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第百五十一話 交渉



 さぁ、ここからが正念場だ。

 一行は揃って、クヴァルのもとへ向かう。下手をすればドンパチ突入なので、武器や魔導具の手入れも入念に、気分はいざ出陣!である。



 「おや、皆さんお揃いでどうなさったのですか?」


 まだ午前も早いうちだというのに、クヴァルはすっかり身支度も整えて何やら書き物机の前で仕事中だった。

 彼の目の前、机の上の紙が書類というよりは書状のようだと気付いたのはマグノリアとセドリック。だがそれには触れない。


 「いやぁ、昨夜の話の続きでさ」


 マグノリアは、勧められてもいないのに勝手に来客用の椅子に腰かける。彼女、普段はこれでなかなか礼儀を弁えてたりする御仁だったりするのだが、これはワザとである。敢えてフランクに、頼みにくいことをズバリと頼んでしまおうという腹だ。

 で、アデリーンもその隣に座った。彼女の場合は礼儀を弁えてるとか以前に、ただ立ちっぱなしが嫌なだけ。ついでにクウちゃんを自分の横に引き摺り込む。

 で、ハルトとセドリックは椅子の背もたれの後ろに直立不動。なんだか二人が女性陣の護衛か付き人みたいな絵面になってしまったのはただの偶然か。


 クヴァルは眉を顰めた。それは女性陣の不作法に対してではない。彼はそこまで狭量ではない。ただ、全員が席についていない…何かあればすぐに動ける状態でいることに、疑念を持ったのだ。


 

 「昨夜の…というと、どの話でしょう?お恥ずかしながら、酒が回ってしまったのであまりよく覚えていないのですが……」


 確かにクヴァルは、ダニールにやたらと酒を勧められて顔を赤くしていた。が、お恥ずかしながらと言いながら彼の表情は全然()()()()()そうではなかった。まるで、マグノリアが次に何を言い出すのか予想しているかのように、それを待っている。



 「あんたらの村の行商に、アタシらも同行させてもらいたいって話さ。ダニールはアンタに聞くようにって言ってたし、宴の場でそんな仕事ビジネスの話も野暮だと思ったもんでね、改めて頼みに来た」

 「ああ……その話ですか」


 クヴァルは手にしていた筆を置いた。それからしばらく、考え込むような素振りを見せる。


 「行商は、うちの村にとって最も重要な稼ぎでもあります。それに道中はなかなかに危険ですからね。為人ひととなりも腕前も、信が置ける者でなければ任せられません」

 「アタシらじゃ、信用出来ないって?」


 言いつつ、まぁそうだろうなと思うマグノリア。別に違法作物やら何やらのことがなくったって、貴重な現金収入の手段なのだ。部外者をおいそれと引き入れるような不用心なことは出来ないだろう。


 おそらく、今はまだ経過観察中なのだ。クヴァルとしては、もう少し時間をかけてから見定めたいところだろう。


 …が、一行はそこまでのんびり構えているわけにもいかない。


 「いえ、決してそんなわけではないのですが……ただ、私たちはまだ皆さんのことをほとんど知りません。もう少し村で生活していただいてからの返答でも構いませんか?」

 「悪いけど、そんなに時間はないんだよ。どうせ少ししたら次の行商に出るんだろ?」


 レオニールが朝食代わり(!)にしていた豆は、彼が倉庫から失敬してきたものだ。もう既に今季分は収穫済みということ。

 行商隊は長旅の疲れを癒したら、近いうちに再び村を出発するはず。



 「行商は毎年の恒例ですよ。今年が駄目でも、その次もありますし、どうしてもと仰るなら途中で」

 「アンタが心配してるようなことは何もない」


 クヴァルがのらりくらりと躱そうとするのをマグノリアは遮った。そして、指に摘まんだ()()を、クヴァルにも見えるように掲げる。


 「…………」


 クヴァルの眉がピクリと跳ね上がった。表情は変わらず平静なまま。しかし空気が若干張り詰めた。


 「これが何なのかは、わざわざ説明する必要はないよな。アンタはよく知ってるし、アタシらも分かってる」

 「…………」

 「責めるつもりはない。アンタらが何でどう稼ごうが、アタシらには無関係だしな」


 駆け引きも何もなくいきなりカードを見せてしまったマグノリアに、彼女の後ろに立つセドリックは少々焦った。だがマグノリアは彼の懸念をよそにどんどん話を続けていく。


 「アタシらが当局に告発なんて出来る立場じゃないってことも、アンタは知ってるだろ?お互い、脛に疵ある同士さ。何を()()する必要がある?」


 この場合の()()とは、()()と言い換えた方がいい。



 「……なるほど。確かにレンブラント氏の紹介という時点で、訳アリだろうとは思っていましたが…」


 ようやくクヴァルが口を開いた。思いの他トゲがない。


 「だろ?ぶっちゃけ、アタシらは帝都に行きたい。出来ればそこでの足掛かりが欲しい。それが叶うなら、違法行為の一つや二つ、いくらでもスルーしてやるさ」

 「()()が何なのか分かっていて、そう仰るのですね?」


 クヴァルはマグノリアの手の中の豆を指差した。

 

 「分かってるからこそそう()()のさ。綺麗事なんて言ってられる立場じゃないんでね」

 「…随分とあけすけなんですね」


 まるで、自分自身が違法行為を提案しているかのようなマグノリアの言い方に、クヴァルは苦笑した。どうやら手応えはありそうだ。


 「本心隠して探り合い騙し合い…てのは性に合わないんだよ。アンタは話の分からない奴じゃないと思ってるし、それこそ信用云々って言うなら腹割って話さないとな」

 「そうですか……そういうのは、嫌いではありませんよ。ただし……」


 スッとクヴァルが目を細めて言うものだから、「ただし」の後に「やっぱり秘密を知られたからには…」的なことを言い出すのではないかと一瞬セドリックは剣の柄に手をやってしまったのだが、彼の口から出てきたのは別の言葉だった。


 「以前にも申し上げましたよね、我々も慈善事業をするほど余裕はない、と。あなた方が一方的に利するだけであれば、我々にそれを呑む義理はありません」

 「ああ、そういうことね」


 初日に、クヴァルは尋ねていた。あなた方には何が出来るのか…と。

 彼が真に知りたかったのは、愚痴聞きだとか教師だとか掃除係だとかの適性なんかではない。



 「確かにうちの行商隊の主な取引は帝都ヴァシリーサで行われます。あなた方を連れていくならば、あちらでどのように役立っていただけるのかを確認しなくてはなりません」

 「具体的には?」

 「我々は、戦力を必要としています」


 マグノリアの率直さが伝染してしまったのか、クヴァルが剣呑なことを言い出した。

 

 違法行為をしている集団が、戦力を必要としている。聞くだけで、物騒極まりない予感。


 「あなた方にはほとんど知られているようですから、率直にお話ししますね。我々の商売の都合上、敵も少なくありません。先だって大規模な抗争がありまして、少なくない損害が出ました。その穴埋めがあなた方に出来るでしょうか?」


 クヴァルからの、挑戦状。

 犯罪集団の抗争に参加出来るのか、戦力たりえる力を持っているのか。


 このことが教皇の耳に入ろうものなら、今度こそ愛想を尽かされてしまうかもしれない。が、ここは頷く以外の道はない。



 「こっちの目的が達成できるのであれば、協力するのにやぶさかじゃねーよ」


 しかし、知られなければいいだけのこと。どのみち、国交のない帝国で彼女らがどんな「違法行為」を働いたとしても、サイーアの法でそれを裁くことは出来ない。

 問題は精神的なもの…倫理観念だとか遵法精神…なのだが、そこはもう割り切り済みだ。



 「そうですか、それは心強い。……マグノリアさんは、確か第二等級の遊撃士…でしたね?」

 「ああ。アデル…アデリーンは第四等級だが、実力は第三以上はある。戦力としては、申し分ないと思うぜ?」

 「そうですね………しかし役に立つのがお二人だけでは割に合いません。少し、試させていただいても?」


 クヴァルが少し意地悪そうな目を向けた先には、ハルトの姿が。


 「帝国にも遊撃士はいます。ギルドに加盟こそしてませんけどね。ですから、上位遊撃士の実力は分かっているつもりです。ただ、足手まといがいると我々全員が危険に晒されることにもなりますし…」

 「え……ボク、ですか?」


 じっと見つめられて首を傾げるハルト。自分が足手まといだとはまるで思っていなさそう。

 だがクヴァルは、明らかに一番弱そうに見えるハルト(流石にクウちゃんは幼女なので除外してくれているもよう)で、一行の下限を確かめるつもりだ。


 「軽いテストのようなものですよ。ハルト君には、うちのダニールと少し手合わせをしていただきまして。そこで彼が認めるのであれば、交渉成立とさせていただきます」

 「え?え?……師匠、どうしましょう」


 要するに、ハルトが失格ならこの話はなかったことになる。

 戸惑うハルトに、マグノリアはいつになく師匠然とした顔で、


 「どうもこうも、ご指名なら逃げるわけにゃいかないだろ。ここは相手の胸を借りるつもりで、思い切ってやってこい!」

 「ちょちょよちょちょちょ、マギー何言ってんの!?」


 アデリーンが慌ててマグノリアの袖を引っ張った。そして小声で、


 (何考えてんのよ、下手すりゃ死人が出るわよ?つーか、村ごと吹き飛びかねないわよ!?)

 (だーいじょうぶだって。あいつも打点をずらすなんて高等テク、いつの間にか身に着けてたみたいだし)


 ぼしょぼしょと遣り取り。

 マグノリアの太鼓判が怪しくてならないアデリーンだが、他ならぬ師匠が言うのであれば…と、とりあえずは信用してみることにする。


 「あの、何か?」


 焦った表情のアデリーンと呑気そうなマグノリアの温度差にクヴァルが首を傾げる。

 妙な疑いを与える前に、マグノリアは彼の提案を快諾した。

 

 「ああ、いやいやこっちの話、気にしないでくれ。で、ハルトとダニールの手合わせだな?別にいいぜ、ただしお手柔らかにな」

 「それはダニールに言ってください」

 「そりゃそうか」




 かくして、ハルトはダニールと手合わせをすることになってしまった。


 「師匠、師匠、ボク頑張りますね!」

 「おう、自信もってやってこい!!」


 初めてマグノリアにアテにしてもらったハルトはやけに張り切っている。

 マグノリアも吹っ切れたのか投げやりになっているのか何か確信があるのかは分からないが、彼女がこんなにハルトを信用するのは珍しい。



 「………なぁ、本当に大丈夫なのかよ」

 「知らないわよ、私に聞かないで。マギーはああ言ってるけど……」

 「んに、なーお」


 不安そうなセドリックとアデリーンがついついと肘で突き合って小声で相談。ネコもそれに参加。


 「万が一のことがあったら……」

 「ああ、すぐに離脱出来るように準備しとかなきゃな」

 「にゃ、んにゃにゃ」


 それは、村人たちと対戦相手のダニールの心配ではなく、自分たちの安全確保の話だった。



 


 

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