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第百四十八話 察しが悪いと話の輪に入れなくてツラい。




 ハルトが仮家に戻ってきたとき、アデリーンは未だ暖炉の前でゴロゴロしており就寝はしていなかった。一日中が就寝時間にも等しいこの引き籠もりは、実際の睡眠時間は大して必要としていないのだ。


 「あれ、もう戻って来たの?まだ宵の口じゃない。…それに他の連中は?」


 こういった村全体を上げた宴というのは夜通し続くのが一般的なので、もう少しは一人の時間を満喫できると思っていたアデリーンはやや不満げだ。


 「だって、セドリックさんが、子供はもう寝る時間だって……ボクはもう子供なんかじゃないのに」

 「十分に子供でしょうが。で、そのセドリックはどうしたのよ」


 帰って来たのは、ハルトとクウちゃんの二人だけだった。


 「なんか、用があるから先に戻ってろって。……ボク、もう少し村の人と話していたかったのに」


 不満げにぼやきながらハルトは長椅子にドサッと寝そべった。彼にしてはお行儀の悪い振舞いである。そしていけないことに、ハルトがお行儀の悪い振舞いをするとクウちゃんがそれを真似するのである。

 長椅子はハルトに占領されているので仕方なく?そのハルトの上にダイブするクウちゃんと、押しつぶされながらも叱責一つしないハルトとの関係が改めて気になるアデリーンだが、それは二人が家族なのか親友なのか幼馴染的なものなのか赤の他人なのかとかいうものではなくて、二人の繋がりが自分の実験に何らかの影響を及ぼすものかどうか、という点だったりする。


 アデリーンの舌なめずりしそうな視線に気付いたハルトは、何か勘づいたのか慌ててクウちゃんを抱き起し自分も身を起こし、きちんとした姿勢で座りなおす。そんなことをしても誤魔化されるアデリーンではないというのに。



 「セ、セドリックさんの用って何なんでしょうね。もう遅いから仕事関係じゃないだろうし…」

 「さぁ。別に公子サマが何処でどなたと逢引しようがどうでもいいわ」

 「え、逢引って、そういうことなんですか!?」


 最近のハルトは、「逢引」とか「駆け落ち」とか、或いは「手に手を取り合って」とか「逃避行」とかいう単語に敏感なのである。おそらく、マグノリアの両親の話を聞かされたからだろう。

 そしてその単語群から何を想像…妄想しているかは、問うまでもない。

 

 …が、この一行(パーティーでそんな脳内お花畑なのは、ハルトだけだ。


 「そういうことってテメー何抜かしてやがるんだ?」


 丁度そのタイミングで、セドリックが戻ってきた。ハルトと別れてからそんなに経っていないことから、彼の用事とはそれほど時間を要するものではなかったのだろう。


 「あ、お帰りなさいセドリックさん!逢引ですか?誰と結ばれるんですか?このまま逃避行ですか?」

 「おい誰だよコイツにこういうこと吹き込んだのは」


 無邪気に目を輝かせるハルト(間違いなく恋バナを聞きたがっている。乙女かよ)に呆れ果てた目を向けるセドリック。アデリーンはどこ吹く風でそれを無視。


 「いいじゃないですか、秘密は守りますよ?で、成功の暁には手段とかコツとか秘訣みたいなのを教えてもらえると嬉しいです!」


 纏わりつくハルトを押し退けて家の中に入るセドリックにくっついて、ネコも入ってきた。


 「あれ?ネコも一緒だったの?」

 「んにゃおーん」


 ネコがハルト(とルガイア)以外の人間にくっついて行動するのは珍しい。


 「アデル、こいつが何か分かるか?」


 ハルトの勘違い&暴走に付き合うつもりはさらさらないようで、セドリックはアデリーンに手の中のものを見せた。


 「何って……豆じゃない」


 セドリックからそれを受け取ったアデリーンは、即答する。

 それは、まだサヤに入ったままの豆類だ。植物に詳しくない者でも分かるくらい、普通の豆の形状だ。収穫してから日が経っているのか敢えて乾燥処理を施したのかは分からないが、カサカサに乾いていた。少し力を入れるとサヤは簡単に崩れて、中から真ん丸の赤紫色の種子が現れた。


 何でもないかのように答えたアデリーンだったが、しばらくその豆を見つめたままセドリックに返そうとはしなかった。


 

 セドリックは、アデリーンの()()を邪魔しないように静かに台所へ移動すると、人数分のお茶を淹れ(ご丁寧にハルトとクウちゃんにはお子様が夜に飲んでも差し支えない種類である)、再びリビングに戻ってきた。


 彼がお茶を淹れ終わる時点で、アデリーンの鑑定・解析は終了していた。



 「…これ、どこで?」

 「連中の…行商人の幌馬車の中だ。隅っこに少しだけ落ちていやがった。売れ残り…つーよりもただの取りこぼしだろうな」

 

 セドリックはハルトとクウちゃんを家に帰した後、厩舎横に停めてあった行商人たちの幌馬車を調べていたのだ。


 「買ってきたもの…っていうよりは売ってきたものってことね」

 「連中が帰ってきてからそれとなく見張ってたけどよ、降ろしてる荷は全部、生活必需品だった。収穫物は何もなかったから、間違いないだろうな」


 この豆が、行商隊の商品だということだろう。

 ハルトは二人の遣り取りを見ていて、首を傾げた。


 「それが、何か問題なんですか?」


 村で採れた作物を売りに出して、その代わり現金と村では入手出来ない生活用品を持ち帰る。それは行商としては何らおかしいことではない。

 物の売買という経済行為に関してはそれなりに勉強した(つもりの)ハルトは、どうしてセドリックがこんなに深刻な顔をしているのかが分からなかった。


 「行商自体に問題があるわけじゃねーよ。問題は商品の中身だっつの」

 「よく分かったわね」


 アデリーンは変なところで感心。高レベルな鑑定スキルを有する自分ならばまだしも、そうではないセドリックが商品の正体に気付いたのが驚きだ。


 「何となく、だよ。何となく妙な感じがしやがった」


 セドリックは、自分の感じたことを挙げていく。


 「ただでさえ食糧問題を抱えてる村だってのに、貴重な作物をわざわざ輸出なんて変だろ。あれだけ屈強な男共だったら、行商よりも都市部での労働の方がよっぽど手堅く効率的に稼げるはずだ。ってことは、村で消費するよりも働き手を外に行かせてまで売りに出した方が利益が出る商品ってことだよな」


 そもそも、ここが本当に隔絶された村なのかどうか、セドリックは疑いを持っている。

 この村だけでやっているにしては、共同浴場やら彼の見学した農業施設やら、やけに高度な技術でつくられていた。

 それに、村人たちの幾人かは、非常に強い勉学意欲を有していた。閉鎖的な集落において重要視されるのは内部でうまくやっていくための独自の規律やしきたりだというのに、積極的に社会学を修めてどうしようというのだろう。

 


 「…にしたって、この辺でしか採れなくて都会で大人気!の作物かもしれないじゃない」

 「そりゃあな。ある意味で、大人気!…なんだろうよ、一部の層には」


 地方の特産物が別の地域で重宝されるということは珍しくない。彼の祖国であるサイーアにも、○○名物!とか✕✕特産!とか銘打って珍しい食べ物が売られていたりする。

 その語句が付いているだけで何となく人は買いたくなるものだ。実際の味や品質よりも稀少性を重視して。


 …が、これはそういう類のものとは若干違う。


 「ハルトが行商についていきたいっつったとき、行商隊のリーダーの態度が気になったんだよ。あとクヴァルの野郎も。ダメならダメでいくらでも理由なんてつけられるだろうに、難色は示してやがったが即答で拒否って感じでもなかった。で、何かあるなって連中の馬車を調べてみて、こいつを見付けた」

 「…ふぅん、ま、もしかしたらお手柄なんじゃない?これで事態が動くのは間違いないでしょうしね」

 

 熱の籠もらない賛辞ではあるが、アデリーンの素直な賛辞である。

 

 「いい方向に動いてくれりゃいいんだけどな…」

 「良いにしろ悪いにしろ、動かないよかマシよ」

 「にー、にゃお」


 二人と一匹は訳知り顔で頷いている。ハルトは何が何やら分からない。


 「あのー……それで、どういうことですか?」


 二人の真剣な表情も、豆の正体も、事態が動くという言葉の意味も。

 しかしハルトの質問に二人は顔を見合わせると、揃って首を横に振った。


 「あんたはもう寝なさい。明日ちゃんと説明してあげるから」

 「そうだな、マギーが帰ったら俺様たちで今後の方針を考えるから、テメーは大人しく寝とけ」


 完全にお子様扱いされたことにやや不満げなハルトだったが、アデリーンとセドリックが簡単な遣り取りだけで分かり合っているのに対し自分は何も察することが出来ないものだから反論も出来ない。


 「…分かりました。明日ちゃんと説明してくださいよ、ボクだけ除け者は嫌ですからね」


 クウちゃんの手を引いて、二つある寝室のうち一つに引っ込む。

 除け者もなにも、本来はハルトが(今回に限っては)一行のリーダーなわけだが、二人はそれが分かっていて敢えて何も言わなかった。




 

自分、よく仲間内での話題に置いて行かれがちなタイプです。自分一人が話の内容分かってないと、誰かに聞くのも躊躇われてしまうんですよねー…。

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