020 『狂戦士(バーサーカー)』
020です。
※10/15 誤字修正
黒い歪から出てきたその手は力強く、少しでも闘気の循環を緩めると粉々に砕かれてしまいそうだった。
適応者の姿は徐々に黒い歪から現しだした。見覚えのある顔、剣術士の黎王だ。
「なんだ、あんたか」
黎王は僕の顔を見るなりボソリと感想を述べた。
面倒臭そうな顔をしたのも一瞬のこと。黎王は掴んだ僕の右手をさらなる圧をかけて握りしめる。これ以上、握られていると危険だと察して黎王から右手を強引に振りほどいて、一定の距離を置いた。
僕の振りほどいた力に驚いているのか、黎王の動きが鈍い。この隙を付く。僕は闘気を上昇させて、攻撃と防御を高めた。スキルを発動させてもいいが、闘気が篭っている通常打撃でもダメージが通る。
今度はこちらが先手を打つ番だと思った矢先、僕よりも先にポニテさんが動いた。
またこの人は勝手に動いてと悪態を付きたかった。こうなれば二人で叩いたほうがいいと判断した。黎王の止めは僕が刺せばいい。
僕も遅れて黎王に攻撃を与えるため突進した。すると、黎王の左手には『Relic』で見たことがない、黒い玉を持っていた。
僕も、そしてポニテさんも黎王に突っ込むのを止めた。得体のしれないアイテムを前にして攻撃に出るのは得策ではない。
黎王はこちらの対処を読んでいたのか、なにも言わず手にしていた黒い玉を僕らに見せ付ける。
「闘術士シンゴを除く三名を牢獄へ」
言い終わると同時に黎王は黒い玉を砕いた。すると三人の悲鳴が上がった。
三人は狭い鉄格子の牢屋に閉じ込められている。黒い玉を壊す前に行った言葉がそのまま具現化している。なるほど、そういうアイテムなのか。
「お前の名前を知ることができたのは幸運だった」
「勝算がない戦闘はしない主義では?」
「四体一ではという意味だ。お前一人ならどうにかなる」
「三人を解放する方法は?」
「俺を殺せば開放される。シンプルだ」
「設定では棺破壊の後に番人がでる。なのに、適応者の出現はイレギュラーだ。黒の創造主というのは自己都合でルールまでも捻じ曲げるのか」
「正論のつもりか知らないが……世の中、理不尽で不公平だ。ルールを守っている方がバカをみる」
「現実を受け入れられない引き篭もりみたいな主張だ」
「実際、俺は引き篭っていた。すべてを失った。暇つぶしに始めた『Relic』で溜まっていた鬱憤を晴らした。PKをすることでな」
黎王のリアル事情は知らないけれど、そんな身勝手な理由で楽しんでいる人達の迷惑をかけていいことにはならない。
「喋りすぎた。お前には関係ないことだし、俺はもうそちら側の人間であることを辞めた」
「だから、適応者になって現実の世界で人殺しをするなんて、それこそバカげている」
「……俺がお前に求めているのは、説教じゃない。殺し合いだ」
黎王は剣を構えた。ルイガと同等の力と技術を持っていると予想はしているけれど、剣先を向けられると怯んでしまう。殺し合いを楽しむという点ではルイガと黎王は同じではあるけれど、この男にはルイガとは別の凄味があった。
黎王は両手持ちにした剣を水平にして突進してくる。剣道で言う突きに似た動作だ。僕は内気功・金剛を発動しつつ、その剣を捌いた。剣先と腕の可動部分、目の動きからして、急所を狙ってくるのは予想できた。手甲に傷はついていないけれど、捌いたほうの腕は痺れている。
金剛を発動していなければ、武器だけでなく肉体も傷つけられていただろう。
「硬いな。良い防御スキルを体得しているみたいだ」
「褒められても嬉しくはない」
次はこちらから動いた。いま僕がレリック武器のスロットに入れているスキルは攻撃主体の外気功と防御の内気功が二つずつある。
外気功の攻撃スキルは上級や中級のレリックモンスターを想定したスキルセットだったので、対人向けではない。なので、一撃必殺ではなく手数で向こうを凌駕するしかなかった。
闘気を乗せたこちらの通常攻撃を当てに行こうとしても、黎王の鋭い剣が追撃を許さなかった。懐に入ろうにも、剣の威圧により近づけない。いつの間にか僕は防戦一方に回され否応なく金剛を使うことになった。
黎王は通常攻撃の合間にスキルと思われる斬撃をだしてきた。剣先に溜め込んだ闘気を斬撃に変えて放出と言ったスキルもあれば、地面に剣を突き刺して地割れを起こすといったスキルなども使った。
それでも脅威となるのは、通常攻撃の急所狙いだ。黎王の間合いに入ってしまうと容赦なく急所を攻撃してきた。
黎王が放つ横一閃の剣が僕の首を狙う。ぎりぎりの所で交わしたつもりだったが熱い液体が首から流れ出している。軽く指の腹でなぞると一直線の傷が首筋にできていた。
金剛を使っていても、傷ができる。それは黎王がレリック武器に纏わせている闘気が、僕の金剛よりも上なのだ。
「ここまでやって、ようやく首の皮一枚か。流石に強い」
余裕あるその顔が腹立たしかった。こちらはダメージと入れたという感触を手に入れていない。
同じ近接職でも間合いの違いで戦い方はかなり異なる。向こうは適応者となって何人の適正者と戦ってきたのかわからないけれど、経験の差もある。適応者を殺す覚悟があっても技術と経験がなければ勝敗の行方は歴然となる。
経験か。
構えることを放棄して棒立ちした。
「戦意喪失か、それとも大技を狙っているのか?」
僕の行動に意表を疲れたようだが、黎王はいたって冷静に分析している。
「真悟くん!」
「なんでだよ! あんたならまだ戦える」
「シンちゃん、ダメ。諦めないで!」
みんなの言葉が耳に届くけれど、僕の考えは変わらない。
「捨て身のカウンターも考えられる。が、それは無駄だ」
あれほど戦闘中のお喋りを気にしていた男が流暢に語り出す。
「これはお前に対しての情けだ。カウンターと言うのは相手の初撃をいなすか受けてからの隙を付いた攻撃だ。俺にはその隙を生じさせない二段、三段攻撃を繰り出すスキルがある。カウンターを発動しても無駄に終わる」
「その隙を生じさせない攻撃とやらをしてくればいい」
「そうさせてもらう」
両手持ちにした剣で切りかかってくる。僕の煽りに苛立っている。
黎王の繰り出される斬撃はしかし僕の体に当たることはなかった。能面のような黎王の顔に初めて焦りが見え始めた。当然だ、僕は避けることだけに集中している。
「なぜ、攻撃してこない。戦おうとしない!」
「戦っているさ」
「この一方的に避けることが、逃げることがお前の戦いだというのか。違うはずだ。お前の本性は圧倒的な力と技術を使った戦いだ。ルイガのように殺意を持って俺と戦え」
ああ、そうかと、合点がいった。彼らは狂戦士なのだ。現実を受け入れられず、逃げる代わりに破壊に走った。
焦りが苛立ちに代わり剣筋が大振りに変わっていく。そろそろ頃合いだが、あともう一つ、決定的な攻撃がほしい。
「うろちょろと……これは逃げられんぞ」
黎王の動きが早くなった。すると視界にはいる全範囲から闘気による刃が飛んできた。
「確かに避けることはできないな」
でも、その斬撃に似たスキルは既に見せてもらっていた。
僕は両手脚に溜め込んだ闘気で、黎王の斬撃に向かって打ち込んだ。面白いように僕の攻撃は闘気の刃を相殺させていく。
「そんな、バカな……アイツは!」
と、驚愕の言葉が聞こえるくらいの距離、つまりは彼の背後に僕は立っていた。
僕はルイガを殺した時と同じように、外気功・拳撃を放った。剣の刀身を破壊し、両腕の骨を砕いた。拳撃は五回攻撃だが、残った攻撃はキャンセルさせた。
自力で持ち上げることのできない腕をだらりとさせながら、黎王が僕を睨む。
「これが狙いだったのか。いいや、俺とお前の戦闘能力はかなり差があったはずだ。それなのになぜあんな戦い方をした」
黎王のいう戦闘能力は漫画やアニメでいうような数値化された意味合いではなく、純粋な戦闘に長けた判断と実行といった素質のことを言っている。
しかし、そんなことを言われても、僕は格闘技や誰かと生身で争った経験など無い。責められても、僕には首を傾げることしか出来なかった。一つだけ答えられることがあるとすれば、これだけだ。
「ずっと戦っていたさ」
「どういう意味だ?」
「動き、攻撃の仕方を見ること。観察することで経験を積みたかったんだ。確かに倒す方法は既に決めていたけれど、戦うという技量経験が足りなかった。僕の攻撃をどのようにすればいいか、決めかねていたんだ。だから、見ることに回って機会を待っていた」
「逃げではなく見に回る戦い方か……お前は危険だ。お前を生かしていたら更に化ける」
「できれば、僕が一人の時に殺しに掛かってくれ。他人を巻き込みたくないから」
「言わなかったか? この世は理不尽で不公平だと。早々お前の望むことなど起きないと知っておけ」
こうして戦い、会話をすることで黎王という人物が感じ取れてきた。僕が一思いに殺せなかったのも、どこかで理解していたからだ。この人は、適応者としてルイガやカーニヴァルと違う立ち位置にいる。
「……あの三人を開放すれば殺さない」
「今更、人殺しが嫌になったか? それとも仲間の前で人を殺すことが怖いのか? 情けなど不要。俺は殺し合いをしたいんだ。殺す覚悟もあれば、殺される覚悟もある」
「あんたはそれでいいのか? カーニヴァルという男はこちらの人間を裏切ると言っていた。その答えが本当に正しいと言い切れる? 直感だけど、あんたは違う気がする。それとも僕の思い過ごしであんたもカーニヴァルやルイガみたいな適応者なのか」
「……棺に一つに付き、現れる適応者は一人だ。しかし、戦闘不能となり一定時間を越えれば、新しい適応者がここへ来る」
「本当なのか?」
「信じなくてもいいがな。ただ、カーニヴァルと一緒にされるのは御免だ。ルイガもカーニヴァルも現実社会に絶望して、この世界を破壊し殺戮したいだけだ。俺は、俺の望みは強い相手と戦うこと……モンスターではなく人と戦いたかった。命を削りあうような戦いを望んだ。俺は現実を憎んだんじゃない。戦うことができなくなった自分を憎んだ」
「リアルでなにが」
僕の問いに黎王は鋭い視線を向けた。話す気はない、そういう意思の現れでもあった。
「喋りすぎた……殺せよ。時間がない」
僕は二つ目の攻撃スキル、外気功・滅を放った。これは殆どの闘気を使い切る代償に敵を瞬時に消滅させることが可能だ。即死技ではあるけれど、条件がある。低ランクもしくは著しく弱っている状態でしか、消滅させることが出来ない。番人に使う予定ではあったけれど、ここで使うほうが良いだろう。
黎王に対する情けは、多分これだと思ったからだ。
外気功・滅を黎王の胸部に打ち付ける。強く当てる必要はない。当てればそれでいいのだ。
黎王が消滅する間際、なにか言葉を発していたが聞き取れなかった。彼の顔半分は既に消え去っていたのだから。
肉体的な疲労はなかったが、疲れたと感じた。ルイガを殺した時のような不快感はなかったけれど、表現しがたい何かが残った。
「真悟くん」
顔を上げると、牢獄から開放されたポニテさんたちが立っていた。
「もう、怖い、怖くないの話は無しですよ」
「わかってる。言いたいのはそんなことじゃない。黎王との会話、聞こえていたから」
「そうですか……」
「人間をやめて適応者になるとか、カーニヴァルってやつは言っていたけれど、人間のままってことだよね。適応者にもいろんな奴がいる。たぶん、黎王は例外中の例外だとは思うけど」
きっとそうだろう。黎王こそ稀で、大半の適応者はルイガやカーニヴァルみたいな奴ばかりな気がする。そんな奴らに、好き勝手させたくないし、殺されたくもない。
「棺を壊しましょう。ここを早く壊して、次にいかないと」
いつまでも感傷に浸っている場合ではなかった。いまは一つでも多くの棺を壊さなければいけない。
「なぁ、シンくん。棺と番人は俺たち三人でやる」
ハンプティさんが無茶なことを言い始めた。
「だから、シンちゃんはあたしたちの戦いを見てて」
「虎猫さんまで、何を言うんですか」
「真悟くん。いまは休んで。お願いだから」
「ポニテさんまで」
「お願い。今ばかりは、私たちを頼って。一人で請け負うなんて止めて。私たちはパーティーなんだから」
ポニテさんの頑なな眼差しが、僕の首を縦に振らせた。
僕の闘気は空になっていたけれど、食事をとったおかげで自動回復は早い。でも、僕は三人に頼ることにした。
三人は変わろうとしている。その姿を僕は見届けたかったのだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
もう少し、テンポよく読みやすい文章構成ができればと、
この連載をしていて痛感しています。
もっといい作品にできるよう努力します。
明日も投稿します。




