063 『嘘(ライアー)』
063です。
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ネットカフェから移動してちょうどドンキホーテーに差し掛かった辺りで、前方からノヴァさんの姿が見えた。しかも一人で、だ。
僕ら二人を視認したノヴァさんがこちらへと駆け寄ってくる。
「二人きりのお話はもういいのね」
「ええ、いろいろと話せて良かったです」
「そう。ねぇ、カズヒデ。真悟さんに話してことは私には話してくれないのかしら」
「話せる範囲であればな。それより、他の奴らはどうしたんだ?」
「電話をした後ね。いつまでもラブホにいるのもという話になったから普通のホテルへ移動することにしたの。場所は安全区域内で茶沢通り沿いよ。大きめなホテルだし当然、食堂もあるからみんなで集まるもの便利よ」
「まあ、ずっと如何わしい場所にいても仕方ないからな。変な気分になるだろうし」
「別にお互いが良ければ体を重ねあわせても誰も文句を言わないわ。ラブホでも普通のホテルだろうとやることは一つだもの。子供じゃないんだし。ほら言うじゃない? 身の危険を感じるほど子孫繁栄をしたがるって。体を求め合うのは動物として自然よ」
女性の口からさらりと言われると、こちらもどう反応していいのかわからなくなる。戸惑っている僕を置いて、大人二人は話を続けた。
「うまい具合にカップルが出来上がったから、やることやってしまってもいいだろ。どうせ、真悟以外の適正者に出番なんてないからな。体力を温存するだけ無駄って話だ」
ノヴァさんが目を細める。
「カーニヴァルと戦ったあとも、真悟さん一人で戦うことになるのね」
「予想は、していたみたいだな」
「当然よ。カズヒデがあんな剣幕をしたら、誰だって気がつくわよ。これも予想ではあるけれど、真悟さんだけが戦う理由は覚醒した力を手に入れたからでしょう?」
ノヴァさんは覚醒仕立ての両腕と両足をまじまじと眺めた。
「真悟さんの両手脚をみれば、なおさらわかるもの。つまりごく普通の適正者である私たちに戦う資格がない、そうね?」
「そう、足手まといだ」
「……でも、あんたは一緒に戦うつもりなんでしょう?」
ノヴァさんの一言で、カズさんの体がピクリと反応した。
「カズさん!」
僕の隣に居るカズさんを凝視したが、言われた当の本人は素知らぬ顔でいた。
僕とノヴァさんに見つめられていたカズさんは突然、鼻で笑って腰に両手をあてた。
「そんなわけあるか。ノヴァの笑えないジョークだよ。そうだろ、ノヴァ」
「普段の行いが悪いせいかしら。本気で言っても、こういう時に信じてもらえないのは辛いわね」
ノヴァさんは本気でカズさんが僕と一緒に戦おうとしていると思っている? いや、でも、カーニヴァルや『境界を越えた者』と戦えないと言っていたのはカズさん自身であり、白の創造主と話しているからこそ、命を落としかねないことくらい重々理解しているはずだ。
「二人とも、そう睨まないでくれよ。俺は絶対に戦わない。普段、神に誓わない俺が誓おうじゃないか」
「知っているでしょう? 私も信心深いわけじゃないの。そんな不確定な存在に誓ってもらっても困るわ」
「じゃあ、誰に誓えばいいんだ?」
「人である私たちに決まっているでしょう?」
ノヴァさんは腕を組んでカズさんを見下ろすように見つめた。
「そりゃそうか。では、誓いし直そう。ノヴァと真悟に誓おう。俺は黒の創造主に関わる全てと戦ったりはしない」
「しかと受け取ったわ。もし約束を破ったら、覚えておきなさいね」
「おお、怖い怖い。真悟、こういう女に引っかからないように気をつけな」
「あら、ポニ子も大概よ? 知らなかったの?」
「マジで? うわぁー、ご愁傷様」
カズさんは僕に両手を合わせた。
「やめてくださいよ。ポニテさんのことを悪く言わないで下さい。僕はあのままでいいと思っているんですから」
「へぇー、尻に敷かれないように気をつけな」
カズさんは僕の背中を力強く叩いていたが、しかしその手はすぐにノヴァさんに掴まれた。
「ねぇ、カズヒデ。私がいつあなたを尻に引いたのかしら?」
よっぽど力強く掴まれたのか、カズさんは腕を持ち上げられながら「イタタタ」と小さく叫んだ。
「そうは言ってないだろ!」
「話の流れからしたら、私が轢いたみたいに聞こえるのだけれど? これは私の勘違いかしら? どうなの? カズヒデ?」
「だから痛いっての!」
そんな仲睦まじい光景を眺めながら、ネットカフェでリリィが目覚めるまでの間にカズさんと話していたことを思い出す。カズさんとノヴァさんの関係についてだ。ゲームをしていたころから怪しいかなとは思っていたけれど、実際は一度目のオフ会が開かれるまでは二人はただのネットフレンドだったらしい。
それから一ヶ月と経たない頃、二人は偶然に町中で出会した。酒を飲み、お互いの身の上話をして、恋を置き忘れた大人同士ということで、自然と体を交わらせた。寂しさを紛らわすための、大人なお友達関係だと聞かされた。関係は二ヶ月続いて、今はただのお友達だと言っていた。
僕としては本当にそういう関係が成立するのかはなはだ疑問だったけれど、恋も、愛もないただの寂しさを埋めるためだけの行為は大人には必要なのだと知らされた。
こうして子供な僕はひとり会話に入れず置いてけぼりをくらっているのだけれど、はたから見てもこの二人はお似合いに見える。そう思うが故に、割りきった関係だった二人がどこか痛ましくも思えた。
二人は揃って互いを恋してないし、愛してもいない。
だから、本当は恋をしたいのだ。ちゃんと人を好きになりたいと願っている。ネットカフェで話していたあの時、カズさんは一人の女性を恋人としたい告白した。ただノヴァさんは恋人にする相手ではなかった。そしてノヴァさんにも言えることだとも言っていた。
ここだけの話だがと、カズさんは言った。
これまでノヴァさんの冗談だと思っていた僕に対する誘惑紛いな言動は、実は、本気だったのだと。それを聞いてまさかと反論をしようとしたが、カズさんは否定した。
僕がポニテさんに一筋なのを知っていたからこそ、冗談交じりに言えた。笑えないジョークに出来た。結果的に、僕とポニテさんは恋人関係になることになったのだが、ノヴァさんはどんな風に受け取ったのだろう。
自惚れるわけじゃないけれど、ノヴァさんは僕だけでなく、ポニテさんにもいろいろと思うところがあったのでは無いだろうか。好きなのに身を引くことができるなんて、今の僕にはまだ難しい選択だった。
なにより、僕も複雑な心境だったと言いたい。カズさんとノヴァさんは恋人関係でもないのに、肉体関係を持っていた。本当に好きな人がいるのに、その体を他の誰かに、異性に抱かれ、抱くのは、どんな気分なのだろう。
これが大人の割りきった関係だと言われれば、はい、そうですかと頷くしかなかった。
おそらく、納得がいかない僕を見て、カズさんは次のようなことを言って諭した。
人は誰かのものではない、様々な過去を経験した上でいまの自分がいる。過去にどんな人と関係を持っていても、その人であることに変わりはない。受け入れられない人もいるだろうけれど、過去は過去だとして、目の前にいる人を好きになって、愛せばいい、過去を蒸し返しても何も始まらない。
では、どこから始めればいいのですか、と僕はカズさんに聞いた。そして、返ってきた回答は「当人たちの問題だ」と放り投げた。
「真悟。呑気に見てないで止めろよ、お前!」
考え事をしていた僕にカズさんの救難信号が届く。
「ああ、すみません。えっと、ノヴァさんその辺にしてあげて下さい。カズさんも悪気があったわけじゃありませんから」
「真悟さんがそういうのなら、仕方ないわね。カズヒデ、真悟さんに感謝しなさい」
ノヴァさんはカズさんの手を解放させると、念押しにひと睨みした。
「サンキュ。真悟。やっぱ持つべきは友達だな」
「こんな事くらいで友達なんて言わないでくださいよ」
「でも、友達だろ?」
「まぁ、そう……ですけど」
カズさんとノヴァさんの関係について考えていたことが嘘みたいに消え去った。それもそうだ。友達だろうと真正面から言われたことなんて一度も経験したことが無いからだ。同年代の友達なんてほとんど居なかったから、面と向かって言われると戸惑いを隠せなかった。
「んだよ。歯切れが悪いな。いいけどさ」
「それで」
ノヴァさんが今一度、カズさんと面と向かって言った。
「戦わないと誓ってくれたのはいいのだけれど、まさか真悟さんだけでカーニヴァルや後に控えた敵と戦うことが密談内容の全てとは限らないわよね?」
「まさか、ノヴァさんは『境界を超える者』の存在を知っていたんですか?」
「いいえ。初めて聞いたわ。そう、それが新たな敵の名前ね。その辺の話も聞かせてくれるかしら? そうね。カズヒデではなく、真悟さんからお願いできるかしら」
『境界を超える者』の話はごく簡単に説明した。棺の場所で死んだ適応者がガルズディアと融合する。僕ら適正者からすれば規格外の敵となること。そして、唯一、対戦、対向、勝利する可能性があるのが覚醒した適正者であることを話した。
「確かに、荷が重い話ね。二人きりで話すのもわかる気がするわ。それに、真悟さんも雰囲気が変わったものね」
それは見た目の変化を指しているものではないと察した。
「わかってしまいますか?」
「なんとなくは、ね。ネカフェの前で別れる前と今とでは、凄みが違うもの。一言でいうなら、適応者の気質と似ている、といった感じかしら?」
さすがに見破られたか。
「ええ。こうでもしないと、完全な覚醒に近づけなかったので。僕の中に眠っていた狂気を認め、そして受け入れただけの話です」
自然にと振舞っていても、気づかれてしまってはもう隠す必要もなかった。
どうせ『境界を越える者』を倒して、元の現実世界に戻れば、僕は死んでしまうのだし、いいのかもなと思っていたら、ノヴァさんは両腕を伸ばして、僕の頭を両手で優しく掴むと、そのまま自分の胸の中に落とし込んだ。
こんなところをポニテさんに見られたらと焦っているとノヴァさんの甘い声が頭上から囁かれた。
「大丈夫。ポニ子も別のホテルへ向かったわ。だから、このまま私の胸に収まっておきなさい」
「いや、でも……」
カズさんとの関係を聞いたあとでは、どこか気が引けてしまう。なんだかんだで二人は体を求め合った仲なのだから、ノヴァさんが良くてもカズさんは……僕は横目でカズさんを見ると、呑気に欠伸をしていた。
本当に割り切っているのだと驚いた。脱力したことを抗うことを諦めたと誤解したノヴァさんが、さらに胸の中に僕を押しこむ。
「苦しくない?」
「大丈夫です」
「そう。よかった」
息苦しさを感じないことが「よかった」のか、別の意味があったのかは、判断できなかった。ノヴァさんの気持ちは、ノヴァさんだけが知り得ていればいい。
「ねぇ、真悟さん。どうして戦えるの? 異世界と一体化してからあなたは強敵と戦ってきた。運悪く、適応者に目をつけられ、苦しい思いをし続けてきた。私たちを見放すことだって出来た。もちろん、あなたが優しくて素敵な男の子だから、見捨てないとわかっているけれど……でも不思議なの。なぜ、戦えるの? ポニ子の為? 私たちの為? それとも自分の為? 真悟さんの本心を聞かせてくれるかしら」
後頭部に感じていたノヴァさんの両手が離れる。自由となった体を正して、憂いたノヴァさんと顔を合わせる。
「もうノヴァさんが言ったじゃないですか」
「……どのことかしら。きちんと真悟さんの口で言ってくれないと、私、わからないわ」
「僕は、適応者と同じなんです。これは本心ではなく、本能です。僕は戦うことを求めている。殺しあうことを望んでいるんです。答えは、歪んだ欲望を満たそうとした自分のためです」
「もう、元には戻れないの」
元に戻る。覚醒する前に戻れるのかということか。どうだろう、考えもしなかったことだが、僕の覚醒した本能は告げている。後戻りはできないと。
ノヴァさんの期待には応えられそうになかった。なので、沈黙を通した。
「そう……わかったわ」
「ノヴァさん」
「真悟さん、ポニ子みたいに……私にも約束を交わしてくれないかしら?」
「内容にもよりますよ?」
僕はわざと明るく言ってみた。そうしないと、僕の前にいるこの人が泣き出しそうだったからだ。
「死なないで」
頭の血が引き、心臓を握られたような息苦しさを感じた。
「死にません。約束します」
「信じてるわ」
ノヴァさんは僕の嘘に騙され、笑った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は16/1/2です。




