心など知ってか知らずか或いはどうでもいいのか、イーヴォは上機嫌なまま続けた。
「お前らにも紹介するよ。おーい、先生はいるか?」
部屋の向こうに呼びかける。先生、とはまたいかにもな呼び方だ。
ややあって、一人の人物が現れた。
「何かご用かな、イーヴォ殿?」
それは、意外なことに女性だった。
年齢は、マグノリアよりも幾つか上…だろうか、おそらく二十代半ばから後半。ゆるく波打つ豊かな葡萄酒色の髪に、瑠璃の瞳。
左の腰には、細身の剣が吊るしてある。歩く姿にも立ち姿にも一片の隙は見当たらず、どこか研ぎ澄まされた雰囲気を漂わせた、凛とした面持ちの美女だ。
「おう、悪いな先生。こいつらは、あんたと同じ用心棒としてここに来た新入りだ。仲良くやってくれよ」
イーヴォからマグノリアたちを紹介されて、先生と呼ばれた美女はまずは一行のリーダー格と思しきマグノリアに向き直った。
「そうか、私はサーシャ=ルー。しばしの間、よろしく頼むぞ」
そして躊躇うことなく、右手を差し出した。それは迂闊なわけでもなくましてや油断しているわけでもないと、マグノリアは悟った。
「あ、ああ…アタシは、マグノリア=フォールズ。で、こっちのとんがり帽子が魔導士のアデリーン=バセット、目つき悪いのがセドリックで、ボヤっとしてるのがハルト。ちっさいのがクウちゃんだ」
マグノリアに名前を呼ばれる順に会釈していく面々。一匹だけ名前を呼んでもらえなかったネコが、主張するようにハルトの頭の上に飛び乗って一声鳴いた。
「んにに、にゃお」
「おっと、忘れてた。こいつはハルトのペットのネコだ」
「……そうか、なかなか賑やかそうな一行ではないか」
サーシャは素直に言っただけなのだろうが、言われてマグノリアは少しばかり恥ずかしい。これでは確かに用心棒というよりも大道芸の一行だと言った方が似合うような気がする。
サーシャと握手を交わし、マグノリアは彼女もまた只者ではなかろうと推測する。
手合わせもしていないのではっきりしたことは分からないが、間違いなく手練れだ。経験も相当に積んでいるに違いない。
礼儀正しく穏やかで、新入りであるマグノリアたちにも友好的ではあるのだが、なんとなくレオニールやルガイアに感じたような剣呑な気配が笑顔の奥に隠されている。
「さて、早速なんだがよ、ダニール。ちょっとこないだの取引の件で相談があるんだが、いいか?」
「おう。それじゃ嬢ちゃんたち、しばらくゆっくりしててくれや」
イーヴォに引っ張られて、ダニールは行ってしまった。
いきなり残されてしまった、用心棒組。
「えっと……サーシャ…さんは、剣士なんだな?」
「サーシャで構わんよ。左様、私は剣の道を究めんと諸国を渡り歩いている。時折、路銀稼ぎにこのような仕事を引き受けたりもするがな」
なるほどサーシャは求道者なのか。道理で、遊撃士や傭兵のようにスレていないわけだ。
稼ぐために強くなるのと、極めようとすることで強くなるのとは似ているようでまるで違う。
正直、生きるために強くなるしかなかったマグノリアからすると、雑念に囚われず道を究めることだけを考えていても生きていけるような人種は随分と呑気でお気楽だという思いがある。そんなお綺麗な剣で一体何が得られるんだろうかね、という嫉妬じみた思いがあることも否定できない。
マグノリアも今まで、純粋に剣を或いは魔導を究めんとする連中に会ったことは何回かある。そういった連中は大抵、気取っていて自分たちの行為は高尚なものだと自負していた。
人生の目的としてではなく生きる手段として剣を振るうマグノリアを見て、浅ましいとまで言い捨てた輩もいた。彼女自身、自分のしていることが決して綺麗なばかりではないと自覚していたが、しかし今よりも若かった頃の彼女はその言葉にいたく傷付き、悔しく思ったものだ。
なお、その輩は即座にボコりまくって再起不能にしてやったのだが。
しかし、不思議と目の前のサーシャには嫌な印象を受けなかった。
それは彼女に気取ったところがなかったからか、自分と他者とを比較して馬鹿げたマウンティングを仕掛けてくる様子がなかったからか。
ただ、彼女は自分の中だけで完結していて、周囲に何かを押し付けることはなさそうだった。
明らかに戦いを生業として生活しているマグノリアやアデリーンを見ても、彼女の目に軽蔑も批判も浮かばない。他者を尊重できる人物なのだろう。
「へぇ、諸国漫遊か。それはまた豪気だな。……アンタの得物、ちょっと変わってるな……細剣…じゃなさそうだし」
「うむ、これか?」
マグノリアの好奇の視線に、サーシャは腰の剣を抜いて見せた。
片刃の剣だ。細身ではあるが、細剣のような刺突武器ではないのは見て分かる。刃には波打つような文様が流れ、刀身は艶めかしいほどの輝きを宿している。
「これは我が相棒よ。変わっているとはたまに言われたりもするが、私は常にこやつと共に戦ってきた」
誇らしげに自分の得物を語るサーシャが、少し羨ましいマグノリアだった。彼女にとって武器とは、道具に過ぎない。今使っている長剣も愛着こそあるが、必要に応じて別の武器を使うこともあるし壊れたら壊れたで代わりのものを入手すればいいと考えている。
純粋に、剣の道を進み剣を愛するというのはこういうことなのかな、と羨望めいた思いを抱いてしまうのも、結局はないものねだりに過ぎないのだろうが。
「得物と言えば、そちらの少年のそれもかなりの業物ではないか?」
剣を鞘に納め、サーシャの視線がハルトに向いた。
「え…これ、ですか?」
確かに業物ではあるのだが(だって魔王の武器だったんだし)、見た目だけはとにかく地味な剣にサーシャが目を留めたことに驚くハルト。
「え、これが?ただの何の変哲もないロングソードじゃない」
「業物…には見えねーけどな」
アデリーンとセドリックも首を傾げている。
考えてみればハルトの馬鹿力に耐えうるというだけで十分に凄い武器なわけだが、やっぱり業物というと拵えが立派だったり特徴的だったりして一目でそうと分かるものを想像するため、そこいらの武器屋で安売りされている既製品にしか見えないハルトの剣がかなりの業物と言われても、いまいちピンと来ていない様子。
「いや、それは世に二つとない名品だ。そういった武器は使い手を選ぶものゆえ、敢えて外見を飾り立てる必要などなかったのだろう」
「これ……父の形見なんです」
父親の形見を手放しで称賛されて複雑な心境になるハルト。サーシャは何も知らずに言っているだろうが、まるでお前にはそれを使う資格はないと言われているようで。
「…ほう、お父君の……さぞや高名な剣士だったのだろうな」
「え、えと、あの……その、あの…どうなんでしょう?」
実は魔王ですとか剣帝ですだとかバラすわけにもいかなくて、ハルトはワタワタと慌てて誤魔化した。
そんなハルトを、サーシャはやけに温かな眼差しで見つめていた。
はい、新キャラです…なんちゃって。




