第百二十八話 一件落着したのに全然めでたしめでたしって感じには思えない。
久々に、リエルタに帰ってきた。
マグノリアは、そんなに長く離れていたわけでもないのに既に懐かしく思える街の空気を大きく吸い込んだ。
ティザーレ王国を出た一行はまず、エプトマ市のサイーア公王に任務完了を告げた。
すっかり大人しくなったセドリック公子は魔女に平身低頭で謝罪し、無事に呪いを解いてもらった。肝心?の彼が魔女の怒りを買ってしまった原因というのがもうしょうもないことだったりしたのだが、何を重んじて何を軽んじるのかは個人の自由であるためマグノリアはそこに関しては深く追及しない。
それからヒルダを家まで送り、タレイラに向かったら教皇は聖都ロゼ・マリスに行っているということで一旦リエルタに帰ってから遠隔通信で詳細報告。イライザからも同じ報告が上がっているので、マグノリアはそれほど多くを話す必要はなかった。
彼女が伝えたかったのは、今回の事件のことよりも寧ろ……
「………それは、君の目から見ても不自然だったということかな?」
ハルトの様子を伝えたら、案の定教皇はユグル・エシェルの一件よりも前のめりになって食いついてきた。
彼もまた、ハルトに尋常ならぬ関心を持っている。
「ああ…なんか、あいつらしくないって言うか………上手く言えないが…」
「それ以外に何か異常を感じたりはしなかったかい?」
そう問われて改めて考えてみるが、エリーゼに見せた態度…それはルガイアやヒルダに対しても垣間見えていたような気がする…以外は、普段と変わりないハルトだった。
「いや、異常とかそういう大げさな感じじゃないんだけど…」
「些細な変化でも構わない。君の直感で、彼に不安や懸念を覚えたようなことは?」
「………特にない」
ハルトの様子がおかしいと言っても、マグノリアやアデリーン、クウちゃんに関しては全くの普段どおりだったのだ。
ただ単純に、エリーゼのことが気に喰わない、というだけの話なのかとマグノリアは思うわけだが。
「………………」
どうも教皇は、そうは思っていないようだ。
彼の抜け目なさや老獪さを知るマグノリアとしては、そんな素振りを見せられると不安になってしまう。
「聖下、やっぱり…ハルトには、何かあるのか?貴方は一体、何を危惧している?」
マグノリアにだって、ハルトが普通ではないと分かっている。
謎の魔力量といい、謎の頑丈さといい、謎の能力といい、教皇がやけにハルトに気を配るのも、そのあたりと何か関係があったりするのではないか。
単純に、剣帝の息子であるという以外の何かが。
教皇は、マグノリアのその問には答えなかった。その代わりに表情が和らいだのだが、それはただ彼女を誤魔化すつもりなのだろうと思われた。
「いや、君が気にする必要はないよマギー。ただ彼のご実家はとても彼に対し過保護だからねぇ、ちょっとでも何かあるとこっちをせっついてくるんだよ」
「…………そうか…」
それだけじゃないだろう。彼の実家(サクラーヴァ家ということだろう)が過保護で、教皇的にそちらに気を使わなければならない事情があるのなら、ハルトを実家へ突き返せばそれで済む話だ。
それなのにそうせず、わざわざ護衛をつけてまでハルトを自由にさせ、そのくせ僅かな異常にも過敏になる。
明らかに、教皇自身もハルトに対し何らかの強い思い入れ…或いは目論見…があるようにしか思えなかった。
しかし、教皇がそう言うのであればこの話はここまでだ。それ以降を続けるだけの力はマグノリアにはない。
「それじゃ、次の行動方針が決まったら連絡する」
「あ、ちょっと待った」
遠隔通信を切ろうとしたマグノリアを教皇は止めた。なお、定時報告が義務付けられているのは何らかの活動中のみである。
「そうでなくとも、またハルトに僅かでも普段と違うところがあったらすぐに報告してもらえると嬉しい」
「…………了解した」
もらえると嬉しい、だなんて表現を使ってはいるが、それは教皇が使用すれば命令となる。だったら最初から「報告せよ」と命令してくれりゃいいのに気を使ってる体裁なんて取りやがって…と面白くないマグノリアは、思わず憮然とした表情を繕わずに頷いてしまった。
教皇はそれに気付いただろうに、何も言わずに苦笑しただけだった。
報告を終え、久々の快眠亭に戻ってきたマグノリア(報告はいつも教会の一室を借りている)をやっぱり普段どおりの仔犬なハルトが出迎えた。
「お帰りなさい、師匠!」
……尻尾がブンブンしている幻まで見える。彼があまりにもマグノリアに懐くものだから、後ろのクウちゃんの視線が痛い。
なお、アデリーンはリエルタに戻ってきたんなら…と、さっさと自宅に帰っていった。ハルトに仲間扱いされて嬉しくなくもなさそうな様子ではあったが、それはそれこれはこれ、彼女にとって引き籠もりと優雅な惰眠は魔導研究に匹敵する人生の目的なのだ。
その代わり…と言ってはおかしいが。
「いちいち報告なんて、面倒なことをやらされてんだな」
感心してるのか呆れてるのか同情しているのかイマイチ判別出来ない調子で帰ってきたマグノリアに声をかけたのは。
「……………公子、いつまでここにいるつもりで?」
何故か居座ってしまった、サイーア公国次期王位継承者、セドリック公子だった。
おかしい。なんでここにいるんだ。何がしたいんだ。
エプトマで、全て解決して魔女も取り戻して公子の呪いも解けたと告げたときの公王の喜びようは、見てるこっちまでつられて嬉しくなるかもしくは手放しの称賛に気恥ずかしくなるかで。
「死ねクソ」以外のきちんとした言葉を話せるようになったセドリック公子は、公王や王妃、妹である公女たちにもみくちゃにされるくらい歓迎されて、これで継承問題も解決したな良かった良かった…とマグノリアたちは城を後にした……つもりだったのだが。
なんでか公子がくっついてきてしまったのだ。
「…あ?オレ様がどこにいようがいいじゃねーか」
「…………さいですか」
相手は王子様なわけで、力づくで宿から放り出すわけにもいかないし。
「……ししょお?」
ハルトが、きゅるんとマグノリアを見上げてきた。これも普段どおりの人懐っこさ……いやいや重症化している気がする。出逢った当初はまだしも、ここ最近は少し自立心が芽生えてきたかと思っていた矢先だったのに…
エリーゼやルガイアに対する冷たさと、自分に対する甘えの落差が意味不明で、マグノリアはこれからハルトにどう接すればいいものかと悩む。
「あー……それじゃ、公子もアタシらとパーティーを組むつもり…って考えていいんですかね?」
「敬語は要らねーよ。あと、セドリックでいい。パーティーメンバーに遜るなんておかしいだろうが」
……やっぱり一行に加わるつもりだったか。
「ま、テメーらには世話になっちまったしな。礼ってことで、オレ様の力も貸してやる」
なんだか恩着せがましいけど。
「ええと…セドリック。礼って言っても褒賞は公王からきっちり貰ってるし、アンタが気にすることはないぞ?アンタにだって公務とかあるだろう」
敬語と様呼びは要らないと言われたので早速お言葉に甘えるマグノリア。彼女はあんまりしゃちほこ張った言い回しは得意ではないのだ。
「なんだよ、オレ様がいたら駄目なこととかあるのかよ?」
「いや、駄目ってわけじゃないけど……」
しかし言葉遣いをフランクにしたからといって、彼が公子であることには変わりなく。
「色々と忙しかったりするんじゃないか?それに、公王だって心配するだろうし」
せっかく呪いが解けたというのに一人息子が城を出てしまっては、父親の心配は尽きることがないだろう。ここは父親のためにも、自身の立場と未来のためにも、セドリックは国に留まり自己研鑽に努めるべきではなかろうか。
「公務はどうせ、ここ最近やってなかったんだから少しくらいいいだろ。親父には、今回の件で自分の未熟さを痛感した、見分を広めたい、つったら許可をもらえたよ」
「……………ならいいけど」
随分と行動力があるというか、王子らしくない王子である。
公王が許可を出したなら、公子の行動を制限することは難しい。
いや、もちろんマグノリアがセドリックをパーティーに加えたくない、と拒絶すればそれで終わりなのだが、残念ながらそうする理由がない。
「死ねクソ」しか言えない状態ではあったものの、一緒に行動している間に彼が意外に気遣いの出来る常識人であるということは分かっていたし(これ、実はかなり重要なことである)、実力も申し分ない。充分にマグノリアやアデリーンについてこれるだろう。
王子様にしてはやや粗暴な面があるが性格に難があるというほどではなく、個人的には取り澄ましたお坊ちゃんより好感が持てる。
あと単純に、王侯貴族とは良好な関係を保っていた方が何かと都合がいい。
そんな訳で、なし崩し的にセドリック公子が一行に加わったのだが……
「なんだってまた遊撃士の真似事なんてするつもりになったんだよ。王子様にゃちときつい現場だと思うぞ?」
「ううううるせーよだからテメーには関係ないだろーが!!」
「……………………」
言葉遣いが、王子様とは思えない…。
マグノリアも他人のことは言えないが、それに輪をかけた粗暴さである。
まさかとは思うが…
「なぁ、セドリック。アンタまさか城で厄介者扱いされてたりなんか…」
「ぎぎぎぎぎくっ な、何言ってやがんだよそんなわけねーだろうが!!」
「……………(やっぱそうなのか)」
行き場を失った憐れな?若者の受け皿的なものになるつもりなど微塵もないマグノリアだが、強がるセドリックにそれを言うのはなんだか憚られて、あと口に出すことでそれが本当になってしまいそうな嫌な予感(俗に言うフラグというやつである)もしたので、そこについては気付かないフリをしておいた。
今まで「死ねクソ」しか言えなかったセドリック公子なので、少しくらい活躍させてあげたいです。




