056 『死の宣告(センテンス・オブ・デス)』
056です。
※ 12/21 誤字修正
心の底から、カズさんと二人きりで良かったと思う。こんな姿をみんなに、誰よりもポニテさんには見せられるはずがなかった。
カズさんが手に入れた情報がすべて嘘だと思いたかったが有りえないと小さく首を振った。異世界化の現象は全世界、だいたい百以上の場所で起きている。
僕はカズさんが使っていたノートパソコンに目をやる。時刻はすで二十三時三十二分を示していた。この異世界化が始まって十時間半も経過している。すでに異世界化した現実世界を取り戻した適正者たちがいるかもしれない。
かもしれないではないのか。国内外のどこかの場所で、現実を取り戻したから、覚醒した適正者が死ぬという情報がでているのだ。
おそらく、カーニヴァルのような適応者によって覚醒させられた適正者がいたのだろう。そして、無事に『Relic』の世界から現実世界に戻した。
そして、覚醒した彼もしくは彼女は死んだんだ。
僕もその一人になってしまう。
カズさんに言いたいこと、聞きたいことは一つだけあるのだが、口が思うように動かなかった。カズさんにしてしまった蛮行を、いまさらながら悔いるからだろう。無意識にも俯いた姿勢にしていたのは、カズさんと正面をきって目を合わすことを怖れているからだ。
「カズさん」
ようやく声がでたけれど、自分でも驚くほどか細く聞き取りにくい声だった。早く続きを言えと僕は僕を叱責する。
「おう、ここに居るし、なんでも言えよ。俺はお前の言葉を待っている」
カズさんは普段通りに受け答えをしてくれた。僕の闘気を放った拳の攻撃も、彼の両襟を掴んだことさえもなかったことにして、普通にしてくれている。
怒りをぶつけられるよりも、普段通りに接せられるほうがよっぽど堪えた。
しばしの沈黙。目の前にいるカズさんは僕の言葉を待つと言ってくれた。
言わなければ、聞かなければいけない。
「さっきの話、ポニテさんにもするんですか」
僕は僕自身のことよりも、ポニテさんのことが気掛かりだった。彼女は『Relic』で一緒に遊んでいる時から向こう見ずで無鉄砲、頭で考えるよりも体が先に動く。ゲームなのに体が動くという表現はおかしいけれど、勝手に行動してしまうのだ。
僕はそんな彼女が放っておけなくて、いつも助けに行った。案の定、いつも死にかけていて、僕がいなければ簡単に死んでいた。
そのポニテさんの行動は、異世界化し、ゲームの中にいたレリックモンスターと対峙していても同じだった。無茶ばかりする彼女を、やっぱり僕は助けてしまっていた。放っておけないのだ、僕の大切な彼女のことを。
「もし僕が死ぬとわかったら……ポニテさんは何をしでかすのかわかりません。いえ、わかっているですけど。きっと、あの人は僕と一緒に死ぬかもしれません。それくらいの気持ちを持っている人です。それはもう、これまでの戦いでいやというほど知りました。ポニテさんは重い女だと言っていましたけど、僕からすると、僕のために発言し、行動してくれることが嬉しかったんです。殺されかけたりしても、強気でいたり、気に入らないことがあると簡単に切れる。ははは、本当に手のつけられようのない女の子ですけど……でも、そんなポニテさんが僕は好きなんです。僕のどこが良かったのか、わからないけれど、ポニテさんも僕を受け入れてくれました。あれ……なにを言っているんだろう。すみません、なんかぜんぜん頭の中が整理されなくて……思ったことを口にしている状態で」
あれっと不思議に思った。頬が濡れているのだ。これはなんだろうと思って指を当てるとそれは温かい涙だった。
いつのまに泣いてしまっていたのだろう。人前で泣くなんて、中学生以来かもしれない。しかもよりにもよってカズさんの前で泣くなんて、恥ずかしい。僕は涙を堪らえようと、耐えようと、頭の中で支持を出しているのに、体は言うことを聞いてくれなかった。
気が付くと僕は嗚咽と共に涙を止めどなく流した。
「お前もいろいろあったんだし、泣けるときに泣いとけ」
ぶっきらぼうな言い方が、僕にはありがたく感じられた。
大粒の涙を零すのと比例するように、感情の波が引いていき、平常心を取り戻せるようになった。
「落ち着いたか?」
「ええ。それなりには」
洟をすすりながら顔を上げる。目の前にいるカズさんは微笑んでいた。
「ハタチにもなって大泣きしたのがそんなに面白かったですか?」
ここは一つ嫌味なことを言っておかないと気恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
「まさか。そうじゃない。感心していたんだ」
「感心? あんな泣き方をしたことにですか」
「真悟が泣く前に言ったことだよ。お前、覚醒した適正者が死ぬと知った後の第一声がなんだったか覚えているか?」
「それはもちろん」
ポニテさんに僕が死ぬことを話すのかと訊ねたことだ。しかし、これのどこがカズさんにとって感心するに至ったのかわからなかった。
「普通の人間はさ。自分が死ぬと宣告されたさっきのお前みたいに取り乱すのは当然だ。だが、それは自分が死ぬことに対しての感情起伏だ。だが、お前は違った。自分の死を受け入れた上で、ポニテのことだけを考えた。俺はそこに感心したんだよ」
カズさんの言いたいことは理解できたけれど、どうも僕にはしっくりこなくて首をかしげた。
「それは……まぁ、僕が死ぬのはもう変わりようが無いですし、受け入れるしかありませんよ。でも、僕が死んでしまったらポニテさんがどうするのか気になって、その心配になったから」
また思ったことを口にしていると思っていた矢先に、カズさんは笑いながら僕の肩を強く叩いた。
「そこだよ、そこ! 俺は真悟のそういうところが好きなんだよ。裏表なしに自分の感情を口にできるところがよ。もっと大人になったらそういうことは口にしないのさ。保身やら、しがらみやら、いろいろとあるんだよ。大人っていうのは」
「……はあ」
気のない返事をしたにも関わらずカズさんは笑ったままだった。
「お前は確かに善人じゃない。かといって偽善者でもない。ニュートラルに自分と他人を公平に平等に俯瞰視できるんだ。それが出来た上で、自分以外の誰かを想ってやれる……そういう人間性を持った奴はそうそういないぜ」
「なんとなく褒められているのはわかりますけど。僕の人間性ってそんなにいいものですかね」
「良い悪いなんてこの際、問題にはならない。お前という個人がしっかりしていたらいいんだっていうことだよ。もしもお前がポニテや他のみんなの存在を忘れ、自分だけの心配をしていたら、ぶん殴っていたよ」
「死の宣告をしておいて、そんな仕打ちはないんじゃないですか」
「でも、お前は違った。殴られなくて良かったじゃないか」
「はあ……」
カズさんが僕に何を伝えたいのか、未だに掴めないのだが、納得しておくことにした。
「まぁ、そう言ってくれたおかげで、俺も覚悟が出来たよ」
とても小さなか声で、自分に言い聞かせるような口ぶりで、カズさんは呟いた。
「覚悟ってなんの?」
「それはこっちの話だ。そんなことよりも、この話をポニテにするかしないかだったな」
「はい、そうです。僕が死ぬなんてことをポニテさんが知ったら、それこそ僕以上に取り乱しますよ」
「安心しろ。ポニテにも、他の奴らにも言わない。このことを知っているのは、ハンプティだけだ」
「でも、この情報ってもう『R』の掲示板にも流れているんじゃないですか? ポニテさんも僕と同じで『R』を起動して掲示板なんか見ない人ですけど、万が一ということもありますよ?」
「その点は安心してくれ。この情報はまだ『R』上では流れていない。俺がこの話を聞いたのはチェイスからだけだ。あいつもいろいろと配慮して掲示板には流さずに、俺たちに教えてくれたのさ」
ひとまずポニテさんにこの話が漏れることがないとひと安心して胸を撫で下ろした。
「チェイスさんでしたっけ。この人がいたところはもう通常の現実世界に戻っているんですか?」
「あー、ちょっと話がややこしいんだが……チェイスは『Relic』のプレイヤーではあったんだが、異世界化した区域にはいないんだよ。こいつは初めから外の世界にいる。でも、チェイスの友人が俺らと同じように適正者となって中にいたんだ。情報源はその友人らしい」
「ああ、携帯や通信機器は異世界化した区域からでも使用可能ですもんね。じゃあ、その友人という方が教えてくれたと……ということは、少なくとも一箇所は元の現実世界に戻ったというわけですね」
「一つじゃない。全世界で異世界化から元に戻ったのは現時点で四つだ。アメリカのニュージャージー、スウェーデンのマルメ、ドイツのハンブルク、スペインのトレドだ。大きな州、街の名前で言ったが本当はもっと小さな場所でリンクした世界が起きていた」
「それだけでも十分です。それに詳しい地名を知った所であまり意味無いですから」
「だな。しかし、国は違えど四つの場所は元の世界に戻ったわけだ。逆に完全に異世界化してしまったところが全世界で八十箇所ちかくある。どういう意味か、わかるよな」
リンクした世界にいた適正者が全員死んだことを意味している。
「おそらくなんだが、異世界化してしまった八十箇所のうち二割はカーニヴァルの仕業だと思っている。あいつは適正者を覚醒させるため、さんざん殺し回ったらしいからな。試行錯誤の上、適正者を殺さずに覚醒させる手段を手に入れて、奴はこの日本に舞い戻ってきたわけだ」
「悪魔の申し子みたいな男ですね」
「バカ。アイツは悪魔そのものだ。なんにしても、外は大騒ぎだ。すべての発端である『Relic』の存在、今日のイベントに参加しなかった元プレイヤーたちの阿鼻叫喚の声、それらの情報をここぞとばかりに奔走するマスメディアの奴らが滑稽だよ。ついでにいうと、社会情勢はぐっちゃぐちゃだ」
「リンクした世界が元に戻っても、混乱は続きそうですね」
「それは俺たちが考えることじゃない。各国の政治家や企業の偉い奴らが頑張ればいい」
話が飛躍し、外の世界で何が起きているのか、カズさんはそれとなく教えてくれたが、僕ら知るべきこと、話すべきことは混沌としている外の世界よりも、リンクしたここだった。
「いろいろと脱線してしまったが、覚醒してしまった今のお前に言えることは一つしか無い」
和やかに話していたカズさんの顔が引き締まり、眼光鋭く僕を睨む。
「戦ってくれるか?」
「はい」
「……死ぬとわかっていても?」
「──はい」
「オーケー。じゃあ、次の話をさせてもらうぞ」
「やけにあっさりと話題を変えますね」
「もうこのことに関して話すことは無いんだよ。それとも、覚醒しても生き残れる方法が知りたいのか?」
「ちょ! あるんですか!」
「あるにはある」
死の宣告を受けた時よりも冷静ではあったけど、カズさんに対して怒りのゲージは高まった。
「なんでそれを早く──」
「自分の妖精を殺せば助かる」
頭に登っていた血が引いてく。
「適応者になれば生き残れる、そういうことですか?」
「なぁ、最低な生き残り方だろ? 適応者になればお前は生き長らえる。俺たちを裏切ってでも生き残りたければ」
「僕はリリィを殺したりしません!」
心なしか、ポケットの中にしまいこんだスマートフォンが震えた気がした。僕らの会話はスマートフォンの中でも聞こえているはずだ。
リリィ、安心してくれ。何が合っても僕は君を殺すことは絶対にありえない。
「知ってるよ。けどよ、もしお前が自分の命が惜しいと泣き叫んでいたら、ぶん殴って、この話を教えたよ。そして説得してた。そんなことにはならないだろうと九割は信じていたんだからな」
一割は信じてもらえなかったらしい。
「てなわけで、覚醒した適正者が現実世界に戻っても死ぬというお話はここまでだ。それとも、もっとこの話題で陰鬱な気分になりたいか?」
「もうお腹いっぱいですよ。こんな短い間に感情の起伏激しく動かされましたから」
ポニテさんに知られなければそれだけで御の字だ。
「次は一つ目にいったこと。覚醒したお前の力についてだ。これはカーニヴァルだけでなく、その後に控えたボス攻略にも重要なことだ」
「それは二つ目の棺と番人、ガルズディアに関したことですか」
ボスと言われれば、代々木公園の真上に封印された状態で現れたガルズディアしかいない。だが、カーニヴァルはガルズディアがボスではないような口ぶりだった。
「そう先を急ぐな。この覚醒した力をちゃんと使いこなさないと、カーニヴァルすら倒せないかもしれないんだぜ?」
「そうはいいますけど。本気ではなかったとはいえ、カーニヴァルを瀕死の状態まで追い込んだのは事実です。あの男の言葉を信じたくはありませんが、僕とカーニヴァルの力の差はほとんどないって」
「真悟、その覚醒した力を使いこなせていると本気で思っているのか?」
そこまで言われると自信を無くしてしまう。
「まずはお前がどの程度の力を手に入れたのか知りたい。リリィを呼び出してくれ」
僕は言われるがまま、ポケットからスマートフォンを取り出してリリィの名を呼んだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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