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第百四十四話 仕事ってのは心構え一つで全然結果が変わるものだ。




 一行がサヴロフ村に来て、三日が経過した。

 相変わらずマグノリアは愚痴聞きに奔走し、相変わらずセドリックは教師業に邁進し、相変わらずハルトとクウちゃんは馬小屋のボロと格闘している。

 相変わらずアデリーンは、一人働きもせずグータラしている。


 明日は安息日前日。すなわち、明日から二日間はお休みだ。

 お休みといってもどこかの引き籠もり魔導士のようにグータラ出来るわけではなくて、出来る限り帝国のことを調べなくてはならない。

 一行は、出稼ぎに来たわけではないのだから…。



 とは言え、それが問題なわけで。




 「実際、この村でどれだけのことが分かると思う?」

 「……ま、ロクな情報は手に入らないでしょうね」


 尋ねたマグノリアに、答えたアデリーン。

 夕飯をつつきながら、作戦会議である。本日の食事当番はセドリック。王子様のくせに何故か料理スキルを有している彼の料理は、あり寄りのあり。


 「…てことは、別の場所に移動することも考えなきゃいけないってわけか」

 「どのみち、ずっとこんな辺鄙な村にいるつもりなかったんでしょ?」


 サヴロフ村は、あくまでも帝国に潜入し上手く隠れるための一過性の場所に過ぎない。

 ハルトが魔王復活について調べたいと思っているならば、もっと国の中枢に近付かなければ。



 「…なぁハルト。お前、この後どうするつもりだ?」

 「え、ボクですか?」


 野菜炒めをモグモグしていたハルトは、それを呑み込んでから。


 「もう少ししたら、帝都ってところに行こうと思ってますけど」

 「…いや、「思ってますけど」って言うけどな……」


 気楽に言ってのけた弟子に、師匠は溜息。それがどれだけ大変なことか、絶対に分かっていないに違いない。



 三日間村人たちの愚痴を聞き続けて、少しくらいの事情はマグノリアにも分かるようになってきていた。

 

 クヴァルが、この村を「帝国の掃き溜め」と表現した気持ち。


 

 聞いた限り、帝都やその周辺の都市部は非常に豊かで、文化レベルや生活水準も高いらしい。

 十年前に皇位を継いだ現皇帝はなかなかに啓蒙専制君主であるらしく、法律・教育・医療・治安・経済等の分野で近代的な合理主義を説き、十年で内政を飛躍的に安定させた…という。


 それだけならば、理想的な国家と言えよう。

 しかし、残念なことに理想とは実現しえないからこそのものであって、皇帝の「遍く臣民を平等に幸福に」という宣言は、注釈付きで実行されることとなった。


 正しいレールに乗っている限り、臣民は安定した暮らしの中で明るい未来を描くことが出来る。

 この場合の「正しいレール」とは、社会の…則ち、国の定めた道筋。


 勤め人ならば然るべき教育を受けて然るべき団体へ就職し、与えられた職務に専念して経験を積みやがて老いて職を辞した後は蓄えと家族からの援助で余生を送る…というような。


 何らかの事情で然るべき教育を受けられなかったり、何らかの事情で然るべき団体へ就職できなかったり、何らかの事情で途中でドロップアウトしてしまったり充分な蓄えがなかったりした場合、救いの手が差し伸べられることはない。


 健康で能力にも努力にも問題がなく幸運に恵まれた者ならば、レールに乗り続けることが出来るだろう。

 しかし、何らかの事情でそれが出来なかった者は、どこまでも落ちていくしかない。



 まだ三日だが、サヴロフ村にはどこか外れてしまった人が多い…というのがマグノリアの感想だった。

 それは、他者との上手な距離の取り方を知らなかったり、不器用で要領が悪かったり、アナーキーな思想の持ち主だったり、身体の調子を崩していたり。


 それらは、実に些細な事柄である。誰にしもあり得ること。

 しかしその些細なことの積み重ねで居場所を失った人々が、サヴロフや似たような辺境に流れ着いているように感じられたし、クヴァルが言っていたのもそういうことなのだろう。


 クヴァル…と言えば。

 彼に関しては、どうも少しばかり違う事情があるような気がする。

 村のリーダーを任されているだけあって頭脳明晰で、立ち居振る舞いからするとおそらく上流階級出身。要領が悪いようにも見えないし彼の口から過激な思想を聞くこともない。

 村人たちの評判も上々。知的で冷静で面倒見が良くて頼り甲斐のある若きリーダーを、誰しも信頼し尊敬しているようだった。




 何はともあれ、そんな掃き溜めから都市部へ行くのはそう簡単なことではないだろう。何せ彼女らは不法入国状態。入国・滞在許可もなければ当然住民登録もない。

 国民であるサヴロフの村人たちでさえ、自由に行き来できないというのに、完全余所者である彼女らにどんな方法があるというのか。


 「あのなー、行くっつったってその方法が問題なんだろうが。何かいい案でもあるのか?」

 「…案?別に、普通に行けばいいんじゃないんですか?」


 予想はしていたことだが、ハルトは帝国のことを何も分かっていない。

 ここはサイーア公国とは違うのだ。好きなときに好きな場所へ行って好きに過ごすことが出来るような自由な国家はそう多くはない。


 「普通にって、具体的には?それに帝都に行って、何をどうする?」

 「何をって……」

 「お前は、帝国が魔王復活を目論んでるっていう情報をやけに気にしてたよな。で、気になるからって帝国で何をしようとしてる?」


 ハルトには功名心もなければ英雄願望も見当たらない。が、やることなすこと突拍子も無くて常識も知らないとくれば、師匠としては放置出来ない。


 「……とりあえず、その計画が本当のことなのか知りたいです。あと、帝国がそれを望む理由も」

 「それを知って、どうするんだよ」

 「それは…………まだ、分かりません」


 一瞬、ハルトの目が泳いだ。しかし、「魔王復活を阻止します!」だとか「魔王が復活したらボクがやっつけます!」とか言い出さなかったことに、マグノリアは深い安堵を覚えた。

 だが…


 「目的もアレだけど、向こうに行く手段とか調べる方法とか、課題は山積みなんだけど?」


 アデリーンの指摘のとおり。聖教会の後衛バックアップも受けられない状況で、一行は自分たちだけの力でここから先を進んでいかなければならないのだ。


 帝都へ行く手段…交通方法のみならず関所の突破など。帝都での潜伏先。帝国中枢へのコネクション。

 仮に帝国がサイーアと友好関係にある国であれば、セドリックの身分が使えたかもしれない。が、友好どころか寧ろ仮想敵に近い。サイーア公国の王位継承者がこんなところにいると知られれば間違いなく捕まるし、外交問題は避けられない…というか外交カードにされる。


 「そ……それはそうなんですけど……」

 「まぁ、ひとまずは今出来ることを考えよーぜ」


 考えの足りなさを露呈して口ごもるハルトに助け舟を出したのはセドリックだった。


 「この村でも、最低限の情報は探れる。つーか、寧ろ国の保護から外れたところの方が本当の姿ってやつも見えてくるもんだろ?」


 ついこないだまで「死ねクソ」しか言えなかったくせに、現実的で建設的な意見である。


 「つってもセドリック、アタシがこの三日間で聞けたことなんて愚痴ばっかなんだけど?」


 寝そべったままのアデリーンを恨みがましく見遣ってマグノリアはぼやく。人生の道を踏み外して流れ着いてしまった連中の社会への不満とかその子供世代の押し込められた生活に対する鬱憤だとか、個人的な人生劇場を聞かされるだけでは帝国の姿なんて見えてこないのだ。


 「そうか?不平不満ってのはその国の実情とか国民がそれに対してどう考えてるのかが表れるじゃねーか。勘違いとか思い込みとか個人的すぎる事情は差し引いとくべきだけどよ」

 「そ……そう…なのか?」

 「ま、俺様もんな偉そうに言ってるが大したことはまだ聞き出せてねーけどな。せいぜい、先代の皇帝がロクでもない奴だったとか皇帝派と貴族派の対立だとかでキナ臭いとかその程度で」


 セドリックは謙遜なのか頭を掻きながらそう言うが。


 「いや、その程度とかいうレベルじゃないだろ。もうそこまで村人に話聞けたのかよ?」


 おそらく、マグノリアとセドリックとでは「お仕事」に対する意識が最初から違っていたのだ。

 額面どおり、この村に滞在する対価としてこなそうとしていたマグノリアに対し、それと同時に自分たちの目的にも役立ててしまおうと思ったセドリック。


 「俺様が任された仕事は「外のことを教える」だからな。その代わりにこの国のことを知りたいっつっても不自然じゃなかったんだよ」


 態度と口調に隠されがちだが、やはりセドリックは一国の王位継承者だけある。マグノリアも目端の利く方ではあるのだが、所詮は遊撃士にすぎない彼女と人の上に立つべき王族とでは、一緒にはならないのだろう。



 セドリックはそのまま、今のところ自分の掴んだ帝国の情報を披露してくれた。



 皇帝の代替わりは、十年前。

 セドリックに「ロクでもない」と評されてしまった先代皇帝は、確かに話を聞く限りは「ロクでなし」だった。

 母親が貴族派出身だったため、既得権益の確保と拡充に余念のない大貴族たちの傀儡で、政はほぼ丸投げ。では何をしていたかと言うと、女漁り…だったという。


 「……女漁り、ねぇ。まぁ、なんつーかいかにも権力者!って感じだけどよ…」

 「…ちょっとそれ聞き捨てならねーが……まぁいいや、感じ方はそれぞれだからな」


 権力者側にいるセドリックの前で言うことではなかったか、とマグノリアはちょっと後悔。しかし欲望を実現させるだけの力を持つ者が()()しがちであるというのは、一般的な庶民の共通認識だったりする。

 

 「……ん、ちょっと待て。女漁りってことはまさか…」

 

 とある事情で、年頃の女性が少ないと言っていたクヴァルの言葉を思い出したマグノリアは、気付いてしまった。


 「そのとおりだな。先代皇帝は、ありとあらゆる手段で女たちを集めたって話だ」


 いくら皇帝でも、大っぴらに女狩りなんて出来ない。

 が、例えば思想犯だとか経済的な理由で身を売った者とか(帝国は奴隷制を廃止していない)住民登録が不十分で記録にない辺境の人々だとか、理由などいくらでも作り出すことが出来る。

 そして政治を牛耳る貴族派たちは、皇帝に機嫌よく人形でいてもらうために手を尽くすことは厭わなかった。それには彼らの利も含まれていたはずだ。

 思想統制然り、税率の改定然り、奴隷法然り。


 国を自分たちに都合よく取り回したい貴族派たちと、自分の目先の欲望が満たされればそれで満足な皇帝の蜜月関係は、帝国を内側から腐らせていった。

 

 五十年前の戦乱を最後に他国には関わらなくなった帝国だが、何のことはない、その余裕がなかっただけのこと。国の未来より自分たちの現在を優先させた為政者たちは、言わば病魔のようなもので。



 「で、その状況を変えたのが現皇帝ってわけだ」


 十年前。一度は廃嫡されたはずの一人の皇子が、当時閑職に追いやられていた皇帝派と一部の商業連合、そして民衆を味方につけて立ち上がった。

 

 腐敗しきった皇城は、あっけなく墜ちた。当時の皇帝や取り巻きたちの愚行に、城内で国の未来を憂いていた者も少なくはなかったのだ。

 皇帝と、貴族派の多くは処刑され、クーデターの旗印となった若き皇子は新たな皇帝となった。


 「新しい皇帝は、いろんな改革を推し進めたみたいだな。ただそれがあまりにも性急だったもんで、そういうのについてこれない奴らも続出した。そういった連中がここみたいな辺境に流れ着いたんだろうよ。…で、貴族派の残党と旧財閥系の商人とが結託して、未だに皇帝派に反発してる…って構図みてーだ」


 次々と語るセドリックに、マグノリアとアデリーンはしばらくポカーンとしていた。

 まだたったの三日、しかも彼女らは村人たちからすれば何処の馬の骨か分からない余所者なのだ。環境の割に排他的ではない村だとは感じているが、それにしてもセドリックの情報収集能力、半端ない。


 「おま……よくこんな短期間でそこまで聞き出せたな…」

 「だから、俺様の仕事は教師役なんだっつったろ。外の世界のことを知りたいって欲求を持ってる連中なんだから、自国に関する興味も知識も持ってたって不思議じゃねーだろうが」


 セドリックの「生徒」は、総勢八十名余だそうだ。人口二百人程度の村にしては、やけに割合が高い。

 年齢分布は広く、最高齢は長老の78歳、下は12歳の少年。女性も少ないがいないわけではない。特に若い世代は新たに生まれているので、男女の比率が自然に戻ってきているらしく、十代の少女もいる。

 で、一度に全員を教えるのは大変だということで習熟スピードを見て二つにクラスを分け、午前と午後でそれぞれを教えているのだという。


 「やっぱ、午前クラスの方が出来が良いな。でもって年齢層も若い」


 学習という行為の持つ特性からするとそれは当然のこと。同じだけの知識欲を持っていても、年配と若輩とでは吸収力が違う。

 特に十代の少年少女たちは、先入観が少ないせいかとても優秀だそうだ。


 「つっても一番優秀なのは、やっぱクヴァルだな。あいつは他の連中とは出来が違う」

 「え、クヴァルまでお前に教わってんの!?」


 驚くマグノリア。別に驚くことでもないのかもしれないが、しかし何となくクヴァルは他人に教えを請うようなタイプには思えなかったのだ。


 「ああ、授業態度もスゲー真面目だぜ。質問も容赦ないしたまにこっちが詰まるようなことズバリと聞いてきやがるから、油断出来ねぇ」

 「……もしかして自分が一番外の世界のこと知りたかったんだったりして」

 「だろうな。ただ……」


 ふと、セドリックの表情が険しくなった。ただでさえ仏頂面なのに余計に印象がキツくなる。


 「ただ?」

 「あいつには、少し用心しといた方がいいかもしれねえ。多分、ただの村のリーダーってだけじゃなさそうだ」


 そのキツい顔で言うものだから、まるでクヴァルが魔王とか魔族とかなんじゃと思えてくるくらい空気が重かった。






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