第百五十話 よく知らないものは気軽に食べない方がいいよ。
「そんじゃ、お前にも分かるように簡単に説明するぞ。あ、これはあくまでも仮説だからな」
前置きして、マグノリアはハルトに説明を始めた。
「まずこの村は、痲薬或いはその代替品を作って都市部に卸して…卸すって分かるか?(ここでハルト、首を横に振る)あー、売ってるわけだ。これを商品にして行商に行ってたわけだな。多分、今回が初めてじゃないだろう」
行商隊は手慣れたものだった。おそらくもう何年も、こうして商売を続けていたに違いない。それならば、場違いに充実した村の施設も納得出来る。
「で、多分それは帝国の法でも犯罪行為だ…と思う。で、何かあって人手が欲しくなったんだろうな。けどやってることは犯罪だから、大っぴらに人員募集するわけにもいかない。だからクヴァルは、手配師にそれを依頼した。訳アリを数名求む…ってな」
手配師レンブラントは、そこのあたり弁えている。
合法のニーズには合法のウォンツを、非合法には非合法のを、マッチングさせるのだ。
国交がない帝国へ秘密裏に渡りたいと願うマグノリアたちは、明らかに非合法側に片足を突っ込んでいた。
個人レベルで合法的に帝国に渡るという選択肢は存在しない。彼女らが望みを叶えるには、帝国への不法入国を告発しない受け皿が必要だった。
所謂、訳アリ…である。
対してサヴロフ村も、帝国の法に縛られず帝国の法に頼らない人手が必要だった。自分たちを告発しないくらい、後ろ暗い事情を持つ訳アリが。
かくして両者のニーズ=ウォンツは合致した。そして現在に至る…というわけだ。
「クヴァルは多分、アタシらを観察してる。仲間に引き入れても大丈夫なのか、信用出来るのか」
この場合の「信用」とは、人としてどうこうというのではなく、互いの利害が反することはないか、という意味合いではあるのだが。
「信用されたら、どうなるんですか?」
「別の何かを頼まれるんだろうな。…で、信用されなかったら試用期間後に村から追い出すか、或いは口封じか……」
痲薬のことを彼女らが知らないままであれば、追い出されるだけで済んだかもしれない。知ってしまったことを隠してさえいれば、今後もそうなる可能性はあるだろう。
だが、知ってしまった上に「信用」出来ないと判断された場合は……
最悪、力づくでの撤退を選択しなくてはならない。
「で……だ。ここからアタシらがどうすべきかってことなんだが」
果たして、ハルトは自分の正義感と自分の欲求とのどちらを優先するだろうか。
変に真っ直ぐで純粋なところのある弟子ではあるが、社会規範に疎いために彼の「正義感」の尺度がイマイチ分からない。
「アタシらの選択肢は二つだ。連中の痲薬取引に協力して帝都或いは都市部に潜り込むか、それを拒否して帝国を去るか」
「……え、でも…協力するって、悪い薬……なんですよね?」
一般常識は知らなくても一般的な遵法精神は持ち合わせていそうなハルトに、マグノリアは思わず安堵してしまった。
が、それでは話が進まない。
「そりゃそうだ。が、それはアタシらには関係ない。これは帝国とこの村の話で、アタシらには他所の国の風紀治安にまでお節介を焼く余裕はない。ここの奴らが仮に違法薬物で荒稼ぎしていようと、そのせいで多くの帝国民が苦しんでいようと、それはそれ、これはこれ。アタシらがそれを気に病んだり正義感を暴走させたりする必要も筋合いもないって話だ」
「……ふぅーん……そうなんですか」
マグノリアだって、普段はきちんと法を守る良き市民だ。民の上に立つセドリックは言うまでもないし、アデリーンは…決して遵法精神が高いとは言えないが法を犯すと色々と面倒なので敢えてそんな愚行は冒さない。
しかし彼女らは正義の味方でもなければ帝国警察でもなく、所詮は他人事。
これは、どれだけ割り切ることが出来るか、の問題だ。
「つっても、村の連中がアタシらの手を借りるかどうかは分からないけどな」
「そこんところは交渉次第でしょ。カードはこっちにだってあるんだから」
アデリーンが手の中の豆粒を転がしながら言った。が、交渉はマグノリアかセドリックに任せきりにするつもりでいることは明白だ。
「下手すると口封じコースだけどな」
セドリックのツッコミにも動じない。
「だったら強行突破で逃げ出せばいいじゃない。はっきり言って、この村程度の戦力だったら逃げるまでもなく殲滅出来るわ」
「怖いな、おい」
何となくの勘だが、クヴァルはそこそこ使えるだろう。行商隊の連中もそうだ。他の村人たちにしたって、一般的な遊撃士の仕事は自分たちでこなしてしまうというのだから、全くの素人というわけでもあるまい。
…が、こと戦闘力に限って言えばこの一行、現役遊撃士パーティーの中でもトップクラスに入るのではないかとマグノリアは常々考えていた。
第一等級の中でも化け物扱いされている連中はこぞって単独行だし、パーティーを組んでいる名うての上位連中と比べても決して遜色はない。
等級だけを見れば、マグノリアは第二だがアデリーンは第四、ハルトは未だ最下位である第九(というか昇級試験くらい受けさせてやれば良かった)、セドリックとクウちゃんに至っては遊撃士ですらないのだが、セドリックの実力は間違いなく第三か第二等級に匹敵するし、ハルトの規格外の攻撃力は既に等級の枠を超えている。
余程の強敵難敵が現れない限り、逃げ切ることくらいは出来るだろう。
「で、どうする?決めるのはお前だぞ、ハルト」
「このことをネタにして、行商に同行させるようお願いするんですよね?だったら、それでいいと思います」
思いの他、すんなり答えが返って来た。てっきりもう少し思い悩むものだと思っていたのだが、予想以上にハルトは腹を括っているらしい。
「悪いことをしてる人の手伝いをするのは良くないことだとは思いますけど、でも本当にそれが悪いことかどうかはボクには分からないし、この際利用出来るものは何でも利用した方がいいですよね」
「お……おぅ」
弟子の口から思いもよらなかった大人の意見が飛び出してきて、師匠はビックリ。いつの間に清濁併せ呑む大人になってしまったのか、少しばかり淋しさを感じなくもなく。
「よっしゃ、それじゃ方針は決まったな。朝飯食ったら早速行動開始だ。交渉には全員で行った方がいい。下手にばらけると万が一のとき面倒だからな」
交渉自体は、マグノリアとセドリックで行う。が、件の豆が違法成分を含んでいることを説明出来るのは鑑定スキルを持ったアデリーンだけだし、ハルトとクウちゃんから目を離すのは危険過ぎる。
「けど、連中の懐に全員雁首揃えてってのは大丈夫なのかよ。一人くらい、保険で村の外に待機させておいた方が…」
セドリックの懸念も尤もだ。もし交渉が決裂して村人たちが一行に刃を向けた場合、完全に包囲されてしまうと逃走は難しくなる。先方が何らかの仕掛けをしている可能性だってあるのだ。
「あー、それに関してはちゃんとアテがあるから心配すんな」
「……アテ?」
しかしマグノリアは彼の懸念を軽く受け流した。
それが何なのかセドリックには分からなかったが、現実主義で堅実なマグノリアがそこまで自信を持っていることなので、そこは任せることにした。
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朝食後。
交渉に行く準備は仲間たちに任せて、マグノリアは一人で村の外の森の中へ。
しばし歩いたところでお目当ての気配に辿り着き、足を止めた。
「よーっす、レオ。お勤めごくろーさん」
「……貴様に言われる筋合いはないのだが」
どこへともなく声を掛けたマグノリアに、返答があった。
一際大きな巨木の陰から姿を現したのは、安定のストーカーっぷりを続けるレオニールだった。
「あのさ、ちょい頼みがあるんだけど」
「何故私が貴様の頼みを聞かねばならんのだ」
「ハルトのためなんだけど?」
「…聞こうか」
ほんと、レオニールはチョロくて助かる。その使い勝手の良さと戦闘力の高さの割に、チョロさは幼児並みじゃなかろうか。
マグノリアは、かくかくしかじか事情を簡潔に説明する。
説明の最中、レオニールは険しい顔で目の前の焚火(多分、朝食中だったのだろう)をつついていた。
「…つーわけで、アタシらはこれから村人たちとの交渉に向かう。けど連中がもしアタシらの要求を突っぱねた場合は、間違いなく一悶着起こることになる。普通に逃げてこられればいいんだけど、もしものことがあったら困るからアンタを保険にさせてもらいたい」
レオニールの存在は、村人たちには気付かれていない。伏兵の存在は、マグノリアたちにとって大きな利だ。
聞かされたレオニールは、相変わらずの仏頂面だった。都合よく使われるのが面白くないのだろう。
「勿論、アンタに動いてもらうのは最終手段さ。出来る限り、ハルトにはバレたくないんだろ?けど、ハルトの身に万が一のことがあるようだったら、そんなことも言ってられないよな?」
「…………無論だ」
ハルトに尾行を知られたくないという気持ちとハルトの安全を願う気持ちの間で揺れ動くレオニールの家臣心を弄ぶようで気が引けるが、彼が協力してくれるのであれば後方は安泰だ。
「悪いな、それじゃもしものことがあったら合図するから、よろしく頼むよ。何もなければそのままストーキング続けててくれていいからさ」
「誰がストーカーか!」
おや、レオニールは自覚がなかったのか。国境をも超えるストーキングなんてなかなか本格的だと思うが。
「まぁまぁ、忠誠の証な?アンタがハルトのためを思ってやってるってことは分かってるから、責めやしないよ。それじゃ、朝飯の途中で悪かったな……?」
レオニールがヘソを曲げる前に退散しようとしたマグノリアだが、そう言って何とはなしに彼の朝食に目を落とし、動きを止めた。
「ちょ………レオ?お前、それ……何食べて……」
レオニールの前には、簡易的な野営道具。お皿の上には、焚火で炒ったと思われる数種類の穀物。
サヤごと炒めてはあるが、破れたサヤから零れた赤紫色の豆には既視感が…
「ああ、この森には食べられそうなものが少なくてな。悪いとは思ったが、村はずれにある倉庫らしき場所から僅かに失敬させてもら」
「何食っちまってんだよーーーーー!?」
「な、何?」
思わず叫んだマグノリアの剣幕に、さしものレオニールも怯んだ。というか、彼女が何を興奮しているのかが分からない。
「お、おま、大丈夫なのか?気分が変になったり笑いが止まらなかったり眩暈とか吐き気とか」
「何を言っている?私の体調に異常はない」
肩を掴んでガックンガックン揺らしてくるマグノリアに、レオニールはたじろぐ一方だ。いつにない馴れ馴れしさを咎める余裕もない。
「だだだだだって、それ、その豆、アモレンと一緒で」
「アモレン?何だそれは」
「知らねーの!?痲薬だっつの超強力な!!」
ハルトが知らないのは想像どおりだったが、レオニールまで知らないとは。サクラーヴァ家、どんだけ世俗と無縁かよ。
「…痲薬?聞いたことがあるようなないような……味は悪くなかったぞ?」
「味の問題じゃなーーーい!!」
この豆の作用量は分からないが、アモレンと同程度というのであれば粉末一つまみで充分なはず。精製されていない状態とは言え、食事として摂取するような量は、完全に過剰摂取だ。
しかし……
「おい、いい加減に離せ」
「あ……あれ…なんとも…ないのか?」
「だから異常はないと言っているだろうが」
確かにレオニールの様子に普段と違ったところは見られない…がマグノリアもそこまで彼の普段を知っているわけではない。
「とにかく、用が済んだならさっさと行け。私は合図を確認したら合流すればいいのだろう?」
「そ…………そうなんだけど……それじゃ、頼んだぞ……?」
半信半疑で恐る恐るレオニールから手を離すマグノリアだが、やっぱりおかしな様子はない。
「けど、なんか異常あったら無理すんなよ、病院行けよ?吐き気がしたら我慢せず全部吐くんだぞ?幻覚見えたら下手に動き回らずに大人しく寝て…」
「ええい、やかましい!さっさと行け!!」
振り返り振り返り不安そうな表情を崩さないマグノリアがなんだか気色悪くて、何か良からぬことの前触れではないかとレオニールは柄にもなく不吉な予感に駆られてしまったのであった。
たまにレオさん出してあげないと可哀想かなって思うんですけど、見せ場が少ないために出したら出したでポンコツエピソードばっかり。




