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第百四十六話 一度気になるとなんでも怪しく見えてくるよね。




 「やっぱ何かあるよな、この村」

 「テメーもそう思うか」


 半月が経った。相変わらずの生活。しかし意識してみれば、村の不自然は徐々に見えてくる。

 マグノリアにはまだ漠然とした疑念で留まっているのだが、セドリックにはもう少しはっきりした姿が見えているようだった。


 グータラしてばかりのアデリーンはもとより、馬小屋掃除と排水溝掃除と汲み取り槽掃除ばかりのハルトとクウちゃんは何も気付いていない。が、セドリックは時間があればハルトの仕事場にまでも顔を出していた。


 「厩舎の規模の割に、馬が少なすぎる。それに俺様の生徒も、三十代から五十代が他の世代に比べて不自然に少ないんだよな」

 「働き盛りが少ないってわけか」

 「それに、こないだテメーに言われて見学した施設だけどよ」


 先日、クヴァルの案内でセドリックにも作物の栽培施設を見せている。そのときの彼は初めて見る技術にただ興奮しているだけに見えたが、どうやら抜け目なく観察もしていたようだ。


 「最初の日に、クヴァルの奴は言ってやがったよな、冬の間は食糧事情が厳しいって」

 「あー…ああ、そんな感じのこと言ってたな」


 燃料と食料が少なくなっていく一方の冬季は、村人たちの抑圧された鬱憤がさらに高まるのだとクヴァルは言っていた。その気持ちはマグノリアも十分理解出来るのだが…


 「あんだけ立派な施設がありゃ、この村全員を余裕で食わすことくらい出来るだろうがよ」

 「そうなのか?」


 マグノリアは農業にてんで疎いので、どのくらいの規模の畑ならどのくらいの人が食べていけるのか分からない。

 セドリックも当然、実感としてそれを知っているわけではないのだろうが。


 「作付面積で大体の収穫量は分かるだろうが」

 「いや、分かるかよ……まぁいいや、それで?」


 上質な教育を受けて育った王子様と自分を一緒にしないで欲しいと思うマグノリアだが、セドリックはそういった共感には乏しいようなのでとりあえず先を促す。


 「それに、畑はあの施設だけじゃないだろ?ここに来る途中で見た民家も、ほとんど家の前に畑を作ってたじゃねーか」


 そう言われてみれば…ごくごく普通の光景なので意識していなかったが、そうだったような気がする。


 「けど、露地だろ。冬の間は何も採れないってクヴァルが…」

 「だから冬が来る前に収穫したもので保存食作るってのは北国の常識だろうがよ。勿論、それだけじゃ足りないからメインはあの施設なんだろうが、各戸で畑もやってあれだけの施設があって、それで食料が不足気味って言われてもおかしいって思うだろ」


 断言されて、反論するだけの知識も材料もないマグノリア。


 「あの施設、全部が野菜の栽培施設なのかよ?」


 マグノリアもセドリックも、見せてもらったのは立ち並ぶ建物群の一つだけだ。あとはどれも、種類は異なるが同じような野菜と穀物が植えられているとクヴァルは言っていて、そのときはその言葉を鵜呑みにしたのだったが。


 「それ、どういう意味だ?」

 「……いや、ここから先は俺様の憶測でしかないから、話すのはもう少し調べてからにする」


 話すだけ話して肝心なところでお預けを食らわしてきたセドリックだが、彼が勿体ぶってそう言っているわけではないと分かっているのでマグノリアは追及しなかった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 

 その日は、普段とは違った。

 最初に気付いたのは、意外にもハルトだった。


 「師匠、師匠、なんか賑やかですよ」


 朝の支度…セドリックは朝食作り、マグノリアは薪割り、ハルトとクウちゃんは水汲みという風に分担している。アデリーンは…言わずもがな。


 近くの共同井戸から戻ってきたハルトが、薪を運びやすいように縛っているマグノリアのところに来て報告した。


 「あっちの方、沢山人が集まってるみたいです。お祭りか何かですかね?」

 「祭り?…何も聞いてないけどな」


 余所者である彼女らには村の行事や儀式などが伝わっていなくても仕方ない。が、祭りともなれば一日二日は費やされるはずで、そうなると彼女らの仕事にも影響してくる。普段どおりのスケジュールでいいのだろうか。


 「祭りだったら、仕事も休みになったりするもんだよな……クヴァルにでも聞いてみるか」

 「あ、ボクも!ボクも行きます!!」

 「クウちゃんもいく!」


 マグノリアが様子を確認しに行こうとしたら、ハルトとクウちゃんまでついてきた。何か楽しいことでもあるかと期待しているのだろう。


 …しかしハルトは以前、トーミオ村の祭りでエライ目に遭ったことを忘れているのだろうか…忘れているに違いない。



 村の中央部へ近付くにつれて、ハルトとクウちゃんの期待は萎んでいった。

 確かに人は集まっている。嫌な感じの騒ぎではない。しかし祭り特有の非日常感はそこにはなかった。


 

 中央広場に、大きな二頭立ての幌馬車が三台停まっていた。村人たちはその周りに集まっていて、馬車に乗っていたと思しき男たちと賑やかしく話している。


 「行商人か何かか?」

 「えー…お祭りじゃないんですか?」

 「はると、クウちゃんおまつりいきたい」


 その幌馬車はよく商人たちが使うタイプのものだったので、マグノリアはそう思った。隔絶された村とは言っても、文字どおりの陸の孤島ではない。村での自給自足にも限界があることだし、たまには外から行商人がやってきたりもするだろう…と。

 目論見が外れたハルトとクウちゃんはしょげるが、マグノリアにしてみれば祭りなんかより外からの行商人の方がよっぽどありがたい。

 もしかしたら、外…中央へ行く手段が見付かるかもしれないからだ。


 しかし人込みに近付くにつれ、それが()()()()行商人であるという推測も間違っていたことに気付く。

 村人たちと馬車の男たちは、商人と顧客ではなかった。互いに肩を組み再会を喜び合うその姿は、家族そのものだ。


 あちこちで交わされる会話。「よく無事だった」「今回は随分と長かったじゃないか」「留守の間何もなかったか?」「おとうさん、お土産は?」「けっこうな値が付いたぞ」「爺さん、ほら無理すんなよ家で寝てろって」「次の注文も入った。大口だ」…等々。


 その中身から、行商人が村を訪れたのではなく、行商に出ていた村人たちが帰ってきたのだということが分かった。



 帰って来た男たちは、皆屈強な体つきの青壮年だった。村に働き盛りの男が少ないと思ったら、行商に出ていたというわけか。

 きっと彼らの働きが、貴重な現金収入なのだろう。


 一際体格のいい男とクヴァルが話し込んでいるのを見付けて、マグノリアは近付いた。

 外から来た行商人ではなく外から()()()来た行商人でも、彼女らの助けになることに変わりはない。


 上手くいけば、行商に同行させてもらえないかな。そうマグノリアは思ったのだ。



 「よぉ、クヴァル。賑やかだなー」


 軽く手を上げて挨拶したマグノリアだったが。


 「……ああ、おはようございます、マグノリアさん。こんな朝早くにどうなさったのですか?」


 振り向く前のクヴァルの肩が一瞬だけ強張ったのに気付いた。

 

 「いや、なんか騒がしいと思って様子を見に来たんだよ。……この人たちは?」

 「おお、見ない顔だな、ねえちゃん。あれか、ようやくクヴァルが嫁っ子を引っ張ってきたかぁ?」


 クヴァルが説明しようと口を開きかけたところで、クヴァルと話していた男がマグノリアにずずい、と迫った。

 マグノリアも女性にしてはかなりの高身長の方だが、男はそのマグノリアよりもさらに頭一つ以上は大きい。日に焼けた肌に盛り上がった筋肉、軽口を叩きながらもマグノリアたちを見定めようとする双眸は、行商人というよりも遊撃士か傭兵のようだ。


 「何をふざけたことを言っているのですか、ダニール。彼女らは村の客人ですよ」

 「あん?客人たぁ珍しいこともあるもんだなぁ!どっから来たんだ?」


 ダニールと呼ばれたその男の問いに、他意はなさそうだった。だが、マグノリアはどう答えたものか迷う。

 国交のないサイーアから来たなんて正直に話したら、不法入国がバレバレである。


 「あー…えっと、アタシらは……」

 「彼女らはレンブラント氏の紹介で来たのですよ」


 口ごもるマグノリアの代わりに答えてくれたのはクヴァルだった。

 その名前を聞いた途端にダニールの表情が変わったので、彼も手配師のことを知っているのだろう。



 「……ほぉ、なるほどね。……はぁーん、なるほどねぇ……」


 腕組みをしてブツブツと呟き、先ほど以上に鋭い視線で自分を眺め回すダニールに、マグノリアは何か不穏な影を見たような気がした。

 

 


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