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第百三十話 決意とは往々にして我儘なものである。




 翌日。

 教皇と直接話をするように言われたハルトは、大人しくそれに従った。

 マグノリアと二人並んで教会へと向かう足取りも、普段と変わらない。なんだかこれだったら案外簡単に教皇の説得に応じて帝国行きを諦めてくれるんじゃないか…だなんて淡い期待を抱いてしまうマグノリアだった。



 マグノリアはハルトと教皇との対話の際に同席するつもりでいたのだが、通信が開かれた直後に教皇から席を外すよう頼まれてしまった。

 蚊帳の外みたいな感じで面白くなかったが、逆らう理由もないのですごすごと別室へ移る。



 「なんだかなー、いいように使われてるだけのような気がするんだよなー……」


 手持無沙汰に聖堂をブラつきながら、誰にともなく独り言ちてみる。

 彼女の愚痴に付き合ってくれるのは、奥に飾られた創世神の聖像だけのようだった。


 「だいいち、教皇もハルトもアタシをアテにする割に、肝心なことはだんまりなんだよな。それっておかしいよな。あれ?もしかしてアタシ、もう少し怒ってもいいんじゃね?」


 教会内で教皇の愚痴だなんて聞かれたら大事だったりするのだが、マグノリアは構わない。まぁあの狸親父が、自分の悪口を聞かされたくらいで仕返しをするような小物感たっぷりの真似をするはずもない。


 「つーかさ、ハルトもハルトだよな。危ない場所に他人を付き合わせようってんなら、隠し事はないだろ。ってそもそも、こんだけ面倒見てんのにあいつの実家から何の挨拶もないとかどういうわけだ?公爵家だかなんだか知らないけど随分とお偉いこった」


 イライラを発散させるために呟いてるのに寧ろますます苛立ちが積もっていくのは何故だろう。


 「本来なら謝礼付きで挨拶あったっておかしくないよな?なのにレオの奴なんてアタシにご主人が世話になってるって自覚が全然ないし。なんなんだよもう」


 一度始めたらなかなか愚痴は止まらない。が、悲しいかな神像はすまし顔で彼女を見下ろすばかりだった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「さて、マギーから聞いたのだけども、帝国に行くつもりだって?」

 「はい。出来ればすぐにでも行こうと思います」


 にこやかな教皇の牽制に、ハルトは堂々と答えた。駆け引きなど知らぬ彼であるから、全く裏はないのだろう。

 そして教皇にとっては、案外そういう相手の方が御しにくかったりする。



 「実は、昨日マギーから報告を受けてすぐ、魔界のメルディオス殿にも連絡を取ったのだよ」

 「………そうですか」


 ハルトは、それを予想していたのか冷静なままだった。

 

 「もちろん、帝国の狙い…魔王を復活させようとしていることも含めて。彼らはそれに関してはあまり重要視していないようだったが、君が帝国に行くことは良しとしない、と言っていた」

 「……それは、そうでしょうね」


 ギーヴレイの答えも、予想していたらしい。それを聞かされても、ハルトに動じる様子はない。

 

 「もし君が帝国行きを強行するなら、魔界へ連れ戻すとも」

 「…………はい」


 その言葉にも、ただ頷くだけ。宰相の言うことも、無視するつもりか。


 「君は、まだ魔界には戻りたくないと言っていたけれども…このままだと、早晩迎えが来ることだろう。だが、帝国へ行くだなんて我儘を言わなければ、彼らは君にもう少し猶予を与えるつもりでいる。どちらが自分にとって利になるか、よく考えるといい」


 教皇は、穏やかに語りかける。決して強要したり、情に訴えかけたり、追い詰めたりすることはない。

 自分はどこまでもハルトの味方なのだ、と言外に示し、信頼を得てハルトを誘導したいところなのだが。



 「よく考えて、決めたことです。ボクは、帝国へ行きます」


 ……やはり、やりにくい。


 これがハルトの父である魔王…リュートであれば、教皇にとって手玉に取ることは容易い。

 ハルトと違い、中途半端に目端が利く分こちらの裏をかいたり言質を取ったりしようとする意図が見え見えで、それを上手く利用して自分の望む方向へ話を持っていくことなど朝飯前だった。

 魔王を手玉に取る、などと普通は考えられない所業だったりするのだが、現に教皇はそれで一度世界を魔王の怒りから救っている。


 …が、裏も表もない相手の裏をかくことは、流石のグリード=ハイデマンにも難しい。

 しかも素直に見えて頑固なものだから、余計に始末に困る。



 「理由を、聞いてもいいかね?」

 

 なんとなくの想像はついている。が、どうしてもハルト自身の口から聞きたかった。


 「……貴方は、知ってましたか?」


 質問に、質問が返って来た。


 「父が……魔王が、生きているってこと……いつか復活するって、()()()、知ってたんですか?」

 「………ハルト…?」


 様子が妙だ。教皇は今まで、ハルトから父親に対する漠然とした憧憬以外の感情を受けたことはない。

 だが、今のハルトはまるで、それを怖れているかのよう。


 「父が生きてるなら、ボクは必要なくなる。でもだったら、どうして父はボクを作ったんですか?」

 「ハルト、君はまさか……」

 「ボクは、ボクの目で見て確かめたい。他人が言うからそうするんじゃなくて、自分で自分が何なのか、自分はどうすべきなのか、知らなくちゃいけないんです」


 ハルトは、怒っているようにも泣いているようにも見えた。


 「だからボクは帝国へ行きます。臣下が止めても、行きます。彼らがボクなんて不要だと思うなら自由にさせてもらうし、そうでないのならとやかく言わせたりもしません」



 激高するでもなく、声を震わせるでもなく、淡々と言葉を紡ぐハルト。固く握り締められた拳だけが、彼の強い感情を表していた。


 どうやら、彼を説得するのは無理そうだ。

 教皇は、道理ではなく情に訴えかけてみることにする。



 「…ハルト。私は以前君に、出来る限り魔界を抑えておくと約束した。しかし、それによって地上界に危険が迫るのであれば話は別だ。このまま君を自由にさせると、魔界が我々を敵だと認識するかもしれない」

 「……………」

 「私はその事態を避けなければならない。それでも君が強行するのであれば、私は今後一切、君に協力出来なくなる」

 「………構いません」


 脅しも効きそうにない。おそらくハルトは、魔王リュート以上に地上界に重きを置いていない。親しい相手は別として、地上界と魔界との間で戦が起こる可能性を示唆されても、自分を曲げるつもりはなさそうだ。


 「ボクが貴方の制止を振り切って、むりやり出発した、とでも言えばいい。貴方なら、上手く言うことくらい出来るでしょう?」

 「だが、マグノリアたちはどうする?魔族たちは、君を地上界へと縛り付ける全てを排除しようとするだろう。彼女らを君の事情に…我儘に巻き込んで死なせるつもりかい?」


 教皇の指摘に、ハルトの表情が強張った。

 

 「君はそれでもいいかもしれない。自分の我を通して、好きなことをやったって、魔王以外に君を責められる者はいない。…が、それでマグノリアやアデリーン嬢は?彼女らの屍を踏み越えてでも、君は自分の道を貫けるのか?」


 追い打ちをかけるように畳みかける教皇。しかし、途中でハルトの表情がふっと緊張を解いた。


 「……ハルト?」

 「だったら、ボク一人で行きます。貴方とも、師匠ともアデルさんとも無関係になって、ボクはボク一人で行きます」



 その双眸の揺るがない光を、教皇は眩しく思った。

 まだ、何も失った経験のないがための揺るぎなさ。彼はまだ、本当の恐怖を知らない。

 かつて魔王でさえも、それに負けて絶望に沈みかけたほどの感情を、知らない。


 だが、それは言葉で表せるようなものでもなかった。



 「……そうか。君の覚悟は分かった。それならば好きにするといい。私は地上界を守ることだけを考えるとしよう」

 「……はい。今まで、お世話になりました」


 深々と頭を下げてから、ハルトは部屋を立ち去り際に何か言いたそうな素振りを見せた。

 それを察した教皇は、これ以上の我儘を言い出しにくい彼の代わりに先んじてやる。


 「安心したまえ。マグノリアたちには危険が及ばないようにしておくよ。なに、メルディオス殿は話の分からない御仁ではない。彼女らが君と袂を分かったと知れば、敢えて手を出すこともなかろうさ」

 「…………ありがとうございます。よろしくお願いします」


 今度こそハルトは、部屋を出た。

 その横顔が、最後の決戦に向かう際のリュート=サクラーヴァに重なって見えて、教皇は自分の非力を呪った。



 

 

グリードさんも、純粋な子には敵わないようです。

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