065 『試す(プラクティス)』
065です。
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ホテルのロビーはまず出入り口正面には受付カウンター。右手には食堂らしくテーブルと椅子が用意されている。二人席を寄せ集めてライブハウスで助けた適正者二人を除いて、すべての人が揃っていた。とうぜん、ポニテさんの姿も見えた。予想通り、ポニテさんはテーブルに突っ伏していた。
左手には階段とエレベーターの扉が四つ見えた。階層こそわからないが、四つも用意されているところをみると、多くの利用客が宿泊できるということだろう。ただ、ルーシェンヴァルラと一体化したことで、必ずしも使用可能とは限らないだろう。ホテル内も異世界にある植物やレリーフなどが一体化したところが見え隠れしていたからだ。
そんな風にロビーを見渡しているといつのまにかポニテさんが僕とノヴァさんの前に来ていた。
「二人きりのお話は終わった?」
ポニテさんはノヴァさんを睨むように見つめながら言った。怖い顔をしているのだが、ノヴァさんの告白をもし聴いていたらこの程度の感情表現では済まなかったはずだ。
こうしてポニテさんを目の前にしてしまうと、より一層、僕が抱えている不安、悩みが浮き彫りになってくる。
ノヴァさんと二人きりで話していただけだというのに、これだけの感情を表に出しているのだ。もし、いや確実に僕は死んでしまうのだが……元の世界を取り戻した後、僕が死んだと知ったら、ポニテさんはどうなってしまうのだろう。
「真悟くん、なにを言われたの?」
怒気を含んだその声に僕は思わず背筋を伸ばした。やましいことは、僕としてはないのだけれど、ポニテさんからすると受け取り方は違ってくる。
「ねぇ? 真悟くん。私には言えないことなのかな?」
ポニテさんに詰め寄られ思わず後ずさりしていると、テーブル席からカズさんがのっそりと歩み寄り、ポニテさんの頭を鷲掴みした。
「ポニ。ちったー落ち着けよ。あのノヴァだぜ? お前の男を取るようなことすると思うか?」
「市内とはわかっているけれど、やっぱ気になるじゃん。ほら、ノヴァちゃんって私と違って……」
ポニテさんはノヴァさんの豊かな胸を凝視する。何度も言いたいことなんだけれど、女性の特定部分で僕の心は揺らいだりはしない。
ノヴァさんが僕に実らない告白を舌と正直に伝えても良いのだけれど、ポニテさんとノヴァさんに見えない凝りを残しそうなので、嘘ではあるけれど、本当の話をすることにした。
「あの、ポニテさんが思っているようなことは話していませんから。というより、ここにいるみんなにも話して置かなければいけないことです。これから僕が戦う相手について」
僕は食堂に集まるみんなにも聞こえるように声を張った。こうすることで、ノヴァさんと僕だけの会話ではなく、みんなが共有するべき話だとすり替えることができた。
僕もまともにポニテさんだけと話をするのは難しい。こうやってみんなと会話をしていると意識を向けることで無駄に考えなくて済む。
「ちなみにですけど、カズさん」
カズさんに話を振ると、僕が何を話すのかすぐに察したらしい。
「まだ話していない。お前とノヴァが戻ってくるまでと言っておいたからな」
ならば好都合。僕はカズさんのお株を貰い受け、説明する立場へと回った。
注目を集めつつ、僕はこれから戦う相手がカーニヴァルだけでなく、その後に控えた『境界を越えし者』についても話をすることにした。
もう二度目の説明になるのでスムーズに伝えることが出来ただろうし、要約も出来たはずだ。
僕が話し終えると、まず先に口を開いたのは意外にもリタイア宣言をしたエクスさんだった。
「真悟くん。確認したいことがあるんだが。カーニヴァル以上の相手である『境界を越えし者』、君はボーダーと名づけていたが、そんな強大な相手とたった一人で勝てる見込みはあるのかい? 覚醒した力がどれほどのものか気にはなるんだ。もう戦わないと言った俺がいうのもなんだが、頼れるのは君だけだ。万が一、君が負けるようなことがあれば、最悪、ここにいる誰かが新たな覚醒した力を手に入れなければいけない」
この中からもう一人、覚醒した力を手に入れるという発想はなかった。が、犠牲に成るのは僕だけでいいと思っている。
「確実に勝てる、という保証はありません。信じて下さいと口約束では軽すぎるとも思います」
「そうだね」
エクスさんが相槌を入れた。その仕草を見て、ポニテさんが反応したが猪突猛進するような行動はしなかった。
「エクス、悪いけど言い方に気をつけて。私は真悟くんが死ぬなんてこと思いたくも考えたくもないの」
「君の私情なんて俺には関係ない。それに、これは君だけの問題ではなく、ここで適正者となってしまった全員の問題なんだ。真悟くんに頼る以外に道はあるのか? 現状としてはない。その彼がもしカーニヴァルすら倒せなかったのなら、誰かが覚醒するしか生き残る術がない」
「この!」
ポニテさんは小さくしていた大剣を、元のサイズに戻して片手に持った。
「やめなさい」
傍観していたノヴァさんがポニテさんを制した。
「ポニ子。いまのあなたは真悟さんしか見えていない」
「そうだよ。真悟くんが生きてくれればいいの。そう思うことが、願うことのなにがいけないっていうの」
「想いは、ポニ子の中に留めておきなさい、という話よ。いい? 私たちは生きるか死ぬかを真悟さんに託さなければいけない。もちろん、真悟さんが生き残って、無事に元の世界にしてくれるのが理想よ。でも、そんな希望は簡単に裏切られる」
「なんで、そんなことを言うの? 真悟くんにしか頼れないのはわかっている。でも、負けてしまう……死んでしまうような言い方をされて黙っていられるわけないじゃない」
「悪いけれど、感情論だけで言いくるめられるほど、生易しい状況ではないのよ」
「ノヴァちゃんまで……」
「ポニ。いまはもう異世界化した当初とは状況が違う。半日ほど前の俺だったら、こんな言われ方したらポニみたく頭に来ていたよ。普通の俺たちじゃ勝てないのは明確だし、頼れるのは真悟だけだ。万が一の場合も視野に入れるのが当然だ」
ノヴァさんに続き、カズさんもエクスさんの意見に賛同した。
「……嘘でしょ? なんでそう簡単に割り切れるのよ? 真悟くんはどんな相手でも倒してきた。きっとカーニヴァルやそのボーダーだって倒してくれるよ。私たちが真悟くんを信じないでどうすんのよ!」
ポニテさんは手にしていた大剣を振り下ろし地面を切り裂いた。幸い、闘気もスキルを使ったわけでもないので、食堂の床に穴が空くようなことはなかった。
「真悟くん。勝てるよね? カーニヴァルだって、ボーダーだって倒してくれるよね」
これは、ポニテさんに僕が死ぬという可能性を知るにはいい機会かもしれない。倒しても死んでしまうという事実は伏せなければいけないけれど……ポニテさんには覚悟が必要なのだ。
僕もまたきちんと口にしなければならない。
「絶対なんて存在しません」
「真悟くんは、私を一人にするの?」
「そうならないために、戦います。それに──」
「なに?」
「約束はちゃんと守らないといけませんからね」
また嘘を重ねた。ポニテさんを納得させるにはこう言うしかなかった。真実を告げることは、どうしても出来なかった。
「わかった。いいよ。信じる。でも、破ったら、次の覚醒する適正者は、私がなる」
「え?」
「それで文句はないでしょう? エクス?」
ポニテさんがエクスさんを睨む。
「ちょっと、ポニテさん!」
「真悟くんは黙ってて。それでどうなの? それともあんたが覚醒するの?」
「すまないが、俺にそのつもりはないよ。悪いけれどね。ああ、腑抜けた男だと言ってくれて構わない。そうさ、俺はもうダメさ。あんな化物たちと戦う器量など俺にはない。あれと戦うという気持ちを持つだけで異常なのさ」
褒め言葉ではないけれど、本能を覚醒めさせた僕なら、エクスさんの考えは的を得ている。
「君が覚醒することに異論はない。俺は初めから覚醒するのは真悟くんと密接に関わっていたお三方だと思っていたからね」
エクスさんはポニテさんをはじめ、カズさん、ノヴァさんへと死線を動かした。
「真悟くんが死んだら、覚醒する可能性があるのはあんたたちだ」
ポニテさんが大剣を力強く握りしめる。今にも斬りかかりそうではあるけれど、ぐっとこらえている。
「憎まれ役も大変だな」
カズさんの一言に、エクスさんが苦笑いをする。
「好き好んでなりたかったわけじゃない。これは誰かが言わないといけないことだ。気質で言えば、俺の隣りにいる日輪がそうだな、その時は俺が死ななければいけない……かもしれないがな」
「そうならん為に、ウチがこうして一緒におるんだろうが。次そげんダラなことゆったらぶっ飛ばすけんな」
エクスさんの向かい側に座った日輪さんは椅子に立てかけた斧を手にした。
「つまり、みんな覚悟はしているんだよ。ポニテくん。君の想いは理想的だ。夢がある。だが、そんな幻想や夢は非情な現実の前では無力だ。逆に大きな傷を負ってしまう」
「安心してよ……もう、私は甘い理想を夢見たりしない。覚醒して、真悟くんを殺した奴らを、この手で仕留めるわ」
「良い答えだ。正直ね。俺は君の存在が誰よりも不安定に見えた。こうして覚悟を決めてくれたことは、きっと真悟くんの力になる。そうだろう?」
エクスさんは僕を見つめた。
「ええ……」
僕が殺されれば、次はポニテさんが戦う。僕と同様に確実な死を意味している。エクスさんは覚醒した適正者が現実世界を取り戻すと死ぬことを知らないけれど、僕に対するはっぱの掛け方は正しい。
さすがはこの中で一番の年長者だろう。エクスさんはみんなの気持ちを読取り、あえて憎まれ役を買って出たのだ。なによりも、エクスさんは僕がポニテさんに伝えるべきことまでも代弁までしてくれた。ポニテさんに『阿式真悟が死ぬ可能性』を気づかせたかったのだ。
口にすることは出来なかったけれど、感謝しますと目で訴えた。エクスさんもこちらの気持ちに気付いたようで、浅く頷いた。
「真悟くん。できれば覚醒した力がどれほどのものか、見せてくれないか。もちろん、その異形さを持った両腕と脚をみれば、俺たちとは別格の力を手に入れたのは見た目でわかるけれど、見掛け倒しかもしれない。安心させるためにもここは一つ、覚醒した力を披露してくれないかな?」
「そうですね。試すだけならいいでしょう」
リリィと同じようなことは流石には言えなかった。それは僕の狂気した部分を見せることになるからだ。単純な力の解放であれば、問題はないだろう。
要は戦っている姿さえ見せなければいいのだ。
僕らはホテルから茶沢通りへと移動した。
ここは安全区域なので、レリックモンスターは出現しない。かと言って、全員で安全区域から出るのも得策ではない。考えた末、僕はこの路上で覚醒した力を示すことにした。
茶沢通りにはいくつもの車が止められている。前に見た巨大なムカデのような形だ。
「三割程度の力で、周囲にある車をなぎ払いましょう」
僕はスキルを使わずに、闘気だけを右腕に宿した。闘気の放出するスキルはあるにはあるけれど、素の闘気だけでどれほどの破壊力があるのか見せたかったし、僕自身も体感したかった。
「行きます」
僕の背中に、みんなの視線が期待に満ちているのが手に取るように分かった。
硬く握った拳を、胸の前に運び、そのまま水平に振り払う。
右手から解き放たれた闘気は青い閃光となって車道にある全てを薙ぎ払った。
ゲーム『Relic』でも、闘気を解き放つスキルをもった闘術士は存在した。ゲーム画面でみるそのスキルはエフェクトの割には、効力がそこまで高いわけではなかった。
現実世界でみる闘気の放出もそれほどの高火力ないと想像はできる。
それが、どうだろう。
車道に停まっていた車は全て吹き飛び、原型すら認められないほどの大破していた。加えて、車道は巨大なスプーンで抉り取ったような溝を作り上げていた。
「真悟くん。これは……本当に三割なのか? 五割、いや八割ではなくて」
「三割です。しかも、ただ右手に溜めただけの闘気です。高密度に溜め込んだ闘気であれば、もっと違った効果だったでしょう」
大雑把に払っただけの闘気と、一点に集中させた闘気ではかなり違うはずだ。
僕は後ろにいるギャラリーの返事を待たず、もう一度、闘気を溜め込もうとした。
「真悟くん。もう、いいよ。よく、分かった」
僕は振り返ると、みな同じ目をしていた。
誰もが畏怖している。それこそ人知を越えた化物と相対したような怯え方をしていた。
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