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第百五話 言葉のチョイスって難しい。




 ハルトは、その光景を絶句して見ていた。

 ベルンシュタインが一瞬で掻き消えてしまったこともそうだが、それを冷静に冷酷に見遣るシエルが、一体何を考えているのか分からなくて。


 「シエル……」

 「さて、これで後は……」


 何を言ったらいいのか分からずただ名を呼びかけるハルトを無視して、シエルは地面に転がった石を回収しようと手を伸ばし…


 ベルンシュタインを封じ込めて黄金を帯びるようになったその石は、突風に煽られてシエルの指から逃れた。


 

 「…おまえ、だめ。おっきいのわたさない」


 石を拾い上げたのは、クウちゃんだった。ぎゅっと握り締め、シエルを睨み付ける。


 「……ハルト、この娘は?」


 クウちゃんが行使した力が魔導術式ではないことに、シエルは気付いたようだった。それまでは取るに足らない幼女だとしか思っていなかったのが、今は若干の警戒を滲ませてクウちゃんを観察している。



 「そんなことよりシエル、どういうこと?君が、魔女さんを連れ去ったっていうのは本当なの?」


 クウちゃんは、確かにそう言った。ベルンシュタインの言葉を通訳して、そう言った。

 最初はベルンシュタインの勘違いかクウちゃんの解釈違いかと思ったが、今の光景を見てそうではないと分かった。


 けれども、ハルトはシエルのことを知っている。

 同期組の中でも頼りになって、自信に満ち溢れているけど決して驕らなくて、そのくせ方向音痴という可愛らしい欠点を持っている…ということだけではなくて。


 一緒に行動したのはたったの数日だったけれども、彼が理由なく他者を傷つけたりするような人物ではないと、曲がったことをするような人物ではないと、ハルトは分かっている。

 だからこそ、シエルが何故“黄昏の魔女”を拉致したりするのかが、余計に分からなかった。


 ……けれども。



 「それを聞いてどうするつもりだ?」

 「どうするも何も、教えてもらわなきゃ分からないよ!」


 話せば分かるかもしれない。いや、きっと分かり合える。だけどそれにはまず、彼の話を聞かせてもらわなければ始まらない。

 

 「……仮に教えたとしてもオレのやることは変わらないし、君の理解を得ようとも思わない」


 シエルの言葉は、声は、眼差しは、どこまでも冷ややかだった。

 まるで、本当のシエルではないような……



 ……いや、違う。

 今のシエルが本当のシエルではない、のではなくて。

 ハルトの知るシエルが、本当のシエルではないのだとしたら。


 今のシエルこそが、本当のシエルなのだと……そういうことなのか。



 「悪いことは言わない。ハルト、その石を寄越してくれ。それは、君たちが持っていても何の意味もないものだ」


 シエルが一歩を踏み出し、クウちゃんに近付く。

 思わずハルトは、立ち塞がるように二人の間に割って入った。


 

 「……ハルト、君は何も知らない。オレだって何も酔狂でこんなことしてるわけじゃないんだ。オレは、オレが正しいと思うことのために行動している」

 「だから、それが何なのか教えてくれなきゃ分からないじゃないか」


 シエルは、ティザーレ王国の手の者なのか。それで、魔女を無理矢理に拉致したのだろうか。

 それに……それに、シャロンに近付いたのも、何か関係が……



 「………部品パーツ…」


 シエルの言葉を思い出して、ハルトは呟いた。

 そう、彼は言っていた。「これで全ての部品パーツが揃った」…と。

 それは、魔女やベルンシュタインだけではないのではないか?

 それには、シャロンも含まれているのではないか?



 「……シエル、君は……君たちは、何をしようとしてるの?」


 人を、まるで機械の部品のように言うなんて。



 シエルは、ハルトの問いかけに答えずに溜息をついた。聞き分けの悪い子供に対する親のように、呆れたような調子だった。


 「……もういいだろう、ハルト。ここで問答をしても時間の無駄だ。オレは、君までフォールズさんたちと同じところに連れていきたくはない」

 「…………………え?」


 これ以上ハルトが食い下がるようならば、シエルにも考えがあるようだった。その意志に呼応するように、風獅子シルフィがそっと彼に寄り添う。


 「今オレたちが歩みを止めれば、世界は災厄に覆われる。それだけは、絶対に駄目なんだ」

 「……………………」


 シエルは、首から下げた懐中時計を握りしめた。

 ここではない何処かを見るような眼をしていた。


 「オレはずっと……ずっと長いこと、そのために戦ってきた。今さら諦めることなんて出来ない。たとえそれが修羅の道でも、後戻りも立ち止まることもオレはオレに許さない」

 「……………………」


 シエルの口振りは、彼の年齢からすると幾分奇妙だった。廉族れんぞくの、人間種コモナーである彼はどう見てもまだ十代半ば。それなのに、もう何十年も何百年も戦い続けてきた戦士のような、疲れ果てそれでも屈することを許されない絶望にも似た光が、彼の双眸で揺らめいていた。


 「そして、オレを阻む者も許しはしない。それがたとえ、友人であったとしても…だ。オレは別に、君と敵対したいわけじゃない。ただ、何も見なかったことにして、何もなかったことにして、このまま踵を返してもらいたい。そうすればお互いに……」

 「師匠が……何だって?」


 それまで押し黙っていたハルトが、ボソッと呟いた。その声の低さに、シエルの言葉が止まる。


 「師匠と同じところって……どういうこと…?」

 「……………!」


 ハルトの身体から立ち上った怒りの波動に、シエルは身構えた。風獅子シルフィが見えない何かから主を守るかのようにその前に立ち盾となる。


 だが、何も起こらなかった…今は、まだ。


 ハルトは、俯いていた顔をゆっくりと上げて、シエルを見据える。

 その双眸を目の当たりにした瞬間、シエルは息を呑んだ。


 深く、昏い蒼。底なし沼のような、どこまでも落ちていきそうな淵。

 見えないくらい深い深い場所で、静かに銀が揺蕩っていた。



 「…ねぇ、どうしてそこで師匠の名前が出てくるの?シエル、師匠が今どこにいるのか知ってるの?ねぇ……」

 「ハ…ルト……?」


 

 シエルは、ハルトを連れて行きたくないと言った場所に、マグノリアを連れて行った。

 その言葉が、指し示す意味。



 「ハルト、全てが終わったらちゃんと説明する……」

 「師匠をどこにやったって聞いてるんだ!!」


 

 ハルトにとって、それは生まれて初めての激昂だった。

 いや、そんな大げさなものでなくても、憤りを超えた純然な怒りを抱くのは、彼にとって初めてのこと。

 

 荒れ狂う怒りはそのままことわりに直接干渉し、捻じ曲げる。

 ハルトの感情を具象化したかのように、紅蓮の炎が突如虚空に生まれ、彼らを取り囲んだ。



 「…………な……」


 さしものシエルも、狼狽していた。

 魔導術式ではない。精霊召喚とも違う。もっと直接的な、もっと単純シンプル()()



 「…シエル!!」


 戸惑い焦りを見せたシエルに、ハルトは斬りかかった。

 地を蹴ると一瞬でシエルの間合いへと侵入する。


 「……クッ…」


 その踏み込みの激烈さに、その斬撃の苛烈さに紛うことなき恐怖を感じ、シエルは咄嗟に剣を振るう。

 迎え撃ったはずのシエルの剣は、次の瞬間には粉々に砕け散っていた。


 シエルの判断は素早かった。

 柄だけになった剣を放り、ハルトの次撃の前に大きく後ろへ跳び退る。

 引き際に、


 「…シルフィ!」


 使役する風の契約精霊に命じた。

 風獅子シルフィは即座に反応を見せ、ハルトへと襲い掛かる。


 「クウちゃん!」


 次は、ハルトが命じる番だった。

 主の感情に引きずられたのか負けず劣らずの怒りの形相を見せたクウちゃんが、風獅子シルフィに向かい……



 幼女と獅子の一騎打ちは、クウちゃんに軍配が上がった。


 鋭い爪を振りかざし飛び掛かる獅子に、幾百もの圧縮された風の刃が襲い掛かり、その精霊体からだを切り刻んだ。

 無慈悲な刃に翻弄され、風獅子シルフィは苦悶の声を上げるとシエルの元へ下がり、うずくまった。



 「シルフィ、大丈夫か!?」


 主の声に力無く反応すると、風獅子はすいっと虚空に消えた。著しく力を失った精霊は、消滅を避けるために一時的に睡眠状態へと陥るのだ。



 「……ハルト、君は一体……」


 武器を失い、相棒も撤退し、シエルは戦う術を失ったはずなのに、それでも彼の眼差しは強固なまま揺るがなかった。

 

 それは、自分の命すら手段の一つとして考えている者に特有の強さだった。


 


 


 


 

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