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第百三十一話 グリード、らしくない失敗を犯す。




 「説得は、失敗……ということか?」

 「彼に聞かなかったのかね?」


 ハルトと入れ違うようにして通信室に入ってきたマグノリアの問いに答える教皇の声は、どこか力無かった。


 「聞くも何も、黙って教会を出て行ってしまったんだが……貴方でも無理だったか」

 「………………」

 「…聖下?」


 黙りこくって自分を見つめる教皇を、マグノリアは怪訝に思った。



 「マギー…マグノリア=フォールズ。君への依頼は、今日をもって取り下げさせてもらうよ」

 「え?それはどういう……」


 教皇の突然の宣言は、マグノリアを混乱させた。


 「今までご苦労だったね。彼に付き合うのは大変だったろう。こちらの勝手で打ち切らせてもらうのだから、最後に特別報酬も弾んでおく。君はもう自由だよ、マギー」


 混乱するマグノリアを置いて、教皇はどんどん話を進めていく。


 「ギルドを通さない依頼ではあったけど、君のことはそれとなくギルマスに伝えておこう。教皇直々の依頼を完遂したとあれば、その経歴はこの先君の大きな武器となる」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ聖下。なんでそんないきなり……」

 「アデリーン嬢にもよろしく伝えてくれたまえ。君たちは本当によくやってくれた」

 「待ってくれって!!」


 自分の意見なんて聞くつもりがなさそうな教皇をマグノリアは怒鳴りつけてしまった。それは、例え彼女でなくても決して許されない不敬のはずだが、教皇は責めたりせずに彼女を静かに見つめた。


 「いきなりどういうことだよ。ハルトは帝国に行くって言い張ってんだぞ?アタシがあいつを放り出したら、どんな無茶をやらかすことやら…」

 「だから、彼が何をしようと君にはもう関係がないんだ。心配する必要もない」


 教皇の、冷酷とも受け取れる言葉に絶句するマグノリア。

 あれほどハルトを気に掛けている様子だったのに、一体どういう心境の変化なのか。



 「いいかい、マギー。彼のことは、彼の実家がどうにかするだろう。こう言ってしまうのはなんだが、君が束になっても…いや、たとえそれが凶剣だったとしても、相手にならないような猛者揃いだ。下手に首を突っ込んで敵と認識されてしまうと、君の身も危うい」

 「危ういって……サクラーヴァ公爵家…なんだろ?」


 いくらなんでも、次期当主に関わるからという理由で人殺しをするほど過激な貴族なんているはずが…それとも貴族とはそういうものなのだろうか?


 「…まぁ、そんなところなんだけどね。彼を見れば分かると思うけど、あまり常識というものが通用する連中ではない」


 マグノリアの知る「公爵家」の関係者はレオニールだけなのだが、確かに彼を考えれば納得。


 「それに、ハルトが向かおうとしているのは魔王復活を目論む帝国だ。そして、魔王が絡むことに魔族が無関心でいるはずがない。おそらく、魔界の干渉があるだろう」

 「…………!」


 魔界の干渉。魔族の、地上界侵攻。

 それは、天地大戦の再現となる災厄。


 「君は知らないかもしれないが…魔族の力は我々のそれとは桁違いだ。低位魔族でさえ、八首蛇オロチ冥神狼ケルベロスなど地上界最強の魔獣に匹敵するほどなのだから」


 教皇から告げられた事実に、絶句するマグノリア。それは則ち、地上界最強レベルが魔界では雑魚扱い、ということではないか。


 「魔王絡みであるなら、出張ってくる魔族が低位とも思えない。それこそ、魔王の直属でも出てこようものなら、君は間違いなく死ぬ」

 「………けど、ハルトはそんなところに行くって言ってるんだろ…」

 「君が今すべきは、彼ではなく自分の心配だ。ハルトは全て覚悟の上で行くのだ。君たちを巻き込みたくないとも思っている。だからこそ、一人で行く…とね」


 弟子を気遣っているつもりで、いつの間にか庇われていたことにマグノリアは複雑な気持ちになる。

 一丁前に英雄気取りか、とここにはいないバカ弟子を叱り飛ばしたいような、他人を思いやることを覚えたバカ弟子を褒めてやりたいような。



 「なに、彼はそう簡単に死にはしないよ。君も知ってるだろう?だが、君はそうもいかない。私は、君を死なせたくはない」

 「……!」


 マグノリアは教皇の表情に嘘や打算がないことを見て取り、驚愕した。

 まさか、彼が本心から、マグノリアの身を案じることなんてあるはずがない。


 そんなこと、あっていいはずがない。



 マグノリアのそんな鬱屈した感情をよく知る教皇は、まるで実の娘に対するようにマグノリアを諭す。


 「マギー、私の信仰は…私には、ヨシュアを救うことが出来なかった。それは私の弱さであり、過ちだ。だからこそ、君のことは彼の代わりに守りたいと思う。君は、余計なお世話だと言うだろうがね」

 


 それは、グリード=ハイデマンの本心からの懺悔だった。

 十五年前の聖戦において、現世界と聖教会ではなく、それらを滅ぼし新世界を築こうとする創世神の荒魂に従う人々は少なくなかった。

 身内を手にかけてまで、昨日までの友に剣を向けてまで、新たな世界と新たな信仰に希望を繋ごうとした人々。

 

 その中に、彼女の父であるヨシュア=フォールズもいた。

 グリードにとってヨシュアは、直属の部下であったにも関わらず自分に背を向けた裏切り者。

 そして同時に、自分はヨシュアに救いを提示することが出来なかった不出来な主。

 

 グリード=ハイデマンの信仰は、ヨシュア=フォールズを救うことが出来なかった。

 それは彼にとって、数少ない敗北の経験である。


 ゆえに、グリードはヨシュアの忘れ形見であるマグノリアのことが気に掛かっていた。裏切り者の娘ではなく、自分が救えなかった部下の娘として。

 父のせいで彼女が背負うことになった烙印はどうしようもなかったが、それが彼女に現実的な害を及ぼさないよう腐心した。信頼出来る遊撃士仲間に頼んで、彼女の後見になってもらったりもした。

 彼女が自分に対し複雑な…決して友好的ではない感情を抱いていることは百も承知で、だからこそ敢えて踏み込むことはせずに、恩を着せるようなこともせずに、彼女が許容できる距離を保ち続けた。


 だが、彼女を守るために必要であるならば、そうも言っていられない。



 「マギー、悪いことは言わない。君は、君自身の未来を…幸せを掴むべきだ。他者に引きずられてそれを捨てるようなこと、私もヨシュアも望みはしないよ」

 「…………確かに、余計なお世話だよ」

 「……マギー…」


 呟くように言い捨てたマグノリアの声には、今にも沸騰しそうな怒りが込められていた。


 「あの人は……親父は自分の意志で、現世を見限ったんだ。自分の救いは自分で手に入れることにして、自分の意志と責任でアンタを見限ったんだ。それにアンタは関係ない……今さら自分のせいだとか、そんなのは親父への冒瀆だ」


 その怒りは、どこに向いているのだろう。

 グリードか、父親か、自分自身か。マグノリアにも、分かっていないかもしれない。


 「だから、アンタが勝手にアタシの人生に責任感じるのも、アタシへの侮辱と受け取る。勝手に後悔して、勝手に責任感じるのはアンタの好きにすりゃいい。けど、それでアタシの道にまでケチつけるような真似は、たとえアンタが教皇だろうと許さない」

 「マギー!」

 「アタシはもう自由だって、言ったよな」


 マグノリアの目が据わっているのを見て、グリードは自分が失敗したことを知った。

 彼にしては稚拙な間違いだったが、それだけ過去の過ちが彼にとって大きかったのか。


 

 「マギー、冷静に考えるんだ。君が行ってもハルトの助けにはならないし、寧ろ彼の枷になってしまうだろう。君の利も何一つない。下らない感傷で命を無駄にするつもりか?」

 「煩い、感傷じゃねーよ、これは意地だ!アタシが何を理由にするかなんてアタシの勝手だろ!」

 「ハルトも君を危険に晒すことは望まな…」

 「それも知るか!あいつが我儘を通すってんならアタシだって好きにやってやる!あいつもアンタも、肝心なこと言わずにアタシを便利に使いやがって、そのくせ今さらお役御免だぁ?振り回すのもいい加減にしやがれ!!」


 ガタン、と乱暴に椅子を引いて、マグノリアは立ち上がった。


 「マギー、待つんだ!私の話を…」

 「契約は終わりだろ?アンタの指示を聞く理由はない。そんじゃ、世話になったな」


 言葉遣いこそ違うものの、弟子と似たような言葉を残してマグノリアは去っていった。


 置き去りにされた教皇は、しばらくの間固まって彼女の消えたドアを見つめるばかりだった。





 

グリードさんは純粋な人が苦手だと判明しました。

若い頃からずっとそうじゃない連中相手に権謀術数を繰り広げてきたせいでしょうか。

考えてみれば、純粋の塊な姫巫女にも振り回されてましたっけ。

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