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第百十九話 身近な人より仲の悪い相手の気持ちの方が理解出来ることってあるよね。





 「……ほう」


 魔王は、心の底から感心しているようだった。

 取るに足らない虫けらが、多少は骨のある虫けらなのだと分かったから、だろうか。


 「我が影を防いだのは、貴様が二人目だ。誇りに思うがいい」


 自分の攻撃が防がれたことの、何がそんなに嬉しいのだろうか。魔王の感覚がよく分からない。

 しかも、防いだと言っても…


 シエル…エルゼイの、己が全てを込めた渾身の一撃は、魔王に通じない…どころか届いてすらいなかった。

 一方、エルゼイの腹部からは、夥しい鮮血が噴き出し足元を濡らしていた。



 力尽き、膝から崩れ落ちるエルゼイ。今、脳裏を掠めた懐かしい光景は走馬灯だったのか。


 「……なんだ、もう終わりか?神託の勇者はもう少し楽しませてくれたぞ」

  

 嗜虐の表情で自分を挑発する魔王を、エルゼイは憎悪の目で睨み付ける。

 睨み付けるくらいしか、出来そうにない。


 「……黙れ、終わってなど…いるものか……」


 そう、まだ終わらない。まだ終われない。彼を捕らえる枷は、彼が自分を許すまで決して外れない。

 剣を折られ地に這いつくばり、それでも彼の闘志は微塵も揺らがなかった。



 「……勇者、と言えば」


 魔王は、何かを思い出したようだった。


 「確か、アレも貴様と同じ技を使っていたな」


 魔王の言う「技」とは、【天戟ラグナ・フォール】のことだろう。そして神託の勇者が彼と同じ技を使うのは、当然のこと。何故ならば、


 「あれは…人の身に許された限界を突破するために神聖騎士団が編み出した奥義だ。後世の、聖教会の騎士がそれを受け継いでいても不思議はないだろう」

 

 エルゼイの言葉に、魔王は何か考え込む素振りを見せた。


 「神聖騎士団……?それは確か、天地大戦時に地上界の防衛を担っていた者共ではなかったか」

 「そうだ。我が名はエルゼイ=ラングストン。神聖騎士団の一員だ」


 それを聞いた途端、魔王の表情が怪訝そうに歪む。


 「妙なことを。貴様ら廉族れんぞくの寿命はせいぜいが百年。貴様があの戦場にいたと言うのならば、現代に至るまで二千年以上もの時を生き永らえているはずもない」


 道理である。創世神や魔王ならまだしも、天使族や魔族でさえそれほどの寿命は持っていない。


 「そして貴様は、確かに力こそは()()()()だが、ただの廉族れんぞくだ。生命の循環に手違いでも起こらない限り、貴様がここにいるなどありえないことだ」

 「当然だ。オレはあの頃のオレとは違う。……と言うかあのときオレを殺したのは貴様だろうが」


 当時とは姿も違うので、魔王が自分に気付かないのも無理はない。

 いや、仮に同じ姿だったとしても、魔王はたかが廉族れんぞく一人のことなど覚えてはいないだろう。

 しかしながら、確かに相対したこともあったのにまるで気付いていない魔王に恨みがましくそう言ってしまうのも宜なるかな。


 「……貴様を、殺した…………もしや貴様は…」

 「敢えて表現するなら、転生者、というものだ」


 輪廻転生。それは、霊素マナより形作られた生命の容れ物である魂の循環。或いは再利用。

 それ自体は珍しい例ではないのだが、その場合、循環するのはあくまでも「容れ物である魂」のみ。その中に収められる生命は、新たに生じたものだ。

 自我や記憶を保ったままの転生など、本来であればありえない現象。

 そしてそのありえない現象に、原因がないはずがない。


 「オレの戦友に、魂送りの特殊スキルを有する者がいた。そいつの術によりオレは、貴様を滅ぼすまで命を繰り返すこととなった。今日を迎えるまでに、七回人生を繰り返したさ」


 今は亡き彼の相棒は巫女でもあり、他者の魂に干渉するという稀有な能力の持ち主でもあった。

 彼女はその能力で、彼に世界の命運を託した。

 流石に時代までは選べないが一定の期間で転生を繰り返すように、最後の力を振り絞って彼の魂に楔を打ち込んだのだ。


 今は無理でも、その次が無理でも、次の次が無理でも、いつかいつか、きっと必ず魔王に打ち勝てる日が来ると信じて。

 エルゼイならば、その未来を手繰り寄せることが出来ると信じて。


 それは、神である創世神や魔王からすれば赦されざる所業。生命が、魂に干渉するなどと。

 もしここにいるのが魔王ではなく創世神だったとしても、彼らの分を弁えぬ大それた行いに怒り狂い、間違いなく裁きを下していただろう。


 しかし、魔王はと言えば。



 「……転生…転生者、か」


 何故か、気を悪くした様子がない。それどころか、その表情が僅かに緩んだように見えたのは、エルゼイの気のせいだろうか。



 「面白い。まさか本当にそのような者が存在するとはな。実に、面白い話だ」


 魔王にとって、廉族れんぞくのような卑小な存在が転生を繰り返したとしても、それほど気にする必要などないからかもしれない。少なくとも、八周目の人生でもエルゼイは、魔王に一太刀も浴びせることは叶わなかったのだから。


 そして魔王は、一つ思い出したようだ。


 「……エルゼイ、と言ったな。そうか、貴様が「逆さ時計のエルゼイ」…地上界の最後の護り手と呼ばれた輩か」

 「……!まさか貴様がオレのことを覚えていたとはな、魔王」


 そう言いつつ、実は少しばかり嬉しかったりするエルゼイである。

 遥か高みにいるはずの魔王が、取るに足らない廉族れんぞくでしかない自分のことを覚えていたとは。自分もそう捨てたものではないと、思ったのだ。


 …しかし。



 「…ああ、すまん。覚えていたわけではなくて……なんだ、少し前にそのような連中がいたと話に聞いたことがあったので、な…」

 「…………………」

 

 魔王の正直な返事は、エルゼイを落胆させた。


 「……なんか、すまんな」

 「い……いや、別に貴様などに覚えられずとも一向に構わん」


 それでも強がるエルゼイは、今も昔も意地っ張りなのである。



 ……………。

 ……………………。

 …………………………………。



 「そ、それはさておき「逆さ時計のエルゼイ」よ」


 微妙な空気になったのを、魔王が多少強引に引き戻した。流石は魔王。あと、わざわざエルゼイを二つ名で呼ぶあたり、そこはかとない憐れみが逆に痛い。


 「選ばせてやろう。己が敗北と無力を認め引き下がるか、八度目の死を迎えるか。どちらの道を選んでも貴様を責める者はいない、安心するがいい」


 舐められたものである。わざわざ彼の心情を慮ってみせるところもまた、非常に舐められている。

 そう言われて彼が答えに迷うことなどないと、分かっているだろうに。


 「オレが選ぶ道は、今までもこれからも決して変わらない」


 エルゼイは立ち上がった。それだけでも、渾身の力を振り絞る必要があった。

 転生者として、これまでの生で身に着けてきた能力を保持している彼であっても、生命体の枠から逸脱することは出来ない。

 多少の攻撃耐性や治癒向上のスキルは有しているが、魔王に対しそれがどれだけ有効かは怪しいものだ。今も、立ち上がった拍子にせっかく出血が止まりかけていたのが台無しになってしまった。



 彼は別に、どうせまた生まれ変わるのだからと高を括っているわけではない。おそらく魔王の力であれば自分を魂ごと破壊して二度と転生など出来ないようにすることなど容易いことだろうし、何より彼自身、もういい加減終わらせたいと思っていた。

 生の度に繰り返される出逢いと別れ、様々な感情の去来、重なり合う記憶、捨てることが出来ずに増えていく一方の重荷。人の身にとって、繰り返される人生など地獄以外の何物でもない。全てを投げ出してもう眠ってしまいたいと嘆いたことも、一度や二度ではなかった。


 あと何回、生を繰り返して壊れずにいられるだろう。

 あと何回、死を繰り返せば解放されるのだろう。


 使命感と絶望の重さが、そろそろ釣り合う頃合いだった。

 であれば、ここは一度退き、魔王を滅ぼせる確実な術を模索すべきだ。それが見付かるかどうかは非常に分の悪い賭け…寧ろ無謀な賭けかもしれないが、徒に抵抗と死を選び重荷を増やして別の時代に生まれてくるよりも、ずっとマシに思える。



 それでも、ここに魔王がいて、自分がそれに相対している限り、その道は選べない。

 愚かの極みと分かっていても、こればかりは譲れない。

 


 エルゼイの眼差しに、魔王は彼の覚悟と呼ぶには複雑過ぎる心情をある程度察したようだった。

 不思議なことに、その表情には嘲りや憐憫は見られなかった。


 エルゼイは、魔王のことなど何も知らない。それが、何を思い何を考え何を求めるのか、など。

 しかし、今の魔王は間違いなく自分を敵として好ましく感じている、ということだけは分かった。


 

 ずっと想い続けていた少女ひとの気持ちは結局分からなかったというのに、皮肉なものである。




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