第百四十二話 それぞれのお仕事
「だからな、そもそもはオラがうちさ残るっつったのに向こうがそうする必要ねぇって言うから、んで後になってんなこと言い出すのはないだろって話さ!」
「…………はぁ」
サヴロフ村の一軒の民家にて。
契約成立ということで、では早速…とマグノリアは第一回目の出張愚痴聞きサービスに赴いたわけなのだが。
なんか、思ってたのと違う。
クヴァルの話では、色々と生活の不満や不便を我慢して溜め込んでこのままでは爆発してしまうから発散させてやってくれ…みたいな感じだったので、例えば厳しい辺境での生活の苦しさとか、国に対する不平や陳情とか(そんなこと自分に言われても困るけど…)、将来に対する漠然とした不安とか、そういう曖昧としてはいるがそれなりに重い、建設的な?愚痴を聞かされるものと思っていた。
…のだが、先ほどからこの家の主(五十代男性、おそらく独身)が喋り続けているのは、若い頃から自分がいかに家族から蔑ろにされてきたのか、ということと、家族が自分に黙って親の遺産を処理してしまったのだという内容。
それにしたって、要点がはっきりせず同じ話を何度も繰り返し、マグノリアは彼の家庭環境なんて知らないのに知っているのが前提だと言わんばかりに独りよがりな説明が続き、頑張って聞いていれば「あれ、もしかしてご家族の言い分の方に道理があるんじゃ…」と思うようなエピソードまで、自分が正しい、間違ってるのは相手だ、と根拠も提示せず言い張るばかり。
いや、もしかしたら本当に彼が正しいのかもしれない。
彼は若い頃から他の兄弟姉妹と比べて優秀なのに(具体的な描写はなし)虐げられていて(具体的な描写はなし)、仕事があるから病に臥せった親の面倒は一切見れないが、長男なんだからこの家(彼の実家。こことは別の田舎らしい)に居座り続けるのが当然なのに(もちろん家賃負担なんてなし。だって長男だもん)、親の面倒を一手に引き受ける次男夫妻に理不尽に追い出されてしまった…のかもしれない。
どちらが正しいのかなんてマグノリアには判断出来ないし、彼女が判断すべきことでもない。判断したとしても意味もない。
が、愚痴を聞くとはこういうことなのか。
理路非整然とした、要点のはっきりしない…というか要点なんて多分存在しない話を何度も繰り返し繰り返し、その度に「ええ、ええ、分かりますよ貴方は理不尽な目に遭ってきたのですね、ご家族はなんてとんでもない!」と忖度まみれの返答を重ねる、ということなのか。
だとしたら、自分には難しい仕事だ。
そりゃ、合理主義のマグノリアだってたまにはグチったり弱音を吐きたくなるときはある。実際にそうすることだってある。相手は選ぶけど。
ただ、相手に伝える気があるとは思えないような支離滅裂な文章を理解しようとすると、やたらイライラが募る。
話の途中で、「だから何?」とか、「もっと簡潔に言えや!」とか、「……で?」とか、挟みたくて挟みたくてもうウズウズ。
グチっている相手が、解決策を求めているわけではないということは分かっている。愚痴と相談は似て非なるもの。
聞いて受け容れて相槌を打つのが愚痴聞きの役目だとも重々承知しているのだが……
「だいいちな、親が死んだって連絡もねがったんだぞ」
「あー……ダミアンさんは実家に連絡とかしてなかったんですか?」
「するはずねべや!もう三十年もしとらんわ!」
「………さいですか」
病床にある親の面倒を一切見ることなく三十年も音信不通だったとしても親の死に目に会いたいのかどうか、マグノリアには分からない。分からないが、そこで憤慨するなら自分の方から連絡すりゃいいじゃん、しかも職を失って久しいんだからもっと早くに親の面倒見るために実家に帰れば良かったじゃん、とは思う。
思うが、口にしてはいけないのである。愚痴聞きだから。
なお、このくだりもなんやかんやで四回くらい繰り返している。
村に来た初日こそ警戒の色の強かった村人たちであるが、こうして愚痴を聞いていればすぐに胸襟を開いてくれた。
しかし打ち解けてくれたからといって、他人の愚痴を聞き続ける面倒臭さには変わりなく。
未だ終わる気配のないダミアン氏の主張を右から左へ聞き流しつつ(そうしても一向に差し支えないと短い時間で悟った)、マグノリアはこの鬱憤を誰にグチって発散してやろうかと考えていた。
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「…あれ、アデルさんは「お仕事」行かないんですか?」
「だってマギーが行ってるもの。何も、同じ日に二人で同じことやんなくったっていいじゃない」
「…そう…いうものですか?」
出掛けようとしたハルトは、未だ小屋(滞在中は貸してもらっている)の暖炉の前でゴロゴロしているアデリーンに気付き、声を掛けた。
そうしたら、先の答えが返って来た。
サヴロフ村は小さいとは言え、人口は二百人程度はいるだろう。その全員が愚痴聞きを必要としているわけではないだろうが、クヴァルが困っているくらいなのだからニーズは多いに違いない。
ここはマグノリアとアデリーンが手分けして行うものとばかり、ハルトは思っていたのだが…
なお、クウちゃんは他人の愚痴を聞くなんて到底無理なので(というかハルトの言うことしか聞かない)、お役目を免除してもらった。あからさまにクウちゃんに愚痴を聞いてもらいたさそうな村人も少なくなかったが(大抵いい年したオッサン)、そんなところに幼女を派遣するのは全員一致で却下してある。
…で、ハルトはこれからお仕事である。住む場所と食事を提供してもらう以上、働かねばならぬのである。
しかしながら、最初にクヴァルに言われたとおり村人たちに外の世界のことを教えるのは、セドリック一人に任されることになった。
理由は…言うまでもない。
他人様に教えるなんておこがましいにも程がある常識&世間知らずのハルトがこの村で出来ることは、非常に限られていた。ずっと隔絶されて生きてきたサヴロフ村の人々は、一般的な遊撃士の仕事は自分たちでこなしてしまうからだ。
そんなわけで、ハルトとクウちゃんが仲良く手を繋いで向かった先は、村共同で使っている厩舎。
結局彼が任されたのは、村人たちも普段やってるけど出来ればやりたくない仕事。比喩抜きの汚れ仕事。
例えば、馬のボロ掃除とか。排水溝の掃除とか。汲み取り槽の掃除とか。
「それじゃクウちゃん、ボクはこれからお仕事だから、大人しくこの近くで遊んでるんだよ。遠くに行っちゃダメだからね。ネコ、クウちゃんのこと頼んだよ」
「にゃー」
「クウちゃんもはるとのおてつだいできるもん!」
ネコに子守りを任せて、野良着(貸してもらった)に着替えたハルトはいざ、馬小屋へ。
ハルトは馬小屋の掃除なんて生まれて初めてなのでそれがどんなものか具体的には知らないのだが、厩の管理をしているミハル爺さんに「キツイ仕事だでー、お前さんみたいなボンボンの小僧に出来るもんかねぇ?」と心配なんだか脅しなんだか分からない言葉を頂いていたので、なんとなく大変な作業なのだろうな、という想像くらいはついている。
だから、幼いクウちゃんにはそんな大変で汚い仕事をさせたくはないのだが。
「クウちゃん、お手伝いは嬉しいけど多分つまらないよ?あっちでネコと遊んでおいで?」
「やー!クウちゃんはるとといっしょだもん。いっしょにおしごとするもん」
ハルトの役に立ちたいのかハルトと離れたくないのかは不明だが…従属精霊にはその両方の性質がある…クウちゃんは、ハルトの持ったボロ取り用のレーキにしがみついて離れない。
「…うーん……でもクウちゃん、こことっても臭いよ?それに汚れちゃうし」
「よごれたらおふろはいるもん。はるとといっしょにおふろはいるもん」
「………仕方ないなぁ」
もとより精霊であるクウちゃんには、肉体が汚れることに対する忌避感はないのかもしれない。それに汚れたら汚れたで、クウちゃんの言うとおり入浴で汚れを落としてしまえばいいのだ。
彼らが借りている小屋に風呂はないが、村の共同浴場を使わせてもらえるらしい。
「それじゃ、お仕事終わったらお風呂に行こうか」
「いく!はるとといっしょにおふろはいる!!」
「んにー、にゃお?」
ネコが何かを言いたげに問いかけた…ような気がしたが、何を言いたいのかは分からなかった。




