第百二話 男女の間に友情が成立するか否かは人類の永遠の命題である。
やること…正確に言うと待つ以外出来ることのなくなったハルトは、宿の部屋でゴロゴロと時間を潰していた。すぐ横には、ようやくハルトを独り占めできる、と満足げなクウちゃんがピッタリとくっついている。
自分たちの目的…魔女の奪還と保護…は未だ果たされてはいないものの、一つの依頼を無事に片付けて少しばかり一段落感があったりする。
…のだが、同時になんとなくの消化不良感もなくはなかった。
その理由には心当たりがついている。依頼を片付けたと言っても、最後まで完遂したかと言われると肯定は出来ないからだ。
シャロンの安全、という最終目標だけを見れば、依頼としては成功である。
しかし、アンテスルまで同行し護衛するというプロセスについては、突然救世主の如く現れたエヴァンズ侯爵に横から掻っ攫われる形で中途半端に終わってしまった。
別に、シャロンから感謝されたいとか称賛を浴びたいとかいうわけではない。師匠には褒められたいと思うし褒められると嬉しかったりするが、自分は報酬をもらって依頼をこなすだけなのだから、依頼主にそれらを求めるのは何か違うと分かっている。
ただ、いきなりやって来てシャロンに全面的に信頼されその護衛の任をさっさと引き継いでいってしまったエヴァンズ侯爵が、羨ましいというか何というか。
知り合ったばかりの自分なんかより、よっぽど信頼されているんだなー…と。
要は、子供らしい嫉妬混じりの不貞腐れである。
……いやいや、それも変な話だ。
遊撃士である自分と依頼主であるシャロン。シャロンがいいと言っているのだから、自分がそれに対してうだうだと考え込む必要はない。
だからこそ、全部終わったらその時に友達になろうと告げたのだ。ビジネスの関係が終了すれば、心置きなく一からの関係を築くことが出来ると……
「……あ」
ベッドに寝転んだまま、ハルトは声を上げた。横のクウちゃんが、何かあったのか?と首を傾げる。
ハルトはそんなクウちゃんには構わず、勢いよく起き上がった。
「……アンテスルに到着したらって話してたけど……この場合はどうなるんだろ…」
中途半端感が拭えないとしても、依頼は完了した。ならば先の宣言どおり、自動的にシャロンとはもう友達になったと考えてもいいだろう。
…が、なんだか締まりないというか尻切れトンボ感というか、やり残した感というか、そんな感じがする。
ハルトは良くも悪くも思い立ったら吉日な王太子なので、即座に部屋を飛び出した。説明も何もなくいきなりだったので、クウちゃんも慌ててハルトの後を追いかける。
「殿下、どこへお出かけで?」
丁度、用事を済ませた(何の用事かは知らない)ルガイアと肩の上のネコと廊下で鉢合わせした。
「ちょっと、忘れ物…シャロンのところまで!」
そう言って、宿を飛び出す。そのまま全速力で馬車乗り場へ直行。彼の速度に、道行く人が目を丸くしていた。
ハルトは良くも悪くも単細胞な王太子なので、直感的に行動する。彼が馬車の停車場へ向かったのも、そこがシャロンと別れた場所の近くであるということと、シャロンも馬車でアンテスルに戻るはずだと考えたから。
しかし、ハルトたちと別れたシャロンがわざわざ停車場へ戻ってくる理由はないこととか、エヴァンズ侯爵は乗合馬車ではなく自前の馬車を使うだろうから停車場は利用しないだろうとか、そういうことは考えていない。
当然、そこにシャロンの姿はなかった。
しかしハルト、地上界に来て真っ先に覚えたことがある。
分からないことは、人に聞けばいいのだ。
「あの、スミマセン。この辺りで、栗色の髪に薄紫の目の女の子を見ませんでしたか?ボクより少し年上くらいなんですけど」
彼にしてはグッドチョイスなことに、歩いている乗客ではなく停車場に立っている係員に話しかけた。ずっとここに常駐している係員なら、シャロンを見かける可能性も高いだろう…が、多分そこまで考えたわけではなくたまたま近くにいたのが係員だった、というだけだ。
親切そうな初老の係員は、ハルトの質問にしばらく自分の記憶を辿ってくれた。なにぶん、一日でかなりの人数の乗客がここを利用したり通り過ぎたりするのだ。その中から特定の人物を覚えているだなんて、よほどの名刑事とか名探偵じゃなければ不可能な技である。
一生懸命首を捻り思い出そうとしている係員のおじさんだが、どうも期待出来なさそう。
「あの、貴族の女の子です。シャロンっていうんですけど……あ、エヴァンズ侯爵って人も一緒にいるはずで」
だから追加情報を投下したハルトだったが、それが功を奏した。
「…あぁ、なんだ領主様を探していたのか。あの方は今日はお見かけしてないけど、街の外れに別邸をお持ちだからそっちに行ってみるといい」
ロワーズは大きめの都市だがアンテスル領の一部である。則ち、エヴァンズ侯爵の治める土地である。通りすがりの「栗色の髪に薄紫の目の女の子」を覚えていなくても、領民なら領主の名前はバッチリ知っている。
「街外れですね、行ってみます!」
「ああ、この道をずーっと真っ直ぐ行って、三本杉の三叉路を一番右に進みな。で、突き当たりを左に曲がれば、領主様の別邸だ。距離はあるけど道は簡単だから迷うことはないと思うよ」
「ありがとうございます!」
丁寧に道まで教えてくれた係員のおじさんに礼を言うと、おじさんがビックリする勢いと速度でハルトは駆けていった。そのすぐ後にあどけない幼女と堅物そうな聖職者とネコが追走していったのにもおじさんはビックリした。
停車場のおじさんの言うとおりに進むと、侯爵の屋敷が見えてきた。普通なら循環馬車を使うような距離だし徒歩(徒走?)で行けば相当の時間がかかるはずだが、ハルトのスピードなので小一時間で充分だった。
そして丁度いいタイミングで、屋敷の表門のところにシャロンが出ているのを見付けた。すぐ横に侯爵もいる。もしかしたらもう出発するところだったのかもしれない。ギリギリ間に合って良かった。
「……シャロン!」
ハルトは、シャロンの名を呼んだ。
その声に振り向いたシャロンの表情に疑問を感じつつ、今でなければ告げられないのだから、と構わず続ける。
「あの、アンテスルまでは一緒に行けませんけど、けどもう契約は終わったのだし、これでもうボクとシャロンはちゃんと友だ…」
「…ハルト!!」
ちゃんと友達ですよね、と言いかけたハルトの胸に勢いよくシャロンが飛び込んできて(ほとんどぶつかる感じで)、シャロンのおでこで鳩尾を直撃されたハルトはちょっとウっとなる。が、それを知られるとカッコ悪いので強がって何事もなかった風を装った。
一体、どういうことだろう。
シャロンは今、庇護者であるはずのエヴァンズ侯爵の腕を無理矢理振りほどいて…どころか自分を抱きかかえる彼の腕に思いっきり齧りついて怯ませてから…ハルトの方へ逃げてきたように見えた。
それに…震えている?
「あの……シャロン?」
「……やれやれ、任せてほしいと言ったのにこんなところまで……お前たち遊撃士の仕事はもう終わったはずだが」
シャロンに噛みつかれた腕をさすりながら、エヴァンズ侯爵が言った。先程とは違う、高圧的な口調。そのことに疑問を持つ暇さえなく、
「何の用だか知らないが、ノコノコと戻ってきたりしなければお前まで死ぬことはなかったというのに」
そう続けたエヴァンズ侯爵は、すぐ横にいるもう一人の男に目配せをした。
その男は頷くと、背中に隠した鞘から二振りの短剣を抜いた。
艶消し加工の施された、黒い刃の短剣を。
「それ………」
ハルトは、その武器に見覚えがあった。
それは、カナン峡谷でシャロンを殺そうと襲ってきた刺客たちが持っていたのと同じもの。
それを持っていることといい、エヴァンズ侯爵の態度と台詞といい、怯え切ったシャロンの様子といい。
いくら察しの悪いハルトであっても、目の前にいるのが自分とシャロンにとっての敵だ、ということだけはすぐに分かった。
「ハルト……おじさまだったの。私を殺そうとしてたの、お父様じゃなくておじさまだったの」
シャロンの声は思いの外しっかりしていたが、それでも震えを隠し切れてはいなかった。たった一人の、全幅の信頼を寄せていた人物の裏切りに、強がることも出来ないでいた。
「……どういうことですか、侯爵!」
シャロンを自分の背中に隠し、ハルトは詰問する。
確執のあった父親ではなく、なぜ侯爵がシャロンを殺そうとするのか。しかも、わざわざ刺客を雇ってまで。
問われたエヴァンズ侯爵は、顎髭を撫でながら思案する素振りを見せた。おそらく、どこまでならば不運な遊撃士に冥途の土産を渡してもいいものか考えているのだろう。
「そうだな、お前は知る必要も権利もないことだが、それではあまりに巻き込まれ損だからな。一つだけ教えてやろう。私は、シャロンを殺したくて殺すわけではない。彼女が生きていると、何かと不都合なのでね」
「不都合って……どういう意味ですか!」
勝手な言い分のエヴァンズ侯爵に怒りを抑えきれず、ハルトは剣を抜いた。咄嗟に刺客の男が侯爵の前に出てハルトを牽制した。
「シャロンが生きてたって、あなたに何の不都合があるんですか!彼女はただ、あなたの庇護を求めていただけなのに…」
「私の不都合ではない。……ああ、それなら誰の…とは聞かないでくれ。そこは決して明かせない真相というものだからな」
エヴァンズ侯爵は、余裕たっぷりにそう言った。遊撃士といってもまだ若いハルト一人では、自分たちの脅威ではないと思ったか。
しかしそのとき、遅れてハルトを追ってきていたクウちゃんとルガイアが追い付いた。
「はるとー、なにしてるの?」
「ハルトで…様、ご無事ですか」
クウちゃんは状況が分かっておらず無邪気に笑っているが、ルガイアは武器を手にしているハルトと刺客の男にすぐさま気付き、大事な主に殺意を向ける男を冷たく睨み付ける。
「……チッ、仲間まで来たか」
ルガイアの視線に慄き一瞬だけ怯んだ侯爵だったが、それでもまだ自分の優位は変わらないと思っている。
何故ならば、ここは彼の屋敷だから。
戦力ならば、まだまだ豊富に残っている。
「…侵入者だ、排除しろ!!」
侯爵が叫ぶと、敷地のあちらこちらから武装した騎士や魔導士がぞろぞろと出てきた。侯爵家の家臣か護衛たちだろう。
「シャロン、クウちゃんと一緒にあっちの物陰に隠れててください。クウちゃん、シャロンを頼んだよ」
「えー、クウちゃんはるとといっしょがいい」
「そんなこと言わないで。終わったら一緒に遊んであげるから」
クウちゃんはむくれて駄々をこねたが、ハルトにそう言われると渋々シャロンの手を引いて後ろへ下がった。
「…ふん、この人数相手に、たった二人で何が出来る」
そう言いつつ戦闘に巻き込まれないようにじりじりと後ずさりする侯爵。代わりに刺客の男と護衛たちが前へ出て、ハルトたちを取り囲んだ。
「依頼は最後まで自分で責任持って終わらせないといけないって師匠が言ってたの、こういうことなんだね」
いくらマグノリア=フォールズでも、依頼人を保護してくれる唯一の味方が実は黒幕だった的なことまでは想定していないのだが(そんなこと考え始めたらキリが無くなる)、自分の師匠は完全無欠の遊撃士で何でもお見通しなのだと根拠もなく信じ込んでいるハルトは、こんなことまで予想していたなんてやっぱり師匠は流石だなー…とか思いつつ、そんな師匠に恥じない戦いをしようと己を奮い立たせるのであった。
なんかもうちょっと、三下悪役を魅力的に描きたいんですけどどうすればいいでしょう?
魅力的だと三下じゃなくなるかもしれませんが。




