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第百五十二話 決闘





 「おう、クヴァル。本当に構わんのか?」

 「ええ、彼の合意は得ています」


 ダニールがやや戸惑いがちにクヴァルに問い、クヴァルは平然とダニールに答えた。


 ここは、サヴロフ村の広場。昨夜はダニール達の帰還を喜ぶ宴の会場だったところだ。

 

 ハルトは、完全武装のダニールと向かい合っている。その手には勿論、父の形見である外見は地味な魔剣。立ち会うのは、マグノリアたち一行とクヴァルだけだ。万が一巻き込まれたら大変だというアデリーンとセドリックの強い…寧ろ必死な要望を受け、クヴァルは村人たちが二人の対戦を見物することを禁じた。

 村人たちは興味津々のようだったが、クヴァルの意を受けた長老たちが好奇心旺盛な連中をまとめて集会場へ引っ張っていったので、何も知らないギャラリーが流れ弾で大怪我をするという悲劇は避けられる…だろう。


 

 ダニールは、なおも乗り気ではなさそう。

 「合意っつってもよぉ、あんなひょろっこいボウズだぜ?下手すりゃ怪我じゃすまねぇと思うんだがよ」


 心底ハルトの身を案じているダニール。身長からすると頭二つ分以上、体重は推定で二倍以上ありそうな両者の体格差は、まるで大人と子供のようだった。


 ようだった…というよりも、正真正銘、大人と子供である。しかも、鍛えられた屈強な大人と、ひ弱そうなお坊ちゃん。

 特に普段のハルトには覇気の一欠片もないので、ダニールは彼を完全な素人同然だと思っている。


 …本来、第九等級遊撃士は素人同然の駆け出しではあるのだが。



 「それに関しても、了承済みですので、手加減は無用でお願いします」

 「ガキ相手に本気でやれってのか?」

 「これはビジネスの話です。()()正確な判断を下すためにも必要なことなので」

 

 どこまでも冷酷な若きリーダーに、ダニールは諦めたように首を振り振りハルトに向き直った。

 右手に握った戦斧バトルアクスを、軽々と持ち上げまっすぐ前へ突きつける。


 「あー…てめぇにも聞いておくが、本当にいいんだな、ボウズ?俺ぁ手加減しないと決めたら本当に本気でいく。そんときになってやっぱりやめてくださいっつっても遅いぜ?」


 脅しではなく、親身な忠告。彼はきっと、好戦的な人物ではないのだろうとハルトは思った。


 「はい、大丈夫です。ボクも本気でいきま…」 

 「おいコラ待ちやがれハルト!!」


 ダニールに自分の覚悟を宣誓しようとしたハルトを、後ろからセドリックが引っ張って止めた。

 

 「なんですか、セドリックさん」


 いきなり茶々を入れられてムッとした様子のハルトに、セドリックは耳打ち。


 「阿呆が!本気ってテメー、常識と加減ってのを考えろよ?」

 「何言ってるんですか、ダニールさんは本気で来るって言ってるんだし、だったらボクもそれに応えなきゃ失礼でしょ」


 いつのまにそんな戦士の心得を掴んだのやら。


 「応えるな!言っとくけど、前に森でぶっ放したような気違いじみた魔導は絶対使うなよ!?」


 セドリックはマグノリアと違い、ハルトの規格外攻撃をあまり知らない。が、以前にキリル少年の度肝を抜いた雷撃系術式が、上位術式並みの攻撃力を有していることくらいは知っている。

 そんなものダニールに直撃させたりしようものなら、黒焦げを通り越して下手すれば蒸発、だ。

 いくら実力を示しても、村の仲間を殺されたりしたらクヴァルも村人たちも黙ってはいまい。帝都に行くどころか、村ごと敵に回すことになってしまう。


 「何言ってるんですか。ボク、そんな凄い術式なんて使えませんよ。アデルさんに教わったのだって、初歩中の初歩のものばっかりだし」

 「は?お前何言って………ああもう、今はそんなことどうでもいい。とにかく!こないだの雷は無しだ、いいな?」


 惨劇を避けたいセドリックはハルトが頷くまで首根っこを離すまいという勢いで迫る。というか、これは本来であれば師匠の役目ではないのか。黙って見ているだけとはどういうことか。


 「そうよハルト。あんたは自分の常識外れを知らなさ過ぎるわ。理由とかそういうのはいいから、とにかく私たちの言う事を聞いておきなさい」


 普段は頼りになるはずのマグノリアが頼りにならない代わりに、アデリーンがセドリックに加勢してくれた。


 二人に強く言われて、ハルトは渋々首肯する。


 「…分かりました、雷は使わないようにします」

 「おう、分かればいい」

 「……ん?ちょっと待ってハルト、雷だけじゃなくって……」

 「おーいボウズ共、もういいか?」


 三人でコソコソやっていたら、ダニールがしびれを切らした。苛ついてはいないが、さっさと終わらせたがっている様子。


 「あ、はい。すみませんお待たせしてしまって」


 ダニールの呼びかけに、ハルトはセドリックの手を振り切って行ってしまった。

 残されたのは、とりあえずハルトの説得に成功したと一安心しているセドリックと、何やら冷や汗を垂らすアデリーン。


 マグノリアは、そんな一行を見ながら面白そうにニヤニヤしていた。

 彼女はハルトを信じている。いや、無条件に全面的に…というわけではないし時折想定外に突拍子もないことを仕出かす面もあると分かってはいるが、少なくともハルトがダニールを殺害することはないと信じている。


 彼女のバカ弟子は、自分の行為についてきっちり明確に線引きしている。彼の中では、破壊行為と殺戮行為は完全に別物なのだ。

 騒ぎになると困るような状況であれば別だが、今回はクヴァルの方から言い出した対戦。しかも、彼にこちらの実力を見せつける必要がある。

 であれば、人死にが出ない程度に思いっきりやらせてみるのも、たまには悪くない。

 出逢ったばかりの頃であればとてもそうは思わなかっただろうが、今までハルトと行動を共にして色々話をして、彼を信じていい部分とそうしない方がいい部分の区別がつくようになっていた。


 それに…


 見たところ、ダニールも相当の手練れだ。装備も使い込まれているし、立ち姿に無駄も隙も余分な力みもない。

 そんな相手に、ハルトがどう戦うのか。どこまで戦えるのか。


 結局のところ彼女は、弟子の成長が楽しみになってきてしまっているのである。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「んじゃ、始めるとするか。ボウズからでいいぜ、好きにかかってこい」

 「はい、よろしくお願いします!」


 礼儀正しくハキハキと返事するハルトは、先達に教えを乞う初心者さながらである。しかし、その直後の踏み切りは初心者どころの話ではなかった。


 ほとんど予備動作もなく、一息でダニールとの距離を詰める。

 その速度に、マグノリアは驚嘆した。また以前よりも速くなっている。


 彼女が直近でハルトの戦いを見たのは、ティザーレの一件以来だ。

 あのときも、鎧蛙(アーマートードやエヴァンズ侯爵の配下の暗殺者たち相手に見事な立ち回りを披露してくれたハルトだが…


 ―――――あれからそんなに経ってないのに、なんでこんな速くなってやがるんだ?


 前にも思ったことではあるが、ハルトの成長速度が半端ない。

 

 ハルトが懐に飛び込んだ瞬間、ダニールの表情は驚愕に引きつった。まさか虫も殺せないような顔をしたお坊ちゃんがこれだけの動きを見せるとは思っていなかったに違いない。

 顔を引きつらせながらも、なんとか反応してハルトの剣を自分の得物で受け止める。


 ダニールの戦斧バトルアクスは、色と質感からしておそらくアダマンタイト製。刃も分厚く、そうそう簡単に欠けたり壊れたりはしない頑丈さ最優先の代物だ。

 現存する魔導金属の中で最硬度を誇るアダマンタイトを、物理攻撃で破壊することは出来ない。


 …それが、世の一般常識だったりするのだが。



 金属と金属のぶつかり擦れ合う音が響いた。

 手に伝わる妙な感触に嫌な予感を覚えたダニールは、武器を引き後ろへ跳び退った。

 そして彼の目に映ったのは。


 「……マジかよ」


 欠けた、というよりは斬られた、と言った方が適切な戦斧の刃。五センチほどだが、くっきりと切れ込みが入れられてしまっている。


 「おいおいおいおい、どうなってやがる?アダマンタイトを斬るなんざ、人間業じゃねーだろうがよぉ…」


 思わずぼやいたダニールだが、ハルトはそんな彼の戸惑いに付き合うつもりはないようで、容赦なく再び間合いを詰める。

 その表情は、普段どおりのほけーとしたままだ。動きと外見のバランスが全く滅茶苦茶である。


 慌てたダニールは、自身の得能(スキルを発動させた。

 それは、【身体強化】、そして【剛腕】。


 実を言うと戦いの専門職ではない彼が、行商隊のリーダー兼護衛隊長として長旅に耐えられているのも、この能力ゆえである。

 【身体強化】はそれほど珍しい得能スキルではないが、ただでさえ鍛え抜かれた彼の肉体に発動させればその肉体は廉族れんぞくの限界を突破する。【剛腕】もまた然り。この二つがセットで発動されると、相乗効果でさらに攻撃力が飛躍的に上がることになる。

 


 ハルトの剣を一方的に受けることの危険性を悟ったダニールは、攻勢に出た。

 稀少得能レアスキルの【神速】ほどではないが、身体強化も敏捷性を向上させる。彼の巨体が、ハルトに迫った。


 最初の一撃は、ハルトの足元の地面に打ち下ろされた。

 狙いが外れたわけではない。もとより、そちらが狙いだ。

 重い重い一撃は、地面に穴を穿ち衝撃で土と砂ぼこりを舞い上げる。


 一瞬で視界を奪われて、ハルトが怯むのが分かった。

 その隙を逃さず、ダニールは渾身の力で戦斧を振るう。


 

 彼は、自分がハルトを見くびっていたこと、見誤っていたことを既に悟っている。

 そして、まともにやりあえば間違いなくハルトが勝つだろうということも。


 同時に、ハルトもまた同じように考えていると確信していた。

 何故ならば、彼をたじろがせたハルトの攻撃は、決して本気ではなかったから。

 本気でいく、と言っていたくせに、ハルトには余裕が見られたから。


 その余裕、言い換えれば油断を、勝機に変える。

 ダニールの一撃は、ハルトの手から彼の剣を奪った。



 戦斧に弾かれて、ハルトの剣は高く宙を舞い遠くに落ちた。

 虚を突かれたハルトは、ポカンとしている。



 「おら、ボウズ!ぼさっとしてんじゃねぇぞ!!」


 いくら相手が速くても怪力でも、得物がなければどうしようもなかろう。ダニールは、クヴァルに指示されたとおりに全力でハルトに向かう。


 一体どんな動体視力と反射神経なのか、呆気に取られていたにも関わらずハルトはダニールの渾身の一撃を躱した。そのまま距離を取る。



 「これも躱すか……けどよ、ボウズ。武器がなけりゃ戦えねーよな!」


 だからと言って、ハルトが武器を拾うのを待つつもりもない。

 その前に勝負を終わらせてしまおうと、ダニールはさらに【身体強化】を重ね掛けして自身の速度を上げ、ハルトへと走る。



 迫るダニールではなく遠くに落ちた自分の剣を見つめるハルトの表情が、苛立ちを見せた…ように見えた。


 「……父上の大事なものなのに」


 ポツリと呟いた彼の言葉は、ダニールには聞こえなかった。

 しかしその直後、ダニールはとんでもないものを目にし、慌てて急ブレーキを掛けた。



 ハルトの傍らに羽ばたく、紅の蝶。

 揺らめく炎で形作られたそれは、一瞬のうちにそこに現れた。

 ダニールをすっぽりと包み込んでしまいそうなほどに巨大な蝶は、まるで牽制するかのようにゆらりゆらりと羽根を揺らしている。

 様々な赤が移り変わる姿は幻想的で、恐怖を覚えるほどに美しい。

 まだ距離があるにも関わらず、熱気がチリチリと肌を焼かんばかりだ。

 

 まるで、小さな太陽が目の前に迫っているかのようだった。あの炎に灼かれては、骨の一片も残らないに違いない。


 それほどまでに、圧倒的な火力。圧倒的な存在感。



 「…なんだ、そりゃ………反則だろぉ…」


 地獄の業火から生まれたかの如き凶悪な炎の化身を前に、ダニールの戦意は完全に鎮火した。



そういやこの世界スキルとかあったよなーって、たまに出すことにしました。


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