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第百二十話 本当の敵





 傷付き、力を使い果たしたエルゼイなど、魔王の前では吹けば飛ぶような脆弱な存在だった。

 いくら攻め込んでも、影に阻まれる。彼の刃は届かない。


 とうとう、躱し損ねた魔王の影がエルゼイの左腿を貫き、動きが止まった一瞬の隙に右肩を深く切り裂いた。


 「っぐ……」


 流石に苦悶の声を上げうずくまるエルゼイに、魔王は穏やかともいえる表情と声で告げた。


 「なかなか見事であった、廉族れんぞくの聖騎士よ。貴様はその名に恥じぬ戦いを見せた。貴様もまた、紛うことなき“勇者”であると、この我が認めよう」


 宿敵に認められたところで嬉しくも何ともない…はずなのだが、エルゼイは心の何処かで誇らしさが忍び寄ってくるのを感じていた。

 誇らしさだけでなく。


 「だが、そろそろ終わりの時間だ」


 認めたくない…認めるわけにはいかないことだったが、自分の終わりを告げる魔王の声に、言いようのない安堵がじわじわと心を支配していく感覚さえも。



 「その力と意志に免じ、貴様には我が力を見せてくれよう」


 まるで、エルゼイを追い詰めた影は自分の力ではないと言わんばかりの魔王。

 それが事実であるならば、魔王までの距離はなんと遠いことか。


 だから、これは当然の結末。

 逃れようのない、どうしようもなく確定していた、覆ることのない運命。


 なにせ神である。運命を語るのに、これほど適した相手がいるだろうか。



 エルゼイは、魔王が虚空に右手を掲げるのをひどく静かな気持ちで見つめていた。

 

 宿願の実現でなく、戦友の赦しでもなく、御神の導きでもなく。

 魔王こそが自分を解放する救い手なのか、と朦朧とした意識でぼんやりと思っていた。



 魔王が、言の葉を紡ぐ。


 「‘顕現せよ、其は咎人を………………?」


 しかし、その途中で様子が変わった。

 突然ピタリと動きを止め、糸の切れた人形のように崩れ落ちて地面に片膝をつく。


 

 「…………?」

 「陛下!?」

 「ふにゃお!?」


 何が起こったのかと、エルゼイは茫然とする。ルガイアとネコが、ひどく慌てて魔王に駆け寄った。



 「陛下……陛下?」

 「にゃ、にゃにゃなーお」


 何かに苛まれているかのように表情を歪める魔王。額には脂汗が浮かび、苦悶に歯を食いしばっている。


 「………駄目だな、このうつわは………やっぱり即席じゃ、強度が足りなさ過ぎる……」


 ルガイアにでもネコにでもなく、誰に向けたわけでもない魔王の小さな呟きを、エルゼイは確かに聞き逃さなかった。



 「陛下、ご無事ですか?」

 「あー……悪い、けどあんま無事じゃない。調整には、もう少し時間がかかりそうだ……」


  魔王って、臣下に対してはやけにフランクな口調なんだな、とエルゼイは薄れていく意識の中でそんなとりとめのないことを考えていた。


 「……ルガイア、エルネスト、とりあえず何かあったら…グリードに、判断…を、仰いどけ……あのオッサンなら…多分、間違い…ない……」

 「陛下!」

 「うにゃ!」


 途切れ途切れに指示を残すと、魔王はぽて、と倒れ込んだ。咄嗟にルガイアが抱き止めたときには、既に目を閉じて寝息を立てていた。



 先ほどの苦悶の表情が嘘のように穏やかに眠る魔王…今はハルトなのか?…にルガイアとネコは安堵の溜息をついた。

 



 よくは分からないが、どうやらエルゼイは命拾いしたようだ。或いは、またもや終わり損なった、と言うべきか。

 それが喜ばしいことなのかどうか分からないまま、彼がどうしても看過できないフレーズが、二つ。


 即席のうつわ。魔王は、ハルトをそう呼んだ。

 グリードの判断。それは現教皇の名であるはず。魔王は自らの臣下を、教皇に預けた。


 

 ……自分は、とんでもない思い違いをしていたのかもしれない。

 敵は、本当に警戒すべき敵は帝国なんかじゃなくて………





 「なぁ、姫巫女さんよ。本当にこんな地下にあいつらがいるのか?」

 「左様にございますわ。ハルト様がどこにいらっしゃっても、私には分かります」

 「……何それちょっと怖い。つーか引くわ」

 「………ベルもここにいる」


 どやどやと、話し声が近付いてきた。

 その話し声は階段を降りてきて……


 「お前が言えた口かよアデル………………ってうわ!なんだこりゃ!?」


 地下の研究所に足を踏み入れ素っ頓狂な声を上げたのは、シエルが捕えたはずのマグノリア=フォールズだった。その後ろには、彼女の連れと魔女の姿も。



 マグノリアが仰天したのも無理もない。部屋中があちこち焼け焦げていて床や壁には亀裂が走り、ガラクタのように転がる機械人形と、その中には茫然自失で目を剥いている壮年の神官がいて、血まみれになったシエルが死にかけていて、ルガイアに抱きかかえられたハルトは眠りこけている。


 「お、おいシエル!お前……大丈夫かよ!?」


 魔女と共にいるということは、マグノリアはシエルが彼女らを拉致した犯人だと既に知っているはず。それなのに顔色を変えて自分を案じるこの遊撃士は、ハルトのことを抜きにしても本質的にはお人好しなのだとシエルは思った。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 「………双子?メルセデスと?お前が?」


 疑問符で一杯のマグノリア。

 自分たちが捕えられていた謎の空間に突然現れて、事情を説明するのもそこそこに助け出してくれたのは、メルセデス=ラファティに瓜二つ…本人だと言われても疑わないくらいに…の少女、エリーゼだった。

 彼女は、ルーディア聖教会エシェル派の姫巫女なのだという。


 姫巫女とは、創世神の神託を受ける神聖で清浄にして尊き存在。ということくらいは、マグノリアも知っている。

 だがそれにしては、この姫巫女はやけに自分たちにフレンドリーじゃなかろうか。


 「まぁ、それはいいではありませんか。彼女のことはあまり興味ございませんし。そんなことより」

 

 双子の姉妹と言えどもあまりメルセデスとは仲が良くないのだろうか、エリーゼはあまりその話はしたくなさそうだった。

 

 「皆さま方は、ハルト様の従者でいらっしゃいますよね?」

 「誰が従者か!」

 「心外ね!」

 「死ね、死ねクソ!」

 

 容認出来ない台詞がエリーゼの口から飛び出てきて、ヒルダ以外の四人は同時に抗議の声を上げた。セドリック公子に関しては何を言っているのか分からないが抗議で間違いないだろう。


 思いっきり否定されたエリーゼは、不思議そうに首を傾げた。


 「え……違うのですか?それは…………おかしいですわね」

 「おかしくない!つかあいつはアタシの弟子だ!」

 「そうよ、ハルトは私の実験……んんっゴホンエヘン」


 マグノリアが主張して、アデリーンもそれに続こうとして咳払いで誤魔化した。


 「そうなのですか………まぁ、皆さまがそう仰るならそういうことにしておきますけれども」


 姫巫女は、自分の思い込みを訂正するつもりはなさそうだった。


 「いや、そういうことも何も………ってんなこたぁどうでもいい(よくないけど)。一体、何がどうなってるのか教えてくれ、姫さん」


 赤の他人にハルトと自分の関係性をどう勘違いされようが、事実が変わることはない。マグノリアとしてはそれについてひとまず脇に置いておいて、重要な問題を片付けることにしたい。


 

 「……さぁ、どのようなことなのでしょうね?」


 しかし、問われたエリーゼは恍けているにしては真剣な表情でマグノリアに訊ね返した。


 「私は、ハルト様のご来訪を耳にしただけですわ。皆さまがハルト様の従者…ご関係者ということは視ておりましたし、どうして結界内に閉じ込められていたのかは存じ上げませんが、ハルト様のところに皆さまをご案内すれば、きっと喜んでいただけるだろうと」

 「………なぁ、あんたハルトとどういう関係?」


 姫巫女の台詞の内容より、姫巫女の口振りが気になるマグノリア。

 なんでまたこのお姫様は、ハルトを自分の主か何かのように語るのだろうか。


 「まぁ、そんな私自身の口からそのようなことは恥ずかしくてとても…………ハルト様は、私の運命の相手ですわ」

 「言っちゃってんじゃん」

 「それ、ハルトもメルセデスに全く同じこと言ってるけど…………なんか怖いな、こいつら」


 アデリーンとマグノリアは、別の意味で呆れる。

 アデリーンは姫巫女の図太い物言いに対してだが、マグノリアは自分の周りはストーカーばっかりかよ、と些か背筋が寒くなった。


 「とにかく、ハルト様のところにお連れいたしますわ」

 「いいのか?ってそりゃありがたいけど、アタシらを拉致監禁したのは間違いなくあんたの派閥の連中だぜ?」


 ハルトに喜んでもらう、というどうでもいい理由以外にマグノリアたちを助ける理由がなさそうなエリーゼの気楽さに、マグノリアは立場を忘れて心配になった。

 

 姫巫女というのは究極の世間知らずだというらしいし、彼女は自分が何をしようとしているのか分かっていないのではないか。


 シエルが魔女や自分たちを拉致したのにも理由があるはずだし、こんな形で逃げられるのは想定外なのだろうということも確か。


 しかしエリーゼは、ケロッとしている。


 「構いませんわ。この私、カルヴァリオ=エリーゼが、ハルト様の害となることを良しとしないのですから」


 言いながらも、エリーゼはマグノリアたちを先導して歩いていく。意思や感情が希薄だと言われている姫巫女にしては、随分としっかりしている。


 「おおかた、パルムグレンが私を無視して勝手なことをしたのでしょう。ほんと、困ったものです」

 

 困った、の一言で済まされてしまうと面白くないのだが、しかしマグノリアたちにはエリーゼについていく以外の選択肢はない。

 彼女が実は自分たちを騙しているだけ…という可能性もなくはないが、出入りの出来ない空間に閉じ込められている自分たちをこれ以上陥れる必要などないだろう。

 それに、どんな企みがあったとしてもあんな不気味な空間にいるよりは外に出られたほうが万倍もマシというもの。


 エリーゼには嘘をついているような気配はなかったし、本当にハルトがここに来ていてそれに合流出来るのであれば、願ったり叶ったりだ。



 ここまできたら、エリーゼを信じるしかない。

 腹を括って素直についていったマグノリアたちだったが。



 エリーゼが彼女らを連れてきた地下の部屋では、見るも無残な惨状が広がっていた。


 部屋中があちこち焼け焦げていて床や壁には亀裂が走り、ガラクタのように転がる機械人形と、その中には茫然自失で目を剥いている壮年の神官がいて、血まみれになったシエルが死にかけていて、ルガイアに抱きかかえられたハルトは眠りこけている。


 眠りこけているハルト…という時点で、マグノリアにはなんとなく事態が把握出来た。

 彼が眠っていて、辺りに破壊の痕跡が残っているという状況には、見覚えがある。



 何はともあれ、全て終わった後…なのだろう。

 事情も詳細も後で確認するとして、マグノリアはまず、洒落にならない具合に死にかけているシエルに駆け寄った。

 

 現状では、シエルはマグノリアたちの敵ということになる。どんな理由があるにせよ、彼女らと魔女を拉致し、監禁したのは彼なのだから。

 しかしそれでも、見殺しにするという選択肢はなかったし、事情を説明してもらいたかったし、今のシエルにはもう抵抗する余裕もなさそうだった。


 「おい、生きてるか?」

 「フォールズさん………オレは…」

 「いいから、喋るな。こいつが飲めるか?」


 シエルを抱き起こし、ハイポーションをその口に含ませる。怪我の状態から見て気休め程度にしか思えないが、何もしないよりは遥かにマシだ。


 マグノリアはざっとシエルの傷に目を走らせ、容体を確かめる。

 彼は酷い状態で、普通ならもう諦めているところなのだが、その瞳からはまだ光は失われていない。おそらくだが、なんとか持ちこたえるだろう。



 「…で、説明してもらえるんだろうな?」


 ハイポーションを飲み干して少し落ち着いた様子のシエルに、マグノリアは尋ねる。こんなところで問いただすのもせっかちな話だとは思うが、最低限のことくらいは教えてもらいたい。


 少なくとも、シエルが魔女と自分たちを攫った理由と、現状に至った経緯くらいは。



 「…………オレたちは……」


 観念したように、シエルは口を開く。

 しかし、その続きが語られるよりも前に。



 「あら、もう終わっているのかしら?」


 新たな声。

 振り向くと、見知らぬ女性が部屋の入口に立ち、妖艶な笑みを浮かべて眠っているハルトとシエルを見比べていた。


 年の頃は、三十代か…いや、若く見せてはいるが、実際にはもっと上だ。

 ブルネットに藍色の瞳。自信に満ち溢れた笑み。メリハリの利いた豊満な肉体は、いかにも男の目をそそる。


 

 「……何者だ?」


 女の態度から敵意は感じられない。

 だがこんな状況で新手の勢力とくれば、警戒しないわけにはいくまい。


 マグノリアの誰何に、女は笑みを深めた。


 「まだ自己紹介してなかったわね、ごめんなさい。私は、イライザ=ローデ。“七翼の騎士セッテアーレ”の一員よ」


 イライザと名乗ったその女は、表情を凍らせたマグノリアを見て意味深に頷いたことから、間違いなく彼女のことを知っている。

 知っていてなお、知らぬ顔でその場にいる全員に告げた。


 「教皇聖下に様子を見てこいって言われちゃったのよ。それで、異端審問はもう終わったのかしら?」



 彼女は確かに笑ってはいるのだが、その瞳だけはまるで猛禽のように鋭かった。




 

 



久々にイライザ姐さんです。若作り頑張ってますが言及しないであげてください。

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