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第百九話 知らぬが仏




 「死ね、死ねクソ?」

 「すいませんだから何言ってんのか分からないです公子」


 何度目になるか、セドリック公子がおずおずと何かをマグノリアに問いかけて、マグノリアはもう何度目になるか分からないが同じ言葉を返す。

 素気無くされた公子は、しゅーんと凹んで引っ込んだ。


 その姿に申し訳ないと思いつつも、だって仕方ないだろ何言ってんのか分からないのは事実なんだから…と思ってから、重要なことを今さら思い出したマグノリア。


 …そう言えば、公子に呪いをかけたのってここにいる魔女だった。



 「…なぁ、“黄昏の魔女”…」

 「ヒルダでいい」


 さっきから魔女のことをどう呼んだらいいのか迷っていたので、名前呼び許可はありがたい。


 「それじゃ、ヒルダ。このセドリック公子に呪い…つーか彼が「死ねクソ」しか言えなくなったのは貴女の仕業なんだよな?それ、解除してもらえないか?」

 「…………」


 マグノリアへの返事の代わりにセドリック公子に冷ややかな目を向けた“黄昏の魔女”ヒルダに、セドリック公子は「死ねクソ…」と怯えた声を上げてマグノリアの背中に隠れた。


 「何か遺恨があるらしいことは聞いている。が、今はこの状況だ。彼も貴女の救出に協力してくれているわけだし、ここは水に流してもらえると…」

 「今は無理」

 「………え?」


 ヒルダは、ブンブンと首を横に振った。


 「ここにベルンシュタインがいない。だから無理」

 「あー……やっぱり、あの精霊の力だったのか」


 どうやらセドリック公子の「異常」は、彼女らの読みどおり“黄金翼の聖獣ベルンシュタイン”の精神支配の一種、認識操作によるものだということがはっきりした。

 と、いうことは……


 「…ってことは、ハルトたちと合流するまでは無理ってわけかー…」

 「そんなことより、ちゃんと合流出来るんでしょうね?あいつ、今頃途方に暮れてるんじゃない?」


 アデリーンが口を挟んだ。


 「あいつ、あんたがいなきゃポンコツなわけだし」

 「や、今はそうでもないぞ?」


 弟子の名誉のために、マグノリアはアデリーンの思い込みを訂正する。


 「簡単な依頼なら一人でもこなせるくらいの判断力は身に着けたし、戦闘力に問題がないことはお前も知ってるだろ?それにあいつ、あれで結構度胸がある…つーか思い切りが良かったりするし」

 「……ふーん、ならいいけど」


 ハルトに対し、未だマグノリアの後ろを仔犬よろしくくっついている印象しか持っていないアデリーンだが、師匠が言うならそうなのだろう。


 …と、二人の会話にヒルダが入ってきた。


 「……ハルト?」

 「あ、ああ。貴女は面識ない…のかな?剣帝リュート=サクラーヴァの息子で、アタシは今、教皇聖下の依頼を受けて彼を補佐し……て怖!?」


 途中でマグノリアが悲鳴を上げたのは、ヒルダの顔を見たからだ。

 第二等級遊撃士マグノリア=フォールズに悲鳴を上げさせるとは、相当なものである。



 表情こそ平静なままのはずなのに、ヒルダはその双眸にギラギラと闘志にも似た怒りを燃やしマグノリアを凝視していた。


 「……息子…?おにいちゃんに息子?何それ知らない、聞いてない…………息子?」

 

 声にも、視線と同じ静かな怒りが燃え盛っている。抑えた口調なのが余計に怖い。


 「息子………じゃあ、母親がいる…?何それ聞いてない…………」

 「ちょ、お師匠、落ち着いて……って、「お兄ちゃん」?」


 アデリーンが異様な雰囲気の師を宥めようとして、遅ればせながらヒルダの口から飛び出てきた謎のフレーズに引っかかった。


 「……あれ?お師匠って、剣帝の妹?……ってんなわけないですよね、確かお師匠のお兄さんって、ラムゼン伯爵…」

 「あんなのお兄ちゃんじゃない」


 ヒルダの視線が、マグノリアからアデリーンに移る。次はアデリーンが震え上がる番だった。


 「に…睨まないで下さいよ、怖いから!」

 「誰……母親は誰?おにいちゃん、一体どこの女に子供産ませたの?」

 「し、知りませんてば!睨まないで下さいよぉ…」


 マグノリアの迂闊な一言のせいで、静かな閉鎖空間が惨劇の予感さえする針のムシロへと変貌してしまった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 クウちゃんの風に切り裂かれ敵の五人目が倒れ伏した。

 それに怯んだ六人目を、ハルトの剣が薙ぎ払う。


 「く……お前たち、何をグズグズしている、さっさと始末しないか!!」


 業を煮やしたパルムグレンが部下たちへ叫んだ。

 しかし、僧兵らはなかなか思うように敵を排除できない。


 理由は三つ。

 そのうち二つは、空間的な問題だ。


 一つ、狭い廊下では人数差を生かすことが出来ない。

 多数対少数の場合、アドバンテージを最も有効的に利用するには相手を取り囲んで四方八方から一斉に襲い掛かる必要がある。

 しかし、この廊下はせいぜい二人が同時に通行するのがやっと。さらに武器を振り回しながらでは、それすらも難しい。


 一つ、屋内の、狭い空間では術式使用が大きく制限されてしまう。

 火災の恐れがある炎熱・爆裂系はもとより、建物を破壊してしまう地系統も使えない。風・雷撃系もまた、制御が不完全だと仲間を巻き添えにしてしまう。

 この狭い廊下で、敵よりも味方の方がずっと多い状況で、周囲に全く影響を与えることなく敵だけにダメージを与えるには、相当の卓越したコントロールが必要だ。

 それは単純にレベルの高い魔導を使えるか否かという問題ではない。才能と鍛錬と実戦経験の全てに長けた一流魔導士の領域だ。

 残念ながら、パルムグレンの部下にはそこまでの使い手はいないようだった。


 最後の一つは、ハルトたち三人の戦力。

 子供が二人に神官が一人。猫が一匹。パルムグレンは、完全に彼らの実力を見誤っていた。


 ここには、()()()子供も()()()神官も()()()猫もいない。


 それを何も知らないパルムグレンに察しろと言うのは酷というものだが、彼は自分の見当違いに気付き始めていた。



 そのとき、次の僧兵に攻撃しようとしたハルトの剣が、壁へと食い込んだ。

 ハルトは、室内での戦闘に慣れていない。狭い場所での武器の扱い方を知らないため、外で戦うときと同じように剣を振ってしまったのだ。


 壁に剣を封じられたハルトに、チャンスを逃すまじと僧兵が切りかかる。彼はきっと、自分の勝利を確信したに違いない。


 しかしハルトは、落ち着いていた。

 壁に剣がめり込んだことなど、それがどうした、と言わんばかりに平然と、()()()()剣を振りきった。

 

 壁に深い深い斬線を刻み、ハルトの剣は再び自由を得て敵兵の胴を両断した。



 「………な……」


 非常識なまでの膂力に、パルムグレンは後ずさった。壁ごと敵を斬るなんて、普通じゃない。

 これはマズい、と脂汗もそのままに、部下に足止めを命じて自分は走り出した。


 「……逃げる気ですか?」


 ハルトは追撃しようとするが、狭い廊下に敵がわんさか押し寄せているので上手くいかない。

 そうこうしているうちに、パルムグレンの姿は廊下の先に消えてしまった。


 「ルガイア、クウちゃん、追うよ!」


 前方の敵を残らず片付けた後、ハルトは二人に声を掛け走り出した。後方の敵は追い縋るが、スピードの差についてこれない。

 さらに、後ろを振り返ることすらなくルガイアが去り際に放った光の矢が、狙いたがわずそれらを全て射抜き、沈黙させた。



 廊下の先に、階段があった。下へと続いている。建物の普請上、階段は上下共に同じ場所に作られるのが通常であるのだが、そこからは下にしか進めない。

 何か、特別な場所へと向かう階段のように思われた。

 しかしハルトは、その不気味さを意に介することなく、躊躇いもせずにきざはしを駆け下りた。



 

 降りた先は、今まであまり見たことのない不思議な空間だった。

 壁や天井に、継ぎ目は見当たらない。まるで巨大な一枚の金属で覆われているかのように、滑らかな表面。

 照明は一定の間隔で壁に直接設置されていて、外に負けず劣らず明るい。その白い光に既視感に近いものを感じてルガイアは立ち止まるが、ハルトが足を止めないので慌てて追いかけた。




 進んだ先に、パルムグレンはいた。

 そして、シエルも。幾許かの戸惑いはあるようだったが焦りは見られないことから、ハルトがここに来ることは予測していたか。


 そして、ここにいるのは二人だけではなかった。

 いや……二人だけと言うべきかもしれない。


 二人の傍らに佇むそれは、およそ人とも生物ともつかぬ異形だったのだから。





 






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