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第百三十九話 第一村人発見。




 轟音は、外からのものだった。

 しかし彼女らがいる部屋の内部もかなり揺れ、辛うじて残っていた装置のガラスが振動に耐え切れず床に落ちて砕けて散った。


 「お、おいおいなんだ今の!」

 「……ハルトの魔力反応ね」

 「…………マジですか」


 マグノリアより、アデリーンの方が落ち着いていた。それは、その轟音と振動を生み出した張本人が分かっているからなのだが、それを明かされてもマグノリアの焦りが収まることはない。

 収まるはずがない。


 「あいつ、最近少しはマシになってきたと思ってたのに…!」


 何はともあれ、部屋を飛び出す。

 自分が思っていたよりもハルトは常識知らずのままだった、ということは判明したが、だからと言って何の必要も理由もなく魔導をぶっ放すほど節操無しの危険人物ではない…と思いたい。


 彼が魔導を行使したということは、魔導を行使する必要があったからだ。

 それは則ち、敵が現れたからだ。



 廊下を戻って建物から外に出ると、とりあえず無事そうなハルトとクウちゃんとセドリックとネコの姿に安堵する。

 それから視線を移し、目に映った光景に絶句した。



 ここは、鬱蒼とした森…のはずなのに、その一帯だけ視界が開けていた。

 焼け焦げて吹き飛んだ樹の破片と、吹き飛ぶことは免れたが表皮の焼け焦げた樹と、焼け焦げた地面。衝撃の中心地点と思しき地表は、プスプスと煙を上げていた。



 「な……な、な、何、を、お前は……やってんだよ!!」


 思わず、ハルトの頭をポカリ、とやってしまうマグノリア。

 事情を聞く前にそれは少々乱暴な話ではあるが、目の前の惨状に例えどんな理由があろうと…敵の襲撃だとかなんとか…、過剰防衛であることは間違いない。

 

 「だって……コソコソと覗いてる不審者がいたから……」


 自分としてはいい選択をしたと思うのにお叱りを受けてしまって頬を膨らませるハルトの言葉に、マグノリアは一瞬レオニールのことを思い浮かべた。


 …ほら言わんこっちゃない、いつまでもストーカーじみた尾行なんてしてるから、当のハルトに勘違いされて攻撃される羽目になるんじゃないか…!



 「お、お前…普通、吹っ飛ばす前に相手を確認とかするもんだろうが、もし無関係の人だったらどうするんだよ!?」


 心強いはずの味方がさっさと友軍誤射フレンドリーファイアによって退場してしまったかと危惧するマグノリアだったが、どうやら流石にそこまでレオニールはお間抜けではなかったようだ。


 ハルトの言う不審者とは、彼のことではなく。


 「大丈夫です。ちゃんと狙いは外しましたから。…ほら」


 そこはかとなくドヤ顔のハルト。

 狙いを外すだなんて高等テク、いつの間に習得したのやら……


 ハルトの指差す方向を見ると、吹き飛ばされた一帯のすぐ脇に腰を抜かしてへたり込む小さな人影が。


 「あ……あ、あばばばばばば…」


 完全に、怯え切っている。

 

 「あれは……獣人ビースターか…?」


 垂れ耳の犬科獣人だろうか、年はハルトと同じかもう少し若いくらいの少年。着ている服や背負った弓矢からすると、森で生計を立てている猟師とかそんなところではなかろうか。



 「あー、悪かったな、こいつが驚かせちまったみたいで」


 見た感じ、不審者ではない。と言うか、不審者は寧ろこちら側の方だろう。

 不運な通りすがりに謝ろうと…何せこのまま警察にでも駆けこまれてしまうと非常に厄介なので…出来る限りにこやかに友好的に近付こうとするマグノリアだが、


 「ひいぃいいいっゴメンナサイお金持ってません差し上げられるものなんて何も持ってませんーーーー!」


 悲鳴を上げて頭を抱え、うずくまってしまった。

 もしかしたら、追剥か何かと勘違いされているのかもしれない。


 「ああああああの渡せるものなんて弓矢これとあとは服くらいしか…あああはい着ぐるみ全部置いてきますからどうか命だけはぁあああ」


 …もしかしなくても、勘違いされているようだ。


 「お、おい少年、落ち着けって。アタシらは別に追剥ってわけじゃ…」

 「ああああああの俺確かに獣人だけどどっちかっつーと珍しい種族じゃないから売っても高値は」

 「人買いでもないっつの!!!」


 実に不本意な誤解を受けたマグノリアは怒鳴りつけて少年を黙らせる。どこからどう見たって後ろ暗いところのない遊撃士にしか見えないはずなのに何なんだそんなに人相悪いってのか。


 もう怖がらせないように、だなんて優しい気持ちは森の彼方へすっ飛んでしまったので、遠慮なくズカズカと近付くと少年の襟首を引っ掴んで強引に立たせる。

 少年はマグノリアの怒声に完全に縮み上がってしまい、抵抗もせず従った。



 「ししょおー、怖がってる子にそれは乱暴ですよー」

 「お前が言うか!?」


 元はと言えば自分のせいなのにそれを棚に上げるハルトにツッコんだら、さらに少年が縮こまった。


 「ああ、悪い。ビビらせるつもりはなかったんだよ、悪かったな。お前、ここの子供か?」


 子供を怖がらせるのは趣味ではない…というか怯える子供の扱い方なんて知らないので、仕方なく再び態度を軟化させて優しい表情を心掛けるマグノリア。ついでに、屈みこんで視線を合わせることも忘れない。


 「プププ、柄にもないことやってんでやんの」

 「おい、いいから黙ってろって」


 冷やかすアデリーンをセドリックが窘めてくれた。こういうときに常識人がいてくれると嬉しい。

 おかげで、マグノリアは少年を宥めるのに専念することが出来る。



 「あーほら、もう泣くなって。何もしないから」

 「うぅ…ぐすっ……ほ、ほんと、ですか……?」

 「ほんとほんと。アタシらは旅をしていてさ。この森を抜けたところにあるサヴロフって村に行きたいんだよ」


 彼女らは、その村で手配師が話を付けてくれた潜入先の協力者に会う手はずになっているのだ。地元の少年なら、村への行き方も知っているかもしれない。


 「サ…サヴロフなら、オイラんところだけど……?」

 「…!本当か?」


 なんと実に好都合なことか。村人ならば、道案内に問題はない。


 「それは良かった。ああ、アタシはマグノリア。お前は?」

 「お、オイラは…キリルっていうんだ」

 

 キリルと名乗った少年は、徐々に落ち着きを取り戻してきたようだ。と言っても、いきなり魔導をぶっ放したハルトには未だ怯えが消えないのか、彼が近付いてくると小さく悲鳴を上げてマグノリアの背後に隠れたのだが。



 「こらハルト、怖がらせるんじゃない。あっち行ってろ。…それでキリル、お前はこの建物のこと知ってるか?」


 マグノリアが背後の建物を指して尋ねると、キリルは首を横に振った。


 「あんまし知らない。いつの間にか出来てて、お父ちゃんや爺ちゃんたちは、悪いモノが棲みついてるから近付いちゃいけないって…」

 「けど、お前はここに来てるよな?」

 「そ……それは…………だって、ここには良い薬草がいっぱい生えてて…」


 てっきりキリルは猟師か何かだと思ったのだが、どうやら背中の弓矢は護身用のようだ。

 尤も、遭遇した途端にとんでもない雷をお見舞いしてくるような常識知らずの遊撃士だとか高位魔獣とかには気休めにもならないだろうが。


 だが、これで分かったのは、この建物が近隣の集落にとってもあまり良いものではない、ということ。村の大人たちはそれが何なのか知っているのだろうか。


 子供に近付くな、と言う程度には知っているのかもしれない。



 何はともあれ、村で協力者に訊ねてみれば分かるだろう。

 一行は、キリル少年に村までの道案内を頼むことにした。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 「スゲー……ほんとにスゲー…………」

 「あー…いや、それほど…でも」


 ハルトとはまた少し違った感じの手放しの称賛に、マグノリアは照れるを通り越して気まずくなってしまうほど。


 今もキリル少年は、倒した魔獣から魔晶石を取り出そうと解体真っ最中のマグノリアの周りをウロチョロして、一挙手一投足に見惚れている。




 村までの案内を引き受けてくれたキリルだが、その前に薬草の採取だけしていきたいと言い出したのでそれに付き合う一行だった。

 その薬草はとても珍しい品種らしく、森の中でもこの一帯にしか生えていないそうで、しかもその一大群生地を何処かの馬鹿が吹き飛ばしてくれちゃったりしたものだからキリルはそれに気付いて半泣きになっていたのだが、ネコが建物の裏手にもそれなりに群生しているのを見付けてくれたおかげで彼は目的を果たすことが出来た。


 薬草は、一つの茎が二股に分かれてそれぞれの先に紫色の鈴のような一対の花がついている植物だった。野草特有の可憐さが感じられる。

 花に比べるとやや大きめの葉と、根に薬効があるらしい。ただし、マグノリアもアデリーンも今まで見たことがない。



 …で、採集中に魔獣の襲撃を受けたのだ。

 何処かの馬鹿が派手な魔導術式を使ってくれたおかげで、森の奥から魔力反応を感知したのかギガサーペントが餌を求めて姿を現した。

 


 何処かの馬鹿のおかげでここ数か月、それ以前の十数年よりもよっぽど濃密な経験を積んだマグノリアにとって、既にギガサーペントはそうそう驚くような敵ではなかった。

 無論、油断しても平気だなんてことはない。そして、仮に平気だったとしても敵相手に油断するような彼女ではない。


 危なげなくギガサーペントを倒した彼女に、アデリーンやセドリック、そして何処の馬鹿やその精霊の後衛バックアップは必要なかった。



 「…ねぇマギー。あんた何だか前より強くなってない?」

 「スゲー!!マグノリアさん、スゲー強い!!」


 ギガサーペントと言えば、脅威度7、推奨等級3の高位魔獣である。討伐目安は、第三等級以上の遊撃士の一行パーティーであること。

 第二等級とは言え、単独撃破が容易なレベルではない。


 アデリーンの疑問を受けて、マグノリア自身もそれを不思議に思ったのだが、深く考えるより前に興奮したキリル少年に飛びつかれてしまった。


 仔犬のような目が爛々と輝き、フサフサの尻尾がブンブン振れている。


 お年頃の少年にとって、強さとは世界で最も重要視されるステータスである。

 目の前で勇者もかくや、の活躍を見せてくれたマグノリアに、キリルはすっかり心酔しているようだった。



 「スゲー、ほんとにスゲー!マグノリアさん、もしかして勇者ってやつ!?」

 「いやいやいやいや、そうじゃない。アタシはしがない遊撃士だよ」

 「遊撃士!スゲー!!こんなに強い人、オイラ初めて見たよ!!」


 何と言うか、勢いが凄い。さっきまでマグノリアにあれほど怯えていたのが嘘のようだ。



 「お、大袈裟だなぁ、界隈にゃ、アタシより強い遊撃士なんてゴロゴロいるんだぜ?」


 謙遜しながらも、まんざらでもなさそうなマグノリア。

 キリルの勢いに置いてきぼりなアデリーンとセドリックは、むくれているハルトに気付いた。


 「おいハルト。何ふくれっ面してやがんだよ」

 「………………………………別に」


 長い沈黙の後に短く言い捨てたハルトは、どこからどう見ても不機嫌だ。

 ハルトの肩の上のネコはやれやれ、と言いたげな顔をしていて、ハルトの横にひっついているクウちゃんはハルトの不機嫌が移ったかのように同じく仏頂面。


 「別にってこたぁねーだろ。何か面白くないことがあったんなら…」

 「フフフ、ハルトは大好きな師匠が他人に取られて面白くないのよねー?」


 セドリックの疑問に、ハルトではなくアデリーンが答えた。


 「……別に、取られたわけじゃありません。師匠はボクの師匠なんですから。あんな子供、師匠からするとその他大勢なんですから」

 「面白くないってとこは否定しないんだな…」


 嫉妬の感情を否定しないハルトの、マグノリアに付きまとうキリルに向ける視線がやけに剣呑なことに気付き、セドリックは、この先少しばかり注意しておいた方がいいと自分に言い聞かせた。








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