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第百二十三話 面倒なことは偉い人に押し付けてしまえ。




 いつまでも、エシェル派の修道院で駄弁っているわけにもいかない。シエルとパルムグレンを始め、“黄昏の魔女”拉致監禁に関わっていそうな神官たちは全員“暁の飛蛇エフェメリクス”に連行され、院内は上を下への大騒ぎで落ち着かない。しかもハルトはずっと眠ったままだし。

 

 ということで、マグノリアたちはイライザに提案されて、ロワーズにあるという聖央教会の施設で休息がてら説明を受ける…或いは説明をする…ことになった。のだが。



 「ハルト様!?一体何が……」


 ルガイアに抱っこ状態で運ばれてきたハルト(まだぐっすり眠ってる)を見た途端、顔色を変えて駆け寄ってきたのはレオニール。

 寝顔はとても心地よさそうなのだが、何しろ彼の衣服は尋常ではないくらいの多量の血が染み込んでいる。レオニールが最悪の状況を想像するのも無理はない。


 しかし、覗き込んだハルトが穏やかな寝息を立てていることに安堵し、物問いたげな顔でルガイアを見た。

 ルガイアはそんな新参の要求に応えてくれる気はないらしく、流石にレオニールが不憫になったネコ(ルガイアの肩の上)は代わりに尻尾をゆらゆらさせて、慰めてみた。意図が通じたかどうかは分からない。



 「あら、先客?お知り合いかしら」

 「レオ?お前なんでここに!?」


 イライザはマグノリアに訊ねたのだが、マグノリアもレオニールがここにいるとは思わずに驚いた。


 「私はルガイア様の命で、シャロン=フューバーという娘をここで守っている。お前たちこそ、これは一体どういう状況なのか説明してもらおう」

 「いや、説明ったってアタシもずっと閉じ込められてたんだから何がなんだか……」


 ルガイアはやっぱり知らん顔で、説明なんてする気はさらさらなさそうだ。とことん愛想のない御仁である。が、レオニールはルガイアにまで「様」付けなのかとマグノリアは奇妙に思った。

 レオニールはハルトの従者であって、聖教会とは関係ないはずなのに。



 おそらくこの中で一番事情を分かっているはずのルガイアがこの調子なので、中途半端にしか情報を持っていないその他の面々は非常に困る。

 さらに、レオニールとマグノリアの遣り取りを聞きつけて、シャロンもひょっこりと顔を出した。背後には、彼女の執事が恭しく控えている。



 「シャロン嬢さん、執事の爺さんも、無事だったか!」


 二人が馬車ごと谷底へ落下するのを目の当たりにしたマグノリアは、特段の怪我もなく元気そうな二人に胸をなでおろす。

 安心したマグノリアとは対照的に、シャロンはレオニールと全く同じ行動を取る。


 則ち、眠っているハルトを見て顔を真っ青にして狼狽えた。


 「え、ハルト!?どうしたの、酷い怪我じゃない!ねぇ、大丈夫なの!?」

 「落ち着けって、お嬢さん。なんかよく分からないと思うけど、とりあえず無事だから」


 マグノリアはシャロンを宥めようとするが、シャロンは今にも泣きだしそうになっている。自分のせいでハルトが大怪我をしたのだ、と思っているのだ。


 「そんな、無事って…こんなに血が………」


 正しくは、ハルトの出血はとっくに止まっている。と言うか、傷も見当たらない。ただ衣服が半端なく血で汚れているため、確かに傍目には瀕死の重傷者なわけである。


 「まぁまぁ、だから心配ないって」

 「どうしてそんなに気楽に言うの!?貴女の弟子なんでしょう、心配じゃないわけ!?」


 マグノリアの呑気さにシャロンがキレて、


 「ところで貴方、ハルトの関係者?なかなか可愛い顔してるのねフフ」

 「なんだ貴様は。軽薄そうな顔で近付かないでもらおう」


 肉食の本性をチラ見せしたイライザにレオニールが不機嫌そうになって、なんかもうグダグダだなーとネコは呆れてそんな連中を眺めていたのだが。



 「……いいからさっさと中に入ろう。こんなとこで騒いでても時間の無駄。ていうかどうでもいい下らないことで時間を取らせないで」


 不機嫌さMAXのヒルダの一声が、この場を収めてくれたのだった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 シエルたちに拉致されたヒルデガルダ、そしてマグノリアとアデリーン、教皇から簡単なあらましと指示を受けて駆け付けたイライザ、保護されていたシャロンと保護していたレオニール。後で合流したシャロンの執事、ウォレス。

 この七名のそれぞれの話を総合し、全く協力しようとしないルガイアをせっついて断片的に情報を引き出し、ようやく今回の件のなんとなくの概要は掴めてきた。

 

 なお、何を聞いても答えてくれないクウちゃんと、「死ねクソ」しか言えないセドリック公子は除外してある。

 



 まず最初に、そもそもの元凶となったのは北の覇者グラン=ヴェル帝国の怪しげな動きだった。

 帝国は現在、魔王を崇拝しその復活を目論む者たちの傀儡となっている。そしてその者たちは地上界を自分たちの意のままになる魔獣で埋め尽くそうと、様々な実験を繰り返している…らしい。

 というのも、帝国はティザーレ王国以上に閉ざされていて、情報を得るのも一筋縄ではいかないのだ。

 北がなにやら臭い…と直感した教皇の命でイライザ率いる情報部隊が手腕を駆使して搔き集めた情報が、魔王崇拝者、そして人造魔獣という二点だけだった。

 

 そしてそれは奇しくもシエルやユグル・エシェルが掴んだ情報と一致していたのだが、ユグル・エシェルは独断で、強硬的な手段に訴えた。

 一部を帝国と接するティザーレ王国を拠点としているユグル・エシェルは、教皇に先んじてこれらの情報を得ていたのだろう。

 もし仮に、彼らがその事実を公表し…或いは聖教会に報告し、聖教会とその信徒たる他の国々とで団結して帝国に対したのであれば、こういう事態にはならなかったはず。

 しかし、エシェル派…中でもとりわけ原理主義の強いユグル・エシェルには、教皇庁と手を取り合う…という選択は非常に難しい歴史的背景があった。


 過去の遺恨と自尊心プライド、権力への渇望、騙し合いの権謀術数。

 それらと盲目で偏執なまでの信仰心が密接に複雑に絡み合った結果、ユグル・エシェルはティザーレ王室を抱き込んで自分たちだけの密かな計画を立てた。

 そこには、国際社会で爪弾きにされがちなティザーレ王国の思惑も絡んでいたに違いない。

 

 そして彼らは帝国の人造魔獣に対抗しうる兵器を開発し(霊装機兵は教皇庁へ運ばれていったのでその技術はそちらで詳しく調査・解明されるだろう)、その安定的運用のために“黄金翼の聖獣ベルンシュタイン”と、シャロンを求めた。



 ……というのが大枠で、ハルトたちが彼らの狙いを阻んだ、というのがその結末…なのだが。



 背景の事情はなんとなく分かったが、詳しい内実が今一つ分からないマグノリアは、首を捻る。


 「……で、シエルは結局ユグル・エシェルの一員だった…ってわけか?」


 彼女の中では、どうもシエルと原理主義者が結び付かない。

 問われたイライザも、そうは考えていなさそうだった。


 「ユグル・エシェルの構成員にも、エシェル派の名簿にも、シエル=ラングレーの名前はないのよね。一応、彼の実家も調べてみたけど、特に怪しい動きはなかったわ」

 「シエルあいつの実家って…?」

 「アルトゥア国の辺境の男爵家よ。家を出てタレイラで遊撃士登録をしたらしいけど……そのあたりは、貴女も知ってるのかしら?」


 アルトゥアは、サイーア公国の隣。タレイラに接しているので、彼が最寄りの大都会で遊撃士登録をするのは理に適っていると言えるが…


 「タレイラで遊撃士になって、それでティザーレでユグル・エシェルと合流?或いは入信?」


 なんだか無駄の多い行動である。別に、出家するのに遊撃士資格は必要ない。というか多分、聖職者と遊撃士は対角線上にある職業といってもいい。


 「聖下も同じことを仰ってたわ。おそらく何らかの利害の一致があってユグル・エシェルに協力したってところじゃないかって」

 「利害の一致………帝国の目的を阻むっていう…?」


 今回のことを考えれば、ユグル・エシェルとシエル=ラングレーはそのために手を組んだのだろう。

 しかし、宗教団体であり創世神に盲目的な信仰を抱くユグル・エシェルと違い、シエルにそこまでするどういう理由があるというのか。

 自分がしていることが、聖教会と教皇庁に真向から敵対することになりうると、分からないでもなかろうに。


 「まぁ、事実は本人に確認するしかないわね。そんなことより、あの子ずっと眠ったままだけれど大丈夫なの?」


 シエルの件はさっさと切り上げて、イライザが言及したのはハルト。特に身体に異常はなさそうだが、一向に目覚める気配がない。

 

 今までも、ハルトが謎の力を発揮した後に眠りこけるということはあったわけだが、今回は随分と眠りが深くて長い。

 さらにマグノリアが気になっているのは、クウちゃんの様子である。


 もともとハルト以外に対しては素っ気ない態度で積極的に話しかけることもない幼女ではあるが、今は普段に輪をかけて静まり返っている。

 ずっと無言で、どこか放心したような様子で、ただひたすらハルトの横で彼の寝顔を眺めている。

 これはマグノリアとレオニールしか知らないこと(のはず)だが、クウちゃんはハルトが召喚し受肉させ使役している精霊である。その結びつきは強固だ。

 ハルトの異常がクウちゃんに影響を及ぼし、クウちゃんの異常がハルトの状態を示唆しているという可能性を考えると、少しばかり心配になってしまう師匠マグノリアであった。


 「うーん…どうなんだろうな……一応、医者とかに診せた方がいいのかな」

 「外傷もないし呼吸も脈拍も正常っぽいし、問題ないと思うけど?」


 マグノリアの心配そうな声にかぶせるようにアデリーンが口を挟んできた。()()()()()で、マグノリアよりも彼女の方がハルトの身体に関しては詳しい…のかもしれない。


 

 「それじゃ、大体のことも分かったし私は聖都に戻るわね。ああそうそう、貴女も聖下に一度連絡を取りなさい、きっと心配されてるだろうから」

 

 眠ったままのハルトに名残惜しそうな視線を向けてから(その理由は考えないようにするマグノリアである)、イライザは立ち上がって去り際にそう告げ、部屋を出ていった。



 「………んなわけねーだろうが…」


 イライザが出ていったドアが閉まって、マグノリアは小さな小さな声でそう呟いた。

 教皇が自分に抱いている感情があるとしたら、それは同情か、お節介気味の引け目かどちらかだ。

 まかり間違っても、教皇がマグノリア=フォールズを心配したりするようなことはありえない。そしてまかり間違ってそんなことがあったとしたら、マグノリアはそれを熨斗付きで返品し奉るつもりだ。

 

 教皇がマグノリアに情を向ける義理も道理もありはしないし、彼女がそれを受け容れる義理も道理もありはしない。


 ……彼女は、許されざる裏切り者の娘なのだから。



 「おい、これからどうするつもりなのだ?」


 マグノリアの苦々しい表情と空気に引きずられて重苦しくなった部屋の雰囲気を破ったのは、彼女の心情に関心なんてないと言わんばかりの無神経なレオニールの一言だった。


 しかし、マグノリアにはその無神経さがありがたかった。


 「ん、いや…どうするったってなー……ハルトの奴、なかなか起きないし」


 レオニールのおかげで自然と何でもないようなフリが出来たマグノリアは、ハルトの頬をツンツンしてぼやく。


 「シャロン嬢さんもアンテスルに送らなきゃいけないし、いつまでもここに留まるわけにはいかないんだけどな」


 教皇が本腰を入れて動き出した以上は(イライザが派遣されたということはそうなのだろう)、“黄昏の魔女”拉致に係るティザーレ・サイーア両国の問題やユグル・エシェルの暴走に関してはもうマグノリアたちの手を離れたと考えていい。

 一個人に過ぎない彼女らがこれ以上、国家間の問題に首を突っ込むべきではないし、そうしたくもなかった。



 「ご心配には及びません。ここまで来たらアンテスルまではもう少しですし、私がお嬢様をお屋敷まで送り届けます」


 彼女の執事が、前に進み出て言った。


 「いや、エシェル派の連中は心配要らないかもしれないが、お嬢さんは身内にも狙われてたんだろ?そっちの方はもしかしたらまだ仲間が残ってるかもしれないんだし……」


 マグノリアとしてはもうさっさと帰りたい気分で一杯だったので、正直なところウォレス氏の申し出はありがたかったりする。

 しかし、ここで「さいですか、ほなお元気で」と放り出してしまうのは気が引ける。


 依頼にあった期間は既に過ぎているわけだし、想定外のことも起こりまくったし、シャロンの依頼内容には若干の申告漏れがあったりもしたし、遊撃士としてはここで依頼を完了ということにしてしまっても一向に差し支えない。基本的に依頼を最後まで完遂しないと遊撃士の評価・評判に関わってくるのだが、こういうイレギュラーがあれば話は別だ。


 だがそれとは別の意味で、帝国とユグル・エシェルの双方から狙われているらしいシャロンを見捨ててしまうのは、やっぱり人としてどうかなーと思う次第で。



 「……なんか、やっぱ変わったわよね、マギー」


 自分の都合とシャロンへの心配で歯切れが悪くなったマグノリアを見て、アデリーンがしみじみと言った。

 

 「え、そうか…?」

 「前は、依頼が終わったら後のことは知ったこっちゃないって感じだったじゃない。遊撃士は慈善事業じゃないんだ…ってさ」


 言われて自覚がないわけでもないマグノリアだが、素直に認めるのはちょっと癪だったりする。何故ならば彼女が変わった理由というのが、


 「ハルトと関わってからよね、アンタがそんなに他人のことを気遣うようになったのって」

 「な、え、別に……今までだってそうだったろ!」


 手のかかる弟子にほだされたから、である。


 「いやぁ、面倒見のいいところはあったけど、損得勘定からでしょ。仕事ビジネス仕事ビジネスで、きっちり割り切ってたじゃない」

 「………………」


 ズバズバと切り込まれて、反論出来ない。

 しかしながら、


 「よーっぽど、このバカ弟子が可愛くて仕方ないのねー?」

 「そ、それとこれとは別だろ!てかそういんじゃないから!!」


 揶揄するようなアデリーンの指摘は、断固否定させてもらう。

 確かに彼女はハルトを大切にしているが、それは教皇直々に面倒を見ろとの依頼を受けたからだし、ハルト自身かの英雄の息子というやんごとない身上だし、それだけじゃなくてハルトをぞんざいに扱うと過保護なストーカー騎士がブチ切れそうで怖いし、そういうことなのである。


 そういうことだ、と自分に言い訳して素直になれないマグノリアなのである。






各キャラで持ってる情報量が違ったりするのでめちゃ面倒なことになってます……

あれ、こいつこのこと知ってたっけ?みたいな。自分混乱。

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