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第百十四話 親が立派だからって子供もそうだとは思わないでほしい。




 「なぁ、アタシらいつまでここにいればいいんだろうな」

 「そんなの知らないわよ。てか、心配するポイントが違うでしょ」


 薄暗い空間に閉じ込められたマグノリアとアデリーン、セドリック公子と“黄昏の魔女”ヒルデガルダは、為す術もなくただ時間の経過に身を任せていた。


 要するに、退屈していた。


 理由も分からないまま謎の空間に閉じ込められてしまったという状況の割に落ち着いているのは、慌てても意味がないということが分かっているためと、慌てるほど生命の危機に直面しているわけではないためだ。

 この空間は、確かに出ることは出来ないし得体もしれないし不気味極まりないが、今のところ息が苦しくなるとか暑すぎたり寒すぎたりするとか上から天井が降りてきて押しつぶされそうとか、そういう気配はまるでない。

 ただ、何らかの術が働いているのかヒルデガルダとアデリーンの魔力はほとんど封じられていて、心なしか身体が重く力が出ないのでマグノリアとセドリック公子も力任せに壁を破壊する、という暴挙には出られない。


 尤も、それが出来たとしても外がどうなっているのか分からない空間でそんなことを試す気にはならないのだが。



 「なぁ、ヒルダ。あんたを拉致したのはシエル=ラングレーとティザーレの兵なんだよな。目的って何か言ってなかったのか?」

 「そんなの知らない。けど、ベルのこと追いかけていったから、狙いはそっちだったのかも」


 ヒルデガルダも、事情は聞かされていないらしい。

 その割に動じていないというか気にしていなさそうなのは彼女の肝が据わっているのかただの性格か。


 「ベル…ってベルンシュタインか。精霊を手に入れて、何をするつもりなんだろうな」

 「あいつらは、勘違いしてる」

 「………勘違い?」


 ヒルデガルダの言葉の意味が分からず、マグノリアとアデリーンは顔を見合わせて首を傾げた。セドリック公子は相変わらず魔女にビビってマグノリアの背中の後ろである。


 「お師匠、勘違いってどういうことですか?」

 「何か誤解があってこんなことを仕出かしたってことか?」


 ヒルデガルダは、二人の質問に首を横に振った。


 「え、じゃあ、何を勘違いしてるって…」

 「いろんなこと。けど一番は、自分たちこそが救世主だと思ってること。自分たちなら、お…魔王を凌駕出来ると思い込んでること。勘違いも甚だしい」


 ヒルデガルダの言葉の曖昧さだけでなく何故そこに怒りが含まれているのかも分からず、再び首を傾げるマグノリアとアデリーン。

 しかしヒルデガルダは、二人の疑問に答えてくれるつもりはないようで、そのまま抱えた膝の間に顔を埋めて沈黙してしまった。

 

 「なぁ、ヒルダ…」

 「もう寝る。煩い」

 「………………」


 ああなるほどこの師匠にしてこの弟子ありか、とアデリーンを冷ややかに見るマグノリアだが、アデリーンはしれっとしている。


 「すまないが、もう少し詳しく話してくれないか。もしかしたら、何かの手掛かりになるかもしれないし」

 「………………」

 「ヒルダ、寝るのはいつでも出来るだろう?少しくらい協力して…」

 「煩いって言ってる」


 顔を上げぎらつく琥珀の瞳で睨み付けられたマグノリアは、一瞬怯む。魔力と精霊を奪われた今のヒルデガルダは非力な民間人と変わりないはずだが、流石に聖戦の英雄は眼力も一味違う。

 …が、少しでも手掛かりを掴みたいマグノリアはすごすごと引き下がることなんて出来ない。


 「……頼むよ、ヒルダ。勿体ぶる必要なんてないだろ?アンタが分かってる限りでいいから、何か連中の狙いに繋がるような情報が欲しい」

 「そんなの聞いてどうするの。ここから出られないのに」

 「お師匠、そう言わないで教えてくださいよ。奴らが何を勘違いしてて、お師匠はどうしてそう思ったんですか?」


 アデリーンも参戦してくれた。しかしそれがヒルデガルダには気に喰わなかったらしい。

 今にも炎を吹きそうな凶悪な眼差しで二人を睨み付けた。魔力の有無なんて関係なしに、この部屋が吹き飛ばされてしまいそうな気迫。


 「煩いったら煩いったら煩い。しつこい奴は嫌いだ」

 「あらあら、お取込み中でしたか?」


 立ち上がって喧しい弟子とその友人に怒りをぶつけようとしたヒルデガルダの言葉に、場違いなくらい穏やかで呑気な声がかぶさった。


 

 「…………へ?」

 「……え、いつの間に……」

 「…………………」

 「……死ねクソ?」


 マグノリアもアデリーンも、罵詈雑言をぶちまけようとしていたヒルデガルダも、それに怯えていたセドリック公子も、ポカンとしてその声の持ち主を振り返った。


 部屋の入口に、一人の少女が立っていた。


 灰色を基調とした格の高い法衣。朱の混じるふんわりとした亜麻色の髪に翡翠の瞳。

 浮世離れした清浄な微笑みは、まるで少女をこの世の者ならぬ存在に見せている。


 外部から完全に隔絶された空間に突如として現れた少女に四人が驚くのも無理はない。

 しかし、マグノリア一人だけは別の意味で仰天していた。


 「な……なんでお前がここに………」


 それは、こんなところにいるはずのない人物だった。

 マグノリアも、()()と会ったのは数えるくらいしかない。等級も実力も違うということもあるが、互いに単独行ソロを好む一匹狼、さらにリエルタ近郊を拠点にしていたマグノリアに対し、彼女は完全な根無し草。

 偶然鉢合わせるなんてことはまず有り得ない相手。


 しかも、なんでまた()()凶剣が、こんなところで聖職者の格好をしているのか。


 自分を指差して目を丸くしているマグノリアの疑問には答えず、凶剣メルセデス=ラファティの姿をしたその訪問者は、にっこりと笑みを深めた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 〖鋼筒という武器を知っているか?〗


 パルムグレンの声が再び余裕を取り戻してきた。それは、目の前にいる手強い敵に先んじて傷を与えることが出来たからだ。


 「………………」


 左の脇腹から血が流れ続けるのを無視して、ハルトは剣を構え直す。

 痛みはあるが、動けないほどではない。それよりも、相手のペースから逃れることの方が大事だ。




 霊装機兵パルムグレンの兵装は、精霊による炎と円盤刃サーキュラーエッジだけではなかった。

 ハルトが距離をとった瞬間、左腕部に取り付けられていた円筒から極小の鉄の玉が目に見えぬ高速で放たれ、ハルトの左脇腹に幾つもの穴を穿ったのだ。

 

 「……物理攻撃までは無効化出来ない、というわけか。それにしては、ダメージが浅い。もう少し深手だと思ったが……」


 好機だと猛攻を仕掛けるパルムグレンと必死にそれを捌くハルトを見ながら、シエルは奇妙に感じていた。

 彼は、ハルトに酷く()()()()()感覚を抱いていた。


 駆け出しの遊撃士でしかなかったはずなのに、一か月かそこらぶりに再会してみたら自分にも匹敵するほどになっていた。

 上位相当の炎を完全に無効化するのは得能スキルによるものということで片付けられるが、物理攻撃に関しては効いているのかいないのか、判別に苦しむ。先程パルムグレンの回し蹴りをまともに食らったときはすぐに立ち上がっていたし(あれはどう考えても内臓破裂と全身打撲で致命傷だった)、今も脇腹とはいえ鉛玉を五発も受けてその動きが鈍ることがない。

 痛覚無効のスキルまで有しているのかと思いきや、ハルトの表情を見ればそうではなさそう。

 ならば、防御系或いは回復系の得能スキルか。しかしそう考えるには防御は間に合っていないし回復も遅い。

 ただ単純に、肉体の性能スペックが規格外に優れていると考えれば納得もいくが、いくらなんでもそれは有り得ない。


 では一体何なのか、とシエルが思案している前で、再び霊装機兵の鋼筒の弾丸がハルトの大腿部を貫いた。

 流石に動きは鈍ったが、あれは普通、動けなくなるほどの深手のはず。



 ――――理屈は分からない。けれども、あのハルトを止めたければ、()()()()殺すしかなさそうだ。



 そう覚悟を決めながらもシエルはハルトに呼びかける。

 それは、彼の情けであり最後通牒。


 「…ハルト、もう分かったと思うけど、君では霊装機兵に勝つことは出来ない」


 一見互角のようでも、傷が増えるのはハルトばかりだ。彼の魔力と体力は底なしのように見えるが、このまま戦い続けられるとは思えない。


 「………まだ決着はついてないと思うけど」


 不貞腐れたように返すハルトはまだ、追い詰められているようには見えない。しかしそれは彼の強がりだとシエルは思ったし、それがいつまでも続くはずはなく。

 

 不気味なのは、この状況でも動こうとはしない神官の男と幼女。幼女の方は明らかにハルトよりも戦闘力において劣っているようだから警戒する必要はなさそうだ。現に今も、ハルトと霊装機兵の戦いに手を出したくても出せずにハラハラと見守るのが関の山のよう。

 問題は神官の方だが……向こうから動かないのであればこちらも下手に動けない。


 「時間の問題だ。さっきも言ったと思うけど、オレは別に君たちを殺したいわけじゃない。目的さえ達成出来れば、君もフォールズさんたちも“黄昏の魔女”も、解放する」

 「けど、シャロンを見逃すつもりはないんだろ?」


 シエルと話している最中にも、パルムグレンの猛攻は止まらない。捌ききれなくなったハルトの左肩に、浅いが裂傷が走った。

 それでもなお、ハルトの闘気は衰えない。


 「……パルムグレンに聞いたよ。君は、聖戦の英雄である剣帝の息子だと」

 「だから何?」

 「世界を守るために殉じた父の意志を、その願いを、息子である君が踏みにじるのか?」



 シエル=ラングレーは、十五年前の聖戦時はまだ()()()()()()()三剣みつるぎの勇者のことも、その物語も、他の同年代と同じく歴史の勉強や戯曲で触れる程度しか知らない。

 彼の剣帝に対する感情には、世界を救うためにその身を犠牲にしたという行為に対する共感と称賛、そして魔王の邪悪な意志で変質してしまったとは言え創世神の荒魂あらみたまを滅ぼしたという行為に対する憤りが複雑に混じり合っている。


 だが、剣帝が自分の命よりも世界の存続と平和を願っていたということは、間違いないはず。


 父の顔を知らない息子であっても、その高潔な意志と行為については周囲から聞かされているだろう。ハルトが、父の跡を継ぐ者としてその意志も受け継ぐのであれば、彼は寧ろシエルたちに協力しなくてはならない立場だ。


 ……しかし、これは半ば想像していたことだが、ハルトがシエルに同調することはなかった。



 「父とボクは違う。ボクは、ボクの望みのためにここにいるんだ」

 〖己の欲望のために大義を捨てるというのか、剣帝の息子よ!〗


 ハルトの返事に憤ったのはパルムグレンだった。やや過激な思想の持主ではあるが御神への崇拝と世界への思いは人一倍強い男である、勝手な言い分のハルトが許せないのだろう。


 〖ならば、ここで引導を渡してくれる!!〗


 パルムグレンの攻撃がさらに勢いを増した。通常兵装だけでなく特殊霊装…精霊の力による攻撃も牽制と攪乱に用いることで属性攻撃が効かないハルトを追い詰めていく。

 

 押されながらもその猛攻に必死で食らいつくハルトは、きっとあと数年もすれば父に劣らぬ高みに至るのだろう。

 一個人としてはそれを楽しみに待ちたいと思うシエルだったが、そうするわけにはいかなかった。




 


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