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第百十三話 開発者はロボットの説明がしたいものである。面倒がらずに聞いてやってくれ。




 黒を基調とした機械人形。刻まれた文様にはおそらく意味が込められている。よくよく見るとその文様は、白銀色の水晶を用いて描かれていた。


 偉そうに振舞っていたパルムグレンが搭乗者だったことは驚きだが、シエルの口振りからだと誰でも扱えるものではなさそうだったので、パルムグレンはその「特殊な訓練」とやらを施されて選抜された操者だということなのだろう。

 

 

 「……シャロンがいないと、使えないんじゃなかったの?」

 

 動き出した霊装機兵に、ハルトは冷ややかな目を向けた。確かにシエルはその運用にはシャロンが不可欠であるようなことを言っていた。

 だが現にこうして動いているならば、シャロンに犠牲を強いる必要などないではないか。


 「限定的な起動に関しては、同調媒体なしでもここまで動かせるようにはなったよ。それも操者の才覚センスに大きく左右されてしまうけど」


 どうやら、権力に固執する小物かと思われたパルムグレンは、操者としては優れているらしい。


 「ただ、帝国と渡り合うには不十分だ。精霊の力を生かしきれない。このままでは、オレたちは勝てないだろう」

 〖それでも、お前たちを排除する程度ならば容易いがな〗


 シエルに続けるように、霊装機兵からパルムグレンの声がした。彼の声に何か別の声が重なっているように聞こえるのは、精霊と同調しているからだろうか。



 「………虚仮威しを」


 ハルトは取り合わなかった。多少見てくれが巨大になったところで、多少外側が頑丈になったところで、自分がやることには変わりない。

 目の前の鈍重そうな金属の塊が、シエルよりも手強いとはとても思えなかった。



 だが、上段から真っ二つにしてやろうとハルトが振りかぶった剣は、霊装機兵の頭頂部にまともに入ったにも関わらず、そこで止められた。


 「…………?」


 ただ丈夫なだけではない奇妙な手応えを、ハルトは怪訝に思う。彼の剣を受けた機械人形は、攻撃を止めただけではなくまるで衝撃すら感じていないように見えたのだ。


 ハルトに答えを見付ける暇を与えず、霊装機兵の腕が動いた。ハルトはその巨大な拳を剣で受け止めるが、パルムグレンはそのまま腕を振り切る。

 圧倒的に体格に劣るハルトは、軽々と後ろへ飛ばされた。



 「…ハルト様!」


 すぐさま受け身を取り起き上がったハルトに、ルガイアが駆け寄った。怪我がなさそうな様子に、小さく安堵の息をつく。


 「……大丈夫。けど、なんか変な感じがするね、あいつ」


 口調はまだ呑気だが、ハルトの表情は険しい。

 シエルの話だと、精霊の力を自在に操れるようになるのが霊装機兵の特徴であるらしかったが…


 どうも、それだけではないような気がする。



 違和感の正体をはっきりさせるため、ハルトは再び攻撃に出る。


 〖無駄だ、異端審問官!〗


 ハルトの攻撃を嘲笑うパルムグレン。彼の剣は霊装機兵の表面に僅かな傷を作るばかりで、ダメージが通っているようには見えない。


 〖次はこちらの番かな?〗


 ハルトの攻撃の手が緩んだ瞬間、霊装機兵の胸部に刻まれた文様の色が変化した。それまで白銀だったのが、紅に。


 直後、ハルトの全身を灼熱の炎が包み込んだ。


 〖ハハハハハ、上位術式にも匹敵する我が愛機の炎の味はどうだ!?〗


 上位術式は、廉族れんぞくが到達出来る最高地点とも言われている。それと同等の力を詠唱もなしに使えるのだから、確かにこれが量産されれば高位魔獣の群れにも十分対抗出来るのだろう。

 試作段階でこれなのだから、彼らがこの計画に手応えを感じているのも当然のことだ。

 しかし……



 〖な………どういうことだ…………?〗

 炎がやみ、そこに何事もなく佇むハルトの姿を見たパルムグレンは、言葉を失った。

 八首蛇オロチ冥神狼ケルベロスのような最高位魔獣にすらダメージを与えられる攻撃に、生身の人間が耐えられるはずもない。

 

 だが現に、ハルトは火傷一つなく平然と立っている。

 信じ難いが、これは現実だ。


 「……特殊スキル?厄介だな」

 

 ポツリとシエルが呟いた。稀に、属性攻撃を無効化する得能スキルを有する者がいる。部下たちの報告でもハルトに魔導が効かなかったという内容が含まれていたし、間違いなくハルトはそうなのだろう。



 〖……炎が効かないのであれば、斬り裂いてくれる!!〗


 しかし霊装機兵の武装は精霊による属性攻撃だけではない。パルムグレンは叫ぶと、腕に取り付けられた円盤刃サーキュラーエッジを展開する。


 高速で回転する円盤状の刃はアダマンタイト製。それは、オロチの鱗すら切り裂く、地味だが強力な兵器だ。


 ハルトに向かって、霊装機兵の巨大な腕と取りつけられた刃が振り下ろされる。

 流石にそれを真向から受け止めるのは危険と判断し、ハルトはその大振りの攻撃を軽いステップで躱した。

 直後、霊装機兵パルムグレンは右足を軸に機体そのものを高速回転させた。予想外の動きに対応出来なかったハルトに、回し蹴りの要領で脚部が直撃する。

 

 ハルトの身体は、先ほどよりも大きく宙を舞った。

 狭くはない部屋の反対側にまで飛ばされて、壁に叩きつけられる。


 「………ぁぐっ…」

 「ハルト様!!」

 

 まともに攻撃を受け倒れ込むハルトに、ルガイアも流石に顔色を変えた。

 ネコがその肩から飛び降りると、ハルトに鼻先を寄せる。


 「んに、にー」


 しかしすぐに顔を上げると、ルガイアに一声鳴いて何かを伝えた。


 「……そうか…」


 それだけでネコの言わんとするところを察し、ルガイアは了解した、という風に頷いた。


 穏やかではないのが、クウちゃんで。

 大事なハルトが傷つけられたことに激昂し、霊装機兵パルムグレンに食ってかかる。


 「おまえ、はるといじめた!おまえ、わるいやつ!!」


 クウちゃんのことを、幼い魔法使いとしか思っていないパルムグレンは、怒りの形相を向ける幼女に対し余裕綽々だ。


 〖悪い奴、とは心外だ。我々は、多くの人々の平和と安寧のために戦っているのだよ〗


 彼の余裕の理由。それは、



 「ばらばらになっちゃえ!!」


 クウちゃんが、真空波を生み出した。シエルの風獅子シルフィを切り刻んだ不可視の、そして凶悪な刃だ。生半可な鋼鉄など、粘土細工のように容易く切断してしまうだろう。


 ……しかし、四方八方から襲い来る風の刃は、霊装機兵の外装に触れた瞬間に弾けて消えた。



 〖ほう、その年でこれほどの術式を、しかも無詠唱で行使出来るとは…なかなか将来が楽しみなお嬢さんではないか〗


 パルムグレンは、クウちゃんの刃を術式によるものだと勘違いしている。精霊の受肉など常識的には有り得ないことなのでそれは仕方のないことなのだが、どのみちクウちゃんの攻撃はまるで通じていない。


 〖だが、残念だったな。その程度で霊装機兵を傷つけることなど出来ん。これの外装にはアダマンタイトだけでなく、白銀水晶も使われている。いかなる攻撃もこの装甲の前には無意味だ!!〗


 パルムグレンの声には、誇らしさが隠しようもなく込められていた。

 自慢の玩具を語るが如きパルムグレンに、シエルはどことなく呆れ顔で追加説明をしてくれた。


 「白銀水晶は、全てのエネルギーを封じ込める性質を持った特殊な鉱物なんだ。勿論、そのままじゃ実用なんて出来ないからだいぶ加工はしてあるけど、これを破壊しようと思ったらそれこそ特位以上の術式か、神授の武器による攻撃でもないと無理だろうね」


 それは則ちパルムグレンの言うとおり、「いかなる攻撃も」通用しない、ということになる。


 ……というのは、彼ら廉族れんぞくの基準での話ではあるのだが。



 それを聞いてルガイアは、だったら特位術式でもぶつけてやろうか、と思ったのだが、ネコがその裾をついついと引っ張って彼を止めた。

 ネコの意図に疑問を感じたルガイアが見たのは、立ち上がろうとしているハルトの姿。


 「…ハルト様」

 「ルガイアは、下がってて。あいつは、ボクがやっつける」


 痛みに顔を顰めてはいるが、ほとんどダメージは蓄積されていない。流石は魔王子の基本スペックである。


 立ち上がったハルトを見て、パルムグレンとシエルは驚愕と感心に目を丸くした。


 「…まともに入ったと思ったんだけど……」

 〖物理防御に関しても、何らかの特殊スキルを有しているのかもしれませんな〗


 確かに、霊装機兵の装甲に生半可な攻撃は通用しない。しかしそれはハルトも同様であるならば、決して侮ることは出来ない敵である。

 パルムグレンの声からは、先ほどまでの余裕が消えた。


 〖ならば、手加減は出来ないというわけだな〗


 それは独り言のようにも、ハルトたちに向けて言っているようにも聞こえた。

 しかしシエルは、パルムグレンのその言葉は自分に向けられたものだと感じ取っていた。





 


 



本当なら上位術式どころか極位術式レベルでも封じ込めてしまうのが白銀水晶なんですけどね。

それじゃ扱い切れないので、だいぶデチューンしてるらしいです。

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