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第百七話 何を言っても「それはそっちの都合だろう」とか言う人ってほんと困る。あとそう言う人って大体クレーマーだったりする。




 貧乏クジだ。

 とんだ貧乏クジだ。


 レオニール=アルバは、現在絶賛不貞腐れ中である。


 めちゃくちゃに苦労して主君の後を追い続け、ようやく追いついたかと思えばまたこの仕打ち。魔王の眷属たるマウレ兄弟に命じられてしまえば、そしてそれも主君の望みに適うものだと聞かされれば、首肯せざるを得ない。

 首肯せざるを得ないのだが、納得しているかと言えばそんなはずはない。



 「あ…あのー……レオニール様…でしたっけ。その、私ならもう大丈夫ですから、ハルトたちのところに行ってもらっても…」

 「貴殿の身の安全を守ることが主君の望みならば、そして一度命令を受領したのならば、私はそれを完遂するまでだ」


 ルガイアにシャロンの護衛を押し付けられてしまったレオニールがあまりにも仏頂面なものだから、気詰まりになったシャロンはこんなんだったら一人で隠れてた方が千倍マシかも…とそう提案してみるのだが、レオニールの返事はにべもなかった。


 「でも………なんだか悪いですし…」

 「これは私の問題だ。貴殿には関係ない」


 関係ない、と言われても……レオニールが不機嫌極まりないのもその原因がシャロン(の護衛)にあることも明らかなのに、無関係なはずがない。


 シャロンに対する気遣いなんて微塵も持ち合わせていなさそうなレオニールに、シャロンはどう接したものか頭を抱える。

 別に仲良しこよしになる必要なんてないのだが、どのくらいの時間二人でいなければならないのか分からない以上、このままの状況は彼女の精神と胃に確実なダメージを蓄積させる。



 こんなとき、培ってきた社交界での振舞いは役に立つだろうか………いや、立たないだろうな。

 レオニールはその格好からしても立ち居振る舞いからしても、立派な騎士だ。間違いなく、サクラーヴァ公爵家の直属騎士だろうとシャロンは踏んでいる。

 公爵家に仕える騎士ならば上流階級のはずだが、しかしレオニールには社交界に蔓延する愛想笑いやおべっか、腹黒さを隠した仮面の要素はまったく見当たらない。

 ここで彼女が大仰にレオニールを褒めちぎったとしても、逆に反感を抱かれるだけだろう。



 二人がいるのは、ルガイアが手配した聖央教会の関係施設である。ティザーレの国教はトルディス修道会で、最近はエシェル派と呼ばれる派閥が力を伸ばしてきているらしいが、一応は他宗派の教会もあったりするのである。

 創世神エルリアーシェを信仰するという一点さえ守れば宗派の混在には寛容…と思いきや都合の悪い組織や思想は異端弾圧の名の下に粛清していたりする宗教なので、もう寛容なんだか不寛容なんだか。

 しかもここは、聖都ロゼ・マリスからの特任司教も派遣されている言わば大使館のような扱いなので、非公式ではあるが半ば治外法権状態。ティザーレの司法もおいそれとは手出しが出来ない場所なのだ。

 

 さらにレオニールが護衛しているので、ここにいる限りシャロンの身は安泰である。

 ……ただし、身体的には。


 身の安全を取るか精神的の平穏を取るかと言えば、そりゃあ身の安全…命の方が大切に決まっている。背に腹は代えられず、シャロンは気まずさMAXの部屋の中でひたすら耐えるしかなかった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「クウちゃん、シエルの連れてた精霊の居場所は分かる?」

 「うん、クウちゃんわかるよ!」


 ベルンシュタイン(封じられ中)は魔女の居場所を詳細には感知出来なかった。それはおそらく、何らかの手段で感知出来ないよう妨害されているからだろう。

 しかし、ハルトにはクウちゃんがいる。一度会った精霊…しかも同系統の気配なら、クウちゃんが追うことが出来る。


 そこに、シエルがいる。そして、きっと師匠も、魔女さんも。


 

 「………殿下」

 「なに?」

 「………………いえ、何でもありません」


 ハルトの表情が、状況の割にやけに落ち着いている…要は目が据わっているわけだが…ことに若干の懸念を覚えてルガイアが何かを言いかけるが、すぐに思い直してやめた。

 ハルトはそれには言及せず、クウちゃんに命じる。


 「それじゃ、クウちゃん。そこに案内して」

 「わかった、クウちゃんあんないする!」


 クウちゃんは、これからハルトが何をしに行くつもりなのか分かっているのかいないのか、大好きな人とのちょっとしたお出掛けのような調子で元気よく歩き出した。

 クウちゃんの手を握るハルトにしても傍から見れば似たようなものなのだが、少なくとも腹は括っているようだ。



 「んに、にゃにゃお?」

 「……我らが口を出す問題ではない」


 ネコが何かを問いかけて、ルガイアがそれに答えた。ネコの表情は、どことなく楽しそうな何かを期待しているような。

 ルガイアはそんな無責任な弟に呆れたように溜息をつくと、ハルトとクウちゃんの後に静かに続いた。





 クウちゃんがハルトたちを連れて行った先は、エヴァンズ侯爵邸とは反対側に位置するロワーズの端だった。

 修道院だろうか、歴史を感じさせる造りの建物が立ち並んでいる。いくつかの尖塔があって、自給自足でもしているのか畑があったり家畜小屋があったり。

 人の姿もチラホラと見える。全員が同じ灰色の法衣を身に纏い、禁欲的な表情でそれぞれの勤労に精を出していた。

 畑を耕す者。家畜の世話をする者。何処かを修理するのだろうか木材を抱えて歩く者や、荷車に穀物を満載にして曳く者も。

 禁欲的ながらも、満ち足りた表情の人々だった。


 そんなほのぼのとした光景にも、ハルトは何も言わなかった。いつもの彼ならば、「へー、こんなところがあったんだねー」とか、「なんだか平和そうでいい場所だね」とか言いそうなものなのに。

 今の彼の表情はまるで動かない。今の彼にとってそれは、どうでもいい背景に過ぎない。


 

 ハルトは、何でもないような顔をしてその敷地内にずかずかと入り込むと、丁度建物の中から出てきたばかりの老神官に()()()声を掛けた。

 

 「あの、すみません。ボク、ハルトっていいます。ここにシエル=ラングレーという人がいると思うんですけど、呼び出してもらえますか?」

 「…は、あ…?」


 話しかけられた老人は、要領を得ない顔をしていた。広い修道院なので、全員がシエルのことを知らないのかもしれない。


 「誰でもいいので、ここの偉い人に話を繋げてください。シエルに会いに来た人間が、“黄昏の魔女”の身柄も求めてるって」

 「……あの、旅人さん?急にそんなことを言われましても……約束などはされてるのですか?」


 老人の反応は当然のものだった。

 修道院は通常の教会と違ってそれほど外部に開かれた施設ではない。信仰を広めるよりも深めることがここの目的であり、寧ろ外部から隔絶されていると言った方が適切だ。

 侵入者を排除するような過激な真似こそしないものの、何処の馬の骨とも知れぬ輩が偉い人…通常は院長である司教のことを指すのだろう…にアポなしで話を繋げろと言われて、はい分かりましたとならないことは当然である。


 「約束なんて、してません」

 「でしたら、院長にお会いするのは難しいと思いますよ。何せお忙しい方ですので……」

 「それはそちらの都合でしょう」


 年若いハルトのことを内心では軽んじているのだろうか、老神官はにべもなく話を切り上げようとした。しかし、静かだが有無を言わせぬ声色のハルトの言葉に、その表情が凍り付いた。

 それまで気にも留めていなかった少年の顔を真正面から見つめ、その双眸の底に引き摺り込まれそうな錯覚を抱く。



 年齢的にも、経験的にも、老神官にとってハルトは取るに足らない子供のはずだった。

 だが、彼は目の前の礼儀知らずの少年に、道理を説くような心持にはどうしてもなれなかった。


 「約束なんて、ボクは必要としていません。そちらが忙しいかどうかなんて知ったことじゃない。ボクはただ、シエルかここの責任者に会わせろと言ってるんです」

 「そ……そう言われましても…………」

 

 勝手な言い分のハルトだが、老神官は反論出来ないでいる。その理由が彼自身分からないまま、ただ彼の本能がハルトに逆らうことを拒絶していた。


 拒絶…というよりは、恐怖しているというべきかもしれない。



 「…押し問答をするつもりはありません。ボクはあなたに、ボクの望みを叶えろと言っている」

 「……………………お、お待ちください……!」


 老神官は、逃げるように去っていった。

 やがて、着ている法衣の意匠デザインからして明らかに一般の修道僧とは異なると思われる壮年の男が複数の供を引き連れてやって来た。



 「…お話しは伺いました。ですが、“黄昏の魔女”とはいったいどなたのことですかな?」


 穏やかな笑みの神官は穏やかな口調で言った。

 その表情からは、恍けているだとか嘘をついている様子は見られなかったのだが…


 ハルトは誤魔化されなかった。


 「まさか知らないはずはないでしょう、聖戦の英雄なんだから。そして彼女が教皇グリード=ハイデマンの後見を受けているということも、当然知っているはずだ」


 断言するハルトの様子に、ネコが少し驚いたように目を見開いた。今まで、彼のこういう強い口調はほとんど聞いたことがない。


 「それは……確かに耳にしたことはありますが……しかし、なぜここにその人物がいると?」

 「恍けても無駄です」


 そしてハルトは、懐から何かを取り出し掲げてみせた。

 それを見た瞬間、神官たちの表情が驚愕に凍り付く。



 それは、漆黒の聖円環セルクー、夜の色に染まった、祈りと信仰の象徴。

 そして、異端を許さぬ獰猛な獣の爪牙の象徴。


 ネコに続いてルガイアまで驚きに目を丸くする横で、ハルトはどこまでも冷たい表情と声で宣言した。



 「“七翼の騎士セッテアーレ”、ハルト=サクラーヴァです。教皇グリード=ハイデマンの命により、聖戦の英雄ヒルデガルダ=ラムゼン略取の疑いについて審問に参りました。捜査にご協力いただけない場合、聖教会に対する叛意とみなします」


 そこにいたのは、駆け出しのヒヨッコ遊撃士ではなかった。

 幼いながらも風格を漂わせるハルトの姿に、絶句する神官たちの誰一人、口を挟めなかった。


 それはどこか、王と民の形に似ていると、マウレ兄弟は幾許かの誇らしさと共に思った。

 

 

 

クレームあるある。「それはそっちの都合だろう」 

そりゃそうだろ世の中全部誰かの都合で成り立ってるんだよこっちの都合を受け入れられないのはそっちの都合だろ、て言い返してやりたい。あと一昨日来やがれって付け足したい。

ただの愚痴です。

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