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第百四十一話 仕事に貴賤はないのである。




 「この村には、まぁ、色々と事情があって年若い女性が少ないのですが…」

 「ちょっと待て!あんたもしかして、アレか、アタシらにやらせるつもりってのは、()()()()()()か!?」

 「え、なに、私たち()()()()()()させられるわけ!?」


 続くクヴァルの言葉に、マグノリアは自分の嫌な予感が当たったと思った。アデリーンも彼女の言わんとすることに気付いた。


 「はるとー、そういうあれって、なぁに?」

 「なんだろうねぇ。師匠、()()()()()()って、何ですか?」


 当然そんな知識は持っていないクウちゃんとハルトが無邪気にキャイキャイやってるが。


 「ううううるさいお前は口挟んでくるな!」

 

 理由も分からず叱られてしまい、しょげてネコに慰められるハルト。

 マグノリアはこういうときまで弟子の世間知らずに付き合ってはいられない。


 「悪いけど!そういう話ならナシだ!!つーかあんた、クウちゃんみたいな小さな子にまで何てこと…」

 「待ってください何か勘違いをしていませんか?」


 この村には児童愛護の精神の欠片もないのかと憤慨するマグノリアを、クヴァルは慌てて遮った。()()勘違い…と言いつつ、彼女が()()勘違いしたのかは察している。


 「…勘違い?」

 「私は、あなた方三人に村人たちの話し相手になってもらいたいだけです」

 「……話し相手?」


 未だ、マグノリアとアデリーンの胡散臭そうな表情は消えない。

 

 「話し相手って…それ、アタシらじゃなくても村人同士でいいじゃないか。それになんで女ばっかり…」

 「ですから、話を聞いてください!」


 いかがわしい想像をされてしまったクヴァルは、これ以上誤解が広がる前に説明に入る。


 「帝国の風習では、男性と女性とで生活における役割分担がありまして」

 「なんでそんな話?ま、いーけど。どうせ、男は外で女は内で…とかそんなところだろ?」


 そんな話は他の国でも珍しくはない。体力に勝り荒事に向いている男性が外で外敵と戦い、生産・維持に長ける女性が内で生活基盤を守っていた大昔の風習が、未だに世界中に根強く残っている。

 実際に遊撃士業界だって女性は少数派だし、国によっては女性単独での外出を禁じているところまであるくらいで。


 …しかし、クヴァルが言うには帝国は少し違っているようだった。


 「いえ、昔は帝国もそうだったと聞きますが、今は少し違います。兵役は男女共にありますし、狩りの名手として名高いのは女性の方が多いくらいで」

 「だったら、分担ってのは?」

 「ですから、生活における分担です。家庭内での。分担…と言いますか、これも風習…のようなものかもしれませんが」


 家庭内での分担ということは、家事分担か。料理は女で掃除は男、みたいな。逆でもいいが。

 そんなのはやりたい方がやりたいようにやればいいのではないか、と独身一人暮らしのマグノリアは思う。


 「愚痴は、異性にしか話してはならないんです」

 「…………………は?」

 「…………………なんて?」

 「ですから、愚痴は異性にしか話してはならないんです。同性に愚痴をこぼすことは、節操のないはしたないことだと考えられているんです」


 こいつ何言ってんだ、という顔をしたマグノリアとアデリーンに、クヴァルは繰り返した。


 「え、それ……どうでもよくない?つか、同性パートナーとかどうすりゃいいんだよ」

 「ですから、パートナーとか他人とかそういうことではなく、異性じゃないとダメなんです!」


 国や地域が変われば、風習も文化も変わる。その良し悪しを語るほど無為なことはないが、それにしても……


 正直、馬鹿らしい風習である。


 「じゃあ性自認が肉体と乖離してる場合は?」

 「え、何アデル、そんなことあんのか?」

 「あるのよ、別にそこまで珍しいことじゃないわ。…って問題はそうじゃなくて」

 「その場合は………誰にも愚痴をこぼせなくなりますね」

 「何それ惨い!」


 クヴァルとしてもジェンダー論を持ち出されるとは思っていなかったのか…辺境でそういう話がタブー視されるのは帝国も同じようだ…、口ごもり気味だ。


 「それじゃそういう人たちは不満があっても全部自分の中に抱え込まなきゃいけないって」

 「ですから今はそういう話をしているのではありません!この村のことを話しているのです!!」


 なおも食い下がろうとしたアデリーンを、クヴァルが止めた。ムキになるあたり、最初の冷徹なイメージは表面的なものに過ぎないのかもしれない。


 「この村には非常に女性が少なく、特に話し相手になれるような年齢の者はほとんどいません。おかげで村の男たちは長いこと愚痴や不満を貯めに貯めて、沸騰寸前なんです。そのせいで村内での諍いも増え、仲裁するべき長老会も互いに険悪になる始末で…」

 「はー……そりゃ大変なこった」


 マグノリアの返事も自然とだらけてきている。真面目に聞く気分になれないのは責めないでほしい。


 「……事の深刻さを分かっていただけていないようですね」


 クヴァルとしては、二人の白けた空気が面白くないようだ。自分たちは大変なのに何も知らない余所者が呑気に考えやがって…とか思っているのだろうか。


 「いや、深刻さって……そりゃ一切グチれないってなったら息も詰まるかもしれないけどさ」

 「息が詰まる、というのがどういうことか、本当に分かってらっしゃいますか?」


 マグノリアを睨み付けるクヴァルの表情はどこまでも真剣だ。軽い気持ちで「最近旦那が愚痴を聞いてくれないのよー」とか友人に零すのとはどこか違った。


 

 「先ほども申し上げましたが、ここは帝国の掃き溜めです。他に行く宛てのない者たちが行き着いた場所。ここでの生活に飽きたとしても、村人たちに他所へ行くという選択肢はありません」


 帝国の内政を知らないマグノリアたちには、村人たちの抱える事情は分からない。しかし、クヴァルがそこまで言うということは、かなり自由が制限された環境にあるのだろう。


 「加えて、ここは皇室による福祉の恩恵を受けられません。帝都のヴァシリーサ辺りでは、都市機能により厳冬期でも緑が絶えないのですが、この辺りは…」

 「え、ちょい待ちどういうことだ?極北の都市で、冬に緑?雪は?」


 グラン=ヴェル帝国の帝都ヴァシリーサは、中央大陸最北の帝国の中でもさらに北部に位置する。もっと南のリエルタ(帝国の南端と接している)ですら冬には屋根まで雪に覆われてしまうくらいなのに、一体どういうことなのか。


 「ですから、都市機能により真冬でも夏と変わらない生活が送れるのです。それはいいとして」

 「いや、全然よくないけど…まぁいいや、続けてくれ」


 正直言って、クヴァルの話したいサヴロフ村の事情なんかよりよっぽどそっちの方が気になる。

 冬でも夏と変わらない生活が送れる都市機能だなんて、他国が知ればその技術を渇望することだろう。


 しかし、その技術が未だ帝国内から外部へ漏れていないことから、それは帝国の最重要機密に違いない。そんな機密をクヴァルが知っているはずもないので、ここは彼の話を進めてもらうことにしよう。



 「それで、その恩恵を受けられないここのような辺境では、長く厳しい冬をただひたすら耐えるしか出来ないわけです。外出もままならず、小さな家の中で毎日同じ面子と顔を突き合わせて、日々少なくなっていく食料と燃料に神経をすり減らして」

 「……それは、ちょっとキツイな」


 具体的に言われて、なんとなく想像出来たマグノリアはここでようやくクヴァルに賛同する気になった。

 リエルタ辺りであれば、冬は厳しくても南方からの流通も余程の悪天候でなければ滞ることはない。だが流通の発達していない地域の冬において、食料と燃料の重要性が如何ほどかは想像出来る。

 生死の係った消耗戦で、気晴らしの術もなく息を殺すように過ごす毎日。


 正直、自分だったら耐えられそうにない。


 「別に、寝てればいいじゃない」

 「お前はな。…お前はな!」

 「なんで二回言った」


 アデリーンにとってそれは日常茶飯事である。冬でも夏でも春でも秋でも、食料が尽きるまで引き籠もり尽きたら外に出てきて調達する毎日を是としている彼女には、蓄えが尽きる恐怖を除けば寧ろ理想形なわけで。

 蓄えにしたって、冬の間と言わず一年中引き籠もっていられるだけ用意しておけばいいとでも思っているのだろう。


 積極的引き籠もりに、気晴らしなど必要ないのだ。


 なのでアデリーンの感想は参考にならない。

 試しにセドリックの方を見てみたら、同情するような顔をしていた。ボンボンだって、他人の窮状を想像出来る者はいるのだ。

 

 ……勿論、そうでないボンボンもいたりする。



 「それじゃあ、冬の間はずっとお休みなんですね。のんびりしてていいなぁ」

 「アホか!」


 極北の深刻な悩みをのんびりだなんて言葉で軽んじた弟子を、クヴァルの怒りを買う前にマグノリアは張っ倒す。

 ただしこの弟子の場合、


 「それじゃ、メルセデスに逢いに行きたいって思っても冬の間…そうだなぁここじゃ半年近く、逢えないんだぞ?」

 「……え!?」


 メルセデスを絡めて説明してやると、存外に理解が早い。


 「それだけじゃなく、メルセデスがお前に逢いたいって言ってくれてるのにお前は彼女のところに行けないんだぞ」

 「え、彼女ボクに逢いたいって言ってくれてるんですか!?」

 「ちっがーう例えの話だろ何本気になってんだよ状況から判断出来ないのかこのアホンダラ」


 しかしメルセデス絡みではまだ暴走癖が抜けないようなのでツッコミも怠ることが出来ない。


 「…え、例え…ですかー…(しょぼーん)」

 「そうだよ。想像してみ?メルセデスがお前に逢いたいって夜空に向かって願ってるのにお前にはその声は届かなくて、もし届いても絶対に彼女のところに行けないって。堪えるだろ」


 マグノリアに言われるがまま、ハルトは素直に想像したのだろう。その表情が見る間に凍り付いていく。


 「…凶剣がそんなタマ?」

 「いいんだよ例えだから」


 アデリーンが余計な茶々を入れても、ハルトには聞こえていない。


 「そんな……どんなに遠くにいたって何度引き離されたってボクと彼女は結ばれてるのに…何度だって巡り逢えるのに、それが二人の運命なのに、逢えないだなんてそんなこと…」


 真っ青な顔でブツブツと呟く姿に、少しやり過ぎたかも、と後悔するマグノリア。後でもう一度、あくまで例えなのだと強調しておいた方がよさそう。



 「……話を戻してもいいでしょうか」

 「あ!悪い。続けてくれ」


 クヴァルは一行の遣り取りに呆れたような視線を向けていたが、このままだといつまでも用件が終わらないと強引に話を戻した。


 「また、冬に限らず閉鎖されていて娯楽も限られているこの村では、ストレス発散の手段がほとんどないのですよ。これはサヴロフだけのことではなく、他の辺境でも同じことですが、それゆえに帝国民は会話を重んじます。些細な日常の出来事から重要な相談まで、冬ともなれば一日中語り合うくらいで」

 「それはそれで…なんか疲れそうだな」


 別に無口というわけではないマグノリアだが、一日中ではすぐに話のネタが尽きてしまいそうだ。


 「会話で吐き出すのですよ、良い感情だけでなく悪い感情も」

 「悪い感情ってのが……愚痴ってことか?」

 「そうなりますね。相手にぶつけるためのものではありません。溜まった黒い感情を吐き出して自分の中を一度リセットさせるのです」

 「……………ふーん…」


 ついこないだマグノリアは、グチっているうちに余計にイライラしてきた体験をしたばかりなので、グチればスッキリするというクヴァルの言い分はよく分からない。

 

 …が、この村の人たちがそう言うのであれば、そうなのだろう。


 「ここ数年、村の男たちはロクに愚痴を零せずにいます。そのせいで特に冬になると、家族親戚間の諍いが多発しまして、その、お恥ずかしいことですが傷害事件にまで発展することも」

 「……で、何?今のうちに数年間溜めまくった愚痴を吐き出してスッキリサッパリ冬を迎えたいって?」

 「はい、そのとおりです」


 マジかよ、というマグノリアの問いに、クヴァルは大真面目に頷いた。どうやら揶揄われているわけではなさそうだ。



 別に、大変な仕事というわけではない。

 延々と野郎どもの愚痴を聞かされるというある意味拷問のような気もしなくもないが、何か解決策を求められるわけではなくただ適当に相槌を打って同調するフリをしておけばいいのであれば、精神的疲労以外にこちらに害はないわけだし、それで帝国内での活動拠点を得られるのであれば、贅沢は言っていられない。


 何しろ、魔王復活を企むという魔王崇拝者たちと帝国の関係とか、そうそう簡単に調べられるようなものではない。腰を据えて長丁場を覚悟するべきだ。


 「……了解した。確認だけど、アタシらはただ話を聞けばいいんだな?悩みの解決だとか喧嘩の仲裁だとかそんなことはしなくていいんだな?」

 「ええ、トラブルに関しては長老会で責任を持ちます。引き受けていただければ、生活基盤はこちらで面倒を見ます。あなた方も何らかの目的を持って帝国にいらっしゃったのでしょうし、期間はまずは一月としましょう。それ以後は、状況によって判断するということで」


 様子見の一か月、というのはマグノリアも賛成だ。本格的に動き始めるのはそれからでも遅くはない。


 「ちょ、ちょっと待って!休日は?まさか一か月ずーーーっと愚痴に付き合えって言うんじゃないでしょうね!」


 必死になったのはアデリーン。ゴロゴロダラダラする時間がないと、彼女は一週間で駄目になる。


 「それは当然ですよ。安息日とその前日は、自由になさってください」

 

 クヴァルが、少し呆れたように約束してくれた。

 アデリーンはその週休二日をゴロゴロダラーリに費やす気満々だが、その休日の間に帝国のことを少しでも調べようとマグノリアは考えていたりする。


 

 どうにも妙なスタートになってしまったが、とりあえず帝国に潜入することは成功した。

 問題は……



 マグノリアは、呑気にほけーとしているハルトをチラと見た。帝国へ行くと言い張っていたときはあんなに強い調子で何か覚悟を決めているようでそれが心配だったのだが、今は驚くほど普段どおりに戻ってしまっている。その平静さもなんだかそれはそれで心配だ。

 何しろ、彼女らはハルトの我儘に付き合って帝国へ来たのだ。しかもその我儘の具体的中身もよく分からないままに。

 

 考えれば考えるほど早まった感がしなくもないが、既に一蓮托生を決めてしまったので仕方ない。

 これからの方針は、全てハルトにかかっているのだが……



 「はると、クウちゃんここおさんぽしたい」

 「そうだね、それじゃ師匠たちのお話しも終わったみたいだし、村を探検してみよっか」

 「たんけん!たんけんたのしい!!」



 …なんだかこのバカ弟子は、やっぱり何も考えていないような気がしてならない。


 

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