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第百二十六話 魔王子殿下、自分の在り方に悩んでみる。




 「………………」

 「………………」

 「………………」

 「……んにゃなーお」


 気まずく静まり返った部屋で、気まずく黙りこくったマグノリアとアデリーンとエリーゼと、その気まずい空気を和ませようと一声鳴いたネコ。

 気遣い屋さんなネコの声に、マグノリアは我に返ると、


 「あ……あー、なんだろうな、あいつ。寝起きで機嫌でも悪いのかね?あんま気にするなよ、姫さん」


 とりあえず、エリーゼを慰めてみた。


 「…お気遣い、ありがとうございます。それでは私は、これで失礼させていただきますね」


 そう言って振り返ったエリーゼの笑みは、それはもう寂しげなものだった。

 こんな表情の女の子をフォローもせずにそのまま帰すのは忍びないと思ったマグノリアは、やっぱりすっかりお人好しが板についてきたに違いない。


 「まぁ、そう言うなって。せっかくあいつに会いに来たんだろ?アタシからも言っといてやるからさ、あとでちゃんと話し…」

 「とてもありがたいお言葉ですが、あの方が私に戻ることをお望みなのでそれに従います」


 エリーゼは立ち上がると、洗練された仕草で一礼した。

 それから顔を上げた彼女は、それまでのぽややんとした雰囲気とは違い、まっすぐで揺るぎない眼差しでマグノリアを見つめた。


 「私はこれで失礼いたしますが、マグノリア様、これからもハルト様をよろしくお願いいたしますね。何かございましたら、遠慮なくお申しつけ下さい」

 「え…え?あー………そりゃどうも」


 エリーゼの物言いが、まるでハルトの保護者は自分だと言わんばかりの台詞だったのだが空気はそんな感じではなくて物凄く真剣で、しかも姫巫女である自分に遠慮せず申し付けろだなんて立場を無視した表現まで飛び出して、マグノリアはもうどう反応すればいいのか分からずにそんな曖昧な返事をするしかなかった。


 戸惑うマグノリアにフッと笑みを浮かべると、エリーゼはドアへ向かい、立ち去り際に。


 「……きっとこれからあの方は、とても困難な道を歩まれることとなるでしょう。標も拠り所もなく、孤独な道程を。それでも、あの方の傍らにいて下さいますか?」


 振り返ってまっすぐに見据えられて、マグノリアは硬直した。

 エリーゼの顔、声、眼差し。それらはどこまでも強くまっすぐなのに、どこかこの世ならざる危うさも漂わせていた。


 「……あ、ああ。分かったよ」


 だから、深く考えられずにそう答えるのが精一杯だった。

 エリーゼはマグノリアの返事に満足したように頷くと、今度こそ部屋を出ていった。



 「…………だから、なんなんだっての」


 茫然と呟くマグノリアに、誰も返事を寄越してはくれなかった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「シエルの言ってたことは、本当なの?」

 「…………」


 他者の目がないことを確認して別室に入ったハルトは、前置きも何もなくルガイアに問うた。

 ルガイアは、その問いの意味が分からないわけでもないだろうに、ハルトの責めるような視線を受け流して沈黙していた。

 ハルトもまた、ルガイアがその問いの意味を分かっていることを分かっていながら、曖昧に逃げることは許さないと説明を加える。


 「父上が、死んではいないって……帝国が父上の復活を望んでるってことも、ルガイアは知ってたの?ギーヴレイは?他のみんなは?」

 「………………」


 ルガイアの表情からは、彼が何を考えているのか窺い知れない。

 少なくとも、嬉々としてハルトにそれを告げるつもりはないのだろう。

 しかしハルトは、それならいいか、と諦めようとはしなかった。


 

 「…ねぇ、だからなの?みんなが、ボクに何も教えようとしなかったのは。いずれ魔王の座を受け継ぐとか言ってるくせに、ボクを無能なお飾りのままでいさせるのは、そういうことなの?」


 魔界にいる頃は、疑問にすら思わなかった。

 与えられる全てで満足し、それ以上を望むことも望まれることもなかった。



 ――――御身はただ、此処にいてくださればそれでいいのです。


 臣下たちが事あるごとに口にしていた台詞。

 それを聞く度ハルトは、魔王の後継だというだけでそれだけの価値と資格が自分にはあるのだと、そう思っていた。

 そう思うハルトを、誰も否定しようとはしなかった。


 だが、もしかしたらそうではなくて。



 「いつか父上が復活するから、魔王は、生死を超越した存在だから………そしたら、ボクなんて必要ないってことで、だからみんなは…」


 ハルトは、冷静に話すつもりだった。

 これは自分の存在意義に関わることで、自分の立場や未来にも関わることで、感情的になれば魔王直属の古参であるルガイアに簡単に言いくるめられてしまうだろうことは分かっていたから、そうならないように、冷静に理性的に話を進めたかった。

 それでも、声が震えるのを止めることは出来なかった。



 今まで信じて生きてきた世界が、本当の姿ではなかったと突きつけられた気分だった。

 自分は魔王の後継で、だからこそ魔族たちに愛され守られ、未来を憂う必要もなく全てを赦されているのだと思っていた…思わされていたのは、まやかしだったのか。


 これが例えば廉族れんぞくの国家の王族であったなら、思い悩む必要などなかっただろう。

 王権を継ぐ者であるという理由で王位継承者が敬われ尊ばれるのはどの国でも見られること。そして王位継承者はいずれ王となり、国を導いていく。その義務と責任があるからこそ、人々は王に忠誠を誓う。

 だからこそ、継承者には価値がある。


 しかし、魔王が生死を超越した存在であるというならば、そもそも後継者などというものは必要ではなくなるのではないか。

 

 この世界が生まれたときから存在し、様々な事象をその目で見ていくつもの戦を見届け、強大な力で世界に干渉する神。その全能は神以外の何者も寄せ付けないという。

 そんな魔王ちちが本当に生きていて、そしていつか復活するのであれば。



 「ボクは……一体何のためにいるの?」


 ハルトは確かに魔界の王太子…魔王の息子ではあるが、魔王ではない。本当の意味で、魔王になることは出来ない。

 それは、血のつながりだとか資格だとか、()()()()()()ではないのだ。

 

 薄々気付いてはいたものの、それでも魔王ちちがもういなくて自分がその座を受け継がなくてはならないのであれば同じことだと思っていたのが、覆されてしまったのだ。

 

 無知で非力で脆弱なハルトには、「魔王の後継」という以外の価値などない。

 そしてそれが不要なものであるということは、彼もまた。

 


 ルガイアはまだ、何も答えていない。

 だが彼の沈黙が肯定と否定のどちらの意味を持っているのかは、考えるまでもなかった。


 ハルトは深く息を吸い、そして吐き出した。一度仕切り直したかったのだ。

 ルガイア=マウレという臣下は、ハルトが魔界で接してきた他の者たちとは違って彼を猫可愛がりはしない。だからこそ、そんなルガイアならば容赦なく真実を告げてくれるのではないか、という期待があったのだ。


 ハルト自身は気付いていないが、その期待もまた、彼の甘えから来るものである。

 彼が魔族たちから敬われているのは全て「魔王の後継」であるという事実のためであり、根本からその価値が崩れてしまえば臣下たちが彼の言葉に従う必要もなくなる。

 魔王ではない、ただの繋ぎの役割しか持たない文字通りの「お飾り」に、一体誰が忠誠を誓うというのか。


 しかしルガイアは、価値の無い王太子の命令など無視すればいい、とは思わなかったようだ。

 表情こそ変えないままだが、ようやく口を開く。


 「殿下がご懸念あそばれている点に関して、私は聞かされてはおりません。しかしながら、魔王陛下が滅んではおられないというのは、おそらく真実でしょう」

 「…………!」


 おそらく、と言いながらもその口調は確信に満ちている。


 「私と弟は、魔王陛下によって定義づけられた存在です。仮に陛下が本当に滅んでしまわれたのであれば、我らもまた共に消滅しているはずです」


 現在この世界で、魔王の眷属と呼べるのはたったの四人。

 その中でもマウレ兄弟は、特に強くその影響を受け魔王に準拠する存在である。

 誰よりも魔王に近く、誰よりも魔王に支配された兄弟は、彼ら自身が魔王の存在の証明たりえるのだ。


 「………………そっか……」



 父がおそらくは生きている…厳密に言うと滅んではいない…という事実に、息子として喜ばしい気持ちは浮かばないハルトだった。

 見たことも、会ったこともない。父がハルトの名を呼ぶことはなかったし、そもそもハルトの存在を知っていたかどうかも定かではない。

 臣下たちからその偉業を聞かされるばかりで、どこまでも他人のような相手。

 漠然とした憧れを抱くことはあっても、まさか自分の価値が脅かされるとは思ってもみなかった。


 いつか魔王ちちが復活を果たしたときに、自分はどう接すればいいのだろう。

 そのときに、自分の居場所は残っているのだろうか。



 ここまで自分の非力を恨めしく思ったことはなかった。

 何を知ったところで、何を思ったところで、自分に出来ることなど限られている。


 で、あるならば、彼は決心しなくてはならなかった。

 


 

ようやくハルトが自分のことについて真剣に考え出しました。思春期の子供っぽい青臭い悩みだったりしますが、こういうのって本人は大真面目で深刻なんですよねぇ。

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