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第百三十二話 拉致監禁ってそこはかとなく退廃的なエロスを感じるのは自分が汚れているからか?





 タレイラの郊外。

 緩やかな丘が連なる牧歌的な光景の中に、一軒のログハウスがある。


 敷地の門をくぐると、広い庭の一角には家庭菜園。季節の野菜と花々が、整然と植えられている。

 裏庭には、今は空っぽの家畜小屋。しかしいつでも使えるように掃除が行き届いている。


 建てられてから十年以上は経つと思われる家庭的なその家には、現在家主は住んでいない。

 ただ、留守を守る管理人がいて、今はその管理人の友人が遊びに来ていて、玄関前の広いポーチに設えられたテーブルでお茶の時間を過ごしていた。


 

 「アスねぇさ、あっち、帰ってる?」


 管理人は、幼い少年に見えた。向かいに座る友人は、年上の女性。


 「いや……随分と長く留守にしてしまっているな。そういうお前こそ、ずっとこちらに入り浸っているのだろう?」


 女性は、行き過ぎなくらいに綺麗に整えられた庭を眺めて言う。これほど手をかけているのであれば、彼がここを留守にすることなどほとんどなかったろう。



 女性の指摘に、少年は気まずそうにお茶をすすった。


 「だってさ…最近、みんなギスギスしてんだもん。なんかつまらない」

 「………そうか。気持ちは、分からなくもないがな」

 

 女性は、長閑な風景に目をやった。ここは穏やかで静かで、時間が他よりもゆっくり過ぎていくような気がする。 

 何を考えているのやら分からないギスギスとした同輩たちに囲まれているよりも、ここでのんびりしていた方が万倍も気分が良い。



 「しかし、殿下にもほとんどお目に掛かっていないのだろう、それでいいのか?」

 「んー……十年以上前に一回だけ…かな。けどアスねぇだって、一度も会ってないじゃん」

 「私はまぁ、暇を頂いている身だからな」

 「何それ、ズルい」


 どこか姉弟のようにも見える二人の友人は、他愛ない話を肴にお茶を続ける。実際には他愛なくもないのだが、彼らの様子はどこまでも呑気だ。


 「……まぁ、()()()が動いているのなら、じきにお目に掛かることもあろう。そのときを、楽しみに待つとするさ」


 やはり呑気な口調で言うと、女性はお茶を飲み干して立ち上がった。


 「さてディオ。私はそろそろ行くとしよう」

 「えー、もう行っちゃうの?泊ってけばいいじゃん」


 少年は、不満げに口を尖らせた。きっと広い家に一人は淋しいのだろう。

 女性はそんな少年の頭をポンポンと優しく叩いて、困ったように微笑んだ。


 「そうしたいのは山々なのだがな。()()()()、色々とキナ臭い。あまりのんびり構えてもいられないのだよ」

 「……それなら仕方ないけど。けど、また来てね。あと、なんかあったら呼んでね」

 「ああ、そうさせてもらうよ」


 軽く手を振ると、女性は門を出て丘の向こうへ消えていった。

 少年はポーチに立ったまま、小さくなっていく女性の背中をいつまでも見ていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 早まった……かも。


 威勢よく啖呵を切って教会を飛び出してきたマグノリアだったが、冷静になるのも早かった。


 元々、合理的思考が身上の彼女だ。感情的になることなんて滅多になかったし、激昂するなんて以ての外。

 最近はその身上も崩れがちな傾向にあったが、それでも身に沁みついた考え方・振舞いというのはそうそう変わるものではない。


 …で、冷静になって合理的に考えて、冷や汗ダラダラ、なのである。



 教皇に不遜な態度を取ってしまったことは……今さらしょうがない。多分、教皇は怒ってはいない。それに、本心でもあった。後悔はしていない。


 問題は、自分が完全にハルトにくっついて帝国行きを選んだ、みたいな形になっていること。



 ……いやいや、確かにそうしたい気持ちはある。

 ハルトを止めることは出来ない。放っておくことも出来ない。なら、彼が下手な真似をしないよう一緒についていって見張っているしかない。

 ハルトだってまさか正面切って帝国に喧嘩を売るようなことはしない…だろう…と思いたい…から、そこは彼女が上手く手綱を引いてやれば危険は避けられる…かもしれない。


 …が、いくらなんでも勢いで即決してしまうには、あまりに事が大きすぎた。

 売り言葉に買い言葉…ではないが、もう少し熟考を重ねる必要があった…と思う。



 しかしながら……今さら教皇に、「もうちょっと考えさせて」なんて言えるはずがない。流石にそれは、彼女のプライドが許さない。あと単純に恥ずかしい。

 


 さてどうするか。これ、大丈夫なんだろうか。教皇の台詞は、脅しじゃないのか。本当だとしたら、自分はもしかして魔族にまで喧嘩を売ることになってしまっているのでは?


 「うぅ……早まった……やっぱ、早まった…」


 頭を抱え、これからの身の振り方を真剣に悩むマグノリア。

 選択肢は、たったの二つだ。ハルトについていくか、否か。


 どちらを選んでも、別の意味で後悔するだろう。どちらの後悔が、自分にとってマシなのか、が問題だ。


 とことん合理的に考えるのであれば、教皇の言うとおりここは引き下がるべきだ。ハルトには実家がついていると言うし、きっと公爵家がハルトを帝国から連れ戻してくれることだろう。

 しかしその場合、彼はそのまま自由を失う。

 あれほど、実家には戻りたくないと…メルセデスを追いたいと願っていたハルトの望みは叶わない。

 


 ――――「ボクには師匠とクウちゃんとアデルさんがいてくれれば、それで充分です」


 ハルトの言葉が、不意に脳裏に甦った。

 身内ではなく、出逢って間もないパーティーメンバーだけを頼りにするというハルトにとって、実家とはどのような意味を持っているのか。


 

 しかしながら、帝国へ行くことの危険性…正確に言えば魔王復活だの魔王崇拝だのヤバ気な単語がチラチラする場所へ行くことの危険性は、無視出来ない。


 

 合理で動けば感情で後悔し、感情で動けば合理で後悔する羽目になる。

 どちらを取るべきか、どちらが自分にとってマシな選択なのか、非常に悩ましい。



 …いっそのこと、本当にハルトをふん縛って牢屋にでも監禁してしまおうか。エリーゼに頼めば、あの奇妙な空間を貸してくれるかもしれない。

 うん、それがいいかも。エリーゼだって、ハルトが危険な場所へ赴こうとしているのを止めるためならいくらでも協力してくれるはず……


 「おい」


 いやでもエリーゼって今どこにいるのだろうか。教皇に聞けば教えてくれるのだろうが、今さっき啖呵を切った手前、どの面下げてノコノコ戻れば…


 「おい、聞いているのか」

 「……んあ?……あ、レオ…」


 苛立ったような声に振り向くと、レオニールが目の前にいた。気付かないとは、余程悩んでいたに違いない。


 「一体こんな往来で、何をしている。貴様はハルト様の護衛ではなかったのか?こんなところで油を売っていないでさっさと」

 「レオ!」

 「な…なんだ!?」


 いきなりガシッと両手を握ってきたマグノリアに、レオニールはギョッとする。

 

 「そうか、お前がいたよな!うん、だったら安心だ!」

 「何を言っている?おい、いい加減に放せ!」


 そう、レオニールがいるではないか。

 ルガイアは、聖都に戻ってしまった。どのみちハルトは、彼の力を借りたくはなさそうだった。あの硬直した表情を見れば、もしかしたらルガイアもまたハルトの実家の関係者なのかもしれない。


 …が、ハルトはレオニールの存在に気付いていない。

 そしてレオニールは、マグノリアが知る限り最強クラスの強者だ。

 そしてそして、ハルトの実家に仕えているに関わらず、彼をむりやり連れ戻そうとはしないことも分かっている。


 自分だけでは、ハルトを守り切れるか自信がなかった。

 しかし、レオニールがいるのであれば百人力…いや、千人力である。



 どうやら、マグノリアはハルトを拉致監禁しなくてもよさそうだ。





久々にアスターシャとディアルディオの疑似姉弟書けました。この二人の組み合わせ好きです。普段はいたずらっ子なディオも陛下とアス姉の前では素直な甘えん坊になるのが面白い。

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