064 『身勝手(セルフ・インダルジェンス)』
064です。
僕の嘘がばれないか内心冷や冷やしていたけれど、ノヴァさんは僕が約束をしてくれたことに満足している様子だった。
「ノヴァ。俺たちもその新しく移動したホテルに行きたいんだけどさ。場所はどこだ?」
「案内するわ。着いて来て」
ノヴァさんを先頭にして、僕ら二人は後に続いた。住所でいえば円山町なのだが、京王井の頭線沿いにある神泉駅付近はほぼ住宅街で、大きなマンションやビルが立ち並んでいた。しかし渋谷方面に一目向けると、派手及び地味なラブホテルの看板が見え隠れしていた。
神泉駅前にある踏切を渡ってから、商店街のような通りを抜けると茶沢通り付近にでることになった。ここもまた多くの車が衝突事故を起こしていた。さすがに大通りというだけはあって、上下線ともに玉突きの衝突を起こしていて歪なムカデが車道を占拠しているようにも見えた。
車道や歩道、そして首都高に設置された街灯の明かりはあるけれど、深夜を迎えてしまうと夜の闇を色濃く感じてしまう。
暗い夜道であるにも関わらず、ノヴァさんは道に迷う事無く、みんなが休んでいるホテルへと導いてくれた。
ホテルはJR線や私鉄の駅にある広告板やテレビのCMでもよく見かけるような大手グループホテルだった。渋谷駅から徒歩で二十分ほどの距離はあるだろうけれど、寝泊まりする分には十分な距離で利便性が高く国内外からの旅行客にはよく利用されていると聞いたことがある。
「けっこうでかいホテルなんだな」
カズさんがホテルを見上げながらいう。
「検索して一番近くて大きなホテルが此処くらいだったのよ。あ、そうだ。私、ここのホテルに行くようには伝えたけれど、みんなどの部屋に入ったのか知らないのよね」
「おいおい、いい加減だな。大丈夫か?」
「私は真悟さんたちとさきに話したかったから別行動したんだもの。それくらい察しなさいよ」
「鈍くて悪かったな。って、ここで立ち話するよりも中に入って話そうぜ。食堂があるって言ったよな。そこでまずは一休みしよう。部屋に入るのはその後でもいいだろ」
「じゃあ、カズヒデ一人で先に入っていてもらえるかしら?」
「なんで?」と、カズさんは意外そうな顔をして聞き返した。
それは僕も同じ意見だった。ノヴァさんとここで二人きりというのは、嫌な予感しかしないからだ。
「二人きりで話したいからに決まっているでしょう」
当然の回答にカズさんは簡単に引き下がった。
「そりゃそうか。しばらく独占していたしな。いいよ、お前にバトンを渡すわ」
「ありがとう。ついでとはなんだけど……ポニ子かハンプティ、虎猫でもいいわ。誰かに連絡してくれないかしら。私たちがここに到着したって」
「それくらい自分でしろよ」
「あのね。私たちはこれから二人で話がしたいの」
ノヴァさんの強気な態度にカズさんは「はいはい」と肩を竦ませて承諾した。
「てか、その密談してますよ的なことは、みんなに話していいのか」
「平気よ。そのことはラブホテルで別れる前に話をつけてきたもの。ここに到着したら、真悟さんと二人きりで話したいとね」
「ふーん?」
ノヴァさんの返答にカズさんは納得していなさそうだった。それに、僕に目を向けている。その視線を受けながら僕は首を傾げる。
「ポニテが素直に承諾したのか?」
「……」
ノヴァさんは無表情のままカズさんと目を合わせた。
よくよく考えてみればおかしな話だった。あの直情的なポニテさんが僕らの会話が終わったのを知っていて、会いにこないのは不可解だった。……恋人の関係になれたからっていくらなんでも自惚れ過ぎだろうか。
「お前たち二人の間でなにがあったのか聞かないことにするわ。どうせ他人が割って入る余地なんてなさそうだし。えーっと、とりあえず食堂に集まるように言っておけばいいか?」
「いいわ。よろしく頼むわね」
「あいよー。頼まれた」と軽い口調でカズさんが答えると、僕らに背中を向けて、ホテルの中に入っていく。
周りが静かなせいもあって、自動ドアが稼働する音さえも耳に届く。
ガタンという音と共に自動ドアが閉まると、静寂が訪れた。
いざ二人きりになると気まずさが出てきた。ノヴァさんとカズさんの関係を知っている上に、ノヴァさんが密かに僕を想っていた事実まで知っている。
下手な言動を起こせば死なないという約束が嘘だとバレてしまう。
「そう、緊張しないで。ここにはポニ子がいるから下手なことはしないから。安心して」
「え、ええ、あ、はい」
明らかに乗除不安定な受け答えをしてしまう自分が情けなかった。
「それで、二人きりで話したいことってなんですか?」
演技をする技術などないので、僕はいま思っていることをそのまま尋ねた。裏表のない質問であればこちらの心情を読み取られることもないだろう。
「歩きながらでもいいかしら?」
「え、ええ。はい」
「立ち話はそんなに好きじゃないの。何かをしながらでないと、どうも落ち着かないのよね」
「そう、ですね。でも、ここから遠くに行くわけには」
「安心して、このホテルの付近を少し回るくらいだから」
それならと思いながら、僕はノヴァさんの歩幅に合わせながらゆっくりと歩いた。
どれくらい歩いただろう。ホテル付近は高い建物ばかりで無機質さが漂っていた。だが、この辺りは人通りも交通量も少なかったのか、破損したところは見当たらない。変化があるとすれば、建物や地面はやはり異世界であるルーシェンヴァルラの建築物や植物と一体化していた。
「ポニ子にね。お願いしたのよ」
ノヴァさんは正面を見据えたまま話しだした。
「カズヒデとの会話が終わったら、二人きりで話せて頂戴って。そうしたら、ポニ子なんて言ったと思う?」
あまり考えたくなかったので「わかりません」と即座に言った。
「ポニ子はね。『私の真悟くんを取らないって約束してくれるならいいよ』だって」
「え?」
それって、ポニテさんはノヴァさんが僕のことを好きだということに気付いていた、と言うことなのだろうか。
「もちろん本気で言ったつもりは無いのだろうけれど、ポニ子のあの表情はどこか必死だった。……うすうす気付いていたのかもしれない。私の気持ちに」
ノヴァさんが急に足を止めたので僕は半歩ほど進んだ足を止めて、ノヴァさんに向き直った。
「あなたもポニ子同様に気づかなかった。二人して他人からの好意を気づけ無いなんて、どういう感性をしているのよって可笑しかった。でも、真悟さんの必死そうな姿をみて若いな、いいなって思っている内に私は自分の本心を誤魔化した。それなのに……二人が見事くっついた。滑稽よね?」
「ノヴァさん」
僕は彼女の名前をいうことしか出来なかった。
「大丈夫。私はポニ子との約束は守るわ。元々、恋はしていたけれど、実らそうなんて想っていなかったから。……おかしいでしょう? いい年して恋に踏み切れない女なんて。しかも、恋敵に後押しまでするんですもの。いろいろと引け目を感じていたのよ。私はポニ子みたいに天真爛漫な子じゃない。危なっかしさもない。私はいつも誰かに頼られる大人の女として見られていた。二十代ではあるけれど、ポニ子に比べたらもうおばさんよ……でも、それは表向きな理由。そんなマイナスなんて気持ち一つで覆すことができる。でも、出来なかった。言えなかった。私には身を引く大きな足かせがあった」
ゆっくりと丁寧に繋いでいた言葉が途切れて、軽い呼吸をした後、再びノヴァさんの桃色の口唇が開く。
「失った恋人を引きずっているから、新しい男性へ走れなかった」
僕は唐堂神社で戦ったノヴァさんの知り合いでもあるまほろという女の適応者を思い出した。ノヴァさんの失った恋人は、たぶんまほろの兄なのだろう。
「そう。真悟さんが思っている通り、まほろの兄が私の恋人だった人。そして私が殺してしまった愛しい人。なにがあったのかまでは言わないわ。いいえ、言えないの。一年経った今でも、ね」
ノヴァさんの独白を黙って聞き続ける。
「引きずっているとは言ったけれど、真悟さんが想像しているそれとは違うわ。彼のことを想って次に踏み出せないんじゃない。次に付き合う人も、また死んでしまうかもしれない、そんなありもしない強迫観念に追われていたの」
だから、なのか。
だから、ノヴァさんは「死なないで」と僕と約束を交わしたのか。
いまさらだけど、嘘をつてしまったことに後悔をした。ただ正直に、僕が死ぬこと告げることなんて、出来なかった。
「真悟さん。あなたが私のことをどう思っているのか、知らないわ」
ノヴァさんは声を震わせながら僕を見つめて言った。
ちゃんと答えるべきだと、判断した。
「ノヴァさん。僕は……」
僕の気持ちを言いかけると、ノヴァさんの人差し指が僕の口唇を塞ぐ。
「言わないで。けれど、私の言葉は言わせて」
僕は口唇を塞がれたままの状態で、こくりと頷くと、ノヴァさんの人差し指は離れていく。
「私は、あなたが、真悟さんが好きなの。どうしようもないくらい、好きなの。どこがとか、何故、なんて言わないで。疑問にすらしないで。そして、私の気持ちを疑わないで。ただ、受け取ってほしいの。それだけでいいから」
ノヴァさんの告白に頷く。
「ありがとう。真悟さんに『死なないで』と約束をしたのはね。もし私が恋人だったら死ぬかもしれないと思ったの。いまのまま、友達であれば真悟さんは死なない。馬鹿げた理由だけど、いまはそう信じたいの」
僕はどうしようもなく愚かだった。結局、僕は自分のことしか考えてなくて、独りよがりだった。その場しのぎの嘘をついて、こんなにもか弱い人の気持ちを裏切ってしまう。
ポニテさんもそうだ。僕は自分が死ぬことを簡単に受け入れてしまったけれど、ポニテさんの気持ちなんて、何一つ考慮していなかった。
内側から負の感情が湧き上がり、心をかき乱し、全身に流れる闘気が淀みだす。僕は暴走しだそうとする闘気の流れを再び無我の境地にはいることで抑えた。
「ごめんなさい。こんな重たい告白、聞きたくもなかったでしょう?」
目を閉じ、黙り続けていた事が誤解を招いたようだが、悪い意味でとらえてなかったのでよかった。
「そんなことありませんよ。嬉しいですよ。そんな風に思ってくれたのは、一人の男として嬉しいです」
「私みたいな女でもよかった?」
「……もしポニテさんと出会わずに、告白をされていたらということですか?」
「ええ」
「その時は──」
「ごめん。言わないで」
ノヴァさんは大きな声を上げた。
「ごめんなさい。大きな声を出して。どちらの答えを聞いても、後悔しか生まないような気がするの。聞いておきながら、申し訳ないのだけれど……」
「いいですよ。僕も心の内に潜めています」
「そうしてもらえると助かるわ。言われていたら、今度こそポニ子に嫉妬しちゃうから」
「笑えない……ジョークですよね?」
恐る恐る聞いてみると、ノヴァさんは小さく舌をだした。可愛らしい子供みたいな無邪気さがあった。
「さぁ、どうかしら?」
こういうところは大人なんだなと、感心してしまった。
「時間を取らせてしまってごめんなさい。本当は真っ先にポニ子と会いたかったでしょうに」
「ええ」
会いたかった。会って、たくさん話しがしたかった。それは、死ぬ前の、最後の思い出作りの為と考えていた。けど、こうやってノヴァさんと話すことで間違いだと気付かされた。
思い出を作った所で、肝心なその人がいなければ、悲しさを増すだけだ。
「戻りましょう。きっと食堂でふくれっ面のポニ子が待っているわ」
「そうですね。きっとポニテさんならそんな感じで待っていますよ」
ホテルの食堂がどんな感じの間取りで、テーブルや椅子が配置されているのかわからなかったけれど、ポニテさんが小さな苛立ちを抱えながら僕達の帰りを待っているのがありありと想像できた。
新たな迷いを胸に僕はノヴァさんと一緒にホテルへと戻った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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