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第百十八話 追憶








 「エルゼイ、君はさ、いつもちょっとばかり肩に力が入りすぎなんじゃないかな」


 自分を小馬鹿にするようにほんの少し呆れたようにそう言ったのは、確か戦友にしてライバルの少女だったか。ライバルと言っても彼がそう称してムキになっているばかりで、部隊は違ったが戦場を共にすることの多かった彼女には、結局一度も勝てないままだった。


 「けど、彼から生真面目さを取っ払ったら何も残らないんじゃ?」


 ケタケタと笑いながらもたれかかって来たのは、同じ部隊の同僚。何かとペアを組むことが多かった彼女とは、ただの戦友という言葉では言い表せないくらいの絆を感じていた。


 

 「…五月蝿い。御神に仕える騎士が規律を軽んじてどうする」


 二人に言われるとおり、自分には柔軟さが足りないのだという自覚はあった。それは長所のようでいて短所にもなり得ると分かっていた。

 分かってはいたが素直に認めるのは業腹で、エルゼイはそう言って反論を試みた。


 しかし二人の戦友は彼なんかより一枚も二枚も上手で。



 「規律を重んじるのと力み過ぎるのとは別の話じゃんね?」

 「それを混同するから頭が固いと言われるのよ」


 そう返されて、まだ反撃の余地は残っていたもののどのみちこの分では自分の負け戦になるだろうなと…いつだってそうなのだ…観念し、彼は戦略的撤退を決断した。


 すなわち、手にした酒杯に専念してこの場を切り抜けることにした。


 二人の戦友はそんな彼の腑抜けた様子に顔を見合わせて、苦笑した。

 

 雑多で小汚くて騒々しい場末の酒場特有の喧騒が、上手い具合に沈黙を誤魔化してくれる。

 新入りとは言え神聖騎士団に所属する彼らが利用するにはそぐわない憩いの場ではあったが、そこは彼らがそうなる前から事あるごとに集っていたホームのような場所だった。


 そういう意味ではこの酒場はエルゼイにとって心休まる場所なのだが、今はそれだけではない…それどころではない、この上ない癒しの空間となっていた。

 その理由は、彼の向かい側で黙って三人の遣り取りを微笑みながら聞いていた少女の存在。


 「私は、真面目な人好きですよ?」


 彼女のクセなのか少し首を傾げるようにして、まっすぐこちらを見つめてそんなことを言われてしまっては、赤面を誤魔化す術がない。


 勿論、彼女の言葉に()()意味があるわけではない、と分かっている。彼女の「好き」は、例えば人間的に好感を持っているだとか友人として仲良くしたいとか、好きか嫌いかで言えば嫌いではないとか、他の大勢の友人と同じように好きだとか、並べるとどんどん悲しくなってくるがとにかくそんな感じの、()()の無い「好き」なのだ。


 それは分かっているのだが、言われて嬉しくないはずがない。

 まだ彼女とは、それほど付き合いが長いわけではない。であれば、この先長い時間を共にすればいつか彼女の「好き」が()()()()()ものから()()()()()ものへ変化する可能性だって、無きにしも非ず。


 嫌われてはいないのだから、望みはあるはずだ。


 照れ隠しと、あとにやける頬を隠すために再び酒杯をあおるエルゼイを、戦友である二人の少女が冷やかした。


 「おやおやー、エルゼイさんてば隅に置けないですなぁ、シエラさんよ」

 「本当にねぇ、堅物なくせにこういうところだけ初心ちゃんなんだから世話が焼けますねぇキアさんよ」


 二人は完全に、自分を酒の肴にするつもりのようだ。


 「そう言えばさフィリエ、エルゼイになんか渡してなかった?」


 月光色の髪に薄紅色の瞳を持つ少女…エルゼイの戦友兼ライバルの方…が、彼の片思いの相手に訊ねる。

 朱がかった亜麻色の髪と翡翠の瞳のフィリエは、キアと呼ばれたその少女の幼馴染。彼女には、他人よりも距離が近しくなる。

 

 「……あ、あれは………ちょっと失敗作って言うか……売り物にならないから捨てようと思ってたんだけど、それでも構わないからって…」


 そんな距離の近さが羨ましいエルゼイだが、彼だって羨んでるばかりではないのだ。

 堅物だからって、やるときはやるのだ。


 「だって、捨てるなんて勿体ないだろう?とても丁寧な造りだし、細工だって見事だ。それで、無理を言って譲ってもらったんだ」

 「………ふーん。勿体ない…ねぇ」

 「な…なんだその目は!彼女は優れた職人だ、その力作を捨てると言われたら誰だってそう思うだろう!」


 さらにジト目になったキアに、エルゼイはとうとうムキになってしまった。

 それが余計に二人の戦友に玩具にされる原因になっているのだということに気付いたときには、既に遅かった。


 「まーまーまーまー。優れた職人ね、うんうん。確かに技術はあるし丁寧な仕事するし手先も器用なんだけどね、フィリエは。ただ……ねぇ?」

 「な…何よキア」


 面白がって自分を見る幼馴染に、フィリエは気まずげに目を逸らした。自分の欠点がよく分かっているに違いない。


 「けど、なんでもかんでも逆さまにしちゃうその特異な才能の前には、多少の技術は役立たずだよねぇ」


 キアはエルゼイの首からぶら下がる懐中時計を指差して言った。


 「なーんでまた、針が逆行しちゃう時計なんて作るかなー。て言うか、作ろうと思って作れるものなの、それ?」

 「べ、別に、作ろうと思ったわけじゃないもん。気付いたら針が反対方向に進んでてアレ?ってなって……」


 フィリエは時計職人(見習い)。なのだが、カッコの中身が取れる日はまだまだ遠そうである。

 キアに揶揄われて形勢不利になったフィリエを援護しようと、エルゼイは張り切った。


 「失礼なことを言うな、キア!針が逆向きだろうが時間が読めなかろうが、それが彼女の時計の価値を貶めることなんてない!」


 …張り切ったのだが、張り切る方向が違う。


 「……いや、時間が読めない時計はダメでしょ」

 「装飾品としての価値…とか言ったら時計職人のフィリエには寧ろ失礼よねぇ?」


 二人の戦友の、容赦ないツッコミ。しかも援護の甲斐なくフィリエは凹んでいる。


 「…そうですよね、時間が読めない時計なんて意味のないガラクタですよね。そんなの押し付けてしまってごめんなさい、エルゼイ」

 「あああ、いや、そうじゃないんだ!そんなつもりじゃなくて、その、オレは、これを只の時計ではなくて、そう、お守りのような意味合いで持っているわけで」


 アタフタと言い訳をするエルゼイ。そこに戦友たちはさらに追い打ちをかける。


 「お守りって……もともとエルゼイのために作ったものじゃないのに」

 「作った本人も考えてなかった付帯価値を後から付け足すのってちょっと引くわぁー」


 もう、何を言っても攻撃される。なんなんだ、この二人は実は自分の敵なのか。敵は魔族だけじゃないのか。というか魔族なんかよりよっぽど手強い敵だ。


 「おい、お前らいい加減に……」

 

 しかし言われっぱなし負けっぱなしは性分ではない。流石に堪忍袋の緒が切れかけたエルゼイだったが、


 「お守り……そう、思ってくれてるんですか?」


 思いの他嬉しそうなフィリエの声に、怒りは瞬時に光年先の彼方へすっ飛んでいった。


 「え……あ、ああ、もちろんだ。君が精魂込めて作った品だから、その…なんというかその…………こ、これを持っていると戦場でも君を近くに感じられるような気がして!!」


 ドサクサ紛れに本懐を遂げようと試みるエルゼイ。

 二人の戦友は、こいつもう少しシチュエーションを考えろよ…と冷ややかに彼を見守る。

 さてはて、エルゼイの無謀な挑戦の結果や如何に。



 「……嬉しい、です」

 「…………!」


 はにかんだような、控えめなフィリエの微笑みにエルゼイは手応えを感じた。彼女の笑みは普段のふんわりした雰囲気だけでなくどこか湿度を帯びていて、これまでとは違う何かを彼に訴えかけていた。


 「私は、みんなみたいに戦うことが出来ないから……ただ帰りを待つことしか出来ないから、そのことがずっと心苦しくて。だけど、そう言ってもらえるとなんだか私もみんなと一緒にいられるような気がします」

 「…………ん?」


 フィリエは、エルゼイが思っていたのとは違う方向に進んでいるような。


 「…そうだ!キア、シエラザード、あなたたちにもお守りを渡してもいいかしら?出来ればちゃんと時計としても使えるものにしたいけど……それが無理でも、心を込めて作るから!」


 目を輝かせて申し出るフィリエに、キアとシエラザードは「あー…こりゃ駄目だ」とエルゼイを憐れみ、エルゼイはしばらく心を無にして耐えていた。


 

 決死の思いの告白が見事なまでにスルーされてしまったことには傷付いたが、同時に安堵している自分がいることも確かだった。

 こんな混沌とした世界で、こんな先の読めない時代で、中途半端に思いを成就させるのは怖かった。

 こんな世界だからこそ、こんな時代だからこそ、確かなものが欲しい。


 いつか定めに打ち勝ち、宿願を果たしたなら。

 そのときに、自分の想いを伝えよう。こんな締まらない形ではなくて、もっと格好つけてもっと雰囲気のいい環境で…出来れば、喧しい二人の戦友やじうまのいないところで。


 そう思ったのは、決して負け惜しみでも悔し紛れでもない。

 戦友らに話したならば絶対そうだと揶揄されるだろうが、誓ってそんなことはないのである。



 今はまだ……「いい友人」止まりで構わない。この関係を、この空気を壊したくはない。

 ここは、確かに自分のホームなのだ。



 ちょっとばかり強いからって自分をすぐ小馬鹿にするくせに、危ないときには必ず救いの手を差し伸べてくるキアがいて。

 ちょっとばかりお節介かつ甘えん坊だがいざとなると頼りになる相棒、シエラザードがいて。

 最近、鈍感さに拍車がかかっているような気がしてならない罪作りなフィリエがいて。


 何処へ行こうと何度倒れようと、自分の帰る場所はきっとここなのだろうと確信しているから、もうここが我が家なのだと言ってもいいのかもしれない。


 彼はこの店の主でもなければ従業員でもないのだが、常連の権限で勝手にそんなことを思ったりもした。





 



回想シーンです。懐かしい名前もありますね。

エルゼイの相棒さんは、首斬り巫女シエラザードと呼ばれていた同僚です。エルゼイの転生に関わってる人なので、シエルの名前は彼女からもらいました。

最初はバラバラだったけど色々とぶつかったり協力しあったり乗り越えたりするうちに一つになって、けど結局最後はまたバラバラになってしまった可哀想な子供たちの、たぶん一番幸せな頃の記憶です。

キアと魔王はこの数年後に出逢うことになります。

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